「狂言」の版間の差分
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*: 出家︵僧侶︶、新発意︵しんぼち 出家したばかりの若い僧侶︶、[[座頭]]がシテを務めるもの。﹁[[宗論 (狂言)|宗論]]﹂﹁[[布施無経]]﹂﹁[[悪太郎 (狂言)|悪太郎]]﹂﹁[[魚説教]]︵※和泉流では魚説法︶﹂﹁[[御茶の水 (狂言)|御茶の水]]﹂﹁[[六地蔵 (狂言)|六地蔵]]﹂﹁[[丼礑]]﹂﹁[[月見座頭]]﹂﹁[[川上 (狂言)|川上]]﹂﹁[[薩摩守 (狂言)|薩摩守]]﹂﹁[[猿座頭]]﹂﹁[[伯養]]﹂﹁[[呂連]]﹂など。
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*: 出家︵僧侶︶、新発意︵しんぼち 出家したばかりの若い僧侶︶、[[座頭]]がシテを務めるもの。﹁[[宗論 (狂言)|宗論]]﹂﹁[[布施無経]]﹂﹁[[悪太郎 (狂言)|悪太郎]]﹂﹁[[魚説教]]︵※和泉流では魚説法︶﹂﹁[[御茶の水 (狂言)|御茶の水]]﹂﹁[[六地蔵 (狂言)|六地蔵]]﹂﹁[[丼礑]]﹂﹁[[月見座頭]]﹂﹁[[川上 (狂言)|川上]]﹂﹁[[薩摩守 (狂言)|薩摩守]]﹂﹁[[猿座頭]]﹂﹁[[伯養]]﹂﹁[[呂連]]﹂など。
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* 集狂言(あつめきょうげん) |
* 集狂言(あつめきょうげん) |
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*: 上記の分類に収まらないもの。﹁[[瓜盗人]]﹂﹁[[連歌盗人]]﹂﹁[[金藤左衛門]]﹂﹁[[茶壺 (狂言)|茶壺]]﹂﹁[[磁石 (狂言)|磁石]]﹂﹁[[膏薬練]]﹂﹁[[酢薑]]﹂﹁[[鳴子遣子]]﹂﹁[[芥川 (狂言)|芥川]]﹂﹁[[八句連歌]]﹂﹁[[横座]]﹂﹁[[合柿]]﹂﹁[[居杭]]︵※和泉流では井杭で、小名狂言に分類︶﹂﹁[[釣狐]]﹂など。
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*: 上記の分類に収まらないもの。﹁[[瓜盗人]]﹂﹁[[連歌盗人]]﹂﹁[[金藤左衛門]]﹂﹁[[茶壺 (狂言)|茶壺]]﹂﹁[[磁石 (狂言)|磁石]]﹂﹁[[膏薬練]]﹂﹁[[酢薑]]﹂﹁[[鳴子遣子]]﹂﹁[[芥川 (狂言)|芥川]]﹂﹁[[八句連歌]]﹂﹁[[横座]]﹂﹁[[合柿]]﹂﹁[[居杭]]︵※和泉流では井杭で、小名狂言に分類︶﹂﹁[[釣狐]]﹂﹁[[木賊]]﹂など。
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その他に近代以降に新たに作られた新作狂言(しんさくきょうげん)と呼ばれる曲目があり、完全新作のものと落語や詩などからアイデアを得たとされるものがある<ref name="warai">『笑いの芸術・狂言』(1998)、pp.30- 33</ref>。 |
その他に近代以降に新たに作られた新作狂言(しんさくきょうげん)と呼ばれる曲目があり、完全新作のものと落語や詩などからアイデアを得たとされるものがある<ref name="warai">『笑いの芸術・狂言』(1998)、pp.30- 33</ref>。 |
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::﹁風無し凧﹂︵[[巖谷小波]]、1923年<ref name="warai"/>︶﹁濯ぎ川﹂︵[[飯沢匡]]、1952年<ref>{{Cite web|url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc12/enmoku/susugigawa.html |title=濯ぎ川︵すすぎがわ︶ |publisher=文化デジタルライブラリー |accessdate=2023-04-02}}</ref>︶﹁彦一ばなし﹂︵[[木下順二]]、1955年<ref name="warai"/>︶﹁狐と宇宙人﹂︵[[小松左京]]、1979年<ref>﹃狂言ハンドブック 第3版﹄︵2008︶m、P.139</ref>︶﹁死神﹂︵[[帆足正規]]<ref group="注">[[森田流]]笛方として活動する一方で何本もの新作狂言を書いた。2016年没</ref>、1981年<ref name="warai"/>︶﹁梅の木﹂︵[[高橋睦郎]]、1995年<ref name="warai"/>︶﹁鏡冠者﹂︵[[いとうせいこう]]、2000年<ref>﹃野村萬斎 What is 狂言?﹄(2003)、pp118 - 119</ref>︶など。
