「鳥山明」の版間の差分
表示
削除された内容 追加された内容
Balelevel94 (会話 | 投稿記録) 編集の要約なし |
Kuririnsan (会話 | 投稿記録) 編集の要約なし |
||
413行目: | 413行目: | ||
* 『[[西遊記〜はじまりのはじまり〜]]』(2014年)広告用イラスト |
* 『[[西遊記〜はじまりのはじまり〜]]』(2014年)広告用イラスト |
||
* 清州町観光協会設立15周年記念事業『交響曲信長』ジャケットイラスト |
* 清州町観光協会設立15周年記念事業『交響曲信長』ジャケットイラスト |
||
* [[鳥嶋和彦]]『Dr.マシリト 最強漫画術』(2023年)表紙イラスト |
* [[鳥嶋和彦]]『Dr.マシリト 最強漫画術』(2023年)表紙イラスト、裏表紙イラスト(Dr.マシリトイラスト)、あのころのトリシマとトリヤマ |
||
=== 作詞 === |
=== 作詞 === |
2023年7月23日 (日) 05:40時点における版
とりやま あきら 鳥山 明 | |
---|---|
2002年、ニューヨークでのイベントにて | |
生誕 |
1955年4月5日(69歳) 日本 愛知県名古屋市 |
職業 |
漫画家 デザイナー |
活動期間 | 1978年 - |
ジャンル | 少年漫画 |
代表作 |
『Dr.スランプ』 『ドラゴンボール』 |
受賞 |
第27回小学館漫画賞少年少女部門(『Dr.スランプ』) 第4回文化庁メディア芸術祭インタラクティブ部門大賞(『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』) 日本のメディア芸術100選 マンガ部門3位選出(『ドラゴンボール』) 第40回アングレーム国際漫画祭40周年記念特別賞 フランス芸術文化勲章シュバリエ受章 |
サイン |
鳥山 明︵とりやま あきら、1955年︿昭和30年﹀4月5日 - ︶は、日本の漫画家、デザイナー。
プロダクションは﹁BIRD STUDIO﹂︵バード・スタジオ︶。血液型はA型。妻は少女漫画家のみかみなち。愛知県名古屋市出身[1]、清須市︵旧清洲町域︶在住[2][3]。
概要
1978年に﹃週刊少年ジャンプ﹄52号にて読み切り作品﹃ワンダーアイランド﹄でデビュー。集英社との専属契約下で﹃週刊少年ジャンプ﹄などジャンプ系列誌に作品を発表。代表作﹃Dr.スランプ﹄﹃ドラゴンボール﹄はいずれもテレビアニメ化され、1981年から1999年にかけてフジテレビ系列の毎週水曜日19:00 - 19:30は﹃Dr.スランプ アラレちゃん﹄から始まり、﹃ドラゴンボール﹄﹃ドラゴンボールZ﹄﹃ドラゴンボールGT﹄﹃ドクタースランプ﹄と、長期に渡り鳥山原作のアニメが放映されていた。 漫画家としての活動の合間にデザイナーとしても活動し、﹃ドラゴンクエストシリーズ﹄などのゲームやマスコットのキャラクターデザイン、プラモデルや車などのデザインを多数手掛けている。漫画家デビュー以来、地元で活動を行っており、Dr.スランプ単行本の描きおろしページによると、当時は名古屋飛行場︵小牧空港︶から航空便で東京に原稿を送っていた[4]。 1980年から1990年代の︵週刊少年︶ジャンプの全盛期を支えた立役者であり、当時編集長を務めた西村繁男は、﹁﹃週刊少年ジャンプ﹄発行部数600万部達成の快挙は、鳥山明の破壊的なパワーを借りて初めて実現し得たことは、誰も否定できないだろう﹂と評価している[5]。 ﹃Dr.スランプ﹄と﹃ドラゴンボール﹄は2022年の現在でも、コマーシャルに起用されたり、グッズが作られるなど根強い人気を博している。来歴
幼少時代
初代担当編集者の鳥嶋和彦は、﹁家は貧しかったが両親共にのんびり屋の性格で、食べ物を買うお金がない代わりに、両親は二人でワルツを踊るような人だった﹂と述べている。 鳥山自身は絵を描くことが好きで、腹を空かせながら漫画を描くのを唯一の楽しみにしていた[6]。欲しい物があるとそれを手に入れるまで、あるいは興味がなくなるまで絵に描き続ける癖があり、その癖は漫画家になって以降も続いている[7]。﹁当時通っていた絵画教室で描いた﹃101匹わんちゃん大行進﹄が表彰されたことで自信を持った﹂と言い[8]、小学校の写生コンクールで数回入賞し、高校時代には美化キャンペーンのポスターで全国高校生の部で入賞している[9]。妹がいる。よく悪戯をしていて、父親に怒られていた[10]。 尊敬していた漫画家は手塚治虫とウォルト・ディズニーで、﹃鉄腕アトム﹄に登場するロボットを毎日いたずら描きしていた[11]。一番影響を受けたのはディズニーアニメであり[12]、﹃101匹わんちゃん大行進﹄にディフォルメの影響を受けて毎日模写をしていた[13]。 幼少時は漫画やアニメに熱中したが、小学校高学年以降は映画やテレビドラマに興味の対象が移り、漫画に触れる機会が無くなっていた[14][15]。しかし、絵を描くことは変わらず好きで自信もあったため、愛知県立起工業高等学校︵現在の愛知県立一宮起工科高等学校︶のデザイン科に進学した。 ﹁高校時代はマンガ研究同好会に所属し、同好会の会長にもなったが漫画を描くことはなかった﹂と言う[16]。1974年に同校を卒業した。デザイン会社時代
高校を卒業した1974年、絵を描く仕事に就きたいと思い、地元の広告関係のデザイン会社にデザイナーとして就職した。この際、当時のAIWAのステレオラジオカセットレコーダCS-J77の説明書に、鳥山の書いたラジカセのイラストが掲載されており、後の﹁ドクタースランプ﹂に登場するタイムスリッパーや家電などのテイストが色濃く表れている[要出典]。 しかし、平然と遅刻を繰り返したり[17][18]、レタリング作業が主な仕事になり嫌気が差していたという。最終的に、約2年半[19]ほど経った1977年[20]1月[21]に退職した。本人は﹁わずかでも世間の仕組みを知ることができて、無駄ではなかった﹂と述べている[19]。デビューまでの経緯
デザイン会社を退職後、1年間はアルバイトでイラストを手掛けていたが[9]、その後は遊ぶ金もなく途方に暮れていたある日、喫茶店で偶然手に取った﹃週刊少年マガジン﹄で、新人賞の作品募集の記事を見つける。入賞すると賞金50万円が手に入ることを知り、23歳にして初めて漫画を描き始めた[22]。結局、締め切りには間に合わなかったため、1978年1月に﹃週刊少年ジャンプ﹄の新人賞である月例ヤングジャンプ賞へ応募作品の﹃アワワワールド﹄を投稿する[12][23]。投稿したのはギャグ漫画だが、その理由はストーリー漫画と賞金が一緒なのにページ数は半分だったため[18][24]。 投稿した作品は入賞には及ばないものの[25]、すぐにまた描き上げた鳥山の投稿作品﹃謎のレインジャック﹄を目にした﹃週刊少年ジャンプ﹄の編集者の鳥嶋和彦は作中の描き文字︵擬音、擬態語など、写植以外の文字のこと︶をカタカナでなくアルファベットを使用していることや、対象を様々な角度から描けること、絵が丁寧に描き込まれていることにセンスを感じ[18][26]﹁今は下手だが頑張れば何とかなるかもしれないから、もっと描いて送ってよ﹂とアドバイスをした[23]。この頃は﹃スター・ウォーズ﹄のパロディなどを描いており[26]、一部の作品は後にファンクラブの会報に掲載された。なお、この作品自体はパロディは賞の対象にならない規定により選外になった[18]。 鳥山は厳しくネームのボツ︵不採用︶を出す鳥嶋のもとで懸命に修行することになる。この間のボツ原稿の総量は、1年で500ページにも及んだ[18][27]。 デビュー前は﹁どうせ売れる訳がない﹂と思っており、ペンネームを使う発想もなく本名で通した[12]。﹁鳥山明﹂という名前は愛知県には数軒しか存在せず、デビュー直後はイタズラ電話がよくかかって来たため、冗談で“水田二 期作︵みずたに きさく︶”というペンネームを使おうとも考えたが、担当者に﹁つまらん﹂とボツにされた[11]。﹁本名を使ったことが漫画家になって一番後悔したこと﹂だと言う[12]。Dr.スランプの連載
1978年、﹃週刊少年ジャンプ﹄にて読み切り作品﹃ワンダー・アイランド﹄でデビューを飾るも、読者アンケートの結果は最下位であり[28]、その後﹃週刊少年ジャンプ﹄本誌や増刊号で発表した短編作品の人気も、芳しいものではなかった。しかし、鳥嶋は鳥山の手を離すことなく﹁面白い漫画を作り上げよう﹂と打ち合わせを重ねた。そして﹃Dr.スランプ﹄の基本コンセプトが誕生した。鳥山は当初、自称天才科学者の則巻千兵衛を主役と決めており、則巻アラレは脇役と考えていたが、鳥嶋が﹁アラレを主人公にした方が良い﹂と主張。そこで、賭けをすることになった。鳥山が苦手とする、女の子を主人公とした作品を読み切りとしてジャンプ本誌に掲載し、読者アンケートで4位以下だったら千兵衛を主人公、3位以内だったらアラレを主人公にするというもの。賭けに乗る形で描いた作品が、1979年に発表した﹃ギャル刑事トマト﹄である。アンケートで3位を獲得、主人公はアラレに決まった。ただし、﹃Dr.スランプ﹄︵ドクター≒千兵衛︶というタイトルだけは譲らなかった[29][30]。 1980年5・6合併号より﹃Dr.スランプ﹄の連載開始。瞬く間に人気作品となり、早々にテレビアニメ化が決定。タイトルに“アラレちゃん”と追加され、1981年4月より﹃Dr.スランプ アラレちゃん﹄として放送開始。一大ブームを巻き起こす。最高視聴率36.9%を記録、歴代アニメ最高視聴率で3位になる[31]など大ヒットアニメとなった。鳥山の地元である東海3県の東海テレビでは関東以上に視聴率が高く視聴率40%超を記録している[32]。 ジャンプ・コミックス第5巻は、﹃ドラえもん﹄︵第19巻︶の120万部を上回り[33]、第6巻は初版220万部を記録した[33]。 連載1年目は、睡眠は3日に1回[34]、最高記録となる6日連続徹夜[12]、ペン入れの記憶がない回がある[35][36]などと多忙を極めた。 ﹃Dr.スランプ﹄連載中の1982年、松本常男︵現キャラメル・ママ会長︶により鳥山明公式ファンクラブ﹁鳥山明保存会﹂が運営開始される。松本は﹁最初は﹃Dr.スランプ・ファン・クラブ﹄と名付けるはずだったが、トリさ︵鳥山明︶を見て﹃保存﹄するしかない、ということでこの名前になった﹂と語っている[37]。ドラゴンボールの連載
アイディアの不足を理由に﹃Dr.スランプ﹄の連載終了を相談したところ、﹁3か月後に新連載を始めるのなら終わってもいい﹂と言われ[12]、次回作のネタを固めるために読み切り漫画﹃騎竜少年﹄﹃トンプー大冒険﹄を描きつつ、1984年8月に﹃Dr.スランプ﹄の連載を終了。 同年11月に﹃ドラゴンボール﹄の連載を開始する。当初は西遊記にコメディや格闘漫画の要素を加えた、孫悟空という少年の冒険譚であった。連載開始当初は期待も大きく反響もあったが、徐々に読者アンケート順位は下降[12]。鳥嶋と分析を重ね、悟空に魅力がないという結論に至った。そこで貪欲に強さを追い求めるキャラを際立たせ、格闘大会天下一武道会という大舞台に向けて修行に励む過程を描く明快なストーリーに軌道修正[29]。すると低迷していたアンケート順位がV字回復し、ジャンプの看板作品に躍り出る。以降、次々と登場する強敵・難敵との戦闘や修行をメインに据えた物語となった。しかし、戦闘シーンが多くなるにつれ、小柄な少年体型の悟空では動き︵アクション︶に限界があり作画が難しく、連載をやめたいと申し入れたことがある[29]。編集長から合意を得て、悟空を青年︵大人︶の体型にすることで連載継続に合意した︵悟空が19歳になり、第23回天下一武道会に出場したシリーズ︶。 1986年から1997年まで放送されたテレビアニメシリーズは、平均視聴率20%を維持した[38]。ドラゴンクエスト
