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二条院讃岐

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作品

勅撰集
歌集名 作者名表記 歌数 歌集名 作者名表記 歌数 歌集名 作者名表記 歌数
千載和歌集 二条院讃岐  3 新古今和歌集 二条院讃岐 16 新勅撰和歌集 二条院讃岐 12
続後撰和歌集 二条院讃岐  3 続古今和歌集 二条院讃岐  6 続拾遺和歌集 二条院讃岐  2
新後撰和歌集 二条院讃岐  3 玉葉和歌集 二条院讃岐  8 続千載和歌集 二条院讃岐  4
続後拾遺和歌集 二条院讃岐  3 風雅和歌集 新千載和歌集
新拾遺和歌集 二条院讃岐  3 新後拾遺和歌集 二条院讃岐  1 新続古今和歌集 二条院讃岐  3
百首歌・歌合
名称 時期 備考
民部卿家歌合 1195年(建久6年)3月3日
正治初度百首 1200年(正治2年) 「讃岐 二条院女房」名で出詠
新宮撰歌合 1201年(建仁元年)3月
千五百番歌合 1202年(建仁2年)
内裏百番歌合 1216年(建保4年)
私家集
  • 『二条院讃岐集』(真観本)(鎌倉時代中期写本 冷泉家時雨亭文庫 重要文化財

百人一首

  • 92番

  寄石恋といへる心を                  二条院讃岐
わか袖は塩干に見えぬ沖の石の 人こそしらねかはくまもなき

— 『千載和歌集』 巻第十二 恋歌二

「沖の石の讃岐」はこの歌[5]によりつけられた異名である。

脚注

注釈

  1. ^ 歌意は「世の中を、人と関わり合いながら生きてゆくのは、苦しいものだわ。そんな思いで冬の夜を過ごしていたら、槙で葺いた屋根を叩いて初時雨が通り過ぎていった。辛い思いをしている人の家の上を、なんとまあやすやすと過ぎてゆく雨だこと。」という意味である。

出典

  1. ^ 『新古今和歌集』 巻第六 冬歌 00590
  2. ^ 『岩波古典大系』の注
  3. ^ 水垣久『千人万首』より
  4. ^ 『千載和歌集』 巻第六 冬歌 00403,00444
  5. ^ 『千載和歌集』 巻第十二 恋歌二 00759

参考文献