エリス (ギリシア神話)
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エリス Ἔρις | |
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争い・不和の女神 | |
親 | ニュクス |
兄弟 | モロス, ケール, タナトス, ヒュプノス, モーモス, オネイロス, ヘスペリデス, モイラ, ネメシス、アパテー, ピロテース, ゲーラス |
子供 | ポノス, レーテー, リーモス, アルゴス, ヒュスーミネー, マケー, ポノスたち, アンドロクタシアー, ネイコス, プセウドス, ロゴス, デュスノミアー, アーテー, ホルコス |
ローマ神話 | ディスコルディア |
エリス︵古希: Ἔρις, Eris︶は、ギリシア神話の争いと不和の女神である[1]。殺戮の女神エニューオーと同一視される。ローマ神話のディスコルディア(Discordia)に相当する[1]。
ヤーコブ・ヨルダーンスの1633年の絵画﹃不和の黄金の林檎﹄。プ ラド美術館所蔵。
ディスコーディアニズムのシンボルである﹁神聖なるカオ﹂。五角形に 象徴される秩序と、エリスの黄金の林檎に象徴される混沌の相互関係を示す。
神話[編集]
ホメーロスの叙事詩﹃イーリアス﹄では軍神アレースの妹とされ[2]、ヘーシオドスの﹃神統記﹄では夜の女神ニュクスが一人で生んだ娘とされている[3]。ヒュギーヌス﹃神話集﹄では夜ニュクスと闇エレボスの娘に不和︵ディスコルディア︶が生まれたとしている[4]。戦場では血と埃にまみれた鎧を着て槍を持ち、火炎の息を吐く。通常、有翼の女性として描かれる[1]。 エリスは多くの災いの母となり、ポノス︵労苦︶、レーテー︵忘却︶、リーモス︵飢餓︶、アルゴスたち︵悲歎︶、ヒュスミーネーたち︵戦闘︶、マケーたち︵戦争︶、ポノスたち︵殺害︶、アンドロクタシアーたち︵殺人︶、ネイコスたち︵紛争︶、プセウドスたち︵虚言︶、ロゴスたち︵空言︶、アムピロギアー︵口争︶、デュスノミアー︵不法︶、アーテー︵破滅︶、ホルコス︵誓い︶を生んだ[5]。 ウェルギリウスによると、冥界の門の近くには有象無象のオネイロスたち︵夢︶が絡まるニレの巨樹があり、周りには冥界の神々や怪物たちが住み、血染めの紐で蛇の髪を結んだエリス︵ディスコルディア︶もそこに住んでいる[6]。教訓譚[編集]
ヘーシオドスは教訓詩﹃仕事と日々﹄の中で、二種のエリスについて書いている。片方は忌まわしい戦いと抗争を蔓延させる残忍なエリスだが、もう片方はニュクスが生んだ長女であり、怠け者も相手への羨望によって切磋琢磨する闘争心を掻き立てる、益のある﹁善きエリス﹂がいるとした[7]。 エリスは﹃イソップ寓話﹄にも不和や争いの寓意として登場している。ヘーラクレースが旅をしていると、狭い道に林檎に似たものが落ちているのを見て踏み潰そうとした。しかしそれは倍の大きさに膨れ、もっと力を入れて踏みつけ棍棒で殴ると、さらに大きく膨れ上がって道を塞いでしまった。呆然と立ちつくすヘーラクレースのもとにアテーナーが現れて言った。﹁およしなさい、それはアポリア︵困難︶とエリス︵争闘︶です。相手にしなければ小さいままですが、相手にして争うと大きく膨れ上がるのです﹂[8]。 アントーニーヌス・リーベラーリス﹃変身物語集﹄では、パンダレオースの娘アエードーンと大工ポリュテクノスは仲の良い夫婦だったが﹁ゼウスとヘーラーよりも深く愛し合っている﹂と自慢したためヘーラーの怒りを買い、エリス︵夫婦の不和︶を送り込まれた[9]。トロイア戦争[編集]
﹃キュプリア﹄[編集]
散逸した叙事詩﹃キュプリア﹄によると、エリスは女神テティスとペーレウスの結婚式に招かれなかった腹いせに、﹁最も美しい女神に﹂と記した黄金の林檎を宴の場に投げ入れ、ヘーラー、アテーナー、アプロディーテー3女神の争いを引き起た。その結果、3人の女神はトロイアの王子パリスによる裁定︵パリスの審判︶を仰ぐことになり、トロイア戦争の遠因を作った[10]。﹃イーリアス﹄[編集]
トロイア側で激昂するアレースとアカイア側で鼓舞するアテーナーの二神の戦いに、恐怖デイモスと敗走ポボス、アレースの妹であり戦友のエリスが加わる。女神は飽くこと無く猛り狂い、両軍の兵士たちに敵意を吹きこみ、普段は小柄だが争いが膨らめば大地に足をつきながら頭は天にとどくほど巨大な姿になり、軍勢の中を駆け巡った[2]。 3日目の早朝ゼウスはエリスに﹁戦いの兆し﹂を持たせ、女神はアカイア軍の船に立ち、すさまじい大声で雄叫びを上げると、兵士たちは闘争心と不屈の気力が湧き、戦いを好むようになり、アカイアとトロイア両軍の荒れ狂う戦闘を見てエリスは大いに喜んだ[11]。 またアテーナーが纏うアイギスの姿の描写に、総が垂れ、縁には﹁ポボス︵敗走︶﹂が取り巻き、表には﹁エリス︵争い︶﹂﹁アルケ︵武勇︶﹂﹁イオケ︵追撃︶﹂に怪物ゴルゴーンの首がある[12]。ヘーパイストスが作ったアキレウスの盾にも、人間どもの激しい闘いに﹁エリス︵争い︶﹂と﹁キュドイモス︵乱闘︶﹂と﹁ケール︵死︶﹂といった神々が参戦する様が描かれている[13]。 これに似たものにウェルギリウスの叙事詩﹃アエネーイス﹄があり、ヘーパイストス︵ウゥルカーヌス︶はアプロディーテー︵ウェヌス︶の息子アイネイアースのために盾を作るが、その盾の表にアレース︵マールス︶とエリーニュスたちと共に、裂けた衣を纏ったエリスと、その後ろに女神ベローナが血色の鞭を持って従い、戦闘のただ中で荒れ狂う姿が描かれている[14]。文化的影響[編集]