﹃ドラゴンクエストシリーズ﹄のキャラクター、モンスターデザインを1986年の第1作﹃ドラゴンクエスト﹄から担当している。堀井雄二の描いたラフ絵を基にデザインしているものもあるが、スライムに代表されるように自分のアレンジを加えており、キャラクターデザインに至ってはほとんど別物になっている。堀井のラフ絵では目も口もないドロっとしたスライムであり、鳥山により﹁ドロドロしてデザインしにくかったから﹂という理由で、液体で雨粒様のデザインになった[39]。 また、タイトルロゴの青いドラゴンは鳥山が描きおろしたものである。デザインを手掛けた榎本一夫︵バナナグローブスタジオ︶の提案で、ロゴに竜を描き加えることになり、鳥嶋を介して依頼を受けた[40]。なお、専属契約上の問題で公式攻略本にはイラストが載せられず、鳥山の絵が掲載されているのは集英社から出ているファミコン神拳奥義大全書やVジャンプブックスゲームシリーズに限られている。このため、公式攻略本では鳥山明風の作画ができる村上ゆみ子などに委託している。 鳥山は当時﹁コンピュータRPGをやったことがなかったため初めは苦労したが、﹃ドラゴンクエストII悪霊の神々﹄以降はどんな感じかわかったのでやりやすかった﹂と語り、﹃ドラゴンボール﹄のストーリー全体にかかわるような影響を受けたという[13]。﹃ドラゴンクエストIV導かれし者たち﹄が発売された段階で、﹃ドラゴンクエスト﹄のイラストの中では﹃ドラゴンクエストII﹄のパッケージイラストが一番気に入っていると語っている[41]。なお、キャラクターなどが多く面倒なため﹃ドラゴンクエスト﹄の漫画を描くのは絶対に嫌だという[42]。 鳥嶋の紹介により﹁あっ、いいですよ﹂という軽い気持ちで引き受けたが、30年以上続くシリーズになるとは想定しておらず、﹁そんなに続くなら断っていた﹂と心境を語っている。キャラクターデザインは楽しくもキツい仕事であるといい、最初はなんでもない雑魚キャラクターを自由にデザインをしていたが、回を重ねていく内に個人的にあまり興味のない健全なメインキャラクターのデザインが多くなり、ある程度の時代設定や細かく指定されるデザイン設定のため自由に書かせてもらえなくなり、今は騙し騙しで描いているという。ただし引き受けた仕事は目一杯やる主義であり、今後も一生懸命デザインすると語っている[43][出典無効]。 ﹃ドラゴンクエスト﹄のデザインは当初ドットで描いてきたというエピソードを堀井雄二や鳥嶋和彦が述べているが[44]、これは実際は﹃ドラゴンクエストII﹄のときであり[45]、当初の話ではない。このときのドット絵風に描かれた原画は、後年の画集にも掲載されている[46]。その後の活動
﹃ドラゴンボール﹄がテレビアニメとの関係でアニメスタッフに原稿を下描き状態で見せなければならなくなるなど、精神的にも肉体的にもハードな連載になったため、長期連載を辞めることを決断。1995年の﹃ドラゴンボール﹄の連載終了後は、デザイナー仕事の合間に﹃週刊少年ジャンプ﹄およびジャンプ系列誌での読み切り、短期集中連載作品がメインになっている。 1997年11月から1999年9月まで放送された﹃ドクタースランプ﹄において、初めてキャラクター原案を担当する[47]。1997年の短期集中連載﹃TOKIMECHA﹄を一部CGで製作したのをきっかけに、2000年代以降はコンピューターでの作画に移行。フルカラーでの作画が多いのが特徴となっている。﹃SAND LAND﹄と﹃ネコマジンシリーズ﹄は日本国外でも翻訳出版された。 また、2003年には絵本﹃てんしのトッチオ﹄を発表。2009年にはNPO﹁田園社会プロジェクト﹂が発行する環境教育教材﹃最終戦略 バイオスフィア﹄に読み切り漫画﹃おいしい島のウーさま﹄を発表。集英社との専属契約上描けないことになっているのを特別に許可してもらったものである[48]。 2007年3月には、﹃Dr.スランプ﹄の最終回から1年後の物語﹃ドクター・スランプ2007特別編 Dr.MASHIRITO ABALEちゃん﹄を執筆した[49]。 2013年7月から10月まで、﹃週刊少年ジャンプ﹄で﹃銀河パトロール ジャコ﹄を短期集中連載した。2013年3月30日には鳥山が初めてアニメシリーズに脚本から深く関わった﹃ドラゴンボールZ神と神﹄が公開。2015年4月18日にはその続編となる﹃ドラゴンボールZ復活の﹁F﹂﹄が公開され、こちらでは単独で脚本を務めている。また、2015年7月から放送の﹃ドラゴンボール超﹄において、ストーリー&キャラクター原案を担当する。 2017年11月、租税回避に関する流出文書、パラダイス文書に鳥山の名が記載されており、投資組合に出資していたことがわかった[50]。ただし本人によれば資産運用は完全に税理士任せで、報道を見て知ったという。この組合は12人の投資で組成されていたが赤字に陥り、本業の所得からの控除が認められず修正申告を行ったことで知られていたが、パラダイス文書の解析の結果、そのひとりが鳥山であったことが判明した[51]。この報道を受けて11月8日に自宅前で﹃FLASH﹄の突撃取材に遭い、顔出しをすることになった[52]。作風
作画方法
面倒くさがり 初代編集者の鳥嶋和彦によると、﹃Dr.スランプ﹄では一番簡単だからと丸い山に木があるだけの背景にしたという[26]。﹃ドラゴンボール﹄では、描くのが大変な市街地などの背景で闘いに入ると爆破させる[53]、もしくはすぐに登場人物を荒野に移動させたり[54]、超サイヤ人を金髪にすることでアシスタントのベタ塗りの時間を節約させる、などのエピソードがある[53]。﹃Dr.スランプ﹄の途中から﹃ドラゴンボール﹄までアシスタントは松山孝司1人しか使っておらず、いつも悟空の髪の毛のベタ塗りに時間を取られていたため、鳥山は﹁超サイヤ人を登場させたことでアシスタント君との約束をやっと果たすことができた﹂と語っている[55]。 しかし鳥山は2015年に﹁ボクはいつもそうなんですが、人と話す時、特に収録などされていると余計に面倒だからとか、なんとなくとか、ちょっと格好つけて苦労を悟られないように話してしまうという、つまらないクセがあります。もちろん、そんなに面倒くさがりだったら漫画など描けないし、なんとなく描けるほど漫画家という職業は甘いものではありません。なんてことないようなフリをしていますが、陰ではけっこう頑張っているんです﹂﹁ジジイになった今だって、漫画の仕事こそあまりしませんが、わずかな睡眠時間であれこれ頑張っています。それでもなかなか満足できるような仕事はできません。自信のあるような態度も、じつは自分を追い込んでいるだけです。よく言われることではありますが、本当に永遠に勉強だと思っています﹂と言っている[56]。そして﹁また、少しだけ話を大げさに盛ってしまったり、プチ自慢したり、言ってることが変わってしまうのも我ながら感心しませんね。へそまがりなうえに孤独好きで人付き合いの悪い部分は、職業的にプラス部分もあったりするので反省はしませんが、人間的にはどうなんでしょう﹂と言って﹁流行に乗るな、とまでは言いませんが、わしの作品について来い!なんて言うぐらいの流れに逆らう根性とセンスと個性は、できれば身に付けてほしいですね﹂とアドバイスしている[56]。 かつてのインタビューではマンガ製作の準備・練習が嫌いなことを公言しており、鳥嶋にも鳥山ほど資料を持っていない作家はなかなかいないと言われている[57]。ただし鳥嶋は鳥山のことを﹁基本的な絵の勉強を漫画ではなく、デザイン画などから学んでいるため、バランス感覚が優れている﹂﹁トーンを使わないので、白と黒のバランスを取るのが非常に上手い﹂﹁背景などを描かなくても画面が持つだけの構成力とデッサン力を持っている﹂とも評している[26]。 3代目編集者の武田冬門によると、インタビューではよく﹁ペン入れが嫌い﹂や﹁ネームがしんどい﹂と言っているが、実際にはほぼ言わないという[58]。 トーンについて 漫画作品では、あまりタッチをつけない均一な線が用いられており、デジタル作画を導入する前はスクリーントーンの使用が少なかった。前述のように鳥山は自身のことを非常に面倒臭がりだとしており、本人は﹁切ったり貼ったりするのが面倒だから、というより好きではない﹂と語っている[53]。ただし、トーンが嫌いなわけではなく、むしろ使いたいとも述べていたこともあり[59]、デジタル作画導入以降の作品ではトーン処理された画面が増えた。 ネームは描かない 一般的に漫画作品は、ネーム、下描き、ペン入れの工程を経て完成する。鳥山も初期はネームを作成した上で下描きをしていたが、その後はネームを描かずに、下描きから始める製作方法を取るようになった︵﹃Dr.スランプ﹄の連載中期以降、それを逆手に取ったような描写も見られるようになる︶。これは﹁3度も描くのが面倒﹂と、担当編集者の鳥嶋に進言したことによる[53]。2代目担当編集者の近藤裕は﹁いきなり下描きが上がってくるから、描き直しをさせていいものかどうか﹂と、戸惑ったという[60]。 CGによる制作 ﹃ドラゴンボール﹄連載終了後にバンダイからMacをもらい、使い方を教えてもらったのをきっかけにデジタル制作を始め[61]、以降は制作過程でCGを用いたものがかなりの割合を占めており、﹁パソコンが無ければ絵を描くのが完全に嫌になっていた﹂[53]﹁よくパソコン塗りは味がないなんて言われるが、芸術作品を描いているわけでもないので﹂[62]とのこと。デジタル化以降のカラーでは、特徴的であったメリハリの利いたアニメ絵のような塗り方から、境界を明確にしないグラデーション塗りに変わっている︵特に陰影の塗り方に顕著︶。ただしCGを用いるようになった後も﹃ネコマジン﹄などの漫画作品は以前と同様に原稿用紙にペン入れしてベタとトーンだけをPCで作業しており、ゲームのデザイン画やイラストを描くときのみペンタブレットを使用している[61]。 模倣の難しさ とよたろうとの対談で、﹁鳥山先生の絵は、一見するとシンプルなので、連載当時に僕たち子供は描けるような気がしちゃったんですよね。でも実際に描いてみるともう何か、圧倒的にちがうんです。どうやっても﹃本物の悟空﹄にならない…﹂︵とよたろう︶、﹁そうかもしれないですね。プロのアニメーターさんが描いても﹃ちょっとちがうかな〜﹄って思うことがあるくらい︵笑︶。僕のは線がシンプルだから、かえってむずかしいのかもしれませんね。自分しかわからない線っていうのがあるのかなあ﹂︵鳥山明︶と語っている[63]。 使用道具 インクはパイロット製図用インクか証券用インク。ペンはゼブラGペン、たまにコピックペン、ピグマ[64]。着色は昔はルマのカラーインク、現在はほとんどパソコンで、使用ソフトはAdobe Photoshop、たまにCorel Painterを使用[64]。また﹁ペン入れの際スベスベの紙を使えばスムーズな線が描けることを、ほとんどマンガを書かなくなった最近になって発見。これまで使っていた紙は質が悪かったようでちょっとショック﹂と語っている[64]。人物以外の物
様々なメカ 作中にロボットや車、バイクなどが多く登場するのも特徴のひとつで、かつてバイクレーサーだった父親が自動車修理屋を経営していた影響もあるとのこと[65]。﹃Dr.スランプ﹄では表紙や扉絵に車ばかりを描いていたら、鳥嶋に﹁いい加減飽きた、この漫画は車が主人公だっけ?﹂と嫌味を言われたことがある[66]。ただし、構造に詳しいわけではなく、専門用語などは理解できないという[67]。他にも﹃スター・ウォーズ﹄など好みのSF映画からの影響が強い。オリジナルのメカを考えるのが一番楽しいときであり、どのように乗り込むのか、どこにエンジンが付いているのかなどをきちんと考えて描いているとのこと[59]。 動物好き 脇役に擬人化した動物キャラクターが多いのは、﹁人間だけだと顔を描き分けるのが大変だから﹂[68]、﹁動物好きということもあるが、基本的に人間より安易にバリエーションが増やせるから。特に犬は人間よりはるかに忠実でピュアなイメージなので多用している﹂[69]とのこと。多くが人間の言葉を操るなど普通に人間社会に溶け込んでいる。元来が少年時代に﹁馬やチンパンジーを飼いたい﹂と親に駄々をこねたほどの動物好きで、犬や猫を始め、ウサギ、鳥類、魚類などの飼育を趣味としている[70]。ハイギョの飼育がテーマの短編作品﹃ハイギョのマヒマヒ﹄を執筆しており、﹃Dr.スランプ﹄にも、村の乱暴者がブンチョウの飼育を通じて更生する、などのエピソードがある。唯一ネズミだけは苦手だったが、子供にせがまれて飼い始めたハムスターの影響で苦手意識が薄れた、と語っている[12]。話作り
