紙屋町停留場
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(紙屋町東停留場から転送)
紙屋町停留場 (紙屋町東・紙屋町西) | |
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紙屋町西停留場ホームとLED式発車標 | |
かみやちょう (かみやちょうひがし・かみやちょうにし) Kamiya-cho-higashi / Kamiya-cho-nishi | |
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所在地 |
広島市中区基町 北緯34度23分42.9秒 東経132度27分27.6秒 / 北緯34.395250度 東経132.457667度座標: 北緯34度23分42.9秒 東経132度27分27.6秒 / 北緯34.395250度 東経132.457667度 |
駅番号 | ●M9 |
所属事業者 | 広島電鉄 |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 東西各2面2線 |
乗降人員 -統計年度- |
(紙屋町東)6,199[1]人/日 (紙屋町西)13,157[1]人/日 -2022年- |
開業年月日 | 1912年(大正元年)11月23日 |
乗入路線 2 路線 | |
所属路線 | ■本線 |
キロ程 | 2.1 km(広島駅起点) |
◄M8 立町 (0.3 km) (0.3 km) 原爆ドーム前 M10► | |
所属路線 | ■宇品線 |
キロ程 | 0.0 km(紙屋町起点) |
(0.2 km) 本通 U1► | |
備考 | 紙屋町東 - 紙屋町西間の実距離は約150メートル |
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/19/%E5%BA%83%E9%9B%BB%E7%B4%99%E5%B1%8B%E7%94%BA%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%BF%E7%B7%9A.jpg/280px-%E5%BA%83%E9%9B%BB%E7%B4%99%E5%B1%8B%E7%94%BA%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%BF%E7%B7%9A.jpg)
紙屋町停留場︵かみやちょうていりゅうじょう、紙屋町電停︶は、広島県広島市中区基町にある広島電鉄の路面電車停留場である。駅番号はM9。
概要[編集]
紙屋町停留場は広島駅前から広島市の中心街を経由し広電西広島駅までを結ぶ本線と、広島市の中心街から南へ伸び広島港までを結ぶ宇品線の2路線が接続する停留場で、このうち宇品線は当停留場を起点とする。停留場は広島市の幹線道路である相生通りと鯉城通りが交差する紙屋町交差点に置かれ、繁華街のただなかに位置する[2]。交差点の東西に乗り場をそれぞれ有し、東側の乗り場には﹁紙屋町東︵停留場︶﹂︵かみやちょうひがし︶、西側の乗り場には﹁紙屋町西︵停留場︶﹂︵かみやちょうにし︶という別々の停留場名が与えられている。これらはあくまで旅客案内上の呼称であり、正式には紙屋町停留場という一つの停留場である[3]︵﹃鉄道要覧﹄でも両方の乗り場を合わせて﹁紙屋町︵停留場︶﹂としている︶。営業キロ上でも同一の停留場であり、駅番号も同じ﹁M9﹂が与えられている。 開業は1912年︵大正元年︶11月23日。元々は旅客案内上でも両方の乗り場を合わせて﹁紙屋町﹂と称していた︵本線を東西に走る2、6号線および宮島線直通電車では、最初を﹁紙屋町﹂、次を﹁続いて紙屋町﹂と案内していた︶2001年︵平成13年︶11月1日より東西の乗り場を﹁紙屋町東﹂と﹁紙屋町西﹂に呼び分ける措置がとられた。 広島電鉄が定める乗換え指定電停の一つであり、当停留場で行先の異なる電車どうしを乗り継ぐことができる[4]。乗り換えの際は紙屋町東・紙屋町西の両停留場に加えて、南隣にある宇品線の本通停留場も同一の停留場として扱われ、これらを相互に移動することができる[4][5]。歴史[編集]
紙屋町停留場に乗り入れている本線と宇品線の2路線は1912年︵大正元年︶11月23日に同時に開通し、当停留場もこの日に開設された[6]。本線についてはこの時すでに当停留場から先、櫓下までの区間も路線は竣工していたが、トラブルもあってこの区間が実際に営業を開始したのは2週間後の12月8日のことである[2][7]。開業当初は本線と宇品線の線路が形作るデルタ線の内側、交差点の中央に乗り場が設けられ[8]、鉄道信号機やポイントを操作するための詰所も備え付けられていた[2]。 1945年︵昭和20年︶8月6日の原爆投下により広島電鉄の市内線は全線不通となったが、本線は己斐方面から順次復旧し、同年9月には紙屋町でも運行を再開した[6]。宇品線もこれに次いで運行を再開し、翌年には紙屋町交差点のポイントが接続され両線での直通運転が再開されている[2][9]。停留場名は開業以来﹁紙屋町﹂として案内されてきたが、2001年︵平成13年︶11月1日に広島電鉄の他の停留場名の変更に合わせて﹁紙屋町東﹂・﹁紙屋町西﹂と東西で呼び名が分けられた[2]。年表[編集]
