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春日神木
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
春日神木
春日神木
春日大社中門・御廊
春
日
神
木
︵
か
す
が
の
し
ん
ぼ
く
︶
と
は
、
奈
良
春
日
大
社
に
お
い
て
、
榊
︵
も
し
く
は
梛
︶
の
枝
に
春
日
明
神
の
御
神
体
︵
依
代
︶
で
あ
る
神
鏡
を
付
け
て
注
連
を
か
け
て
神
木
と
し
た
物
。
強
訴
の
際
の
神
威
と
し
て
掲
げ
ら
れ
る
こ
と
も
多
か
っ
た
。
概
要
[
編
集
]
春
日
大
社
は
藤
原
氏
の
氏
社
と
し
て
知
ら
れ
、
明
治
維
新
以
前
は
隣
接
す
る
同
氏
の
氏
寺
で
あ
る
興
福
寺
と
一
体
の
存
在
で
あ
っ
た
。
興
福
寺
の
衆
徒
が
強
訴
を
行
う
際
に
は
、
春
日
神
木
を
動
か
し
て
示
威
行
動
を
取
る
こ
と
が
知
ら
れ
て
お
り
、
こ
れ
を
神
木
動
座
︵
し
ん
ぼ
く
ど
う
ざ
︶
と
称
し
、
中
世
を
通
じ
て
し
ば
し
ば
行
わ
れ
た
。
興
福
寺
全
体
の
利
害
に
関
わ
る
問
題
が
生
じ
た
場
合
、
全
僧
侶
を
召
集
し
て
満
山
集
会
︵
ま
ん
ざ
ん
し
ゅ
う
え
︶
を
開
催
す
る
。
集
会
で
は
大
衆
僉
議
を
開
か
ら
、
朝
廷
な
ど
に
対
す
る
要
求
を
決
定
し
た
。
要
求
が
受
け
入
れ
ら
れ
な
か
っ
た
場
合
に
は
、
衆
徒
た
ち
は
春
日
大
社
の
社
司
に
要
請
し
て
大
社
の
本
殿
及
び
大
宮
四
所
に
そ
れ
ぞ
れ
安
置
さ
れ
て
い
る
神
鏡
を
取
り
出
し
て
神
木
を
あ
つ
ら
え
さ
せ
、
こ
れ
を
大
社
本
殿
脇
の
移
殿
︵
う
つ
し
ど
の
︶
へ
移
す
遷
座
の
儀
を
行
っ
て
公
武
に
強
訴
の
予
告
を
行
う
︵
神
木
動
座
の
強
訴
︶
。
こ
の
時
点
で
要
求
が
認
め
ら
れ
れ
ば
神
木
に
付
け
ら
れ
た
神
鏡
は
本
殿
に
還
御
し
て
終
了
と
な
る
が
、
そ
れ
が
無
い
場
合
に
は
神
木
を
興
福
寺
金
堂
に
移
し
、
石
上
神
宮
・
吉
野
勝
手
明
神
両
社
に
神
輿
の
派
遣
を
要
請
、
更
に
場
合
に
よ
っ
て
は
東
大
寺
な
ど
の
南
都
七
大
寺
に
も
支
援
を
要
請
す
る
。
ま
た
、
衆
徒
以
外
に
も
興
福
寺
領
の
荘
官
が
農
民
田
堵
を
動
員
し
て
人
数
を
揃
え
た
と
考
え
ら
れ
て
い
る
。
準
備
が
整
う
と
、
興
福
寺
僧
綱
を
前
面
に
出
し
、
春
日
大
社
社
司
・
神
人
に
神
木
を
奉
じ
さ
せ
て
衆
徒
・
神
人
が
法
螺
貝
の
音
と
と
も
に
隊
伍
を
組
ん
で
京
都
に
向
か
っ
て
進
発
す
る
。
奈
良
坂
・
木
津
な
ど
を
経
由
し
て
、
途
中
一
旦
宇
治
の
平
等
院
に
入
り
、
交
渉