話作りについて もともと先の展開をじっくりと考えて描くタイプではなく、﹃ドラゴンボール﹄では行き当たりばったりで描いていたことが多いとのこと。鳥山自身、自分でもどうなっていくのかわからなくて、なかなかドキドキわくわくして描けて悪くないという。また、悟空が大猿に変身したりサイヤ人だったと設定は当初まったく考えておらず、こういう辻褄合わせは上手いと語っている[71]。﹃Dr.スランプ﹄でも、作中で行き当たりばったりで考えていたことをネタにしていた。また、﹁鉛筆で実際にコマを割って絵や台詞を書いたりして話を進めていくと、頭で考えていた漫画と、ちょっと違ってきてしまうことが僕はよくある﹂と発言している[72]。ただし、﹁少年漫画で宇宙を出すと失敗する﹂と言われていたため、﹃ドラゴンボール﹄でナメック星を出す際はかなりつじつまが合うように設定を作り込んだという[54]。 ﹁普通はこう考えるところを逆手にとって面白くできないか﹂と考えており[73]、へそ曲がりな性格から﹁天下一武道会で悟空が優勝するんでしょう﹂と周りに言われてなかなか優勝させなかったり[74]、﹁ベジータを殺さないで﹂というファンの意見を聞いてワザと殺したりすることもある[75]。また、﹃ドラゴンボール﹄連載初期でも﹁戦いの場面を増やせば受けるということは分かっていたが、天邪鬼な性格だからシャクに障る﹂と、すぐに戦いのほうにシフトはしなかった[76]。 ﹃ドラゴンボール﹄の連載については﹁絵を描いている時よりも話を考えている時の方が仕事にしてはちょっとだけ楽しいかも﹂﹁でも後半の方の話は結構無理して考えていたから苦しかった﹂と語っている[77]。また、新しいことを考えるために連載が終了した漫画のことはわざと忘れるようにしていると語っている[78]。 恋愛マンガ嫌い ﹁ラブコメは読めない、ダメ﹂と語ったことがあり[57]、ラブコメ好きの鳥嶋が出したアラレとオボッチャマン、あかねと突詰、タロウと鶴燐、悟空とブルマを恋愛させろという指示に対しては頑なに拒否し、千兵衛とみどりの結婚をあっさりと済ませ[79]、ドラゴンボールでも悟空とチチの結婚をあっさりと描いている。人物
性格
人付き合いは苦手 人付き合いが苦手だと公言しており、家族と気の合う友人、信頼できる仕事仲間以外の人物とは積極的に会いたいとは思わないと語っている。田舎在住であるのも同じ理由からとのこと[80]。1982年に少女漫画家のみかみなち︵1976年デビュー、1985年に引退︶と結婚。出会いのきっかけは、鳥山がイタズラ電話をかけたのが始まりである[81]。﹁あのセンスと知識にはかなわない﹂と妻を評している[12]。 親交がある漫画家に、桂正和がいる。趣味・嗜好
モデルガンやプラモデル好き プラモデル作りの腕前はプロ級で、株式会社タミヤが毎年主催している1/35フィギュア改造コンテストで複数回入賞。1986年開催の同コンテストでは金賞を受賞している[82]。また愛知県唯一のプラモデルメーカーファインモールドの社長と懇意であることから、同社関連の仕事もいくつか手がけている。 ヘビースモーカー 読者からプレゼントされた女性用下着がヤニで黄色くなってしまう[12]ほどのヘビースモーカーであり、多い時は1日で3箱[68][注 1]、締め切り前は100本以上吸うこともある[83]。会社勤めを辞めた後、﹃週刊少年ジャンプ﹄の新人賞に応募したのも煙草代が欲しい一心からだったと語っている[84]。その一方、酒は苦手でせいぜいビールをコップ1杯程度だという[68]。 ウルトラマン テレビで見た﹃ウルトラマン﹄に深い感銘を受けており、シンプルな初代ウルトラマンだけが好きだと語っている[85]。﹃Dr.スランプ﹄にも幾度と無くウルトラマンやバルタン星人などのキャラクターを登場させており、﹃ウルトラマン﹄と﹃Dr.スランプ﹄によるコラボ商品の公式サイトのインタビューで、当時はルールをよく知らず勢い余って描いたと語っている。また、読み切り作品﹃騎竜少年﹄でオチを描いた際にも、脇役キャラクターの台詞で事例としてウルトラマンに言及していた。 影響された作品 手塚治虫の﹃鉄腕アトム﹄に敬意を表明しているほか、ウォルト・ディズニーによる﹃101匹わんちゃん﹄のクオリティの高いアニメーションにかなりの感銘を受けたという[86][87]。 学生時代、ブルース・リー主演の香港映画﹃燃えよドラゴン﹄を観るために1日に3回、10日間ほど映画館に通っていた。多感な頃に観た映画のため影響は大きいという。﹃ドラゴンボール﹄のタイトルも﹃燃えよドラゴン﹄から来ている[88]。結婚後に妻からジャッキー・チェンの映画を薦められて﹃酔拳﹄にもハマり[74][86]、﹁この2作のどちらかが映画の中で一番ワクワクしたベスト﹂だと語っている[12]。ジャッキー・チェンの映画を流しながら、漫画を描くこともある[89]。﹃ドラゴンボール﹄連載以前に、カンフー映画好きだと知った当時の担当者の鳥嶋からカンフーの漫画を描くように言われ、鳥山は﹁好きなものと漫画で描けるものは違うから嫌﹂と断ったが、勝手にスケジュールを決められて描くことになったという[88]。 ﹃ドラゴンボール﹄の連載にあたって鳥嶋から送ってもらった﹃未来少年コナン﹄のビデオ[90]を見て感激し、﹁ああいう作品を描きたい﹂と述べている[91]。アニメはあまり見ないが、﹃未来少年コナン﹄を見た後は割と積極的に見るようになったといい、﹃風の谷のナウシカ﹄、﹃となりのトトロ﹄、﹃銀河鉄道の夜﹄、﹃王立宇宙軍 オネアミスの翼﹄が好きだと語っている[92]。 子供たちと一緒に特撮作品の﹃地球戦隊ファイブマン﹄や﹃特警ウインスペクター﹄[93][94]を見ていたところはまり、﹃ドラゴンボール﹄に戦隊ヒーローのパロディであるギニュー特戦隊を登場させた[74][87]。戦う時に変身するという超サイヤ人のアイデアも当時子供と一緒に見ていた特撮テレビ番組からヒントを得ている[38]。 他に影響を受けた作品として﹃ギャラクシー・クエスト﹄、﹃エイリアン︵1作目︶﹄も挙げている[95]。 その他 愛知県が鳥山明の自宅前から空港までの直通の道路︵鳥山ロード︶を作ったという話は、﹃桃太郎電鉄﹄の製作者さくまあきらが雑誌に書いた嘘記事である[96][97]。 ﹃Dr.スランプ﹄の登場キャラクターである空豆ピースケの趣味はサイン集めだが、これは、鳥山の趣味がそのまま反映されたもの[11]。 好きな季節は夏だと語っており、作品の季節感も夏であることが多い。本人いわく﹁蚊さえいなければ最高﹂とのこと[98]。 女性の髪形ではショートカットが好みで、それは﹃ドラゴンボール﹄内では第22回天下一武道会の頃のブルマの髪形に反映されている。 ﹃週刊少年ジャンプ﹄1983年32号の企画でシーラカンスを食べたことがある。 歴史・地理方面には疎く、織田信長の死因を知らなかったことを鳥嶋にからかわれたことがある[57]。 ﹁生まれも育ちも名古屋。中日ドラゴンズファン﹂[1]と語っている。﹃Dr.スランプ﹄内でもキャラクターたちが中日ドラゴンズを応援する一幕がみられる[99]。 ﹃ドラゴンボール﹄連載10年間で自身が気に入っているイラストは、脚が付いたバイクに悟空と悟飯が乗っているものの1点だけ[59]。絵柄に関しては、終盤の超サイヤ人3が登場したあたりが﹃ドラゴンボール﹄という戦闘漫画の中で一番好きだと語っている[100]。 自身の作品で一番好きな漫画は﹃COWA!﹄[101]。マスコミへの露出
﹃Dr.スランプ﹄連載時代は﹃徹子の部屋﹄︵1983年5月4日放送︶に出演したり、NHK特集﹃わが青春のトキワ荘〜現代マンガ家立志伝〜﹄︵1981年5月25日放送︶に荒木飛呂彦とともに登場するなどテレビやラジオ番組には何度か出ており、鳥嶋の指示により﹃ジャンプ﹄誌面や﹃Dr.スランプ﹄などの単行本にも自身の写真を積極的に載せていた[12]。また、1984年の映画﹃ゴジラ﹄にエキストラで参加。本編中では大写しにならなかったが、市販もされた一部ポスターにおける群衆の中に写っている[102]。 元々マスコミなどへの露出を好まなかったが﹃ドラゴンボール﹄の連載後期には顕著となり[103]、小さな町に在住しているため顔がばれるのが嫌だから[104]という理由で本人の写真が公表、掲載されることはなくなっている[注 2]。スーパーマーケットなどを見て歩くのが好きだというが、新しくオープンしたスーパーマーケットに行った際に売場の女性たちからサイン攻めに遭い、なかなか出ることができなかったことがあり、それ以降はそれまで応じていたインタビューを断るようになり、顔のあからさまな露出も避けるようになった[84]。﹃ブルードラゴン﹄のCMにも出演している[105]が、顔出しはしていない。 自画像は﹃Dr.スランプ﹄連載時は当初は擬人化した鳥だったが[106]、普通の人間の顔やマスク姿など変遷を繰り返し、最終的にガスマスクを着用をしたロボット[107]のデフォルメキャラクターとなった。照れくさいという理由による[68]。受賞歴
●1981年 第27回小学館漫画賞 少年少女部門受賞︵﹃Dr.スランプ﹄︶ ●2000年 第4回文化庁メディア芸術祭 デジタルアート・インタラクティブ部門大賞受賞︵﹃ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち﹄︶ ●2006年 日本のメディア芸術100選 マンガ部門3位選出︵﹃ドラゴンボール﹄︶ ●2013年 第40回アングレーム国際漫画祭40周年記念特別賞受賞[108] ●2019年 フランス芸術文化勲章シュバリエ受章[109][110]作品リスト
漫画
連載
●Dr.スランプ︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1980年5・6合併号 - 1984年39号︶全236話。単行本全18巻。 ●ドラゴンボール︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1984年51号 - 1995年25号︶全519話。単行本全42巻。短期集中連載
●鳥山明のヘタッピマンガ研究所 ︵﹃フレッシュジャンプ﹄1982年10月号 - 1984年3月号︶全12話。さくまあきらとの共著[111]。 ●COWA!︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1997年48号 - 1998年15号︶全14話。 ●カジカ︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1998年32号 - 44号︶全12話。 ●SAND LAND︵﹃週刊少年ジャンプ﹄2000年23号 - 36・37合併号︶全14話。 ●銀河パトロール ジャコ︵﹃週刊少年ジャンプ﹄2013年33号 - 44号︶全11話。不定期連載
●GO!GO!ACKMAN︵﹃Vジャンプ﹄1993年7月号 - 1994年10月号︶全11話。シリーズ短編作品
●ネコマジンシリーズ ●ネコマジンがいる︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1999年22・23合併号、37・38合併号︶全2話。 ●ネコマジンZ︵﹃月刊少年ジャンプ﹄2001年6月号、2003年9月号、2004年3月号、2005年1月号、2月号︶全5話。 ●ネコマジンみけ︵﹃週刊少年ジャンプ﹄2003年37・38合併号︶ ●銀河パトロールシリーズ[112][注 3] ●さちえちゃんグー!!︵﹃ジャンプスクエア﹄2008年5月号︶原作担当で作画は桂正和。 ●JIYA -ジヤ-︵﹃週刊ヤングジャンプ﹄2010年2・3合併号 - 6号︶全3話。原作担当で作画は桂正和。短編・読み切り
1978年から1990年代半ばまでの大半の作品は短編作品集﹃鳥山明○作劇場﹄シリーズに収録されている。
※は単行本未収録作品。
●アワワワールド※︵1978年︶月例ヤングジャンプ賞投稿作品。1983年、ファンクラブ会報誌﹁BIRD LAND PRESS﹂の5〜6号に掲載。
●謎のレインジャック※︵1978年︶月例ヤングジャンプ賞投稿作品︵最終選考作品︶。1982年、ファンクラブ会報誌﹁BIRD LAND PRESS﹂の3〜4号および﹃週刊少年ジャンプ増刊号﹄1983年12月号に掲載。
●ワンダー・アイランド︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1978年52号︶デビュー作。
●ワンダー・アイランド2︵﹃少年ジャンプ﹄1979年1月25日増刊号︶
●本日のハイライ島︵﹃少年ジャンプ﹄1979年4月20日増刊号︶
●ギャル刑事トマト︵﹃少年ジャンプ﹄1979年8月15日増刊号︶
●POLA&ROID︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1981年17号︶愛読者賞1位。
●ESCAPE︵﹃少年ジャンプ﹄1982年1月10日増刊号︶
●MAD MATIC ︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1982年12号︶愛読者賞2位。
●PINK︵﹃フレッシュジャンプ﹄1982年12月号︶
●CHOBIT ︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1983年10号︶愛読者賞3位。
●CHOBIT2︵﹃フレッシュジャンプ﹄1983年6月号︶
