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「太平洋艦隊 (ロシア海軍)」の版間の差分

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{{出典の明記|date=2020年1月}}

{{軍隊資料

|名称 = 太平洋艦隊<br>{{lang|ru|Тихоокеанский Флот}}

|画像 = [[File:Great emblem of the Pacific Fleet.svg|200px]]

|画像説明 =

|創設 = 1731年

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|再編成 =

|再廃止 =

|国籍 = {{RUS}}

|所属 = {{navy|RUS}}

|規模 =

|兵科 =

|兵種 = [[艦隊]]

|人員 =

|所在地 = [[沿海地方]][[ウラジオストク]]

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|通称号 =

|愛称 = {{lang|ru|ТОФ}}

|標語 =

|補充担任 =

|上級部隊 = [[ロシア海軍]]

|最終上級部隊 =

|担当地域 =

|最終位置 =

|主な戦歴 =

* [[露土戦争 (1877年-1878年)|露土戦争]]

* [[日露戦争]]

* [[第一次世界大戦]]

* [[第二次世界大戦]]

* [[2022年ロシアのウクライナ侵攻|ウクライナ侵攻]]

}}

{{ロシア海軍}}

{{ロシア海軍}}


''''''[[]]'''{{lang|ru|Тихоокеанский Флот}}''''''{{lang|ru|ТОФ}}'''[[]][[]][[]][[|]][[]][[]]

''''''{{lang-ru|'''Тихоокеанский Флот}}''''''{{lang|ru|ТОФ}}'''[[]][[]][[]][[]][[|]][[]][[]][[]]



[[]]22013[[]][[]]

太平洋艦隊は、[[北方艦隊]]に次いで、2番目に強力な艦隊である。



== 歴史 ==

== 歴史 ==

=== 帝政ロシア時代 ===

=== 帝政ロシア時代 ===

[[ファイル:Sleeve Insignia of the Russian Pacific Fleet.svg|thumb|left|140px|太平洋艦隊の袖章]]

[[ファイル:Great emblem of the Pacific Fleet.svg|thumb|left|140px|太平洋艦隊の袖章]]


[[1731]][[]][[]]{{lang|ru|Охотская военная флотилия, Okhotskaya voyennaya flotiliya}}Grigoriy Skornyakov-Pisarev沿[[]][[]][[1799]][[]][[]]3[[]]3I.[[]]

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[[1849年]]、[[カムチャツカ半島]]にある良港[[ペトロパブロフスク・カムチャツキー|ペトロパブロフスク=ナ=カムチャトカ]]が小艦隊の根拠地となり、カムチャツカ小艦隊とも呼ばれるようになる。[[1850年]]には海軍軍人[[ゲンナジー・ネヴェリスコイ]]により[[アムール川]]河口の[[ニコラエフスク=ナ=アムーレ]](当時、正式にはまだ[[清]]国領)に哨所が設けられ、アムール川沿岸や日本海沿岸の探検も行われるようになった。[[1854年]]夏には[[クリミア戦争]]の余波でイギリス・フランス連合軍による[[ペトロパブロフスク・カムチャツキー包囲戦]]が行われたが、オホーツク小艦隊はこれを持ちこたえるのに顕著な役割を果たし、連合軍を撃退している。この戦闘を契機として、[[1856年]]にオホーツク小艦隊は根拠地をペトロパブロフスク=カムチャツキーからニコラエフスク=ナ=アムーレに移転し、「'''[[シベリア小艦隊]]'''」({{lang|ru|Сибирская военная флотилия, Sibirskaya voyennaya flotiliya}})と改名した。


[[1849]][[|]][[1850]][[]][[]][[]][[]][[]]沿[[]]沿[[1854]][[]][[]][[]][[]]退[[1856]]'''{{||ru|Сибирская военная флотилия}}'''{{lang|ru|Сибирская военная флотилия, Sibirskaya voyennaya flotiliya}}



[[1860]][[]][[]][[沿]]沿[[]]沿[[1871]][[]][[ ()|]][[]][[]]19[[]]1880<ref name=vla98>  1998p.98</ref>[[]][[]]使[[1890]]<ref name=vla1771>[[1891]][[2|]]  1998p.177</ref><ref name=vla1772>  1998p.177(1)</ref><ref>119</ref>

