世田谷 (世田谷区)
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世田谷 | |
---|---|
世田谷区役所本庁 | |
北緯35度38分35.96秒 東経139度39分2.34秒 / 北緯35.6433222度 東経139.6506500度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 東京都 |
特別区 | 世田谷区 |
地域 | 世田谷地域 |
地区 | 上町地区 |
面積 | |
• 合計 | 0.769 km2 |
人口 | |
• 合計 | 16,158人 |
• 密度 | 21,000人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
154-0017[2] |
市外局番 | 03[3] |
ナンバープレート | 世田谷 |
世田谷︵せたがや︶は、東京都世田谷区の町名。現行行政地名は世田谷一丁目から世田谷四丁目。郵便番号は154-0017[2]。世田谷地域上町地区に属する。
地理[編集]
東京都世田谷区の中央部に位置し、周囲を梅丘・若林・上馬・弦巻・桜・豪徳寺の各町に隣接する。世田谷区役所[4]がある。 町の北辺の烏山川緑道は、暗渠化した烏山川の上部を緑道に造成したものである。川の名残として、町内部分では、八幡橋、城向橋、青葉橋、品川橋等の橋の名前が残っている。水準点︵世田谷2丁目13番︶の高さは東京湾平均海面上︵海抜︶38.6993メートル︵2006年︵平成18年︶1月1日現在[5]︶。地価[編集]
住宅地の地価は、2014年︵平成26年︶1月1日の公示地価によれば、世田谷4-10-10の地点で52万6000円/m2となっている[6]。歴史[編集]
縄文前期の集落跡を示す元宿遺跡が四丁目にある。縄文中期の包蔵地である浄光寺遺跡が一丁目にある。江戸時代、多くは彦根藩井伊家の所領であり、1633年︵寛永10年︶から1871年︵明治4年︶まで同家の代官職を継いできた大場家の屋敷が、東京都史跡の世田谷代官屋敷として一丁目に残る。町名の変遷[編集]
実施後 | 実施年月日 | 実施前(各町名ともその一部) |
---|---|---|
世田谷一丁目 | 1966年2月15日 | 世田谷1、弦巻町1、弦巻町2の各一部 |
世田谷二丁目 | 世田谷1、弦巻町1、弦巻町2の各一部 | |
世田谷三丁目 | 世田谷1の一部 | |
世田谷四丁目 | 世田谷1、若林町の各一部 |
世帯数と人口[編集]
2019年(令和元年)9月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
丁目 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
世田谷一丁目 | 3,545世帯 | 6,109人 |
世田谷二丁目 | 1,873世帯 | 3,382人 |
世田谷三丁目 | 1,941世帯 | 3,314人 |
世田谷四丁目 | 1,996世帯 | 3,353人 |
計 | 9,355世帯 | 16,158人 |
小・中学校の学区[編集]
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]。
丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|---|
世田谷一丁目 | 1~15番 | 世田谷区立弦巻小学校 | 世田谷区立弦巻中学校 |
その他 | 世田谷区立桜小学校 | 世田谷区立桜木中学校 | |
世田谷二丁目 | 全域 | ||
世田谷三丁目 | 1~21番 | ||
その他 | 世田谷区立城山小学校 | 世田谷区立世田谷中学校 | |
世田谷四丁目 | 8~28番 | ||
1~6番 7番13~17号 |
世田谷区立弦巻小学校 | 世田谷区立弦巻中学校 | |
その他 | 世田谷区立桜小学校 | 世田谷区立桜木中学校 |
交通[編集]
●東急世田谷線世田谷駅、上町駅 ●世田谷通り ●駒留通り ●駒沢公園通り‥バス路線施設[編集]
公共施設[編集]
●世田谷区役所︵本庁︶- 道路を隔てて、第一庁舎︵第一庁舎、世田谷区民会館、第二庁舎、第三庁舎、駐車場︶の施設群からなる。教育[編集]
●青葉学園幼稚園 - 学校法人青葉学園の幼稚園。系列の東京医療保健大学世田谷キャンパスが同じ敷地にある。 ●世田谷区立桜小学校 ●東京医療保健大学世田谷キャンパス - 系列の青葉学園幼稚園が同じ敷地にある。 ●国士舘大学 - 世田谷キャンパス世田谷校舎[8]。隣接して国士舘中学校・高等学校がある。 ●世田谷中央看護高等専修学校商業・金融[編集]
●世田谷一郵便局 ●世田谷四郵便局 ●世田谷信用金庫本店 ●世田谷駅前商店街振興組合︵旧世田谷三栄会商店街振興組合︶ ●ボロ市通り桜栄会商店会 ●上町銀座会 ●城山通り商店会 ●オオゼキ上町店 ●サミットストア松陰神社前店文化[編集]
●世田谷代官屋敷 - 東京都史跡[9]で、大場家住宅主家及び表門の建物は国指定の重要文化財[10]である。 ●世田谷区立郷土資料館 - 世田谷代官屋敷の敷地内にある登録博物館 ●尾澤醫院 - スパニッシュ様式やアールデコ様式など多様な様式の折衷建築。非公開。 ●円光院 - 真言宗寺院催事[編集]
●ボロ市‥ボロ市通りを中心に、12月と翌年1月の年2回開催される。管轄の官公署等[編集]
当地域を担当する官公署、集配郵便局等。 ●世田谷総合支所 ●上町まちづくりセンター ●世田谷保健所 ●世田谷税務署 ●世田谷都税事務所 ●東京都水道局世田谷東営業所 ●東京法務局世田谷出張所 ●世田谷年金事務所 ●世田谷警察署 ●世田谷交番 ●世田谷消防署 ●世田谷郵便局 郵便番号は154-8799。出身・ゆかりのある人物[編集]
●谷崎精二︵早稲田大学教授[11]、英文学者︶ - 世田谷に居住していた[11]。小説家谷崎潤一郎の弟。 ●谷崎英男[11]︵早稲田大学教授︶ ●中島敦︵小説家︶- 晩年を父の家のある世田谷で過ごし近所にある岡田病院︵現•世田谷中央病院︶で亡くなった。脚注[編集]
(一)^ abc“世田谷区の町丁別人口と世帯数”. 世田谷区 (2019年9月3日). 2019年9月29日閲覧。
(二)^ ab“郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月30日閲覧。
(三)^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月27日閲覧。
(四)^ 世田谷区役所
(五)^ せたがや統計情報館 水準点の位置と高さ Archived 2012年7月30日, at Archive.is︵2007年10月23日 (UTC) 検索︶
(六)^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
(七)^ “通学区域”. 世田谷区 (2018年4月1日). 2019年9月29日閲覧。
(八)^ 梅ヶ丘校舎と橋でつながっているが、これは梅丘に位置する。
(九)^ 1952年︵昭和27年︶11月3日当初指定、1955年︵昭和30年︶3月28日旧跡、1959年︵昭和34年︶2月21日旧跡から史跡に種別変更。
(十)^ 1978年︵昭和53年︶1月21日指定、国指定文化財等データベース︵名称=大場家住宅︵東京都世田谷区世田谷︶、文化財種類=国宝・重要文化財(建造物) 、種別=重要文化財 民家、2007年11月22日 (UTC) 検索︶
(11)^ abc﹃人事興信録 第15版 下﹄タ73頁︵国立国会図書館デジタルコレクション︶。2018年10月25日閲覧。
参考文献[編集]
- 人事興信所編『人事興信録 第15版 下』人事興信所、1948年。