●騎竜少年 其之壱︵﹃フレッシュジャンプ﹄1983年8月号︶
●騎竜少年 其之弐︵﹃フレッシュジャンプ﹄1983年10月号︶
●トンプー大冒険︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1983年52号︶
●Mr.ホー︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1986年49号︶
●LADY RED﹃スーパージャンプ﹄創刊2号︵週刊少年ジャンプ1987年4月10日増刊号︶
●剣之介さま︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1987年38号︶
●SONCHOH︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1988年5号︶
●豆次郎くん︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1988年38号︶
●ROCKY※︵猫十字社の同人誌﹃動じん誌﹄1989年︶
●空丸くん日本晴れ︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1989年13号︶
●WOLF※︵画集﹃鳥山明 the world﹄1990年︶
●貯金戦士キャッシュマン︵週刊少年ジャンプ増刊﹃ブイジャンプ﹄1990年12/12号 - 1991年11/27号︶全3話。
●TRUNKS THE STORY -たったひとりの戦士-︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1992年36・37合併号︶
●DUB&PETER1︵﹃Vジャンプ﹄1992年11月12日号 - 1993年4月4日号︶全4話。
●宇宙人ペケ︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1996年37・38合併号、39号︶全2話。
●TOKIMECHA※︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1997年3・4合併号 - 7号︶全3話。
●魔人村のBUBUL※︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1997年22・23合併号︶
●ハイギョのマヒマヒ※︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1999年4・5合併号︶
●ヒョータム※ ︵﹃e-ジャンプ[113]﹄2000年1月18日増刊︶
●こちらナメック星ドラゴン公園前派出所※︵﹃超こち亀﹄2006年︶秋本治との合作。
●CROSS EPOCH※︵﹃週刊少年ジャンプ﹄2007年4・5合併号︶尾田栄一郎との合作。
●Dr.MASHIRITO ABALEちゃん※︵﹃月刊少年ジャンプ﹄2007年4月号︶
●おいしい島のウーさま※︵2030マガジン﹃最終戦略 バイオスフィア﹄ 2009年5月[注 4]︶
●KINTOKI-金目族のトキ-※︵﹃週刊少年ジャンプ﹄2010年50号︶
●DRAGON BALL- 放たれた運命の子供︵コミックス﹃銀河パトロール ジャコ﹄2014年4月4日︶描き下ろしおまけ漫画。
デザイン
コンピュータゲーム
●ドラゴンボールシリーズ ●ドラゴンボール 神龍の謎︵敵キャラクターのクリリアン、アシュラロボ、M・B軍将軍[114]︶ ●ドラゴンボールZ (アーケードゲーム)︵筐体デザイン[115]︶ ●ドラゴンボールZ V.R.V.S︵魔人オゾット[115]︶ ●PS2版超ドラゴンボールZ︵メカフリーザデザイン監修︶ ●ドラゴンボールオンライン︵全面監修[116][117]、一部のキャラクターデザイン[117][118]。その他のデザインは幹大樹などが担当[119][120]︶ ●ドラゴンボールヒーローズ︵フリーザ一族アバター[注 5][121]︶ ●ドラゴンボール ゼノバース︵キャラクターデザイン監修[117]︶ ●ドラゴンボール ファイターズ︵人造人間21号デザイン監修[122][123]︶ ●ドラゴンボール レジェンズ︵シャロット、ザッハ、フードの男[124][125]︶ ●ドラゴンボールZ KAKAROT︵ボニュー[126]︶ ●ドラゴンクエストシリーズ ●ドラゴンクエスト ●ドラゴンクエストII悪霊の神々 ●ドラゴンクエストIII そして伝説へ… ●ドラゴンクエストIV導かれし者たち ●ドラゴンクエストV天空の花嫁︵メインキャラクターデザインは主人公、パパス、ビアンカのみ︶ ●ドラゴンクエストVI幻の大地︵一部のモンスターは中鶴勝祥が担当︶ ●ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち︵一部のメインキャラクター、モンスター担当。その他のモンスターは中鶴勝祥とかねこ統が担当︶ ●ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君 ●ドラゴンクエストIX星空の守り人︵一部のメインキャラクター、ボスモンスター、職業イラスト担当。その他のデザインは中津英一朗、松本敏章が担当︶ ●ドラゴンクエストX目覚めし五つの種族 オンライン︵一部のメインキャラクター、ボスモンスター担当。その他のデザインは中津英一朗などが担当︶ ●ドラゴンクエストXI過ぎ去りし時を求めて ●トルネコの大冒険 不思議のダンジョンシリーズ ●トルネコの大冒険 不思議のダンジョン︵パッケージイラスト︶ ●ドラゴンクエストキャラクターズ トルネコの大冒険2不思議のダンジョン︵パッケージイラスト。その他のイラストは中鶴勝祥が担当︶ ●ドラゴンクエストキャラクターズ トルネコの大冒険3不思議のダンジョン︵パッケージイラスト。その他のイラストは中鶴勝祥が担当︶ ●ドラゴンクエストモンスターズシリーズ ●ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド︵パッケージイラスト、わたぼう︶ ●ドラゴンクエストモンスターズ2マルタのふしぎな鍵︵パッケージイラスト︶ ●ドラゴンクエストモンスターズ1・2星降りの勇者と牧場の仲間たち︵パッケージイラスト︶ ●ドラゴンクエストモンスターズ2イルとルカの不思議なふしぎな鍵︵パッケージイラスト︶ ●ドラゴンクエストモンスターズ キャラバンハート︵パッケージイラスト︶ ●ドラゴンクエストモンスターズ ジョーカー︵パッケージイラスト、主人公、神獣︶ ●ドラゴンクエストモンスターズ ジョーカー2︵パッケージイラスト︶ ●ドラゴンクエストモンスターズ ジョーカー2プロフェッショナル︵パッケージイラスト︶ ●ドラゴンクエストモンスターズ ジョーカー3︵パッケージイラスト、主人公、謎の少女︶ ●スライムもりもりドラゴンクエストシリーズ ●スライムもりもりドラゴンクエスト 衝撃のしっぽ団︵パッケージイラスト︶ ●スライムもりもりドラゴンクエスト2大戦車としっぽ団︵パッケージイラスト︶ ●スライムもりもりドラゴンクエスト3大海賊としっぽ団︵パッケージイラスト︶ ●剣神ドラゴンクエスト 甦りし伝説の剣︵パッケージイラスト︶ ●ドラゴンクエスト 少年ヤンガスと不思議のダンジョン︵パッケージイラスト︶ ●ドラゴンクエストソード 仮面の女王と鏡の塔︵パッケージイラスト、主人公、ディーン、セティア、ヒルダ︶ ●ドラゴンクエスト モンスターバトルロードシリーズ ●ドラゴンクエスト モンスターバトルロード︵I、II、III主人公描き下ろしイラスト、ロトSPカード描き下ろしイラスト︶ ●ドラゴンクエスト モンスターバトルロードII︵IV、V、VI主人公描き下ろしイラスト︶ ●ドラゴンクエスト モンスターバトルロードIIレジェンド︵既存のキャラクターのみ︶ ●ドラゴンクエスト モンスターバトルロードビクトリー︵既存のキャラクターのみ︶ ●ドラゴンクエスト モンスターバトルスキャナー︵既存のキャラクターのみ︶ ●戦え!ドラゴンクエスト スキャンバトラーズ︵既存のキャラクターのみ︶ ●ドラゴンクエストヒーローズシリーズ ●ドラゴンクエストヒーローズ 闇竜と世界樹の城︵アクト、メーア、ディルク、ジュリエッタ、ヘルムード︶ ●ドラゴンクエストヒーローズII双子の王と予言の終わり︵ラゼル、テレシア、ツェザール、オルネーゼ、ゼビオン王︶ ●ドラゴンクエストビルダーズシリーズ ●ドラゴンクエストビルダーズ アレフガルドを復活せよ︵パッケージイラスト、主人公︶ ●ドラゴンクエストビルダーズ2破壊神シドーとからっぽの島︵パッケージイラスト、主人公、少年シドー、昆虫型乗り物︶ ●ドラゴンクエスト トレジャーズ 蒼き瞳と大空の羅針盤 ●ファミコンジャンプII最強の7人︵敵キャラクターのいっかくねこ、ダークレイド、ゼドー︶ ●クロノ・トリガー︵キャラクター、シルバードデザイン︶ ●空想科学世界ガリバーボーイ︵メカデザイン︿レディ・ビー、シーライオン﹀︶ ●桃太郎電鉄シリーズ︵メカボンビーRX︶ ●トバルシリーズ ●トバルNo.1 ●トバル2 ●ジャンプアルティメットスターズ︵Dr.マシリトとキャラメルマンJ︶ ●ブルードラゴン︵キャラクターデザインの他、トリッポの声優としても出演︶ ●超速変形ジャイロゼッター︵BEEMAN︶ ●ジャンプフォース︵グラパー、ナビゲーター、ガレナ、カイン[127]、プロメテウス[128]︶アニメーション
●ドラゴンボールシリーズ ●ドラゴンボール︵一部のゲストキャラクター︶ ●ドラゴンボール 神龍の伝説︵グルメス、ボンゴ、パスタ、パンジ、兵士、召し使いロボット︶ ●ドラゴンボール 最強への道︵レッド総帥、ブラック参謀、ブルー将軍、ホワイト将軍、バイオレット大佐、ハッチャン、巨大ロボット︶ ●ドラゴンボールZ︵劇場版の主要ゲストなど、一部のアニメオリジナルキャラクターをデザイン︶ ●ドラゴンボールZこの世で一番強いヤツ︵Dr.ウィロー︶ ●ドラゴンボールZ地球まるごと超決戦︵神精樹︶ ●ドラゴンボールZたったひとりの最終決戦〜フリーザに挑んだZ戦士 孫悟空の父〜︵バーダック、トーマ、セリパ、トテッポ、パンブーキン︶ ●ドラゴンボールZ超サイヤ人だ孫悟空︵スラッグ︶ ●ドラゴンボールZとびっきりの最強対最強︵クウラ、クウラ最終形態、サウザー、ドーレ、ネイズ︶ ●ドラゴンボールZ極限バトル!!三大超サイヤ人︵人造人間13号、人造人間14号、人造人間15号、合体13号︶ ●ドラゴンボールZ燃えつきろ!!熱戦・烈戦・超激戦︵ブロリー、超サイヤ人ブロリー︶ ●ドラゴンボールZ銀河ギリギリ!!ぶっちぎりの凄い奴︵ボージャック、ゴクア、ザンギャ、ビドー、ブージン︶ ●ドラゴンボールZ龍拳爆発!!悟空がやらねば誰がやる︵タピオン、ミノシア︶ ●ドラゴンボールZ神と神︵2013年︶ストーリー[注 6]、キャラクターデザイン ●ドラゴンボールZ復活の﹁F﹂︵2015年︶脚本、キャラクターデザイン ●ドラゴンボールGT︵タイトルロゴ、メインキャラクターなどのデザイン︶ ●ドラゴンボール超︵2015年 - 2018年︶原案、キャラクター原案 ●ドラゴンボール超 ブロリー︵2018年︶脚本、キャラクターデザイン ●ドラゴンボール超 スーパーヒーロー︵2022年︶脚本、キャラクターデザイン ●ドクタースランプ︵1997年 - 1999年︶監修[129]、キャラクター原案[47] ●ドクタースランプ アラレのびっくりバーン︵1999年︶デザイン[130] ●劇場版クラッシャージョウ︵1983年︶宇宙ステーションMAX310のデザイン ●小助さま力丸さま -コンペイ島の竜-︵1988年︶初の描き下ろしオリジナルアニメ。芦田豊雄と共に脚本も担当。 ●ドラゴンクエスト︵1989年 - 1991年︶メインキャラクターデザイン ●空想科学世界ガリバーボーイ︵1995年︶一部メカデザイン ●超速変形ジャイロゼッター︵2013年︶スペシャルジャイロゼッターデザインテレビ番組
●アップルポップ︵1988年 - 1992年︶﹃ひらけ!ポンキッキ﹄内のコーナードラマ人形劇。キャラクターデザイン。プラモデル
●LISA︵リーザ︶[131]︵1985年︶デザイン、パッケージイラスト、説明書のイラストを担当。 ●ファインモールド﹁ワールドファイターコレクション﹂シリーズ全7種[132]︵1994年︶デザイン、パッケージイラスト、説明書のイラストを担当。世界各国の陸軍兵士をリアルに再現した上でコミカルにデフォルメしたプラモデルフィギュア[注 7]。フィギュア