を
行
っ
て
様
子
を
見
る
が
、
こ
こ
に
お
い
て
も
要
求
が
受
け
入
れ
ら
れ
な
い
場
合
に
は
、
京
都
に
神
木
ご
と
入
洛
す
る
こ
と
に
な
る
。
通
常
は
勧
学
院
︵
法
成
寺
や
長
講
堂
に
置
か
れ
る
場
合
も
あ
っ
た
︶
に
神
木
を
安
置
す
る
の
が
慣
例
で
あ
る
が
、
場
合
に
よ
っ
て
は
御
所
の
前
に
神
木
を
か
ざ
し
て
朝
廷
を
威
圧
し
た
。
な
お
も
、
要
求
が
認
め
ら
れ
な
い
場
合
に
は
神
木
を
京
都
に
安
置
し
た
ま
ま
社
司
ら
が
奈
良
に
引
き
上
げ
る
こ
と
︵
﹁
振
り
棄
て
﹂
と
呼
ば
れ
る
︶
で
心
理
的
圧
迫
を
加
え
た
。
春
日
神
木
の
動
座
が
行
わ
れ
た
場
合
、
特
に
入
洛
中
は
藤
原
氏
の
公
卿
・
官
人
は
謹
慎
・
籠
居
と
な
り
、
こ
れ
に
従
わ
な
い
者
、
強
訴
を
非
難
・
無
視
す
る
者
は
放
氏
処
分
と
さ
れ
た
。
当
時
は
藤
原
氏
の
公
卿
・
官
人
が
朝
廷
の
過
半
を
占
め
て
い
た
か
ら
、
神
木
の
入
洛
中
は
朝
廷
は
廃
朝
状
態
と
な
り
国
政
は
麻
痺
し
た
。
ま
た
、
検
非
違
使
や
武
家
も
宇
治
な
ど
に
兵
を
固
め
て
入
洛
を
阻
止
す
る
姿
勢
を
見
せ
た
が
、
実
際
に
衆
徒
・
大
衆
に
武
器
を
向
け
れ
ば
、
今
度
は
そ
の
武
家
を
死
罪
・
流
罪
な
ど
の
重
罪
に
処
す
る
様
に
求
め
る
強
訴
を
引
き
起
こ
す
こ
と
に
な
る
た
め
、
最
終
的
に
は
興
福
寺
側
か
ら
の
ど
の
よ
う
な
無
理
な
要
求
で
も
罷
り
通
っ
た
の
で
あ
る
。
こ
れ
を
皮
肉
を
込
め
て
﹁
山
階
道
理
﹂
︵
山
階
寺
は
平
安
遷
都
よ
り
も
遥
か
以
前
に
山
階
に
あ
っ
た
興
福
寺
の
前
身
︶
と
呼
ば
れ
た
。
な
お
、
神
木
が
奈
良
に
戻
る
﹁
神
木
帰
座
﹂
の
際
に
は
藤
原
氏
の
公
卿
・
殿
上
人
が
洛
外
あ
る
い
は
奈
良
ま
で
供
奉
し
て
春
日
大
社
に
祈
謝
す
る
事
と
さ
れ
て
い
た
。
ま
た
、
奉
幣
使
が
春
日
大
社
及
び
京
都
に
お
け
る
分
社
で
あ
る
大
原
野
神
社
・
吉
田
神
社
の
両
社
に
派
遣
さ
れ
た
。
神
木
入
洛
強
訴
の
最
初
は
安
和
元
年
︵
9
6
8
年
︶
に
発
生
し
た
東
大
寺
と
の
抗
争
の
際
に
、
同
年
7
月
15
日
に
神
木
を
も
っ
て
入
洛
し
た
︵
﹃
日
本
紀
略
﹄
︶
の
が
最
初
と
さ
れ
て
い
る
が
、
寛
治
7
年
︵
1
0
9
3
年
︶
の
強
訴
を
最
初
と
す
る
異
説
も
あ
る
︵
﹃
康
富
記
﹄
︶
。
更
に
﹃
神
木
動
座
之
記
﹄
︵
内
閣
文
庫
所
蔵
︶
と
い
う
書
物
に
よ
れ
ば
、
寛
弘
3
年
︵
1
0
0
6
年
︶
に
大
和
守
源
頼
親
の
国
守