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::﹁風無し凧﹂︵[[巖谷小波]]、1923年<ref name="warai"/>︶﹁濯ぎ川﹂︵[[飯沢匡]]、1952年<ref>{{Cite web|和書|url=https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc12/enmoku/susugigawa.html |title=濯ぎ川︵すすぎがわ︶ |publisher=文化デジタルライブラリー |accessdate=2023-04-02}}</ref>︶﹁彦一ばなし﹂︵[[木下順二]]、1955年<ref name="warai"/>︶﹁狐と宇宙人﹂︵[[小松左京]]、1979年<ref>﹃狂言ハンドブック 第3版﹄︵2008︶m、P.139</ref>︶﹁死神﹂︵[[帆足正規]]<ref group="注">[[森田流]]笛方として活動する一方で何本もの新作狂言を書いた。2016年没</ref>、1981年<ref name="warai"/>︶﹁梅の木﹂︵[[高橋睦郎]]、1995年<ref name="warai"/>︶﹁鏡冠者﹂︵[[いとうせいこう]]、2000年<ref>﹃野村萬斎 What is 狂言?﹄(2003)、pp118 - 119</ref>︶など。
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== 流派 == |
== 流派 == |
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江戸時代に[[家元]]制度を取っていた[[流派]]には、'''大藏流'''︵おおくらりゅう 新字体で大蔵流とも表記︶・'''和泉流'''︵いずみりゅう︶・'''鷺流'''︵さぎりゅう︶の3派があったが、このうち現在[[能楽協会]]に所属する流派として存続しているのは大蔵流と和泉流 |
江戸時代に[[家元]]制度を取っていた[[流派]]には、'''大藏流'''(おおくらりゅう 新字体で大蔵流とも表記)・'''和泉流'''(いずみりゅう)・'''鷺流'''(さぎりゅう)の3派があったが、このうち現在[[能楽協会]]に所属する流派として存続しているのは大蔵流と和泉流である。 |
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鷺流は今日[[山口県]]・[[新潟県]][[佐渡島]]・[[佐賀県]]に残存しているが、能楽協会への入会資格を認められていない。 |
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その他に、[[室町時代]]後期から[[江戸時代]]初期にかけては'''南都禰宜流'''︵なんとねぎ りゅう︶という[[神人]]を中心とした流派があったことが知られている。神人とは神社に属して芸能その他卑賤の仕事に従事した者の称で、かつて猿楽が有力寺社に属していた名残とも言える存在である。室町時代には盛んに活動していたことが諸記録によって知られるが、江戸時代に入ると急速に衰え、江戸初期には既存の流派︵大蔵流など︶に吸収されて消滅したと言われている。
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その他にも無名の群小諸派が存在したようで、流派としては既に滅んでしまったが、一部の台本は『狂言記』『続狂言記』『狂言記拾遺』『狂言記外編』という一般読者向けの読み物となって江戸時代に出版され世に残った。 |
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=== 大藏流 === |
=== 大藏流 === |
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猿楽の本流たる[[大和猿楽]]系の狂言を伝える唯一の流派で、代々[[金春流|金春座]]で狂言を務めた大藏彌右衛門家が室町後期に創流した。 |
猿楽の本流たる[[大和猿楽]]系の狂言を伝える唯一の流派で、代々[[金春流|金春座]]で狂言を務めた大藏彌右衛門家が室町後期に創流した。 |
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現在大藏流には、東京を本拠とする[[宗家]]大藏彌右衛門家・[[山本東次郎]]家、京都を本拠とする[[茂山千五郎家]]・[[茂山忠三郎]]家 |
現在大藏流には、東京を本拠とする[[宗家]]大藏彌右衛門家・[[山本東次郎]]家、京都を本拠とする[[茂山千五郎家]]・[[茂山忠三郎]]家。大阪・神戸を本拠とする[[善竹彌五郎家]]など、五家がある。
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二世善竹彌五郎を本家当主とし、関西を中心に活動している善竹家の中で、唯一関東を拠点とする分家当主・[[善竹大二郎]]は、初世彌五郎の五男・圭五郎の孫にあたる。 |
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台本は、宗家の台本のほか、京都を本拠としてきた茂山千五郞家のものと、江戸の大藏宗家の芸系を受け継ぐ山本東次郞家のものとに大別される。 |