●トレーディングフィギュアゲーム﹁BATTLE BRAKE︵バトルブレイク︶﹂︵V龍[133][注 8]、ラッキードラゴン[133][注 9]、トリヤマロボ︶ピンバッジ
●ファインモールド﹁ワールドファイタープレーン ピンバッジコレクション﹂全3種[134]︵2017年︶愛知航空ミュージアムのカフェ、その他イベントで販売メカデザイン
●レディ・ビー︵1992年︶﹃Vジャンプ﹄1992年11月22日号のカバー原画としてデザインされた飛行艇。三面図も描き起こし、それを基にバンプレストのスタジオ・デュースによりCGイラストが作られた。﹃Vジャンプ﹄の創刊CFで﹁ガリバーメカ﹂としてアラレ、カブキ団十郎、スライム、チョコボと共演している。後に﹃空想科学世界ガリバーボーイ﹄に登場している。カーデザイン
●QVOLT︵2005年︶﹃チョロQモーターズ﹄の電気自動車キャラクターデザイン
●コアラ舎シンボルマーク︵1984年︶名古屋市東山動植物園にある、コアラ舎のコアラのシンボルマーク ●ギャオくん︵1989年︶﹃週刊少年ジャンプ﹄創刊20周年記念キャラクター。ゲーム﹃ファミコンジャンプ 英雄列伝﹄にも登場。 ●V龍︵ブイロン︶︵1990年→2008年→2013年[注 10]︶﹃ブイジャンプ﹄イメージキャラクター。後にデザインが変更され、フィギュア﹃バトルブレイク﹄[133][注 8]、ゲーム﹃ドラゴンクエストX﹄﹃ガイストクラッシャー﹄﹃モンスターストライク﹄にも登場。 ●ガラクタじじい、小悪魔︵1991年︶フジテレビ系列﹃F1イギリスGP﹄番組内に放映された﹃週刊少年ジャンプ﹄のCMに登場するキャラクター。 ●五式犬︵1991年︶ファインモールドマスコットキャラクター。 ●ジッポライター[135]に使われているイラスト ●Tシャツ、エコバッグ、エプロン[136]、缶バッジ[137]、名刺入れ、灰皿[138]、プラモデル[139]などに使われているイラスト ●スーパーセンス ストーリー︵1991年︶ホンダの交通安全啓発用パンフレットのキャラクターデザイン。作画は東映動画︵現・東映アニメーション︶が担当。 ●リードン︵2002年︶伝説の読書龍として集英社のキャラクターとして使用 ●ジャンタ︵2005年︶ジャンプショップオリジナルキャラクター ●日本マンガ塾オリジナルキャラクター ●KAIZOくん[140]︵2009年︶集英社﹃週刊少年ジャンプ﹄公式サイト、ジャンプフェスタのオリジナルキャラクター ●マイ、ホンボット︵2016年︶アプリ﹃Myジャンプ﹄オリジナルキャラクター書籍
イラスト集
●鳥山明 the world︵1990年1月10日発売、集英社︶ ●鳥山明 THE WORLD SPECIAL︵1990年9月19日発売、集英社︶ ●鳥山明の世界 AKIRA TORIYAMA EXHIBITION︵1993年、1995年増補版発行︵全2種︶、﹁鳥山明の世界﹂展実行委員会︶ ●ドラゴンボール大全集1巻 COMPLETE ILLUSTRATIONS︵1995年6月25日発行、集英社︶ ●ドラゴンクエストモンスターズ 鳥山明イラストレーションズ[注 11]︵1996年12月1日発売、集英社︶ ●ドラゴンクエスト25thアニバーサリー モンスター大図鑑[注 12]︵2012年5月31日発売、スクウェア・エニックス︶ ●ドラゴンボール超画集︵2013年5月9日発売、集英社︶ ●鳥山明 ドラゴンクエスト イラストレーションズ︵2016年5月27日発売、集英社︶絵本
●TOCCIO THE ANGEL てんしのトッチオ︵2003年1月24日発売、集英社︶関連書籍
●鳥山明 THE WORLD アニメ・スペシャル︵1990年10月10日発行、集英社︶ ●AKIRA TORIYAMA LE MAITRE DU MANGA︵2011年11月3日発売、12 bis、ISBN 978-2-35648-332-4︶※フランスのみで発売 ●DVD付分冊マンガ講座 ジャンプ流 vol.1 まるごと鳥山明︵2016年1月7日発売、集英社︶イラスト・挿絵
●さくまあきら﹃燃えよ!フトリッパー﹄︵1982年︶シングルレコードジャケットのイラスト ●高千穂遥﹃だからバイク大好き!﹄︵1983年︶カバーイラスト ●ファーブル昆虫記全6巻︵1996年︶奥本大三郎編訳による集英社文庫の表紙および扉絵を担当 ●ビッチズ・ライフ・イラストレーション・ファイル[141]︵2001年、グラフィック社︶ ●﹃月刊アーマーモデリング﹄2009年1月号表紙描き下ろしイラスト︵コミカライズされた日本陸軍九七式中戦車チハと日本兵たち︶、2010年11月号表紙描き下ろしイラスト ●浜崎あゆみ﹃Rule/Sparkle﹄︵2009年︶初回盤ピクチャーレーベルのイラスト︵映画﹃DRAGONBALL EVOLUTION﹄主題歌︶ ●jealkb﹃Invade﹄︵2011年︶通常版、初回版A、初回版Bジャケットイラスト︵3つ共同じイラストだが着色が異なる︶ ●﹃西遊記〜はじまりのはじまり〜﹄︵2014年︶広告用イラスト ●清州町観光協会設立15周年記念事業﹃交響曲信長﹄ジャケットイラスト ●鳥嶋和彦﹃Dr.マシリト 最強漫画術﹄︵2023年︶表紙イラスト、裏表紙イラスト︵Dr.マシリトイラスト︶、あのころのトリシマとトリヤマ作詞
●﹁んちゃんちゃソング﹂︵1981年︶﹃Dr.スランプ アラレちゃん﹄挿入歌 ●﹁クリラ﹂﹁ヘリコプター﹂︵1984年︶小山茉美のアルバム﹃ポルカドットマジック﹄に収録。ジャケットイラストも担当。寄稿
●﹃いしかわじゅん﹄単行本 特別寄稿︵1986年︶いしかわじゅん著・双葉社刊行﹃僕達のサヨナラ・感電タウン﹄にイラストを寄稿。 ●﹃こちら葛飾区亀有公園前派出所﹄特別寄稿︵1993年︶﹃Kamedas﹄にイラストを寄稿。 ●﹃さくらももこ﹄と往復書簡でのコラボ作品︵1995年︶﹃さくらももこの総天然色満足館﹄にイラストを寄稿。 ●﹃﹁ミッキー﹂&﹁ミニー﹂生誕70周年記念フェスティバル﹄展示用イラスト︵1998年︶当時の﹃ディズニーファン﹄にイラストを掲載。 ●﹃こちら葛飾区亀有公園前派出所﹄連載25周年紀念 特別寄稿︵2001年︶﹃Kamedas2﹄にイラストを寄稿。 ●﹃ONE PIECE﹄連載10周年紀念 特別寄稿︵2007年︶﹃ONE PIECE 10th Treasures﹄2007年 9/10号にイラストを寄稿。 ●﹃NARUTO -ナルト-﹄連載10周年紀念 特別寄稿︵2009年︶﹃NARUTO秘伝・皆の書﹄オフィシャルプレミアムファンBOOKにイラストを2枚寄稿。 ●﹃桂正和﹄画業30周年紀念 特別寄稿︵2011年︶﹃桂正和 画業30周年記念本﹁桂大全﹂﹄にイラストを2枚寄稿[142]。 ●﹃浅田弘幸﹄画業25周年紀念 特別寄稿︵2012年︶﹃テガミバチ﹄14巻小冊子付き特装版にイラストを寄稿[143]。 ●﹃ジョジョの奇妙な冒険﹄連載25周年紀念 特別寄稿︵2012年︶﹃ウルトラジャンプ﹄2012年10月号付録の冊子﹁25YEARS WITH JOJO﹂にイラストを寄稿[144]。 ●ジャイアント・ジャガ・イモムシ、ベビークラーケン︵2014年︶﹃トリコ﹄公式ファンブック 29.5巻に寄稿されたキャラクター[145]。 ●﹃NARUTO -ナルト-﹄展 特別寄稿︵2015年︶NARUTO展の前売特典﹃新伝・雷の書﹄にイラストを寄稿。 ●﹃こちら葛飾区亀有公園前派出所﹄連載40周年紀念 特別寄稿︵2016年︶﹃週刊少年ジャンプ﹄2016年7号にイラストを寄稿[146]。同イラストが﹃週刊少年ジャンプ増刊・こち亀ジャンプ﹄にも掲載。 ●﹃銀魂﹄展 展示用イラスト︵2016年︶銀魂展﹃連載完結寸前 大銀魂展〜ツケが回る前にケツを拭け〜﹄のパンフレットにイラストを掲載[147]。 ●﹃To LOVEる -とらぶる-﹄シリーズ10周年紀念 特別寄稿︵2017年︶﹃To LOVEる-とらぶる-シリーズ10周年アニバーサリーブック とらぶるくろにくる﹄にイラストを寄稿[148]。 ●﹃青の祓魔師﹄10周年紀念 特別寄稿︵2020年︶﹃AOEX10﹄にイラストを寄稿[149]。その他
●激突!4コマ競作バトルロイヤル︵1986年︶﹃スーパージャンプ﹄創刊号に4コマ漫画を2本掲載。 ●BATTLEMAN F-1西ドイツホッケンハイムGP観戦記レポート漫画︵1990年︶﹃週刊少年ジャンプ﹄1990年44号および週刊少年ジャンプ特別編集﹃F-1 GRAND PRIX 1990﹄に掲載。また、1990年の﹃週刊少年ジャンプ﹄のコーナー﹁週刊少年ジャンプF-1CLUB﹂に漫画﹃BATTLEMANのすごいぞ!F.1﹄を複数回掲載している。 ●モンモンの相撲遊戯︵﹃週刊少年ジャンプ﹄1992年3・4合併号︶つの丸の読み切り漫画。他連載作家と共に協力。 ●﹃月刊アーマーモデリング﹄2009年1月号模型作例﹁1/35四式軽戦車﹂製作および記事執筆︵模型の車体はファインモールド製、砲塔はタミヤ製︶ ●ちかごろのワシ︵1995年 - 1996年︶全7回。﹃ドラゴンボール大全集﹄別冊付録﹃神龍通信﹄全7号に描き下ろし漫画を掲載。 ●さいきんのわし︵2014年︶﹃最強ジャンプ﹄2014年7月号に描き下ろし4コマ漫画を掲載。 ●ドラゴンボール30周年スペシャル裏マンガ︵2016年︶﹃30th ANNIVERSARY ドラゴンボール 超史集﹄に描き下ろし漫画を掲載。 ●タレントに頼まれて似顔絵を描いている︵品川庄司の品川祐、次長課長の井上聡、麒麟の川島明、千秋[150]、jealkb︵haderu、elsa、ediee、hideki、dunch、chaos、mofto︶、ニブンノゴ!の大川知英、じゃぴょん、坂口博信など︶番組出演歴
テレビ
●わが青春のトキワ荘〜現代マンガ家立志伝〜︵NHK、1981年5月25日︶ ●徹子の部屋︵テレビ朝日系列、1983年5月4日︶ラジオ
●ミッドナイト東海[注 13]︵東海ラジオ放送、1980年頃︶ ●島田紳助のおっと危ない!東京ばくだん小僧のコーナー﹁アタック北斗の拳﹂あたた耐久レース︵ニッポン放送、1985年︶電話出演個展開催歴
鳥山明の世界開催期間 | 開催場所 |
---|---|
1993年12月4日 - 1994年1月30日 | 神奈川県・川崎市市民ミュージアム |
1994年4月9日 - 5月29日 | 福島県・いわき市立美術館 |
1994年8月5日 - 9月4日[151] | 香川県・高松市美術館 |
1994年10月22日 - 11月27日 | 北海道・北海道立旭川美術館 |
1994年12月22日 - 1995年1月29日 | 福岡県・ラフォーレミュージアム小倉 |
1995年4月22日 - 5月21日 | 東京都・新宿三越美術館 |
1995年6月6日 - 7月2日 | 愛知県・名古屋市民ギャラリー |
1995年7月20日 - 8月27日 | 熊本県・熊本県立美術館 |
1995年7月20日 - 8月27日 | 東京都・国立西洋美術館 |
1995年9月14日 - 9月25日[注 14] | 兵庫県・神戸阪急ミュージアム |
1997年7月27日 - 8月24日[152] | 秋田県・増田町まんが美術館 |
- 鳥山明 The World of DRAGONBALL[153]
開催期間 | 開催場所 |
---|---|
2013年3月27日 - 4月15日 | 東京都・日本橋高島屋 |
2013年4月17日 - 4月23日 | 大阪府・阪神百貨店梅田本店 |
2013年7月27日 - 9月1日 | 愛知県・松坂屋美術館 |
関連人物