[[1860]][[]][[]][[沿]][[]]沿沿[[1871]][[]][[ ()|]][[]][[]]



19[[]][[]]1880[[]][[]][[]]{{Sfn||1998|p=98}}

[[日清戦争]]後には、ロシアは弱体化した清から[[満州]]のさまざまな権益を獲得し、[[1897年]]には[[遼東半島]]の清国軍港だった[[旅順口区|旅順]](ポート・アーサー / ポルト=アルトゥール)および[[大連市|大連]](ダーリニー)を占領してこれをウラジオストクに並ぶ拠点にした。1900年にはアムール川の警備のために'''[[アムール小艦隊]]'''({{lang|ru|Амурская военная флотилия}})も設置された。日露関係の緊迫化とともに極東にはバルト海から新鋭艦が回航されるようになった<ref>黒海からは艦艇の移動が認められていなかった。</ref>。




[[]][[]]19[[]][[]][[]][[]][[]][[]][[]]使[[1890]]{{Efn2|[[1891]][[2 ()|]]{{Sfn||1998|p=177}}}}{{Sfn||1998|p=177}}{{Sfn||1998|loc=(1)}}{{Efn2|119}}

[[ファイル:Cruisers_Ryurik_and_Gromoboi_in_the_Golden_Horn_Bay.png|thumb|250px|金角湾のウラジオストク軍港に入るロシアの[[装甲巡洋艦]]。左は[[リューリク_(装甲巡洋艦・初代)|リューリク]]、右は[[グロモボーイ_(装甲巡洋艦)|グロモボーイ]]([[1903年]])]]

[[1904年]]、[[日露戦争]]開戦直前の[[2月5日]]、極東にあったシベリア小艦隊やバルト海艦隊太平洋戦隊などに属する艦船は、[[ステパン・マカロフ]]海軍中将指揮下の'''太平洋艦隊'''へと再編された。この時点で、太平洋戦隊の艦船([[戦艦]]7、[[巡洋艦]]8、[[水雷艇]]13、[[砲艦]]2)とシベリア小艦隊の艦船の一部(巡洋艦2、[[水雷巡洋艦]]2、水雷艇12、砲艦5)は旅順に拠点を置き、残りの巡洋艦(巡洋艦4、水雷艇10)はウラジオストクに残った('''[[ウラジオストク巡洋艦隊]]''')。直後の[[2月9日]]の[[旅順口攻撃]]と[[仁川沖海戦]]より太平洋艦隊は日本海軍と交戦に入った。



[[日清戦争]]後には、ロシアは弱体化した清から[[満州]]の様々な権益を獲得し、[[1897年]]には[[遼東半島]]の清国軍港だった[[旅順口区|旅順]](ポート・アーサー / ポルト=アルトゥール)および[[大連市|大連]](ダーリニー)を占領して[[旅順・大連租借に関する露清条約|旅順・大連租借条約]]を締結。旅順をウラジオストクに並ぶ拠点にした。1900年にはアムール川の警備のために'''{{仮リンク|アムール小艦隊|ru|Амурская военная флотилия}}'''({{lang|ru|Амурская военная флотилия}})も設置された。日露関係の緊迫化とともに極東には[[バルト海]]の[[バルチック艦隊]]から新鋭艦が回航されるようになった{{Efn2|クリミア戦争を終結させた[[パリ条約 (1856年)]]により、[[オスマン帝国]]以外の艦艇は[[ボスポラス海峡]]と[[ダーダネルス海峡]]を通航できず、ロシア[[黒海艦隊]]艦艇は外洋への移動が認められていなかった。}}。

