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温室効果ガス観測技術衛星 「いぶき(GOSAT)」 |
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所属 |
宇宙航空研究開発機構(JAXA) |
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主製造業者 |
三菱電機 |
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公式ページ |
JAXA[2] |
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国際標識番号 |
2009-002A |
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カタログ番号 |
33492 |
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状態 |
運用中 |
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目的 |
二酸化炭素およびメタンの 濃度分布の測定 |
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設計寿命 |
5年 |
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打上げ機 |
H-IIAロケット 15号機 |
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打上げ日時 |
2009年1月23日12時54分 |
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物理的特長 |
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本体寸法 |
2.4 m x 2.6 m x 3.7 m |
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最大寸法 |
13.7m(太陽電池パドル翼端間) |
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質量 |
1750 kg(打上げ時) |
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発生電力 |
5,140 W (軌道上初期実績) 4,743 W(寿命末期予測) |
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姿勢制御方式 |
3軸姿勢制御 異常時は太陽指向スピン安定 |
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軌道要素 |
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軌道 |
太陽同期準回帰軌道 |
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高度 (h) |
666km |
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軌道傾斜角 (i) |
98.06度 |
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軌道周期 (P) |
100分 |
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回帰日数 |
3日 |
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観測機器 |
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TANSO-FTS (GOS) |
温室効果ガス観測センサ |
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TANSO-CAI |
雲・エアロソルセンサ |
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テンプレートを表示 |
いぶき︵GOSAT : ゴーサット、Greenhouse gases Observing SATellite︶は、環境省、国立環境研究所(NIES)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が共同で開発した温室効果ガス観測技術衛星。地球温暖化の原因とされている二酸化炭素やメタンガスなどの温室効果ガスの濃度分布を宇宙から観測する。2008年10月15日、愛称が一般公募によって﹁いぶき﹂に決定された。2009年1月23日、種子島宇宙センターからH-IIAロケット15号機にて打ち上げられた。同年2月より観測データの取得を開始し[1]、5月には未校正値ながら地球規模での解析結果も発表されている[2]。
2号機のGOSAT-2は、2018年度に打ち上げが予定されており、三菱電機が2014年4月に開発着手した[3]。GOSAT-2は、初号機よりも観測精度を向上させる他、雲・エアロソルセンサーへの観測波長域を追加することにより、ブラックカーボンやPM2.5等の微小粒子状物質の監視も可能となる[4]。
2号機は2018年10月29日に無事に打ち上げられた[5][6]。
いぶきは、京都議定書の第一約束期間︵2008年~2012年︶における地球上の温室効果ガス濃度分布の測定と、長期的な気候変動予測に必要なデータの取得のために開発された。
1997年、京都で第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)が開催され、京都議定書が採択された。それを受けて、第一約束期間に日本が行うべき温室効果ガス観測ミッションとして、以下の目標が定められた。
