津波地震
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津波地震︵つなみじしん︶とは、地震動から求められるマグニチュードの大きさに比して、大きな津波が発生する地震のことである[1]。1972年に地震学者の金森博雄が定義した。
概要[編集]
海底において地震が発生し、海底面に地震断層による地殻変動が現れると、それは海水の上下動を呼び起こし、津波を発生させる。通常は、津波を発生させる地震は大規模な地震であり、体感もしくは強震動地震計などにより、津波を引き起こした地震による揺れ︵地震動︶を感知することができる。一般的に断層運動の大きさ︵モーメントマグニチュード︶が大きいほど、地震動も津波の規模も大きくなる[注 1]。 しかしながら、地震動と津波の大きさがリンクしないことがあり、体感もしくは地震計によって観測した地震動は比較的小規模であるにも拘わらず、大きな津波が発生する場合もある。このタイプの地震を津波地震と呼称する。 津波の波高が大きいことから、海水の上下動の差 = 地殻の変動量自体は大きい。大きな地殻変動が通常の地震よりも長い時間をかけて発生する︵スロースリップ︶ことで、有感となるような短周期の地震動をあまり生じさせることなく大きな津波を発生させ、津波地震となる。また、海溝軸付近でのすべり量が大きいと津波が大きくなる[2]。一般に地震断層の破壊伝播速度は、通常の地震ではおおむね秒速2.5 - 3 km程度であるとされる。しかし津波地震では秒速1 km程度の場合が多い。このような地震では強震動をあまり生じさせないが、津波の波源域は津波が拡散するよりも早く数分以内の短い時間で広がるため、津波が大きくなる。破壊伝播速度がこれよりさらに十分遅い場合は、津波の波源域が広がる前に津波が拡散してしまい、大きな津波も発生しなくなる。 地震の揺れ自体が小さいにもかかわらず大きな津波を発生させる津波地震の特性から、地震発生直後の避難が難しく被害が拡大する危険性をはらんでいる。津波地震の顕著な例として知られる1896年の明治三陸地震では、2万人以上の死者を出した。 2011年の東北地方太平洋沖地震では、プレート境界の陸地側の深い部分のすべりにより短周期の強い地震動が発生し、沖合いの海溝側の浅い部分のすべりにより長周期の地震動と強大な津波を発生したと推定され、この陸地側と海溝側の断層破壊が往復する形で発生したと推定される。これにより広範囲で発生した海溝型地震と津波地震が連動して、津波もより巨大化された可能性がある[3]。また、明治三陸地震は主にプレート境界の海溝側の浅い部分で断層破壊が発生し、長周期の地震動と強大な津波を発生したと理解される[4][5]。東京大学の古村孝志らも明治三陸地震や同じく津波地震である慶長地震は海溝側の浅い部分で発生した地震と推定している[6]。 地震学では一般的に、実体波マグニチュードに対してモーメントマグニチュードや津波マグニチュードが1以上大きくなるような地震が津波地震に分類される[注 2]。津波地震の例[編集]
年 | 地震名 | 表面波マグニチュード () |
モーメントマグニチュード () |
津波マグニチュード () |
---|---|---|---|---|
1896 | 明治三陸 | 7.2 | 8.0 - 8.6[8] | 8.2 - 8.6 |
1923 | 択捉島沖[9] | 7.1 | 8.1 | |
1932 | ハリスコ (6月22日)[10] | 6.9 | 7.7 | |
1946 | アリューシャン | 7.4 | 8.6 | 9.3 |
1960 | ペルー沖[11] | 6.75 | 7.6 - 7.8 | |
1963 | 択捉島沖 (10月20日)[9] | 7.1 | 7.8 | 8.0 |
1975 | 北海道東方沖[9] | 6.9 - 7.0 | 7.5 | 7.95 |
1992 | ニカラグア | 7.2 | 7.6 - 7.7 | 7.9 |
1993 | 北海道南西沖 | 7.6 | 7.7 | 8.1 |
1994 | ジャワ島南東沖[12] | 6.5 | 7.8 | |
1996 | ペルー沖 | 6.6 | 7.5[13] | 7.7 |
2006 | ジャワ島南西沖[2] | 7.1[13] | 7.7[13] | 8.0 |
2010 | スマトラ島沖 (10月) | 7.2[13] | 7.8[13] | 8.3 |
2012 | エルサルバドル沖 | 6.4[13] | 7.3[14] | |
2021 | サウスサンドウィッチ | 7.68[15] | 8.24[15][16] |
●1984年6月13日鳥島近海地震では、MJMA5.7 であったが、Mt7.3 と津波マグニチュードが特異的に大きく八丈島八重根漁港で1.3 - 1.5 mの津波を観測している[17]。当時の観測記録のなかで、最も小さいマグニチュードで津波を発生させた地震である[18]。このイベントは、スミスカルデラの火山活動に伴うカルデラ環状断層の活動によると推定されている[19]。