太平洋艦隊は[[旅順港閉塞作戦|旅順の閉塞防止]]や日本に対する[[通商破壊]]を戦い、特にウラジオストク巡洋艦隊は[[常陸丸事件]]などで日本軍の大陸への物資・兵員輸送を妨げ、[[第二艦隊_(日本海軍)|日本海軍第二艦隊]]を旅順から遠く離れたウラジオストクや朝鮮半島周辺にくぎ付けにした。その一方でマカロフは3月31日に乗艦が触雷した際に戦死してしまい、後を[[ヴィリゲリム・ヴィトゲフト]]が代行として引き継いだ。旅順艦隊にはより多くの戦力が必要であったため、バルト海艦隊から艦船を抽出して太平洋艦隊として組み込むことになり、従来の艦隊を「第一太平洋艦隊」<ref>この「艦隊」の名称には通常の「флота」ではなく「эскадра」という言葉を使用している。「эскадра」に対応する日本語は無く日本ではこれも艦隊と呼称している。</ref>とし、増援艦隊を「第二太平洋艦隊」として[[ジノヴィー・ロジェストヴェンスキー]]提督指揮下のもと極東へ向かわせることとなった。しかし[[黄海海戦 (日露戦争)|黄海海戦]]で旅順艦隊が、[[蔚山沖海戦]]でウラジオストク巡洋艦隊が打撃を受けた上、[[旅順攻囲戦|旅順の陥落]]により旅順艦隊は全ての艦が使用不能となってしまった<ref>一部の艦が残っていたが中立国において抑留されていた。</ref>。それでも新たにバルト海艦隊の残留艦で編成した「第三太平洋艦隊」(日本側では第二・第三太平洋艦隊をまとめて「バルチック艦隊」と呼ぶ)をさらに増援とし、旅順からウラジオストクに目的地を変え航海を続行させたが、[[日本海海戦]]で壊滅した。



[[ファイル:Cruisers_Ryurik_and_Gromoboi_in_the_Golden_Horn_Bay.png|thumb|250px|金角湾のウラジオストク軍港に入るロシアの[[装甲巡洋艦]]。左は[[リューリク_(装甲巡洋艦・初代)|リューリク]]、右は[[グロモボーイ_(装甲巡洋艦)|グロモボーイ]]([[1903年]])。]]

日露戦争末期の[[ロシア第一革命]]ではウラジオストクに残った太平洋艦隊の水兵も革命に参加し、ウラジオストクでは[[1906年]]1月と[[1907年]]10月にも水兵が武装蜂起に参加した。


[[1904]][[]][[25]]''''''[[]]7[[]]8[[]]13[[]]22[[]]2125:410'''[[]]'''[[29]][[]][[]][[|]][[]]

旅順艦隊は[[現存艦隊主義#ロシア/ソ連|艦隊保全]]を図り、ウラジオストク巡洋艦隊は[[常陸丸事件]]など[[通商破壊]]を行った。艦隊司令長官は、日本海軍による[[奇襲]]を許した[[オスカル・スタルク]]から[[ステパン・マカロフ]]に交代したが、マカロフは3月31日、座乗していた[[ペトロパブロフスク級戦艦|戦艦「ペトロパブロフスク」]]が[[機雷]]に触れて[[轟沈]]した際に戦死してしまい、後を[[ヴィリゲリム・ヴィトゲフト]]が代行として引き継いだ。バルト海から増援として艦隊を編成することになり、従来の艦隊を「第一太平洋艦隊」{{Efn2|この「艦隊」の名称には通常の「{{lang|ru|флота}}」ではなく「{{lang|ru|эскадра}}」という言葉を使用している。「{{lang|ru|эскадра}}」に対応する日本語は無く日本ではこれも艦隊と呼称している。}}とし、増援艦隊を「第二太平洋艦隊」として[[ジノヴィー・ロジェストヴェンスキー]]提督が指揮して極東へ向かわせることとなった。しかし[[黄海海戦 (日露戦争)|黄海海戦]]で旅順艦隊が、[[蔚山沖海戦]]でウラジオストク巡洋艦隊が打撃を受けた上、[[旅順攻囲戦]]に勝利した[[大日本帝国陸軍|日本陸軍]]による陸上からの砲撃で旅順艦隊は全艦が使用不能となってしまった{{Efn2|一部の艦が残っていたが中立国において抑留されていた。}}。それでも新たにバルト海艦隊の残留艦で編成した「第三太平洋艦隊」(日本側では第二・第三太平洋艦隊をまとめて「バルチック艦隊」と呼ぶ)をさらに増援とし、旅順からウラジオストクに目的地を変え航海を続行させたが、[[日本海海戦]]で壊滅した。日露戦争末期の[[ロシア第一革命]]ではウラジオストクに残った太平洋艦隊の水兵も革命に参加している。ウラジオストクでは[[1906年]]1月と[[1907年]]10月にも水兵が武装蜂起に参加した。


