ドイツ連邦

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ドイツ連邦
Deutscher Bund (ドイツ語)
ライン同盟
オーストリア帝国
プロイセン王国
ドイツ帝国
リンブルフ州
1815年 - 1848年[注釈 1]
1850年 - 1866年
ドイツの国章
国章)
(ドイツ連邦の旗も参照)
ドイツの位置
1820年のドイツ連邦
二大国のオーストリア帝国(黄)とプロイセン王国(青)は連邦の国境線(赤)外にも領土を有している。
言語 ドイツ語
イタリア語
低地ドイツ語
チェコ語
スロベニア語
ポーランド語
リンブルフ語
宗教 カトリック
プロテスタント
首都 フランクフルト
連邦議会議長国の元首
1815年 - 1835年 フランツ1世
1835年 - 1848年フェルディナント1世
1848年 - 1849年ヨハン
1849年 - 1850年フリードリヒ・ヴィルヘルム4世
1850年 - 1866年フランツ・ヨーゼフ1世
変遷
発足 1815年6月8日
3月革命勃発1848年3月13日
オルミュッツ協定成立1850年11月29日
普墺戦争勃発1866年6月15日
プラハ条約1866年8月23日
通貨フェアアインスターラー
現在ドイツの旗 ドイツ
 オーストリア
ポーランドの旗 ポーランド
 チェコ
オランダの旗 オランダ
ベルギーの旗 ベルギー
ルクセンブルクの旗 ルクセンブルク
クロアチアの旗 クロアチア
イタリアの旗 イタリア
スロベニアの旗 スロベニア
リヒテンシュタインの旗 リヒテンシュタイン
先代次代
ライン同盟 ライン同盟
オーストリア帝国 オーストリア帝国
プロイセン王国 プロイセン王国
ドイツ帝国 ドイツ帝国
リンブルフ州 リンブルフ州
ドイツ帝国 ドイツ帝国
北ドイツ連邦 北ドイツ連邦
オーストリア帝国 オーストリア帝国
バイエルン王国 バイエルン王国
ヴュルテンベルク王国 ヴュルテンベルク王国
バーデン大公国 バーデン大公国
リンブルフ州 リンブルフ州
ルクセンブルク大公国 ルクセンブルク大公国
リヒテンシュタイン公国 リヒテンシュタイン公国
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オーストリアの国章
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第二次世界大戦
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連合軍軍政期
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関連項目
ドイツの歴史
リヒテンシュタインの歴史
ハンガリーの歴史

オーストリア ポータル
ドイツ連邦内の各領邦と帝国自由都市(ドイツ語)。
フランクフルトに集まった各加盟諸邦の君主たち(1863年)。

: Deutscher Bund35418151866

StaatenbundBundesstaat

[]


18156817便[ 2]

439

Bundestag des Deutschen Bundes  Bundesversammlung

1848184918661867

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4[]


 

 

 

 

 [ 3]

 

3[]


 

 

 

 [ 4]

ルクセンブルクの旗 [ 5]

2[]


 

 

 

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18253

 

 



 








31863

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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184811

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Deutscher Bund [1][2][3]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ドイツ帝国によって機能停止。
  2. ^ 「自由な協定によって別の条約が締結されないならば、トゥルン・ウント・タクシス侯家は、1803年2月25日の帝国代表者会議主要決議あるいはその後の条約によって確認された連邦諸国における郵便の所有と利益を保持する。あらゆる場合において、先の帝国代表者会議主要決議の第13条により、タクシス侯家には、郵便の委託または適切な補償に基づく権利と要求が保証される。1803年以来、帝国代表者会議主要決議の内容に反して、郵便の廃止がすでに起こったところでも、その補償が条約によってまだ決定的に取り決められていない限り、このことは適用される。」
  3. ^ 1837年まで君主はイギリス国王が兼ねていた。
  4. ^ 1864年まで君主はデンマーク国王が兼ね、以後はオーストリアとプロイセンの共同管理
  5. ^ 君主はオランダ国王が兼ねる。

出典[編集]

  1. ^ 「ドイツ同盟」を用いる例に、イェリネク(芦部ほか訳)『一般国家学』学陽書房 や、栗城壽夫『一九世紀ドイツ憲法理論の研究』など。
  2. ^ 「ドイツ連合」を用いる例に、小畑郁「国際法の主体」『国際法 第5版』松井芳郎ほか、有斐閣。
  3. ^ 「ドイツ国家連合」を用いる例に、福田耕治『国際行政学 国際公益と国際公共政策』有斐閣。

関連項目[編集]