桂正和 鳥山同様に鳥嶋和彦によって才能を見出された一人。鳥山が﹁恋愛モノ﹂を苦手にしているのと対照的に桂は﹁恋愛モノ﹂を得意にしており、その道の第一人者。鳥山とはデビュー前に手塚賞準入選の時の授賞式で会って以来交流があり[154]、﹃ウイングマン﹄の作中に﹁生徒会トリヤマ﹂や﹁Mr.マヤリト﹂として鳥山が登場している。逆に﹃Dr.スランプ﹄には、非常な田舎者として桂が登場しており、番外の短編漫画でエピソードが語られている。また、悟空が界王を笑わせるために使ったギャグは、鳥山が桂に披露したもののバカにされたといわれるものであり、フュージョンのアイディアも桂による、と述べている[155]。1984年に桂が病気療養のため約5か月間﹃ウイングマン﹄の連載を中断した際、週1ページの応援作品﹁がんばれ!桂くん﹂が連載されたが、鳥山は、タイトルとタイトルバックの似顔絵︵病室で寝巻き姿の桂が、元気にウイングマンの変身ポーズを決めている︶を寄稿している。﹃ウイングマン﹄連載以降に電話で話すようになり、鳥山が﹃ドラゴンボール﹄、桂が﹃電影少女﹄を連載していた頃は、仕事からの逃避でお互い締め切り直前に長電話をよくしていた[154]。﹃D・N・A² 〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜﹄連載前に鳥山に相談したところ﹁主人公を変身させて髪の色を変えてみてはどうか﹂﹁戦わせるしかない﹂と言われ、不安を抱きつつ描いたら鳥山のファンから﹁︵超サイヤ人の︶マネをするな﹂と抗議が来たという[156]。 桂、寺田克也、竹谷隆之の3名について鳥山いわく﹁自分からは滅多に誰かに会おうとはしないが、この3人の天才に会うのは悪くない﹂とのことである[157]。桂とは2008年に﹃さちえちゃんグー!!﹄︵読切︶、2009年には﹃JIYA -ジヤ-﹄︵短期連載︶で共作︵原作を鳥山、作画を桂が担当︶しており、鳥山は﹁組むんだったら桂君しかありえない。文句を言ってくれる人は彼くらい﹂と語っている[154]。 さくまあきら 友人[158]。﹃セブンティーン﹄において鳥山と笑福亭鶴瓶の対談をさくまがセットしたのが初対面[57]。﹃Dr.スランプ﹄には﹁たこやきマクサ﹂として登場している。 尾田栄一郎 1995年の集英社主催のパーティーで徳弘正也に同行し︵当時、アシスタントをしていた︶、鳥山からイラスト入りのサインを貰ったのが初対面。その後、尾田の希望で鳥山と対談して以降、さまざまな場で交流している。﹃天才パソコミ塾﹄︵2002年 集英社インターナショナル︶でMacを使った漫画の描き方で共演したり、2006年12月には﹃ONE PIECE﹄と﹃ドラゴンボール﹄のコラボレーション漫画﹃CROSS EPOCH﹄︵﹃週刊少年ジャンプ﹄2007年4・5合併号、2006年12月25日発売︶を発表した。 岸本斉史 岸本は﹃NARUTO﹄の連載が3周年を迎えたらご褒美として、鳥山のサイン色紙を貰うという約束を編集部と取り付けており、実際にサインを手に入れた際には、その喜びを﹃ジャンプ﹄の巻末コメントで語っていた。また、ナルトの連載10周年を記念して発売された﹃NARUTO-ナルト-秘伝・皆の書﹄では、鳥山がナルトのイラストや、ナルトの格好をした悟空を描いている。 棚園正一 不登校だった13歳の時に自立支援組織から来ていた家庭教師の協力で鳥山明と対面した[159]。棚園は、その実体験を基にした漫画﹃学校へ行けない僕と9人の先生﹄を連載。同作品コミックス︵2015年2月27日発売︶に鳥山明寄稿による1600字超のコメントが収録されている。また鳥山と棚園は﹁作品をより面白い漫画にするためには﹂と言った話し合いを年5回程度のペースで続けている[160]。 桑折貴之︵お笑いコンビ・じゃぴょん︶ 鳥山明の娘がじゃぴょんの桑折のファンということから、じゃぴょん単独ネタライブの似顔絵、およびチラシを描いたことがある[161][162]。そのことは2008年6月7日放送の﹃やりすぎコージー・オ〜ガの泉2〜モヤモヤ芸人救済スペシャル〜﹄で語られた。 大川知英︵お笑いトリオ・ニブンノゴ!︶ ﹃ドラゴンボール﹄のハリウッド化の話が出た際、一番初めに相談したほどの親友[注 15][163]。 jealkb 鳥山明の娘がjealkbとマキシマムザホルモンのファンであり、jealkbがライブで名古屋に来た時は、仕事で忙しくない限りは参加している[注 16]。上記のじゃぴょんの桑折、ニブンノゴ!の大川もjealkbのメンバーである。またjealkbのメンバーでもある田村淳が香那と入籍した際には、結婚祝のイラスト付き色紙を贈っている[注 17]。 マキシマム ザ ホルモン 娘と一緒に2012年10月29日に開催されたjealkbとマキシマム ザ ホルモンの対バンライブ﹁異色薔薇ノ歌合戦﹂に参加した。その際、鳥山明はマキシマム ザ ホルモンの楽屋に訪れてサインを描いている[注 18]。またライブで歌われた曲﹁﹁F﹂﹂にインスパイアされて﹃ドラゴンボールZ復活の﹁F﹂﹄のアイデアを閃いた[170]。担当編集者
「ドラゴンボール#歴代担当編集者」も参照
鳥嶋和彦
近藤裕
武田冬門
アシスタント
アシスタントは歴代2人。﹃Dr.スランプ﹄連載初期はアシスタントを雇うこと自体知らなかったため、1人で全部描いていた[171]。アシスタントを呼ぶのは1週間に1日だった[171]。 ひすゎし︵現‥田中久志︶ ﹃Dr.スランプ﹄前半を担当。 まつやまたかし ﹃Dr.スランプ﹄後半から﹃ドラゴンボール﹄後半まで担当している[171]。﹃Dr.スランプ﹄のペンギン村の建物や風景、﹃ドラゴンボール﹄のカメハウス、ナメック星などの背景画を担当[172]。﹃ドラゴンボール﹄終盤でアシスタントを辞めることになり、﹁あと少しで連載が終わるから﹂ということで以降は鳥山1人で執筆していた[171]。2009年に再びアシスタントとして﹃おいしい島のウーさま﹄の作画に関わっている[172][注 19]。アニメーター
中鶴勝祥 ﹁﹃僕こんなの書いたっけ?﹄と思えるほど完成度の高いイメージボードを書いてくれる﹂と話している[173]。 山室直儀 ﹁孫悟空を書けるのはこの人しかいない﹂と評している[174]。 芦田豊雄 影やハイライトの入れ方・カラーの処理の仕方に影響を受けたと公言している[59][175]。また、尊敬している人物の1人であると話している[59]。脚注
注釈
(一)^ インタビューでそう答えた当時の愛飲銘柄はキャスター。
(二)^ ただし例外はあり、1996年の﹃週刊少年ジャンプ﹄の映画﹃ファイナル・プロジェクト﹄の宣伝記事にてジャッキー・チェンとツーショットの写真が掲載されている。
(三)^ 短期集中連載の﹃銀河パトロール ジャコ﹄も銀河パトロールシリーズの内の1つ。
(四)^ 2009年5月初版発行。2016年4月に第二版発行。第二版の書名は﹃おいしい島のウーさまVSテクテク星人 ぐるぐる島の宝を守れ!﹄。第二版は冊子の表紙デザイン、中身のレイアウトなどが変更されているが、漫画の内容は同じである。
(五)^ 他のアバターデザインは鳥山明の許可を得て開発チームが作っている。
(六)^ 鳥山が初めてアニメシリーズに脚本の段階から深く関わった作品。鳥山がコミックの原作と違わぬほど書き込んだ台詞入りプロットの中から90%以上のストーリーと台詞が採用されている。﹁企画の力 森下孝三東映アニメーション取締役副会長 ドラゴンボール"復活"の全貌﹂﹃日経エンタテインメント!﹄2013年5月号No.194、日経BP社、2013年4月4日、22-23頁。
(七)^ ﹃ドラゴンボール﹄﹁其之五百一 救世主登場!?﹂のカラー扉絵で、ファインモールドがプラモデル化した﹁日本陸軍九七式軽装甲車テケ﹂を描いてミスター・サタンを搭乗させ、その車体にFINE MOLDSと記している。
(八)^ ab﹃Vジャンプ﹄2011年6月号に付属。
(九)^ イラスト集﹃鳥山明 the world﹄の84頁に掲載されている描き下ろしイラストが元デザイン。
(十)^ ﹃ブイジャンプ﹄1990年12月12日号に掲載。その後﹃Vジャンプ﹄2008年7月号︵創刊15周年︶でデザインが変更。﹃Vジャンプ﹄2013年7月号︵創刊20周年︶では進化したV龍︵体の色も緑から赤に変わっている︶が掲載された。
(11)^ 奥付のモンスターイラストレーションには鳥山明と並んで中鶴勝祥の名前がある。
(12)^ 奥付のモンスターイラスト・イメージイラスト製作が﹁フェイク・デザイン・ワークス﹂になっており、掲載されているイラストもパソコンで着色し直していたり鳥山明の原画ではない。
(13)^ ミッドナイト東海では笑福亭鶴瓶と対談した。その後﹃週刊セブンティーン1981年4・5合併号﹄でも笑福亭鶴瓶と鳥山明の対談が行われ、対談記事﹁新春あこがれ対談 Dr.スランプVS鶴瓶﹂が掲載された。
(14)^ 当初は1995年3月10日 - 4月19日の開催予定だったが、阪神・淡路大震災の影響で開催延期になった。
(15)^ 2009年6月11日放送﹃雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!﹄で大川が語った。
(16)^ 2012年11月17日放送のラジオ﹃ダイスケはん&ナヲのギンギラギンにさりげ肉﹄で語られた。
(17)^ 2013年10月7日に田村淳のFacebookでイラスト色紙画像が上げられた[164]。
(18)^ 2012年10月30日にマキシマム ザ ホルモンのTwitterでサイン画像が上げられた[165][166][167][168][169]。
(19)^ ﹃おいしい島のウーさま﹄と同時掲載の﹃なぜテクテク星人はぐるぐる島を狙っているの?﹄では作画をまつやまが担当し、鳥山は監修と表紙絵を担当している。
出典
(一)^ ab﹃COMIC BOX﹄﹁わしの裏話﹂、1985年11月号。
(二)^ INLIFE 男の履歴書 鳥山明
(三)^ 地域情報|一般社団法人 名古屋西法人会 2014年6月24日閲覧。
(四)^ 鳥山明﹁ドキュメンタリー ボクはこうやってDr.SLUMPをかいているのさっ!!3﹂﹃Dr.スランプ 第3巻﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1980年12月15日、ISBN 4-08-851183-2、86頁。
(五)^ ﹃さらばわが青春の﹃少年ジャンプ﹄﹄pp.282
(六)^ 岡田斗司夫、唐沢俊一﹁マンガ家という生き方﹂﹃オタク論!﹄創出版 2007年4月27日、ISBN 978-4-924718-80-7、203-204頁。
(七)^ 鳥山明﹃DRAGON BALL 第20巻﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1990年1月15日、ISBN 4-08-851617-6、カバー折り返し。
(八)^ 渡辺彰則編﹁鳥山明的超会見﹂﹃ドラゴンボール大全集 第6巻﹄集英社、1995年12月9日、ISBN 4-08-782756-9、216頁。
(九)^ ab﹃COMIC BOX﹄﹁ヒストリー・オブ・鳥山明﹂、1985年11月号。
(十)^ ﹃Dr.スランプ﹄実話落書き漫画より。
(11)^ abc鳥山明﹁トリさの解説じゃぞい﹂﹃Dr.スランプ 第11巻﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1983年9月15日、ISBN 4-08-851191-3、48・80・110頁。
(12)^ abcdefghijklジャンプ・コミック出版編集部編﹁鳥山明 ON THE ROAD﹂﹃ドラゴンボール完全版公式ガイド Dragonball LANDMARK 少年編〜フリーザ編﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、2003年12月24日、ISBN 4-08-873478-5、146-159頁。
(13)^ ab週刊少年ジャンプ特別編集﹁V AKIRA TORIYAMA 鳥山明V.S.堀井雄二 森下孝三 鳥嶋和彦﹂﹃鳥山明 the world﹄集英社、1990年1月15日、ISBN 4-08-858130-X、90-91頁。
(14)^ ﹃徹子の部屋﹄出演時の発言より。
(15)^ 鳥山明﹁わたしはこうしてマンガ家になってしまった その3﹂﹃鳥山明○作劇場Vol.2﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1988年3月15日、ISBN 4-08-851469-6、94頁。
(16)^ ﹁Dr.スランプが生まれるまでにボツになった原稿は1000枚くらいです﹂﹃月刊スターログ日本版1980年11月号﹄ツルモトルーム、1980年11月1日
(17)^ 鳥山明﹁わたしはこうしてマンガ家になってしまった その4﹂﹃鳥山明○作劇場Vol.2﹄140頁。
(18)^ abcde大下英治﹁第八章 アニメファンの拡大 没原稿五百枚﹂﹃日ジャ本パニーズヒーローは世界を制す﹄角川書店、1995年11月24日、ISBN 4-04-883416-9、233-237頁。
(19)^ ab鳥山明﹁わたしはこうしてマンガ家になってしまった その5﹂﹃鳥山明○作劇場Vol.2﹄166頁。
(20)^ 週刊少年ジャンプ特別編集﹁V AKIRA TORIYAMA﹂﹃鳥山明 the world﹄88頁。
(21)^ ﹃BIRD LAND PRESS 4﹄1983年、11頁。
(22)^ 鳥山明﹁-あのころは青かった-これをかいていたころのわし(1)ワンダー・アイランドをかいていたころ﹂﹃鳥山明○作劇場Vol.1﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1983年7月15日、ISBN 4-08-851261-8、20頁。