●温室効果ガスの全球濃度分布の測定
●二酸化炭素吸収排出量の亜大陸単位での推定誤差の半減
●温室効果ガス観測技術基盤の確立
また、1992年からは、世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により提案された計画である全球気候観測システム(GCOS, Global Climate Observation System)がスタートしている。
気候関連問題への対処に必要な情報の取得と、必要とする全ての利用者に得られた情報を確実に提供することを目標としているが、測定ポイントは約319個所︵2006年5月時点︶と限られているうえに地理的にも偏りがあり、それぞれ異なる機関によって観測されていたため、空間的分解能やデータの連続性に欠けていた。
いぶきにより、測定ポイントは地球表面を約180 kmのメッシュで区切った約56,000個所へと飛躍的に向上する。また、同一のセンサによる地球全体の観測が可能なため、全地点を同じ尺度で継続的に観測を行うことができる。
こうして得られた衛星からのデータと地上での観測データを組み合わせ、シミュレーションモデルにかけることによって、温室効果ガスの濃度分布を高い精度︵目標1 %︶で推計することができる。
これにより、京都議定書で定められた期間での二酸化炭素排出量削減量の監視や、温室効果ガスの長期的な変動データを取得して気候変動予測に役立てることができる。
TANSO-FTS (温室効果ガス観測センサ)
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TANSO-FTS(TANSO : Thermal And Near infrared Sensor for carbon Observation, FTS : フーリエ変換分光器、Fourier Transform Spectrometer)は、二酸化炭素、および、メタンガスを測定する、いぶきの主センサ。地表面により反射された太陽光(近赤外線)と、地球大気や地表面から放射される光(遠赤外線)のスペクトルをフーリエ分光して観測する。大気中に存在する二酸化炭素とメタンは、特定の波長の光を吸収する性質があるので、大気中を透過してきた光の吸収の度合いにより、光の通り道に存在した二酸化炭素とメタンの量を算出することができる。1.6μm付近や2.0μm付近の二酸化炭素の吸収帯は、地表面付近の情報を多く含む波長帯として重要である。一方、14 μm付近の吸収帯は、主に2 kmより高い高度の情報を得るために利用される。
短波長赤外バンド1~3(SWIR Band1-3)により二酸化炭素の気柱積算量を測定し、熱赤外バンド4(TIR Band4)により二酸化炭素の鉛直濃度分布を測定する。
雲やエアロゾル等の誤差要因のない条件において、測定誤差1%以内を目標にしている。
FTSセンサーの仕様
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バンド1 |
バンド2 |
バンド3 |
バンド4
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波長範囲[μm]
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0.758-0.775 |
1.56-1.72 |
1.92-2.08 |
5.56-14.3
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分光分解能[cm-1]
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0.5 |
0.27 |
0.27 |
0.27
|
観測対象
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酸素 |
二酸化炭素 メタン |
二酸化炭素 水蒸気 |
二酸化炭素 メタン
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視野
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瞬時視野:15.8 mrad 衛星直下での観測視野:直径約10.5 km
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1走査データの取得時間
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1.1, 2.0, 4.0 秒
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TANSO-CAI (雲・エアロソルセンサ)
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TANSO-CAI(CAI : Cloud and Aerosol Imager)は、TANSO-FTSにて二酸化炭素を測定する際に誤差要因となる、雲の有無の判定やエアロゾル(大気粒子状物質)の測定に用いる画像センサ。いぶきの副センサである。
TANSO-FTSで得られた測定データの補正のために用いられる。
CAIは、大気と地表面の状態を昼間に画像として観測する。観測データから、FTSの視野を含む広い範囲での雲の有無を判定し、エアロゾルや薄い雲がある場合はその雲の特性やエアロゾルの量などを算出する。これらの情報は、FTSから得られるスペクトルに含まれる雲とエアロゾルの影響を補正することに利用される。
CAIセンサーの仕様
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バンド1 |
バンド2 |
バンド3 |
バンド4
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波長範囲(中心周波数)[μm]
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0.370-0.390 (0.380) |
0.668-0.688 (0.678) |
