アイドルスタースペシャル
﹃アイドルスタースペシャル﹄[1]は、ニッポン放送が1981年10月5日から1982年4月2日まで毎週月曜日 - 金曜日の20:00 - 21:00に編成していた番組のレーベル枠とそのタイトル。
概要[編集]
本枠が編成されていた期間はニッポン放送ショウアップナイターのナイターオフ期間。当時この枠はナイターオフ期間ごとに日替わりで異なるパーソナリティによる5本の番組を並べる編成をしており、1時間︵55分︶枠では1982年度の﹁オジンはバッテン!まるごとヤングミュージック﹂まで、その後30分枠になってからも1984年度の第9弾﹁KISS KISS シンドローム﹂までこの編成が続いた[注釈 1]。各番組の概要[編集]
曜日ごとにパーソナリティの異なる以下の5本の番組で構成されていた。 月曜﹁とびきりPOP! 愛の1・2・3﹂ ●パーソナリティはゴダイゴ、柏原よしえ、岩崎良美。ゴダイゴからはタケカワユキヒデが毎週出演、他のメンバーから1人が交替で出演して4人で番組を進行していた[2]。ポップスなど様々な音楽を話題に、和やかムードと評されたことのあるトークを展開していた[3][2]。 ●主なコーナーに、恋のエピソードを綴ったお便りなどを紹介する﹃愛のおたより﹄など[2]。 火曜﹁松山千春の今夜はきめよう!﹂ ●松山千春のパーソナリティで、この番組のみSTVラジオ発[3]︵STVではこの当時土曜24:00 - 25:00枠で放送[4]︶。STVでは先に1979年4月15日に放送開始、ニッポン放送では1979年10月~1980年9月にネット︵1980年3月まで日曜21:00 - 22:00、1980年4月から土曜21:30 - 22:30に放送︶、今回はその1年ぶりのネット再開である。1982年4月で制作局のSTV共々この番組は終了︵ニッポン放送での松山の番組枠は日曜午前11:00 - 11:30に移り﹃松山千春のワンダーランド 朝から最高!﹄がスタートしている︶。 ●﹃私の町の名産品﹄コーナーでは、全国各地の珍しい名産品や名物などを紹介[2]。紹介していくたびに品物の内容がエスカレートしていき、ついには大阪から一斗樽に詰められた漬物がそのまま届き、これはスタッフ全員でも食べきれなかったという[5]。 ●その他コーナーは、コンサートの音源を放送する﹃ライブテープコーナー﹄など[2]。 ●ニッポン放送では角川書店グループ、粟津屋の提供[6]。 水曜﹁桑田佳祐と○○○○のなんでもスルー・ザ・ナイト﹂ ●パーソナリティは桑田佳祐と、以下の月替わりパートナー。 ●1981年10月‥三原順子 ●1981年11月‥甲斐智枝美 ●1981年12月‥石川ひとみ ●1982年1月‥浜田朱里 ●1982年2月‥松本伊代 ●1982年3月‥原由子 ●ロックの面白さや、アメリカでヒットしているポップスなどをいち早く伝えていた[2][3]。 ●主なコーナーに﹃60年の1枚﹄︵桑田が少年時代に聴いていた1960年代の懐かしのアルバムの他、ビートルズ、ローリング・ストーンズなどの当時のアーティストをクローズアップ︶、ディスコやコンサートなどのレポートコーナーなど[2]。 ●学生援護会の提供[6]。 木曜﹁シブがきトリオ 夜をまるかじり!﹂ ●パーソナリティは、当時シブがき隊に改名する前だった﹁シブがきトリオ﹂︵布川敏和、本木雅弘、薬丸裕英︶。3人の初ラジオレギュラー番組[2]。 ●当時3人はテレビドラマ﹃2年B組仙八先生﹄︵TBS︶にレギュラー出演、この番組ではこのドラマなどテレビのロケ先での思い出、裏話などを語るコーナーなどがあった[2][2]。 ●日本ヘラルド、東宝の提供[6]。 ●この番組が終了した直後の1982年4月から同じくニッポン放送でシブがき隊としての番組﹁シブがき隊 ホット!ヒット!!はっと!?﹂が日曜21:30 - 22:00枠でスタート。1983年10月からナイターオフ20:00 - 20:30のレーベル枠﹁まるのみヤングバーガー﹂木曜に入り、その後1984年4月からは土曜16:30 - 17:00枠へ移動。1985年10月まで放送されていた。 金曜﹁伊藤つかさ 星にねがいを﹂ ●パーソナリティの伊藤つかさは当時14歳で、単独パーソナリティでは当時日本最年少ラジオパーソナリティであった[2][注釈 2]。 ●﹁ロマンチックな1時間﹂がコンセプトの番組[3]。 ●主なコーナーに、名前と生年月日をはがきに書いて送り選ばれると、異性の友達との関係の今後などを占ってくれる﹃星うらない﹄のコーナーなど[2]。ネット局[編集]
