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解読の歴史[編集]
中世を通じてもヒエログリフは多くの人々の関心を惹き付けていた。近代に入ると多くの学者達がヒエログリフの解読に挑んだ。特に有名なのは16世紀のヨハンネス・ゴロピウス・ベカヌス︵英語版︶と17世紀のアタナシウス・キルヒャーであるが、解読に失敗したり、全く根拠のない独自の解釈に終わった。初めて解読に成功したのは19世紀のフランス人学者ジャン=フランソワ・シャンポリオンであり、彼はキルヒャーの収集した資料を研究し、ロゼッタ・ストーンの解読を行うことで読み方を解明した。これが突破口になり、その後も研究が進んだため、現代ではヒエログリフは比較的簡単に読むことができる。
文字の特徴[編集]
ヒエログリフは象形文字と呼ばれるように絵に似ているが、その見かけに反して、表意文字よりも表音文字が多い。表意文字の音を借りることもある。漢字でいえば仮借の使用法に近い。表音文字では通常母音は無視され、子音のみが表記される。このため、例えば"mr(i)"という単語があっても、﹁愛、ミルク壺、運河、ピラミッド[注釈 1]、闘牛の牛﹂等という名詞と、﹁縛る﹂という動詞などのどの意義かはっきりと分からない[注釈 2]。
その単語に、発音されない文字が付け加えられることがある。これを決定詞という。
以上のように、決定詞があることにより、意味の決定が可能となる。また、表意的に使われている事を示す為に "r" の音を表すヒエログリフを音声補字、いわば送りがなとして添える事もある。これでmrと発音し、音声補字のrや決定詞は発音しない。
メンフィスの博物館のヒエログリフ。後ろに見えるのはラムセス2世の像
ヒエログリフは右からでも左からでも書け、縦書き横書きも同様に行える。読む方向は、生物の形をしたヒエログリフの頭の向きで判断し、頭が向いている方向が文頭になる。
ヒエログリフで表される音は子音のみであり、母音は表記されないため発音に支障が生じる。ここで、エジプト学では利便性を考慮し、実際のコプト・エジプト語などからの再建発音ではなく仮の発音法を主に用いる。
●子音が二つ以上続く単語の場合は、各子音間に"e"音を補って読む。
例: nfr → nefer(ネフェル)︵美しい︶
●A, a, i, w は本来子音文字だが、それぞれ母音﹁ア﹂、﹁アー﹂、﹁イ﹂、﹁ウ﹂として読む。ただし、完全にこの規則に従うわけではない。
例: zA → サア︵息子︶。 ra → ラー︵太陽神ラー︶、wsir → ウシル︵オシリス︶、itn → アテン︵太陽神アテン︶。
フランス式では"e"の代わりに"o"を補い、itnをAton(アトン)とする場合もある。同様に、imnをAmun(アムン)、Amon(アモン)ともされる。
1子音文字[編集]
以下は、表音文字として多用される1子音文字の一覧である。カナ転写は統一されておらず学者によって異なるので、不正確な可能性があることに留意されたい[注釈 3]。なおMdCとは、マニュエル・ド・コダージュを示す。
ヒエログリフ
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文字の説明
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MdC
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翻字(別表記)
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ラテン文字転写
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カナ転写
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𓄿
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エジプトハゲワシ
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A
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Ꜣ
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a
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ア
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𓇋
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葦の穂
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i
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j
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i
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イ
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𓇌
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葦の穂2つ
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y
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y
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y
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イ、ィ
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𓏭
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𓂝
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前腕
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a
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Ꜥ
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a
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アー、ア、ァ
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𓅱
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ウズラの雛
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w
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w
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u
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ウ、ゥ
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𓏲
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𓃀
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足
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b
|
b
|
b
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ベ、ブ
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𓊪
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葦のマット
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p
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p
|
p
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ペ、プ
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𓆑
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角の生えた毒蛇[注釈 4]
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f
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f
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f
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フェ、フ
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𓅓
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フクロウ
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m
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m
|
m
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メ、ム
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𓐝
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不明
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𓈖
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さざ波
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n
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n
|
n
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ネ、エン、ニー(語頭)
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𓋔
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赤冠
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𓂋
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口
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r
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r
|
r
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レ、ル、エル
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𓉔
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よしず張りの囲い
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h
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h
|
h
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ヘ、フ、ホ[注釈 5]
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𓎛
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よりあわせた亜麻糸
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H
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ḥ
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h
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𓐍
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不明。 胎盤、篩、紐の玉?
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x
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ḫ
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kh
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ケ、ク
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𓄡
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雌の獣の腹と尾
|
X
|
ẖ
|
kh
|
|
𓋴
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折り畳んだ布
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s
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z
|
s
|
セ、ス
|
|
𓊃
|
かんぬき
|
z
|
s
|
s
|
セ、ス(ゼ、ズ)
|
|
𓈙
|
池
|
S
|
š
|
sh
|
シェ、シュ
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𓈎
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丘の斜面
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q
|
ḳ
|
k
|
ク
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|
𓎡
|
取っ手のついた籠
|
k
|
k
|
k
|
ケ、ク
|
|
𓎼
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土器の台
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g
|
g
|
g
|
ゲ、グ
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|
𓏏
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パン
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t
|
t
|
t
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テ、トゥ[注釈 6]
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𓍿
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動物をつなぐ縄
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T
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ṯ
|
tj
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チェ、テ
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𓂧
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手
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d
|
d
|
d
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デ
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𓆓
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コブラ
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D
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ḏ
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dj
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ジェ、ジュ
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- ^ ピラミッドは読みはmrだが、綴りは
と大幅に異なるので本稿では省く
・^ 動詞のmrはもともとの形は三音節弱動詞のmriであるが、活用するとmrという形になることがある。
・^ MdCを用いた転写が最も正確に近い。
・^ 架空の生物ではなく、北アフリカにはサハラツノクサリヘビという蛇が実在する。
・^ ホテプ(Htp)の時
・^ トゥト(twt)の時
参考文献[編集]
●E. A. Wallis Budge An Egyptian Hieroglyphic Dictionary, in Two Volumes, (Dover Publications, Inc. New York), c 1920, Dover Edition, c 1978. (Large categorized listings of Hieroglyphs, Vol 1, pp. xcvii-cxlvii (97-147) (25 categories, 1000+ hieroglyphs), 50 pgs.)
●Alan Gardiner, Egyptian Grammar: Being an Introduction to the Study of Hieroglyphs. 3rd Ed., Rev. Oxford: Griffith Institute, ISBN 0-900416-35-1, 1957 (1st edition 1927).
●Raymond O. Faulkner, A Concise Dictionary of Middle Egyptian, ISBN 0-900416-32-7, 1962, 2nd ed. 1972.
●松本 弥﹃図説 古代エジプト文字手帳﹄株式会社 弥呂久、1994年。ISBN 4946482075。
●松本 弥﹃図説 古代エジプトのファラオ﹄株式会社 弥呂久、1998年。ISBN 4946482121。
●大城 道則﹃図説 古代文字入門﹄河出書房新社、2018年。ISBN 978-4309762708。
関連項目[編集]
●ヒエログリフの一覧︵英語版︶
●ヒエログリフからの文字変換
●ガーディナーの記号表 - アラン・ガーディナーによるヒエログリフの分類表。
●マニュエル・ド・コダージュ - ヒエログリフの翻字においての表記方法
外部リンク[編集]
ウィキメディア・コモンズには、Hieroglyphs (カテゴリ)に関するメディアがあります。