0.860-0.880 (0.870) |
1.56-1.68 (1.62)
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観測対象
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雲・エアロゾル
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観測幅[km]
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1000 |
1000 |
1000 |
750
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衛星直下での 空間分解能[km]
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0.5 |
0.5 |
0.5 |
1.5
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いぶきは、以下の3機関による分担・連携体制で開発されている。
環境省︵主に行政面での支援︶
●日本における地球温暖化対策の取りまとめ
●観測装置の開発︵JAXAと共同︶
●京都議定書の第一約束期間における、炭素吸収排出量の把握
●ポスト京都議定書に関する国際交渉において、いぶき開発・運用で得られた実証的根拠を示す
国立環境研究所(NIES)︵主に学術面での支援︶
●観測データから、地球全体の温室効果ガスの濃度分布を算出
●算出されたデータから、区域ごとの温室効果ガスの吸収・排出量を推定
●算出されたデータの検証、および、外部への公開
宇宙航空研究開発機構(JAXA)︵主に技術面での支援︶
●観測装置の開発︵環境省と共同︶
●衛星の打ち上げ・運用・観測データの受信
●観測装置の校正
●観測データの提供、および、利用促進
GCOM-A1(計画変更前)
(No Image)
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軌道
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太陽非同期傾斜軌道
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高度
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650km
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軌道傾斜角
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70度
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周期
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約98分
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設計寿命
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3年以上(5年目標)
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物理的特徴
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質量
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1.2 t(打上げ時)
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ミッション機器
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OPUS
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オゾン・広域大気汚染観測紫外線分光計
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SOFIS
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傾斜軌道衛星搭載太陽掩蔽法フーリエ変換分光計
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SWIFT
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成層圏風プロファイル観測装置
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本衛星は、地球観測衛星みどり(ADEOS)の後継機である、地球環境変動観測ミッション(GCOM)の衛星GCOM-A1として、2000年1月に計画が提案された。
GCOM-A1においては、大気科学全般への貢献を目的として、以下の観測機器が搭載される予定であった。
オゾン・広域大気汚染観測紫外線分光計(OPUS)
旧宇宙開発事業団(NASDA)の開発。オゾン、および、大気汚染物質の観測を行う。
傾斜軌道衛星搭載太陽掩蔽法フーリエ変換分光計(SOFIS)
環境庁︵現環境省︶の開発。二酸化炭素の濃度観測を行う。
成層圏風プロファイル観測装置(SWIFT)
欧州宇宙機関(ESA)の開発。成層圏における、オゾン・大気汚染物質の移動過程を観測する。
しかし、2002年8月に文部科学省宇宙開発委員会の提言や予算上の強い制約により計画の見直しが行われ、ミッションの目的は温室効果ガス観測に絞られた。同年10月、研究開発段階への移行は妥当と判断され、衛星名はGOSATとなった。
2003年9月、SOFISセンサでは京都議定書で求められている観測内容には十分でないとされ、代わってTANSO-FTSセンサが開発されることになった。[7]