日本国内・近海における歴史地震での例
●1605年の慶長地震。地震動の被害としては淡路島の千光寺、および阿波宍喰の被害程度しか知られていない上に、この二つの震害記録については疑問視する見方もある[20]。にもかかわらず、地震動がほとんど記録されていない房総半島から九州にかけての広範囲で沿岸を波高10 m以上の津波が襲い、溺死者5,000 - 10,000人とされている。津波襲来範囲から震源域は南海トラフと考えられて来たが[21][22][23]、波源域は伊豆・小笠原海溝付近であると仮定すれば津波が説明できるとする説[24]や、震源がインドネシアあたりの遠地津波も否定できないとする説[25]など、諸説ある。
●1677年の延宝房総沖地震。震源の位置ははっきりしていないが、津波遡上高を元にした波源解析によって震源は房総沖で、推定されるマグニチュード (M6 - 6.6) に対して津波マグニチュード (Mt) は8.0[26]。
●1771年の八重山地震。推定されるマグニチュード (M7.4) に対し津波が大きく、津波マグニチュード (Mt) は8.5と推定する説がある[26]。黒島海丘で生じた海底地すべりによって大きな津波を発生させたとする研究[27]や、Mw8.7程度のプレート間の断層を仮定すれば津波が説明できるとする説[28]など、諸説ある。
日本国外における例
●1946年のアリューシャン地震は表面波マグニチュードMs = 7.4程度であったが、モーメントマグニチュードはMw = 8.1、さらに津波マグニチュードはMt = 9.3にも達すると推定され、ウニマク島では地震48分後に波高35 mにも達する津波が襲来した。ハワイ諸島にも襲来し、ハワイで159名の犠牲者を出した[29][30]。
●2004年のスマトラ島沖地震もアンダマン地域︵地震断層の北部︶では津波地震の様相を呈していたとの指摘がある。
類似の地震[編集]
1929年グランドバンクス地震や、1998年パプアニューギニア地震でも地震の規模と比較して大きな津波が発生している[31][32]。しかし、これらの津波の波源は地震によって誘発された海底地すべりであると考えられており、このような場合は普通津波地震とは言わない[10]。
津波地震とは異なるが、陸地で体感できる地震動の大きさ︵震度︶に比して大きな津波が発生するものに、海洋プレート内地震の一種であるアウターライズ地震がある。アウターライズとは海溝外縁隆起帯とも呼ばれ、海洋プレート側が海溝に下降していく過程で応力が変化するために上方に湾曲して膨らんでいる部分をいう。この内部で地震が発震しても大陸プレート上の陸地までは距離があるため陸地における地震の揺れは小さくなる傾向にある。しかし、浅発地震の場合は海洋底を強く動かして巨大津波を発生させることがある。顕著な例としては1933年の昭和三陸地震︵Mw8.4[33]/最大震度5︶がある。また、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震では本震発生直後の15時25分にこのタイプの余震︵Mw7.5[34]/最大震度4︶が発生したと推定されている[35]ほか、同年7月10日︵Mw7.3[36]/最大震度4︶、2012年12月7日︵Mw7.3[37]/最大震度5弱、﹁三陸沖地震 (2012年12月)﹂も参照︶、2013年10月26日︵Mw7.1[38]/最大震度4、﹁福島県沖地震#2013年﹂も参照︶[39]にもこのタイプの余震が発生して微小な津波が観測されている。とりわけ大きな海溝型地震の後にたびたび発生している。一般的な津波地震とは異なり、震源域における地震動︵マグニチュード︶そのものが小さいわけではないことに留意が必要である。
脚注[編集]
注釈[編集]
(一)^ 断層運動によって地震動︵揺れ︶と津波︵海底面の地殻変動による海水の上下動︶がそれぞれ生じるのであって、地震動が津波を引き起こすわけではない。地震動と津波は原因は同じだが別の現象であるともいえる。 (二)^ この目安は概ねM5 - M7程度で適用される。実体波マグニチュードが8以上になると、マグニチュードの﹁頭打ち﹂によりモーメントマグニチュードとの差が大きくなるが、このことをもって津波地震と判断されることはない。出典[編集]
(一)^ 宇津徳治 ﹃地震学 第3版﹄ 共立出版、2001年
(二)^ abc津波地震 地震予知連絡会会報 第89巻 (PDF)
(三)^ 東日本大震災6カ月 巨大地震の謎は解明できたのか︵産経新聞/MSN産経ニュース 2011年9月11日︶
(四)^ Science 19 May 2011 Satoshi Ide, Annemarie Baltay, Gregory C. Beroza.(19 May 2011): Shallow Dynamic Overshoot and Energetic Deep Rupture in the 2011 Mw 9.0 Tohoku-Oki Earthquake Science (Express).