︵[7]︶- STVラジオ:水・金 20:00 - 21:00
- 火曜20:00枠は同じニッポン放送制作の『こうせつ・郁恵のまんてんナイト キラキラ放送局』をネット、火曜の『松山千春の今夜はきめよう!』は土曜24:00 - 25:00の別枠で放送。
- 青森放送:月・水・金 20:00 - 21:00
- 山梨放送:月〜金 20:00 - 21:00
- 北日本放送:火〜金 20:00 - 21:00
- 山口放送:水・木・金 20:00 - 21:00
- 火曜の『松山千春の今夜はきめよう!』は放送無し、その代わりにこの火曜20:00枠では同じニッポン放送制作の『こうせつ・郁恵のまんてんナイト キラキラ放送局』をネット。
- 西日本放送:月〜金 20:00 - 21:00
- ただし、『松山千春の今夜はきめよう!』は月曜20:00枠で放送、『とびきりPOP!』は放送無し。火曜20:00枠は同じニッポン放送制作の『こうせつ・郁恵のまんてんナイト キラキラ放送局』をネット。
- 以下は「松山千春の今夜はきめよう!」のみ
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 「ねらえ!サウンドライフ」の枠の放送時間は本枠のそれよりも30分早く、平日の19:30 - 20:30。なお本枠以前及び以後の平日ナイターオフ20時台におけるレーベル枠タイトルは以下の通り。
- 本枠以前
- 1976年度「ねらえ!サウンドライフ」
- 1977年度「フレッシュ・サウンド大進撃」
- 1978年度「激突!サウンド・フィーバー」
- 1979年度「独占!サウンドヒーロー」
- 1980年度「ザ・リクエストパレード」
- 本枠以後
- 1982年度「オジンはバッテン!まるごとヤングミュージック」
- 1983年度「まるのみヤングバーガー」
- 1984年度「KISS KISS シンドローム」
- ^ 伊藤つかさは当時この番組の他に、文化放送でも『伊藤つかさ ひとりにしないで』が同じ1981年10月にスタートしている。
出典[編集]
- ^ 季刊ランラジオ(自由国民社)1981年11月号 p.42 ニッポン放送番組表
- ^ a b c d e f g h i j k l 明星(集英社)1981年12月号 p.176 - 177「MYOJO PAPER RADIO」
- ^ a b c d 季刊ランラジオ(自由国民社)1981年11月号 p.49 - 50
- ^ 季刊ランラジオ(自由国民社)1981年11月号 p.21
- ^ BOMB(学研)1982年2月号「SPARKLING CATALOG」p.128
- ^ a b c ラジオ新番組速報版(三才ブックス)1981年秋号 ニッポン放送番組表より。
- ^ 季刊ランラジオ(自由国民社)1981年11月号 各ラジオ局番組表より。
ニッポン放送 平日ナイターオフ期間 20:00 - 21:00 枠 レーベル枠タイトル (1981年10月 - 1982年4月) |
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前番組 | 番組名 | 次番組 |
1980年度 |
1981年度 |
1982年度 連続ラジオコミック 超人ロック (20:55 - 21:00) |
関連項目 |
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