解
任
な
ど
を
求
め
て
木
幡
山
大
谷
︵
現
在
の
京
都
市
伏
見
区
︶
ま
で
進
ん
だ
神
木
動
座
が
最
古
の
例
と
さ
れ
て
い
る
。
こ
の
時
の
強
訴
に
つ
い
て
は
、
藤
原
道
長
の
﹃
御
堂
関
白
記
﹄
同
年
7
月
12
日
条
に
あ
る
﹁
寺
侍
法
師
等
、
只
今
来
申
云
、
大
衆
参
上
木
幡
山
大
谷
云
所
、
二
千
許
参
着
云
々
﹂
と
い
う
記
述
が
対
応
す
る
と
考
え
ら
れ
て
い
る
。
院
政
期
か
ら
鎌
倉
時
代
に
か
け
て
盛
ん
に
行
わ
れ
た
。
と
こ
ろ
が
、
南
北
朝
時
代
の
康
暦
元
年
8
月
14
日
︵
1
3
7
9
年
︶
に
行
わ
れ
た
神
木
入
洛
は
異
常
な
展
開
を
見
せ
た
。
朝
廷
側
の
交
渉
前
面
に
登
場
し
た
の
は
、
権
大
納
言
で
も
あ
っ
た
室
町
幕
府
将
軍
足
利
義
満
で
あ
り
、
親
幕
府
派
の
二
条
良
基
の
要
望
も
あ
っ
て
一
旦
は
12
月
に
交
渉
は
成
立
し
た
。
と
こ
ろ
が
、
年
が
明
け
て
後
光
厳
上
皇
の
7
回
忌
を
巡
っ
て
興
福
寺
側
が
帰
座
の
約
束
を
破
棄
す
る
と
、
義
満
は
積
極
的
に
朝
廷
に
参
与
し
て
自
ら
が
主
導
す
る
態
度
を
見
せ
始
め
た
。
興
福
寺
側
は
源
氏
で
あ
っ
て
藤
原
氏
で
は
な
い
義
満
を
放
氏
す
る
こ
と
が
出
来
ず
、
義
満
の
許
で
朝
廷
が
運
営
さ
れ
る
状
況
を
見
せ
ら
れ
た
挙
句
、
康
暦
2
年
12
月
15
日
︵
1
3
8
0
年
︶
に
実
質
上
の
全
面
敗
北
の
ま
ま
帰
座
に
追
い
込
ま
れ
て
し
ま
っ
た
[
1
]
。
こ
の
件
が
興
福
寺
・
春
日
大
社
側
の
打
撃
と
な
り
、
以
後
の
神
木
動
座
は
平
等
院
ま
で
に
留
め
ら
れ
た
。
そ
れ
も
戦
国
時
代
に
入
る
と
、
神
木
動
座
を
行
う
こ
と
自
体
が
困
難
と
な
り
、
文
亀
元
年
︵
1
5
0
1
年
︶
を
最
後
に
姿
を
消
す
に
至
っ
た
[
2
]
。
な
お
、
こ
れ
と
は
別
に
興
福
寺
や
春
日
大
社
の
領
内
で
他
者
に
よ
る
侵
奪
や
年
貢
の
未
進
・
横
領
が
発
生
す
る
と
、
黄
衣
を
着
た
春
日
大
社
の
神
人
が
現
地
に
派
遣
さ
れ
、
春
日
大
社
の
榊
に
四
手
を
か
け
た
簡
易
な
仕
立
の
神
木
を
問
題
の
田
畠
の
中
央
部
に
立
て
た
。
こ
れ
を
﹁
注
連
を
立
つ
﹂
﹁
神
木
を
振
る
﹂
と
呼
ん
だ
。
こ
れ
に
よ
っ
て
そ
の
田
畠
及
び
作
物
は
神
人
以
外
は
手
に
触
れ
て
は
な
ら
な
い
神
聖
不
可
侵
な
場
所
・
物
と
な
り
、
こ
れ
を
犯
す
者
は
﹁
神
木
犯
穢
﹂
の
罪
で
清
祓
料
を
徴
収
し
、
納
税
や
返
還
の
実
行
あ
る
い
は
誓
約
が
行
わ
れ
神
木
が
撤
去
さ
れ
る