●1912年︵大正元年︶ ●11月23日 - 本線の広島駅前 - 櫓下間と宇品線の紙屋町 - 御幸橋間が竣工。広島駅前 - 紙屋町 - 御幸橋の区間で開通したのに合わせて紙屋町停留場として開業[6]。 ●12月8日 - 路線が竣工したのみで営業を開始していなかった本線の紙屋町 - 櫓下間が営業を開始。己斐まで路線が開通[2]。 ●1945年︵昭和20年︶ ●8月6日 - 原爆投下により休止[6][10]。 ●9月7日 - 当停留場を含む本線の左官町 - 八丁堀間が復旧[6][11]。 ●9月12日 - 宇品線の紙屋町 - 電鉄前間が復旧[6]。 ●1946年︵昭和21年︶1月7日 - 本線と宇品線の直通運転を再開[6]。 ●時期不詳 - 交差点の中央にあった電車のりばが交差点東西に移設される。 ●2001年︵平成13年︶11月1日 - 紙屋町停留場のうち東側を﹁紙屋町東停留場﹂、西側を﹁紙屋町西停留場﹂にそれぞれ改称[12][13]。 ●2003年︵平成15年︶4月20日 - 乗換え指定電停となる[14]。構造[編集]
広島電鉄の市内線はほぼすべての区間で道路上に軌道が敷かれた併用軌道であり、当停留場も紙屋町交差点の上に軌道が敷かれている。交差点から東西方向に本線が、南方向に宇品線が通じ、2つの路線はこの3方向を相互に結びデルタ線を形成する。ホームは低床式で交差点の東西にそれぞれ2面ずつ設けられ、東西方向に伸びる本線の2本の線路を挟み込むように向かい合わせに配置されている︵相対式ホーム︶[15][16]。東にある2面が紙屋町東停留場、西にある2面が紙屋町西停留場のホームで、どちらも線路の南側が下りホーム、北側が上りホームである[15][16]。 紙屋町交差点での信号待ちに対応できるように路面電車の停留場としてはホームが非常に長く、宮島線に直通する3両連接車が2編成同時に乗降客扱いを行うことが可能[16]。そのほぼ全長にわたって上屋が備え付けられている。上屋は1988年︵昭和63年︶4月に取り付けられた[17]。東西の乗り場は紙屋町シャレオを介して地下で連絡していて、地下へ下りる階段はそれぞれの乗り場の交差点寄りに設けられている[2]。かつては紙屋町交差点に設けられていた横断歩道で連絡していたが、横断歩道は紙屋町シャレオの開業に伴い2001年︵平成13年︶4月に廃止された[2]。通常は無人駅であるが[16]、紙屋町西に関しては平日朝ラッシュ時には停留場に出札係員が待機しており、電車到着時に移動式カードリーダーを用いた運賃収受・集札業務を行う。 停留場のポイントは自動進路制御装置︵ARC︶によって制御されている︵一般的に、路面電車は架線にあるポイントの切替装置にパンタグラフを当ててポイントを切り替えているが、当停留場は行き先の異なる電車が数多く通行し、従来の方法だと運行障害が発生する可能性があるため︶。ARCは1998年︵平成10年︶に導入され、それまでは紙屋町交差点北東角にあった信号所︵﹁鳥の巣﹂という通称があった︶によりポイント操作が行われていた[18]。信号所は無人化後もARC機器が設置されて存置していたが、紙屋町シャレオ建設の際に紙屋町交差点北西角に移設され、現在は信号所とともに移動式カードリーダーの収納施設として使われている。運行系統[編集]
「広島電鉄#運行系統」も参照
広島電鉄が運行する9つの系統のうち、当停留場には7つの系統が乗り入れる。これらの系統は当停留場を経由して本線と宇品線を結ぶものと本線のみを使用するものに大別でき、前者は紙屋町東・西のいずれか一方に、後者は両方に停車する。
紙屋町東停留場[編集]
下りホーム | ![]() |
広島港ゆき | |
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広電宮島口ゆき | ||
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広電西広島ゆき | 時刻表未掲載であるが、臨時便として状況に応じて運転される。 | |
![]() ![]() |
江波ゆき | ||
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広電本社前ゆき | 1日3本のみ | |
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日赤病院前ゆき | 平日の朝に千田車庫への入庫目的で2本運転される。 | |
上りホーム | ![]() ![]() ![]() |
広島駅ゆき | |
![]() |
白島ゆき | 1日2本のみ |
紙屋町西停留場[編集]
下りホーム | ![]() |
広電宮島口ゆき | |
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広電西広島ゆき | ||
![]() ![]() |
江波ゆき | ||
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横川駅ゆき | ||
上りホーム | ![]() ![]() |