(五)^ 東京大学大学院 井出哲﹁東北沖地震の二面性 -浅部のすべり過ぎと深部の高周波震動-﹂
(六)^ Newton 2011年、9月号
(七)^ 大町達夫、戸畑真弘、井上修作、﹁津波地震の発生原因に関する解析的検証﹂ 海岸工学論文集 2003年50巻 p.331-335, doi:10.2208/proce1989.50.331
(八)^ “日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会︵第10回︶ 資料2強震動及び津波高さの推計について︵図表集︶”. 内閣府中央防災会議事務局 (2005年). 2021年3月12日閲覧。
(九)^ abc谷岡 勇市郎,勝俣 啓 (2011年). “根室沖等の地震に関する調査研究 平成22年度成果報告書 古地震調査”. jishin.go.jp. 地震調査研究推進本部. 2020年11月30日閲覧。
(十)^ abEmile A. Okal; José C. Borrero (2011). “The ‘tsunami earthquake’ of 1932 June 22 in Manzanillo, Mexico: seismological study and tsunami simulations”. Geophysical Journal International 187 (3): 1443-1459. doi:10.1111/j.1365-246X.2011.05199.x 2020年11月30日閲覧。.
(11)^ Pelayo, A. M.; Wiens, D. A. (1990). “The November 20,1960 Peru Tsunami Earthquake: Source mechanism of a slow event”. Geophysical Research Letters 17 (6): 661–664. doi:10.1029/gl017i006p00661.
(12)^ Polet, J.; Kanamori, H. (2000), “Shallow subduction zone earthquakes and their tsunamigenic potential”, Geophysical Journal International 142 (3): 684, 685, Bibcode: 2000GeoJI.142..684P, doi:10.1046/j.1365-246x.2000.00205.x
(13)^ abcdef“Search Earthquake Catalog”. earthquake.usgs.gov. アメリカ地質調査所. 2020年11月30日閲覧。
(14)^ Halldor Geirsson, et al. (2015). “The 2012 August 27 Mw7.3 El Salvador earthquake: expression of weak coupling on the Middle America subduction zone”. Geophysical Journal International 202 (3): 1677-1689. doi:10.1093/gji/ggv244.
(15)^ abイベント全体のマグニチュード。このイベントはMw8.16のスロー地震と、M7台の4つの地震︵高速すべり︶が同時に発生するという複雑な断層破壊をした為、Mw8.16の地震単体の表面波マグニチュードは算出されていない。
(16)^ Jia, Zhe; Zhongwen, Zhan; Kanamori, Hiroo (2022). “The 2021 South Sandwich Island Mw 8.2 Earthquake: A Slow Event Sandwiched Between Regular Ruptures”. Geophysical Research Letters 49 (3). Bibcode: 2022GeoRL..4997104J. doi:10.1029/2021GL097104.