眠れる森の美女[編集]
古い民話・童話の眠れる森の美女は、女神テティスとペーレウスの結婚式におけるエリスの行動にヒントを得ていると言われる。王女の誕生祝いに招待されなかった魔法使いが呪いをかけるという筋立てである[15]。ディスコーディアニズム[編集]
「en:Discordianism」も参照
1957年頃、カリフォルニア州のグレッグ・ヒルとケリー・ソーンリーは、エリスから霊感を得たと称して宗教、もしくはそのパロディを創立した。
その教義は、自身を含めたあらゆるドグマを笑い飛ばし、超越することである。
なお、この宗教ではジョシュア・ノートンを聖者としている。
準惑星エリス[編集]
2005年に発見された新天体︵のちに準惑星に分類︶は、惑星の定義に関する大きな論争を呼んだことから、エリスが人々の間で口論を引き起こすことによって争いと不和を引き起こしたことに因みエリスと名づけられた。系図[編集]
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エレボス |
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アイテール |
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| モロス |
| ケール |
| タナトス |
| ヒュプノス |
| オネイロス |
| モーモス |
| オイジュス |
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ヘスペリデス |
| クロートー(モイラ) |
| ラケシス(モイラ) |
| アトロポス(モイラ) |
| ネメシス |
| アパテー |
| ピロテース |
| エリス |
| ゲーラス |
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| ヒュスミーネー |
| マケー |
| ポノス |
| アンドロクタシアー |
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ネイコス |
| プセウドス |
| ロゴス |
| アムピロギアー |
| デュスノミアー |
| アーテー |
| ホルコス |
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脚注[編集]
(一)^ abc高津春繁﹃ギリシア・ローマ神話辞典﹄岩波書店、71頁。
(二)^ abホメーロス﹃イリアス﹄第4歌422行-445行。
(三)^ ヘーシオドス﹃神統記﹄211-225行。
(四)^ ヒュギーヌス﹃神話集﹄序文。
(五)^ ヘーシオドス﹃神統記﹄226行-232行。
(六)^ ウェルギリウス﹃アエネーイス﹄第6巻268行-289行。
(七)^ ヘーシオドス﹃仕事と日々﹄11行-24行。
(八)^ ﹃イソップ寓話﹄第316話﹁ヘーラクレースとアテーナー﹂。
(九)^ アントーニーヌス・リーベラーリス﹃変身物語集﹄第11話。
(十)^ プロクロス﹃文学便覧﹄。
(11)^ ホメーロス﹃イリアス﹄第11歌3行-83行。
(12)^ ホメーロス﹃イリアス﹄第5歌732-745行。
(13)^ ホメーロス﹃イリアス﹄第18歌535行-540行。
(14)^ ウェルギリウス﹃アエネーイス﹄第8巻700行-703行。
(15)^ H・J・ローズ. A Handbook of Greek Mythology, Including Its Extension to Rome. (2006)
参考文献[編集]
- アントーニーヌス・リーベラーリス『メタモルフォーシス ギリシア変身物語集』安村典子訳、講談社文芸文庫(2006年)
- 『イソップ寓話集』山本光雄 訳、岩波文庫(1999年)
- ウェルギリウス『アエネーイス(上・下)』泉井久之助訳、岩波文庫(1976年)
- ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』松田治・青山照男訳、講談社学術文庫(2005年)
- ヘシオドス『神統記』廣川洋一訳、岩波文庫(1984年)
- 『ヘシオドス 全作品』中務哲郎訳、京都大学学術出版会(2013年)
- ホメロス『イリアス(上・下)』松平千秋訳、岩波文庫(1992年)
- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店(1960年)
関連項目[編集]
- 論争術(エリスティケー)