他阿託何
他阿 託何︵たあ たくが、弘安8年︵1285年︶ - 文和3年/正平9年8月20日︵1354年9月7日︶︶は時宗の第七代遊行上人。もとの阿号は宿阿。﹁託何﹂は法名であるが、﹁何﹂と﹁阿﹂の字が似ている事から﹁託阿﹂と誤記されることが多い︵阿号は﹁宿阿﹂および上人の名乗る﹁他阿﹂︶。また宗門の慣例読みは﹁たくか﹂﹁たっか﹂ではなく﹁たくが﹂である。20日に死去したため﹁二十日上人﹂の異称がある。
上総国矢野氏を出自とする。無量光寺で他阿智得の門弟となる。京都金光寺に入り、建武5年︵1338年︶他阿一鎮のあとを承けて第七代遊行上人となる。墓は東山長楽寺境内にある。著書﹃器朴論﹄は宗門最高峰・最難関の教理書とされる。
ゆかりの寺院として、広島県尾道市に﹁入江の道場﹂との通称を持つ西郷寺︵元は西江寺と称し、開山は一鎮上人︶があり、同寺二世住持となっている。現在の本堂は託何による発願で建立されたもの。
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