(17)^ 羽鳥徳太郎、﹁1984年6月13日鳥島近海地震による特異な津波﹂ 東京大學地震研究所彙報 60(1), p87-95, 1985, hdl:2261/12933, NAID 120000871735
(18)^ 1984年6月13日鳥島近海の地震︵気象庁︶ 地震予知連絡会 会報33巻 (PDF)
(19)^ 三反畑 ほか﹁火山性津波地震のメカニズム Part II: 津波解析﹂﹃地球惑星科学連合2018年大会 研究発表要旨﹄2018年、HDS-10-02、2020年11月30日閲覧。
(20)^ 吉岡敏和、水野清秀、榊原信夫、﹁淡路島中部,先山断層の最新活動とその意義﹂ 活断層研究 1997年 1997巻16号 p.87-94, doi:10.11462/afr1985.1997.16_87
(21)^ 今村明恒(1943)、﹁慶長九年の東海南海雨道の地震津浪に就いて﹂ 地震 第1輯 1943年15巻6号 p.150-155, doi:10.14834/zisin1929.15.150
(22)^ 石橋克彦、﹁1605 (慶長9) 年東海 南海津波地震の地学的意義﹂ 地震学会講演予稿集 1, 96, 1983.NAID 10027721046 石橋克彦の歴史地震研究のページ アーカイブ
(23)^ 地震調査研究推進本部(2001) (PDF) 地震調査研究推進本部 ﹁南海トラフの地震の長期評価について﹂ 2001年
(24)^ 石橋克彦, 原田智也(2013): 1605︵慶長九︶年伊豆-小笠原海溝巨大地震と1614︵慶長十九︶年南海トラフ地震という作業仮説,日本地震学会2013年秋季大会講演予稿集,D21‒03
(25)^ 松浦律子(2013)、﹁1605年慶長地震は南海トラフの地震か?﹂ (PDF) 第30回歴史地震研究会︵秋田大会︶, ﹃歴史地震﹄ 2014年29号 p.263, 歴史地震研究会
(26)^ ab阿部勝征(1999)、﹁遡上高を用いた津波マグニチュードMtの決定 -歴史津波への応用-﹂﹃地震 第2輯﹄ 1999年52巻3号 p.369-377, doi:10.4294/zisin1948.52.3_369, 日本地震学会
(27)^ 今村文彦、吉田功、アンドリュー ムーア、﹁沖縄県石垣島における1771年明和大津波と津波石移動の数値解析﹂ ﹃海岸工学論文集﹄ 2001年48巻 p.346-350, doi:10.2208/proce1989.48.346
(28)^ 中村衛(2014): 1771年八重山津波の断層モデルの再検討 (PDF) 日本地球惑星科学連合 2014年大会講演要旨,SSS34-P27.
(29)^ 首藤伸夫、越村俊一、佐竹健治、今村文彦、松冨英夫 ﹃津波の事典﹄ 朝倉書店、2007年
(30)^ Historic Earthquakes Unimak Island 1946 Apr 01 12:28:56.0 UTC Magnitude 8.1 USGS
(31)^ Heezen, B.C.; Ewing, M. (1952). “Turbidity Currents and Submarine Slumps, and the 1929 Grand Banks Earthquake”. American Journal of Science 250: 849-873 2020年11月30日閲覧。.
(32)^ Emile A. Okal; Costas E. Synolakis (2004). “Source discriminants for near-field tsunamis”. Geophysical Journal International 158 (3): 899-912. doi:10.1111/j.1365-246X.2004.02347.x 2020年11月30日閲覧。.
(33)^ Kanamori, H., "The energy release of great earthquakes." 1977, The energy release of great earthquakes, J. Geophys. Res. 82, 2981-2987, doi:10.1029/JB082i020p02981
(34)^ 気象庁: “2011年03月11日15時25分 三陸沖 M7.5”. 2013年12月15日閲覧。
(35)^ 2011年 東北地方太平洋沖地震 過去に起きた大きな地震の余震と誘発地震︵東京大学地震研究所︶
(36)^ 気象庁: “2011年07月10日09時57分 三陸沖 M7.3”. 2013年12月15日閲覧。
(37)^ 気象庁: “2012年12月07日17時18分 三陸沖 M7.3”. 2013年12月15日閲覧。
(38)^ 気象庁: “2013年10月26日02時10分 福島県沖 M7.3”. 2013年12月15日閲覧。
(39)^ M7・1地震はアウターライズ型、大津波危険も︵読売新聞 2013年10月26日付︶
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 柿沼太郎、「津波地震がもたらす幾つかの地変形態を対象とした津波形成過程の数値解析」 『海岸工学論文集』 2006年 53巻 p.191-195, doi:10.2208/proce1989.53.191
- 武村雅之、小山順二、「低周波地震のスケーリングモデル 津波地震と中小規模低周波地震の関係」 『地震 第2輯』 1983年 36巻 3号 p.323-336, doi:10.4294/zisin1948.36.3_323