SOFISセンサは、みどりやみどりIIに搭載されたILAS/ILAS-IIセンサの後継機で、太陽光を地球大気で透かして観測するという実績のある観測方式︵掩蔽観測︶の採用を予定していた。この観測方式は3ヶ月間平均の上層大気の二酸化炭素濃度を非常に高精度に求められるという利点はあるものの、高度5km以下の下層大気の観測や、短期間の変動の観測には不向きだった。上層大気中の二酸化炭素濃度を測定しても、それは長期間攪拌された後の値であるため、地上での排出・吸収量の推定は困難であり、京都議定書への効果的な寄与は出来ないと判断された。
対してTANSO-FTSセンサは、太陽光が地球表面や大気に当たって跳ね返ってきた散乱光を観測する方式となっている。新規開発であり、雲やエアロゾルなどで遮られて精度が低下するなどの欠点もあるが、より狭い区域の地表近くの大気の温室効果ガス濃度を測定する事ができる。測定誤差や空間分解能をさらに向上させることにより、京都議定書の第二約束期間以降に求められる観測内容に繋がる技術であることから、この観測方式が採用されることになった。
いぶきは、重大な故障が発生しても衛星の基本機能が生き残るための工夫がなされている。JAXAによれば、従来は故障が起きないようにする設計を行っていたが、いぶきでは重要部品を二重化することにより、故障する可能性は上がるが故障しても衛星バスの運用や観測が続行できる可能性がより高くなるように設計されているという。
姿勢制御の異常時
太陽指向スピン安定モードを追加。この状態でも必要な電力を発生できる。
給電系異常時
超低負荷モード(S-LLM)により、観測装置を停止させてでも最低限の衛星バスの機能を維持する。
太陽電池パネル・電源バス異常時
いずれも二重化されており、片方が故障した場合は、観測装置の一部︵TANSO-FTSの熱赤外センサTIRやポインティング機構、および、TANSO-CAIセンサ︶を停止させた観測モードIIにより、運用を継続する。
●2009年1月21日 当初の打ち上げ予定日だったが、天候不順のため23日に延期
●2009年1月23日12時54分 H-IIAロケット15号機にて打ち上げ
●16分1秒後に衛星分離 軌道投入
●同日中に太陽電池パドル展開、太陽捕捉、地球捕捉、地球指向モードへの移行を実施
●2009年1月24日 標準姿勢制御モードへの移行を確認し、17時15分にクリティカルフェーズ運用を完了 初期機能確認運用期間に入った
●2009年2月9日 初観測データ取得[1]
●2009年4月10日 初期機能確認が終了 初期校正検証運用を開始[8]
●2009年5月28日 地球上の陸上の晴天域における二酸化炭素およびメタン濃度の初の解析結果が出る[2]
●2009年7月30日 初期校正検証運用完了確認会にて合格、定常運転に入る。
●2009年9月14日 レベル1データ初期校正完了[9]
●2009年10月30日 レベル1データ︵スペクトルデータ︶の一般提供を開始[10]
●2010年2月18日 レベル2データ︵濃度データ︶の一般提供を開始[11]
●2010年2月25日 太陽電池パドル2の駆動部で異常を検知し、軌道上で自動的にパドル駆動部1,2とも冗長系に切り替えられた[12]。
●2014年1月、5年間の定常運用期間終了。後期利用運用へ移行。
●2014年5月25日 太陽電池パドルのうち1枚のパドル回転が停止し、発生電力が約半分となったため、観測を自動的に停止。発生電力が約半分であっても、定常観測運用に必要な電力を確保できることから、5月30日を目途に観測を再開する見込み[13]。
●2014年12月5日、人為起源によるCO2濃度の推定結果を公開[14]。
●2015年8月4日、TANSO-FTSの熱赤外バンド︵バンド4︶用検出器をマイナス200℃に冷却する冷凍機が8月2日正午 (JST) 頃に停止したため、熱赤外バンドの観測を中断したことがJAXAから発表された。短波長バンド︵バンド1~3︶は正常で、二酸化炭素・メタンの観測を継続している[15]。JAXAは、冷凍機の停止は宇宙放射線等による一時的な誤作動の可能性が高いと判断し、9月14日に冷凍機の再立ち上げを行った。その結果、熱赤外バンド用検出器が所定の温度に冷却されたため、停止していた熱赤外バンドの観測︵全運用モード︶を2015年9月16日12時 (JST) から再開、これにより全バンドでの観測に正常復帰した[16]。
予定
●全球のCO2濃度分布を算出し、地域ごとの吸収及び排出量を表した世界マップ︵レベル3プロダクト︶を配布
NASAは2002年からAqua衛星を使用して荒い解像度︵緯度2度×経度2.5度︶でのCO2濃度分布の測定を行っている[17]。またこれよりも解像度の高い観測のため、炭素観測衛星OCO (Orbiting Carbon Observatory、軌道上炭素観測衛星) の運用を計画していた。これはいぶきのTANSO-FTSと同じ観測方式のセンサを搭載し、A-Train︵A列車、Aqua-Train︶と呼ばれるNASAの他の地球観測衛星隊 (Aqua, PARASOL, CALIPSO, CloudSat, Aura) と同一の軌道をとり、これらの衛星の測定データを総合して二酸化炭素濃度の推定精度を高める予定であった。いぶきと同時期に打ち上げられることから、いぶきとOCOで観測結果を相互校正・検証することが期待されて2009年2月23日に打ち上げられたが、フェアリングの分離に失敗して軌道投入に失敗した[18]。その後、代替機のOCO-2は2014年7月2日にデルタIIロケットでの打ち上げに成功した[19]。
欧州宇宙機関(ESA)は2008年3月、環境観測衛星Envisat上のSCIAMACHY装置によるCO2観測を行い、世界で初めて地域的なCO2濃度の高まりの観測に成功している[20]。このほかに二酸化炭素観測衛星CARBOSATを計画していたが[21]、京都議定書に貢献しうる精度・空間分解能が得られないとして、計画は中断している。
いぶきでの観測技術を応用した機器を民間の旅客機に搭載し、上空から大気を観測するプロジェクトが全日本空輸(ANA)と共同で行われている。
2019年4月、茨城県つくば市のJAXA筑波宇宙センターで人工衛星の管制業務に当たっていた業務請負企業の社員(当時31歳)が自殺したのは達成困難なノルマやサービス残業を課されたことが原因として、労災認定を受けている[22][23]。