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| notable_works = 『演技の果て』(1958年)<br />『海の告発』(1958年)<br />『その一年』(1959年)<br />『日々の死』(1959年)<br />『海岸公園』(1961年)<br />『親しい友人たち』(1963年)<br />『長くて短い一年』(1964年)<br />『愛のごとく』(1965年)<br />『トコという男』(1965年)

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[[1962年]]から[[1963年]]にかけて『ヒッチコック・マガジン』誌で、『夏の葬列』などのショートショート『親しい友人たち』を連載。同じ頃、寿屋(現在の[[サントリー]])のPR誌『[[洋酒天国]]』の編集に関与。[[1964年]]、『クリスマスの贈物』で第50回[[直木三十五賞|直木賞]]候補、『愛のごとく』で第51回芥川賞候補となる。同年5月、[[聖心女子大学]]国文科を卒業して大学院在学の傍ら母校の[[湘南白百合学園]]の講師になったばかりの生田みどり([[1942年]]生まれ)と結婚<ref>[http://www.seiryupub.co.jp/blog/2011/02/ 山川方夫、みどりさんの本、連続刊行!] 清流出版、2011年2月14日。</ref>。


[[1962]][[1963]]寿[[]]PR[[]][[1964]]50[[|]][[]]515[[]][[]][[1942]]<ref>[http://www.seiryupub.co.jp/blog/2011/02/ ] 2011214</ref>


[[1965年]][[2月19日]]12時30分頃、[[二宮駅]]前の[[国道1号]]の横断歩道を渡ろうとした際にトラックに轢かれる[[交通事故]]に遭い、翌日午前10時20分に搬送先の[[大磯町]]の病院で死去<ref>[[工藤寛正|岩井寛]]『作家の臨終・墓碑事典』(東京堂出版、1997年)338頁</ref>。享年34。

[[1965年]][[2月19日]]12時30分頃、[[二宮駅]]前の[[国道1号]]の横断歩道を渡ろうとした際にトラックに轢かれる[[交通事故]]に遭い、翌日午前10時20分に搬送先の[[大磯町]]の病院で死去<ref>[[工藤寛正|岩井寛]]『作家の臨終・墓碑事典』(東京堂出版、1997年)338頁</ref>。享年34。


2018年2月25日 (日) 14:37時点における版

山川 方夫
1964年の肖像
誕生 山川 嘉巳
1930年2月25日
東京市下谷区上野桜木町
死没 (1965-02-20) 1965年2月20日(34歳没)
日本の旗 日本 神奈川県大磯町
墓地 妙覚寺東京都大田区[1]
職業 作家編集者
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
教育 学士仏文
最終学歴 慶應義塾大学仏文科
活動期間 1950年 - 1965年
ジャンル 小説評論随筆
文学活動 三田文学
代表作 『演技の果て』(1958年)
『海の告発』(1958年)
『その一年』(1959年)
『日々の死』(1959年)
『海岸公園』(1961年)
『親しい友人たち』(1963年)
『長くて短い一年』(1964年)
愛のごとく』(1965年)
『トコという男』(1965年)
デビュー作 『バンドの休暇』(1950年)
配偶者 山川みどり
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   1930225 - 1965220




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19621963寿PR1964505151942[3]

1965219123011020[4]34

 19832001

エピソード

  • ペンネームの「方夫」は、父の師の一人である日本画家 鏑木清方の「方」と、親交のあった劇作家 梅田晴夫の「夫」を組み合わせたもの。

著書

脚注



(一)^  

(二)^  1967, p. 42.

(三)^  2011214

(四)^ 1997338

参考文献

  • 「山川方夫年譜」『三田文学』第3号、1967年3月、42-44頁。 

外部リンク