広島駅ゆき | |
![]() |
広島港ゆき | ||
![]() |
広電本社前 / 日赤病院前ゆき | ||
![]() ![]() |
広電本社前ゆき | ||
![]() |
白島ゆき | 1日2本のみ | |
![]() |
日赤病院前ゆき | 平日1日2本、土休日1本のみ |
周辺[編集]
当停留場の位置する紙屋町交差点は相生通りと鯉城通りという大路同士の交差点だが、当停留場開業以前、相生通りは広島城の外堀、また鯉城通りは外堀から広島湾に通じる西堂川︵運河︶であり、それぞれ路面電車の建設に伴い埋め立てられた[2]。
紙屋町停留場が設けられたことで、紙屋町交差点周辺は市内交通の重要拠点となった。またこれ以降、交差点の近辺には多くの金融機関が集まりビジネス街が形成され、従来の金融の中心であった大手町通りに取って代わることとなった。しかし、この時点で紙屋町交差点の北側一帯は陸軍用地︵西練兵場など︶により占められていたため、完全な交差点ではなく三叉路となっていた。東西南北に通じる完全な交差点となったのは、第二次世界大戦後の民間への軍用地開放により、1949年︵昭和24年︶、交差点から広島城内堀へと向かう北方面への道路︵﹁マッカーサー道路﹂と呼ばれた︶が開通してのちのことである[2]。
国道の重要結節点としての機能もあり、南北の鯉城通りは国道54号︵国道191号重複︶の一部を形成し、東西の相生通りは西方向が国道183号︵国道261号重複︶で、東方向は広島県道164号広島海田線︵旧国道2号︶となっている。国道54号は本交差点で新道・祇園新道︵国道54号・191号︶方面と旧道・可部街道︵国道183号・261号︶方面に分岐しており、西方向0.2キロメートル先の広島市民球場南交差点までが国道54号別線との重複区間となっている。
国土交通省により交差点地下に地下街・駐車場の紙屋町シャレオが整備され、停留場と直結している。
北側[編集]
- アストラムライン 県庁前駅
- 広島県庁舎
- 広島市立広島市民病院
- 広島センタービル・基町クレド
- 広島中郵便局
- 広島市中央公園
- 広島県立総合体育館(広島グリーンアリーナ)
- 広島市立中央図書館
- ひろしま美術館
- エディオンピースウイング広島(広島サッカースタジアム)
南側[編集]
- 広島本通商店街
- 広島市中の棚商店街
- 袋町裏通り
- 広島トランヴェールビルディング(旧広電ビル)
- 広島銀行本店
- もみじ銀行広島支店
- 三井住友銀行広島支店
- エディオン広島本店 本館・新館
- サンモール
- 広島県民文化センター(鯉城会館)
- アニメイトビル
隣の停留場[編集]
- 広島電鉄
- ■本線
- ■宇品線
- (立町停留場 / 原爆ドーム前停留場 -) 紙屋町東 / 紙屋町西停留場 (M9) - 本通停留場 (U1)
脚注[編集]
(一)^ ab“2022年度 移動等円滑化取組報告書︵軌道停留場︶” (PDF). 広島電鉄. 2023年12月21日閲覧。
(二)^ abcdefghij﹃広電が走る街 今昔﹄39-45頁
(三)^ 今尾恵介︵監修︶﹃日本鉄道旅行地図帳﹄ 11中国四国、新潮社、2009年、37頁。ISBN 978-4-10-790029-6。
(四)^ ab“電車のご利用方法‥乗換え制度”. 広島電鉄. 2016年10月3日閲覧。
(五)^ ﹃電車乗換制度の変更について﹄︵プレスリリース︶広島電鉄、2015年12月21日。 オリジナルの2016年2月4日時点におけるアーカイブ。2016年7月24日閲覧。
(六)^ abcdefg﹃広電が走る街 今昔﹄150-157頁
(七)^ ﹃広島電鉄開業100年・創立70年史﹄43頁
(八)^ 被爆前の広島よみがえる 松本さん撮影の2000枚発見 - 中國新聞 ヒロシマ平和メディアセンター
(九)^ ﹃広島のチンチン電車 市内線と宮島線波乱に富んだ86年のドラマ﹄郷土出版社、1998年、227-236頁。ISBN 4-87670-110-5。
(十)^ ﹃広島電鉄開業100年・創立70年史﹄431頁
(11)^ ﹃広島電鉄開業100年・創立70年史﹄124頁
(12)^ 河野俊輔﹁広島電鉄の西広島駅改装とダイヤ改正﹂﹃RAIL FAN﹄第49巻第2号、鉄道友の会、2002年2月1日、10-13頁。
(13)^ ﹃駅名・電停名変更のお知らせ﹄︵プレスリリース︶広島電鉄。 オリジナルの2012年2月9日時点におけるアーカイブ。2016年10月3日閲覧。
(14)^ ﹃︻電車︼乗換制度が変わります!﹄︵プレスリリース︶広島電鉄、2003年4月15日。 オリジナルの2015年7月11日時点におけるアーカイブ。2016年7月24日閲覧。
(15)^ ab川島令三﹃全国鉄道事情大研究﹄ 中国篇2、草思社、2009年、103頁。ISBN 978-4-7942-1711-0。
(16)^ abcd川島令三﹃山陽・山陰ライン 全線・全駅・全配線﹄ 第7巻 広島エリア、講談社︿︻図説︼ 日本の鉄道﹀、2012年、8,76頁。ISBN 978-4-06-295157-9。
(17)^ ﹃広島電鉄開業80創立50年史﹄広島電鉄、1992年、128頁。
(18)^ ﹃広島電鉄開業100年・創立70年史﹄158頁