(23)^ ab鳥山明﹁わたしはこうしてマンガ家になってしまった その5﹂﹃鳥山明○作劇場Vol.2﹄184頁
(24)^ サンケイスポーツ特別版﹃ドラゴンボールZ復活の﹁F﹂新聞﹄の鳥嶋和彦のコメントより。
(25)^ ﹃さらばわが青春の﹃少年ジャンプ﹄﹄pp.280
(26)^ abcd﹁神龍通信 第1号 歴代担当者座談会﹂﹃ドラゴンボール大全集1巻﹄別冊付録、集英社、1995年。
(27)^ 鳥山明﹁-あのころは青かった-これをかいていたころのわし(2)ワンダー・アイランド2ギャル刑事トマトをかいていたころ﹂﹃鳥山明○作劇場Vol.1﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1983年7月15日、ISBN 4-08-851261-8、36頁。
(28)^ 鳥山明﹁-あのころは青かった-これをかいていたころのわし(1)ワンダー・アイランドをかいていたころ﹂﹃鳥山明○作劇場Vol.1﹄20頁。
(29)^ abc“﹃Dr.スランプ﹄で﹁マシリト﹂と呼ばれた男・鳥嶋和彦の仕事哲学︻中編︼﹃ジャンプ﹄伝説の編集長は﹃ドラゴンボール﹄をいかにして生み出したのか”. #SHIFT. ITmediaビジネス. 2023年6月28日閲覧。
(30)^ 鳥山明﹁めずらしくわしがマジメにかたるDr.スランプのヒミツ その(2)則巻千兵衛が主人公のハズだった!!﹂﹃Dr.スランプ 第16巻﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1985年1月15日、ISBN 4-08-851196-4、48頁。
(31)^ 商品の説明﹁内容紹介﹂﹁Amazonレビュー﹂ - Amazon.co.jp
(32)^ ﹁ずっこけアラレちゃん まじめアトムKO TVアニメホヨヨー人気の秘密﹂﹃中日新聞﹄1981年12月4日夕刊。
(33)^ ab﹁集英社、コミック単行本﹃Dr.スランプ﹄絶好調──第6巻初版220万部、業界新﹂﹃日経産業新聞﹄1981年12月21日付、4頁。
(34)^ 鳥山明﹁めずらしく わしが マジメに かたるDr.スランプのヒミツ その(1)こんなにつづくハズじゃなかった﹂﹃Dr.スランプ 第16巻﹄34頁。
(35)^ 鳥山明﹃Dr.スランプ 第9巻﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1982年12月30日、ISBN 4-08-851189-1、カバー折り返し。
(36)^ 鳥山明﹁めずらしくわしがマジメにかたるDr.スランプのヒミツ その(5)ペン入れをした記憶のない原稿がある!!﹂﹃Dr.スランプ 第16巻﹄116頁。
(37)^ 鳥山明﹁あっそう もうおしまいなんですか ドクター スランプ﹂﹃Dr.スランプ 第18巻﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1985年5月15日、ISBN 4-08-851198-0、146頁。
(38)^ ab鈴木晴彦編﹁THE SECRET IN Z 知られざる﹃Z﹄﹂﹃テレビアニメ完全ガイド﹃DRAGON BALL Z﹄孫悟空伝説﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、2003年10月8日、ISBN 4-08-873546-3、198-199頁。
(39)^ ﹁堀井雄二VS鳥山明DQモンスターができるまで﹂﹃ドラゴンクエストモンスターズ 鳥山明イラストレーションズ﹄集英社、1996年12月23日、3頁。ISBN 4-08-782017-3。
(40)^ J-WAVE TOKYO M.A.A.D SPIN Twitter 2023年6月27日付
(41)^ ﹃鳥山明 THE WORLD SPECIAL﹄集英社、1990年9月24日、133頁。
(42)^ 鳥山明﹃ドラゴンボール 第11巻﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1988年2月15日、ISBN 4-08-851608-7、89頁。
(43)^ 2016年12月29日﹃ドラゴンクエスト30th そして新たな伝説へ﹄︵NHK︶
(44)^ 4gamer.net ﹁黒川塾︵十弐︶﹂の堀井雄二の発言や、2016年﹃週刊少年ジャンプ秘録!!ファミコン神拳!!!﹄(ISBN 978-4-8342-8457-7)73頁の鳥嶋和彦インタビュー、114頁の堀井雄二インタビュー。
(45)^ 1996年の書籍﹃ドラゴンクエストモンスターズ﹄(ISBN 4-08-782017-3)2冊目の9頁の対談で鳥山明自身の発言。﹁ガスト﹂のドット風の原画も掲載。
(46)^ ﹃鳥山明 ドラゴンクエスト イラストレーションズ﹄ISBN 978-4-08-792508-1の15頁に主人公3人のドット絵、18頁にドット絵のガストを含む、画風の異なるモンスターが掲載。234頁の解説によると15頁の原画は本書の制作時に発見されたものである。
(47)^ abドクタースランプDVD-BOX SLUMP THE BOX 90's 作品解説
(48)^ 同誌あとがき
(49)^ “ドクター・スランプ2007特別編 Dr.MASHIRITO ABALEちゃん”. 月刊少年ジャンプ. 2010年2月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月10日閲覧。
(50)^ 漫画家鳥山明氏、米不動産に投資︵毎日新聞、2017年11月6日︶
(51)^ “﹁ドラゴンボール﹂の鳥山明氏、米不動産に投資日本人計12人 パラダイス文書の分析で判明”. 産業経済新聞社 (2017年11月6日). 201-12-4閲覧。
(52)^ “鳥山明4000万円以上節税で﹁税金払ってますか﹂直撃”. 光文社 (2017年11月16日). 2017年12月4日閲覧。
(53)^ abcdeジャンプ・コミック出版編集部編﹁鳥山明 WITH DRAGON BALL﹂﹃ドラゴンボール完全版公式ガイド Dragonball FOREVER 人造人間編〜魔人ブウ編 ALL BOUTS & CHARACTERS﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、2004年5月5日、ISBN 4-08-873702-4、146-155頁。
(54)^ ab渡辺彰則編﹁鳥山明的超会見﹂﹃ドラゴンボール大全集4巻﹄集英社、1995年10月9日、ISBN 4-08-782754-2、166-169頁。
(55)^ ジャンプ・コミック出版編集部編﹁マンガ﹁DRAGON BALL﹂の真実〜トリヤマはこう考えていたよスペシャル〜﹂﹃DRAGON BALL 超エキサイティングガイド ストーリー編﹄集英社、2009年3月9日、ISBN 978-4-08-874803-0、91頁。
(56)^ ab﹃ジャンプ流! 秘伝ガイド Vol.01 まるごと鳥山明﹄集英社、2015年、18頁。
(57)^ abcd大徳哲雄編﹁COMIC LIVE DISCUSSION -ユカイなユカイな対談特集-PART 1 鳥山明VSさくまあきら﹂﹃月刊OUT 1982年3月号﹄みのり書房、昭和57年3月1日、雑誌 01587-3、50-54頁。
(58)^ Vジャンプ編集部編﹁DRAGON BALL EDITORS INTERVIEW no.3 3代目担当編集 武田冬門﹂﹃30th Anniversary ドラゴンボール超史集﹄集英社、平成28年︵2016年︶1月26日、ISBN 978-4-08-792505-0、71頁。
(59)^ abcde渡辺彰則編﹁鳥山明的超会見﹂﹃ドラゴンボール大全集 第1巻﹄集英社、1995年6月26日、ISBN 4-08-782751-8、205-207頁
(60)^ ﹁神龍通信 第2号 歴代担当者+鳥山明座談会﹂﹃ドラゴンボール大全集2巻﹄別冊付録、集英社、1995年。
(61)^ abVジャンプ編集部編﹁鳥山明的超会見追加版﹂﹃ドラゴンボール超画集﹄集英社︿愛蔵版コミックス﹀、平成25年︵2013年︶5月14日、ISBN 978-4-08-782520-6、225頁。
(62)^ Vジャンプ編集部編﹁鳥山明も振り返ってみたDRAGONBALL!!﹂﹃ドラゴンボール超全集4﹄集英社︵愛蔵版コミックス︶、2013年5月14日、ISBN 4-08-782499-3、348頁。
(63)^ “ドラゴンボール超インタビュー﹁とりとよ放談﹂inVJ”. VジャンプWEB. 2018年4月9日閲覧。
(64)^ abc﹃週刊少年ジャンプ40周年記念出版 マンガ脳の鍛えかた﹄集英社、2010年3月19日、ISBN 978-4-08-782280-9、38頁。
(65)^ 鳥山明﹁わしと自動車﹂﹃Dr.スランプ 第14巻﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1984年6月15日、ISBN 4-08-851194-8、145頁。
(66)^ 鳥山明﹃Dr.スランプ 第14巻﹄カバー折り返し。
(67)^ 鳥山明﹃Dr.スランプ 第12巻﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1983年12月15日、ISBN 4-08-851192-1、カバー折り返し。
(68)^ abcd週刊少年ジャンプ特別編集﹁鳥山先生に完全密着取材Q&A!!なるほど!?ザ・ドラゴンボール﹂﹃DRAGON BALL 冒険SPECIAL﹄集英社、1987年12月1日、雑誌29939-12/1、139-140頁。
(69)^ Vジャンプ編集部編﹁鳥山明に聞いてみた!2013 CHARACTER編﹂﹃ドラゴンボール超全集 第1巻﹄集英社、2013年2月4日、ISBN 978-4-08-782496-4、29頁。
(70)^ 鳥山明﹁わしと動物その2﹂﹃Dr.スランプ 第14巻﹄62頁。
(71)^ 週刊少年ジャンプ特別編集﹁超豪華3大マル秘特集 鳥山明スペシャル︵2︶マンガ﹁わしとアニメ﹂﹂﹃ドラゴンボールZアニメ・スペシャル﹄集英社、雑誌29939-10/18、8頁。
(72)^ 後藤広喜編﹁新生!ホップ☆ステップ賞︵第61回3月期︶大募集!!読めば漫画力がつく!鳥山明先生の天下一漫画指南!!﹂﹃週刊少年ジャンプ 1986年37号﹄集英社、平成2年4月2日、雑誌29931-4/2、121頁。
(73)^ 週刊少年ジャンプ特別編集﹁超アニメ人座談会﹂﹃DRAGON BALL Z アニメ・スペシャルII﹄101頁。
(74)^ abc渡辺彰則編﹁鳥山明的超会見﹂﹃ドラゴンボール大全集 第2巻﹄集英社、1995年8月9日、ISBN 4-08-782752-6、262-264頁。
(75)^ 渡辺彰則編﹁鳥山明的超会見﹂﹃ドラゴンボール大全集5巻﹄集英社、1995年11月7日、ISBN 4-08-782755-0、207頁。
(76)^ ﹃MEN'S NON-NO﹄2014年1月号、集英社、186頁。
(77)^ 渡辺彰則編﹃ドラゴンボール大全集 第2巻﹄13頁。
(78)^ Vジャンプ編集部編﹁鳥山明INTERVIEW DRAGON BALLと鳥山明﹂﹃30th Anniversary ドラゴンボール超史集﹄集英社、2016年1月26日、ISBN 978-4-08-792505-0、93頁。
(79)^ 鳥山明﹁めずらしくわしがマジメにかたるDr.スランプのヒミツ その(6)センベエさんとミドリさんの結婚﹂﹃Dr.スランプ 第16巻﹄130頁。
(80)^ ﹁神龍通信 第1号 ちかごろのワシ﹂﹃ドラゴンボール大全集1巻﹄別冊付録、集英社、1995年。
(81)^ ﹁だからマンガ大好き﹂さくまあきら著
(82)^ ﹁タミヤニュース 人形改造作品集14﹂1986年
(83)^ ﹁神龍通信 第4号 仕事道具紹介﹂﹃ドラゴンボール大全集4巻﹄別冊付録、集英社、1995年。
(84)^ ab﹃週刊プレイボーイ 1995年1月31日号﹄集英社、1995年、43-44頁。
(85)^ ﹁スターログ独占インタビュー Dr.SLUMP 鳥山明﹂﹃月刊スターログ﹄1980年11月号、ツルモトルーム、87頁。
(86)^ abShonen Jump (Viz Media) (1). (November 26, 2002).