台本は、宗家の台本のほか、京都を本拠としてきた茂山千五郞家のものと、江戸の大藏宗家の芸系を受け継ぐ山本東次郞家のものとに大別される。 |
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京都と関東では芸風も対照的で、京都・千五郞家の庶民的な親しみやすい芸風と、関東山本家の武家式楽の伝統を今に残す、古風で剛直な芸風がある。 |
京都と関東では芸風も対照的で、京都・千五郞家の庶民的な親しみやすい芸風と、関東山本家の武家式楽の伝統を今に残す、古風で剛直な芸風がある。 |
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過去に大藏流から[[人間国宝]]に認定されたのは[[善竹彌五郎|初世善竹彌五郎]]・[[茂山千作|三世茂山千作]]・[[茂山千作 (4世)|四世茂山千作]]・[[山本東次郎|四世山本東次郞]] |
過去に大藏流から[[人間国宝]]に認定されたのは[[善竹彌五郎|初世善竹彌五郎]]・[[茂山千作|三世茂山千作]]・[[茂山千作 (4世)|四世茂山千作]]・[[山本東次郎|四世山本東次郞]]・[[茂山七五三|二世茂山七五三]]の5名。
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なお、四世茂山千作は2000年に[[文化功労者]]、2007年には狂言界で初の[[文化勲章]]を受章している。また、[[茂山千五郎家]]は三世茂山千作︵本名・真一︶、四世千作︵本名・七五三︶、二世七五三︵本名・眞吾︶と親子3代に渡って人間国宝に認定されている。
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=== 和泉流 === |
=== 和泉流 === |
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{{main|和泉流}} |
{{main|和泉流}} |
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[[和泉流]]は、江戸時代初頭に京都の素人出身の職業狂言師である手猿楽師︵てさるがくし︶として[[禁裏]]御用を務めつつ、[[尾張藩]]主徳川義直に召し抱えられていた七世山脇和泉守元宜が、同輩の三宅藤九郞家、[[野村又三郎家|野村又三郞家]]を傘下に収めて創流した流派である。宗家は[[山脇和泉家]]で、一応の[[家元制度]]を取ってはいたが、三派合同で流儀を形成したという過去の経緯もあり、近世を通じて家元の力は弱かった。特に三宅藤九郞家と野村又三郞家には和泉流における狂言台本である六義︵りくぎ︶を独自に持つことができる特権があり、そうした面からも一定の独自性が保たれてきた。
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[[和泉流]]は、江戸時代初頭に京都の素人出身の職業狂言師である手猿楽師︵てさるがくし︶として[[禁裏]]御用を務めつつ、[[尾張藩]]主徳川義直に召し抱えられていた七世山脇和泉守元宜が、同輩の三宅藤九郞家、[[野村又三郎家|野村又三郞家]]を傘下に収めて創流した流派である。
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宗家は[[山脇和泉家]]で、一応の[[家元制度]]を取ってはいたが、三派合同で流儀を形成したという過去の経緯もあり、近世を通じて家元の力は弱かった。特に三宅藤九郞家と野村又三郞家には和泉流における狂言台本である六義︵りくぎ︶を独自に持つことができる特権があり、そうした面からも一定の独自性が保たれてきた。
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現在和泉流は3派に大別され、台本もそれぞれ異なる。 |
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* 東京を本拠とする[[野村万蔵家]]([[萬狂言]]・万作の会) |
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* 三宅右近家(いわゆる三宅派) |
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なお、[[野村萬]]は2008年に文化功労者に選ばれ、2019年には狂言方では2人目となる文化勲章を受章者となる。そして、2023年には日本芸術院院長に就任している。
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=== 鷺流 === |
=== 鷺流 === |
2024年5月10日 (金) 04:46時点における最新版
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