際
に
も
﹁
注
連
の
本
︵
も
と
︶
﹂
と
呼
ば
れ
る
一
種
の
手
数
料
を
徴
収
す
る
な
ど
、
相
手
側
に
金
銭
的
な
制
裁
を
課
し
た
。
脚
注
[
編
集
]
(一)
^
小
川
剛
生
﹃
二
条
良
基
研
究
﹄
︵
笠
間
書
院
、
2
0
0
5
年
︶
P
8
7
-
9
0
(二)
^
﹃
奈
良
県
史
第
六
巻
寺
院
﹄
に
よ
れ
ば
、
安
和
元
年
︵
9
8
6
年
︶
か
ら
康
暦
元
年
︵
1
3
7
9
年
︶
ま
で
の
間
に
神
木
動
座
が
73
回
、
う
ち
神
木
入
洛
が
20
回
と
い
う
数
字
を
出
し
て
い
る
︵
P
1
1
3
︶
。
参
考
文
献
[
編
集
]
●
﹃
神
道
大
辞
典
﹄
︵
初
版
:
平
凡
社
、
1
9
3
7
年
/
縮
刷
復
刻
版
:
臨
川
書
店
、
1
9
8
6
年
︶
I
S
B
N
9
7
8
-
4
-
6
5
3
-
0
1
3
4
7
-
1
︶
●
﹃
神
道
史
大
辞
典
﹄
︵
吉
川
弘
文
館
、
2
0
0
4
年
︶
I
S
B
N
4
-
6
4
2
-
0
1
3
4
0
-
7
●
安
田
次
郎
﹁
春
日
神
木
﹂
︵
﹃
日
本
史
大
事
典
2
﹄
︵
平
凡
社
、
1
9
9
3
年
︶
I
S
B
N
9
7
8
-
4
-
5
8
2
-
1
3
1
0
2
-
4
︶
●
竹
居
明
男
﹁
春
日
神
木
﹂
︵
﹃
平
安
時
代
史
事
典
﹄
︵
角
川
書
店
、
1
9
9
4
年
︶
I
S
B
N
9
7
8
-
4
-
0
4
-
0
3
1
7
0
0
-
7
︶
●
永
島
福
太
郎
﹁
春
日
神
木
﹂
︵
﹃
日
本
仏
教
史
辞
典
﹄
︵
吉
川
弘
文
館
、
1
9
9
9
年
︶
I
S
B
N
9
7
8
-
4
-
6
4
2
-
0
1
3
3
4
-
5
●
高
橋
昌
明
﹁
神
木
動
座
﹂
︵
﹃
歴
史
学
事
典
9
法
と
秩
序
﹄
︵
弘
文
堂
、
2
0
0
2
年
︶
I
S
B
N
9
7
8
-
4
-
3
3
5
-
2
1
0
3
9
-
6
︶
●
奈
良
県
史
編
纂
委
員
会
編
﹃
奈
良
県
史
第
六
巻
寺
院
﹄
︵
名
著
出
版
、
1
9
9
1
年
︶
I
S
B
N
9
7
8
-
4
-
6
2
6
-
0
1
4
0
8
-
5
第
四
章
第
三
節
﹁
大
和
の
僧
兵
﹂
●
奈
良
県
史
編
纂
委
員
会
編
﹃
奈
良
県
史
第
十
一
巻
大
和
武
士
﹄
︵
名
著
出
版
、
1
9
9
3
年
︶
I
S
B
N
9
7
8
-
4
-
6
2
6
-
0
1
4
6
1
-
0
第
一
章
第
二
節
﹁
大
衆
の
僧
兵
化
﹂
関
連
項
目
[
編
集
]
●
強
訴
●
放
氏
●
手
向
山
八
幡
宮
-
東
大
寺
の
強
訴
の
際
に
同
社
の
神
輿
が
春
日
神
木
と
同
様
の
役
目
を
果
た
す
。
●
日
吉
大
社
-
延
暦
寺
の
強
訴
の
際
に
同
社
の
神
輿
が
春
日
神
木
と
同
様
の
役
目
を
果
た
す
。
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