(87)^ ab渡辺彰則編﹁鳥山明的超会見﹂﹃ドラゴンボール大全集 第3巻﹄集英社、1995年9月9日、ISBN 4-08-782753-4、207頁。
(88)^ ab鈴木晴彦編﹁鳥山明×中鶴勝祥対談﹂﹃テレビアニメ完全ガイド﹃DRAGON BALL Z﹄孫悟空伝説﹄100頁。
(89)^ 2015年7月5日﹃SWITCHインタビュー 達人達﹄︵NHKEテレ︶
(90)^ “そもそも﹁編集者﹂って何なんだ!?﹃ドラゴンボール﹄を手がけた伝説の編集者・鳥嶋和彦が語る、優秀な漫画編集者の条件とは。”. 電ファミニコゲーマー (2021年9月24日). 2023年1月3日閲覧。
(91)^ Vジャンプ編集部編﹁The PERIOD of DRAGON BALL﹂﹃30th Anniversary ドラゴンボール超史集﹄集英社、2016年1月26日、ISBN 978-4-08-792505-0、28頁。
(92)^ ﹃アニメージュ 1990年6月号﹄徳間書店、1990年6月10日、16頁。
(93)^ 後藤広喜︵編︶﹁週刊少年ジャンプ第25号もくじ﹂﹃週刊少年ジャンプ﹄1990年6月4日号、集英社、1990年6月4日、418頁、雑誌 29931-6/4。
(94)^ Vジャンプ編集部 編﹁Weekly JUMP Toriyama's Comments 1989-1992﹂﹃30th Anniversary ドラゴンボール超史集﹄集英社︿愛蔵版コミックス﹀、2016年1月26日、47頁。ISBN 978-4-08-792505-0。
(95)^ ﹃週刊少年ジャンプ40周年記念出版 マンガ脳の鍛えかた﹄集英社、2010年3月19日、ISBN 978-4-08-782280-9、41頁。
(96)^ “5月7日︵水︶”. さくまあきらホームページ (2008年5月7日). 2022年8月20日閲覧。
(97)^ “5月8日︵木︶”. さくまあきらホームページ (2008年5月8日). 2022年8月20日閲覧。
(98)^ 鳥山明﹃ドラゴンボール 第18巻﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1989年7月15日、ISBN 4-08-851615-X、カバー折り返し。
(99)^ 鳥山明﹁ギャースカ大魔王の巻﹂﹃Dr.スランプ 第3巻﹄108頁。
(100)^ Vジャンプ編集部編﹁The PERIOD of DRAGON BALL﹂﹃30th Anniversary ドラゴンボール超史集﹄集英社、2016年1月26日、ISBN 978-4-08-792505-0、59頁。
(101)^ ﹃ジャンプ流! 秘伝ガイド Vol.01 まるごと鳥山明﹄集英社、2015年、4頁。
(102)^ さくまあきらホームページ:仕事人裏日記 1999年12月16日
(103)^ ﹁神龍通信 第2号 ちかごろのワシ﹂﹃ドラゴンボール大全集2巻﹄別冊付録、集英社、1995年。
(104)^ さくまあきらのホームページ:仕事人裏日記 2006年12月7日
(105)^ “鳥山明のCM出演情報”. ORICON NEWS. 2022年5月1日閲覧。
(106)^ ﹃週刊少年ジャンプ 1980年5・6合併号、目次コメント﹄集英社。
(107)^ ロボットの自画像は﹃Dr.スランプ﹄時代から登場している。
(108)^ コミックナタリー - 鳥山明、仏アングレーム国際BD祭で特別賞を受賞 コミックナタリー 2013年2月5日
(109)^ “﹁ドラゴンボール﹂鳥山明さん、仏芸術文化勲章を受章”. 朝日新聞. (2019年6月3日) 2021年5月31日閲覧。
(110)^ “漫画家の亜樹直、鳥山明両氏が芸術文化勲章を受章”. 駐日フランス大使館 (2019年12月30日). 2021年5月31日閲覧。
(111)^ 鳥山明のヘタッピマンガ研究所 (集英社): 1985|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
(112)^ 桂正和×鳥山明﹃カツラアキラ﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、2014年4月4日、ISBN 978-4-08-880124-7、193頁。
(113)^ ﹃週刊少年ジャンプ﹄﹃Vジャンプ﹄の共同編集
(114)^ ﹃BIRD LAND PRESS 22﹄1986年、19頁。
(115)^ abVジャンプ編集部編﹁鳥山明とVジャンプ﹂﹃30th Anniversary ドラゴンボール超史集﹄集英社、2016年1月26日、ISBN 978-4-08-792505-0、83頁。
(116)^ “G-Star 2009現地レポート﹁ドラゴンボールオンライン﹂クリエイティブディレクター高宮孝治氏特別インタビューシステム的な新しさではなく“原作感”の表現にこだわったMMORPG”. 2019年10月9日閲覧。
(117)^ abcVジャンプ編集部編﹁VIDEOGAME SELECTION PICK OP! 05 ドラゴンボール ゼノバース﹂﹃30th Anniversary ドラゴンボール超史集﹄集英社、2016年1月26日、ISBN 978-4-08-792505-0、190-191頁。
(118)^ “﹁ドラゴンボールオンライン﹂の実現に必要だった二つのフュージョンとは? ICON2009で行われたNTL高宮氏の講演を紹介”. 2019年10月9日閲覧。
(119)^ 幹大樹による2017年5月8日22:38の発言
(120)^ “Exys株式会社 幹大樹自己紹介”. 2019年10月10日閲覧。
(121)^ Vジャンプ増刊バンダイ公式5周年記念ファンブック ドラゴンボールヒーローズ 2016年01月号 集英社、2015年11月19日、27頁、39頁 JANコード 4910113240162
(122)^ “PS4/XboxOne﹁ドラゴンボール ファイターズ﹂第2.5弾PV”. 2017年11月5日閲覧。
(123)^ “新企画﹁FOREVER NO.21﹂を発足!第1回目は人造人間21号の活躍を改めて紹介!”. 2019年10月10日閲覧。
(124)^ “新作アプリゲーム﹁ドラゴンボール レジェンズ﹂!プロデューサーが詳しくゲーム内容を解説!”. 2018年4月7日閲覧。
(125)^ “ゲームオリジナルキャラクターは原作者鳥山明先生描きおろし!”. 2019年10月10日閲覧。
(126)^ “アクションRPG﹃ドラゴンボールZ KAKAROT﹄発売日が決定。ギニュー特戦隊幻のメンバー﹁ボニュー﹂の姿も”. 2019年10月9日閲覧。
(127)^ “鳥山 明氏デザインのオリジナルキャラクターの発表など,内容盛りだくさんの﹁JUMP FORCE﹂ステージをレポート”. 2018年9月25日閲覧。
(128)^ JUMP FORCE︻公式︼による2019年8月21日14:59の発言
(129)^ ドクタースランプ 公式サイト 1998年1月19日時点
(130)^ 99春 東映アニメフェア 公式サイト1999年4月29日時点
(131)^ “ファインモールド”. 2016年1月12日閲覧。
(132)^ “ワールドファイターコレクション”. 2016年1月12日閲覧。
(133)^ abc“鳥山明、荒木が﹁BATTLE BRAKE﹂フィギュアをデザイン”. 2021年6月20日閲覧。
(134)^ 五式犬(有)ファインモールド公式による2018年2月16日23:12の発言
(135)^ “ジッポーライター 五式犬”. 2018年4月6日閲覧。
(136)^ “静岡ホビーショーですよ!”. 2018年4月6日閲覧。
(137)^ “ワンフェス2016”. 2018年4月6日閲覧。
(138)^ “ワンフェス2017”. 2018年4月6日閲覧。
(139)^ “ワンフェス2018”. 2018年4月6日閲覧。
(140)^ “ジャンプフェスタ今年も開催”. 2017年5月8日閲覧。
(141)^ “鳥山明や桂正和ら参加のセクシー画集復刻”. 2017年5月8日閲覧。
(142)^ “桂正和、画業30周年記念!3冊組画集﹁桂大全﹂発売決定”. 2020年6月30日閲覧。
(143)^ “浅田弘幸﹁テガミバチ﹂14巻に鳥山明、尾田栄一郎、藤崎竜ら”. 2020年6月30日閲覧。
(144)^ “鳥山明、CLAMP、うすた京介ら﹁ジョジョ﹂描く別冊付録”. 2020年6月30日閲覧。
(145)^ “鳥山明、尾田栄一郎ら寄稿の﹁トリコ﹂ファンブック第2弾”. 2020年6月30日閲覧。
(146)^ “鳥山明﹁こち亀﹂両さん描く 秋本治に連載40周年のメッセージも”. 2017年5月8日閲覧。
(147)^ “すべてを水に流す﹁大銀魂展﹂明日開幕!“担当がウッと思う”空知の仕事場再現も”. 2020年6月30日閲覧。
(148)^ “﹁To LOVEる﹂10年まとめた記念本に高橋留美子、諫山創ら22名が描くヒロイン”. 2020年6月30日閲覧。
(149)^ “﹁青エク﹂10周年本にSQ.作家や鳥山明、尾田栄一郎ら70名超える作家が寄稿”. 2020年6月30日閲覧。
(150)^ ﹃苺同盟﹄帯カバー、アスコム、2007年。
(151)^ “高松市美術館”. 2016年1月21日閲覧。
(152)^ “まんが美術館について”. 2016年1月21日閲覧。
(153)^ “﹃鳥山明 The World of DRAGONBALL﹄開催決定”. 2016年1月21日閲覧。
(154)^ abc﹃桂正和×鳥山明共作短編集 カツラアキラ﹄集英社︿ヤングジャンプ・コミックス﹀、194-196頁。
(155)^ 渡辺彰則編﹁鳥山明的超会見﹂﹃ドラゴンボール大全集 第6巻﹄集英社、1995年12月9日、ISBN 4-08-782756-9、214-215頁。
(156)^ ﹁神龍通信 第7号﹂﹃ドラゴンボール大全集7巻﹄別冊付録、集英社、1996年。
(157)^ ﹁神龍通信 第3号 ちかごろのワシ﹂﹃ドラゴンボール大全集3巻﹄別冊付録、集英社、1995年。
(158)^ 鳥山明﹁あっそう もうおしまいなんですか ドクター スランプ﹂﹃Dr.スランプ 第18巻﹄集英社︿ジャンプ・コミックス﹀、1985年5月15日、ISBN 4-08-851198-0、116頁。
(159)^ “不登校と漫画と鳥山明――漫画を描き続けて自分と世界が変わるまで”. 2016年2月24日閲覧。
(160)^ 棚園正一﹃学校へ行けない僕と9人の先生﹄双葉社、2015年2月27日、ISBN 978-4-575-84582-2、293頁。
(161)^ 1530シアターブラッツ 2015年8月14日
(162)^ 1424シアターブラッツ 2015年8月14日
(163)^ “︻お宅訪問︼これは凄い!鳥山明コレクション!” (2014年4月10日). 2020年1月3日閲覧。
(164)^ 田村淳による2013年10月7日の投稿︵214090415433324︶ - Facebook
(165)^ マキシマム ザ ホルモンによる2012年10月29日21:48の発言
(166)^ マキシマム ザ ホルモンによる2012年10月30日0:34の発言
(167)^ マキシマム ザ ホルモンによる2012年10月30日0:44の発言
(168)^ マキシマム ザ ホルモンによる2012年10月30日0:58の発言
(169)^ マキシマム ザ ホルモンによる2012年10月30日13:18の発言
(170)^ マキシマム ザ ホルモンによる2014年11月20日18:45の発言
(171)^ abcd中野博之編﹁鳥山明×井上雄彦 黄金対談﹂﹃週刊少年ジャンプ 2018年33号﹄集英社、2018年7月30日、雑誌29935-7/30、474頁。
(172)^ ab“WORK SHOP お仕事の依頼はこちら”. ARTFRONT WORLD. 2018年8月5日閲覧。
(173)^ 週刊少年ジャンプ編集部・編﹁GT超辞典﹂﹃ジャンプ・アニメコミックス・ジュニア ドラゴンボールGTパーフェクトファイル﹄集英社︿ジャンプ・コミックス セレクション﹀、1997年5月24日、ISBN 4-8342-1524-5、86頁。
(174)^ 日経BP刊﹃日経エンタテインメント!﹄2013年5月号より。
(175)^ ﹃アニメージュ﹄2006年4月号、徳間書店、140頁。