日露戦争後、太平洋方面の艦隊は大幅に縮小され'''シベリア小艦隊'''となった。生き残るかアジア各地の港に逃げ込み抑留されていた太平洋艦隊の艦船も多くはバルト海に戻り、新造艦が徐々にウラジオストクに送られている。



=== ソビエト連邦時代 ===

=== ソビエト連邦時代 ===

[[十月革命]]および続く[[ロシア内戦]]では、シベリア小艦隊やアムール小艦隊の水兵が極東にソビエト(評議会)による支配を確立するために戦い、さらにシベリアに進出した諸国の干渉軍に対しても戦った([[シベリア出兵]])。しかし艦船の多くは[[白軍]]や日本軍に奪われている。

[[十月革命]]および続く[[ロシア内戦]]では、シベリア小艦隊やアムール小艦隊の水兵が極東にソビエト(評議会)による支配を確立するために戦い、さらにシベリアに進出した諸国の干渉軍に対しても戦った([[シベリア出兵]])。しかし艦船の多くは[[白軍]]や日本軍に奪われている。



シベリア干渉ほぼ終わった[[1922年]]、ソビエトは'''[[極東共和国人民海軍]]'''を解散し、極東の艦船を赤軍ウラジオストク管区管轄下の'''極東赤色海軍'''({{lang|ru|Красный флот на Дальнем Востоке}})、およびアムール小艦隊へと改組している。アムール小艦隊は、満州の国境線をめぐる[[中ソ紛争]]戦っている。

シベリア干渉ほぼ終わった[[1922年]]、ソビエトは'''[[極東共和国人民海軍]]'''を解散し、極東の艦船を赤軍ウラジオストク管区管轄下の'''極東赤色海軍'''({{lang|ru|Красный флот на Дальнем Востоке}})、およびアムール小艦隊へと改組している。アムール小艦隊は、満州の国境線をめぐる[[中ソ紛争]]で[[中華民国]]と戦っている。




[[]][[1932]][[413]]''''''{{lang|ru|Морские силы Дальнего востока}}[[1935]]1''''''[[]][[]]19328[[]][[1934]]26沿[[]]241

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1930[[]]1935[[|NKVD]][[|]][[]][[ ()|]]2[[]][[]][[]]

[[ファイル:Kaganovich cruiser.jpg|thumb|250px|[[ラーザリ・カガノーヴィチ (軽巡洋艦)]]。1946年頃]]


[[]][[]][[]][[|]][[]]14[[|西]]西[[1945]]8[[]]211019781052MO{{lang|ru|Малый Охотник}}492041459



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[[1939]][[8]][[]][[]]'''{{||en|Northern_Pacific_Flotilla}}'''(:[[]])

[[ファイル:Soviet Pacific Fleet 1990.jpg|thumb|250px|1990年、ウラジオストク軍港に停泊する太平洋艦隊の艦船]]


[[]][[]][[]][[]]1965



[[:Kaganovich cruiser.jpg|thumb|250px|[[ ()]]1946]]

[[ベトナム戦争]]終了後は、南ベトナムの[[カムラン湾]]にソ連太平洋艦隊の補給基地が造られ、極東のみならず[[インド洋]]へも展開するようになった。[[1968年]]、イギリス政府は[[スエズ運河]]以東のアジアから軍事力を1971年までに引き上げることを表明したが、これ以後[[ソ連海軍]]は[[アメリカ海軍]]に対抗してインド洋に勢力を築くことに熱心になった。インド洋戦隊はカムラン湾を拠点として、[[南シナ海]]や[[フィリピン]]を睨み、[[インド]]・[[ペルシャ湾]]・[[東アフリカ]]などに定期的に入港し、そのプレゼンスを高めていった。[[南イエメン]]や[[エチオピア]]を拠点とする[[Il-38_(航空機)|Il-38]]対潜哨戒機や、ソ連艦艇に搭載された[[Ka-25 (航空機)|Ka-25]]ヘリコプターもアメリカ海軍の動向を監視していた。


[[]][[]][[]][[|]][[]]14[[|西]]西[[]][[1945]]8[[]]2110197810[[]]52[[]]MO, {{lang|ru|Малый Охотник}}492041459


1945年5月、[[プロジェクト・フラ]]が実施され計画では1945年11月1日までに180隻の艦艇の貸与と15,000人のソビエト海軍将兵の訓練を行うことになっていたが、8月で終戦したため一部は実施されず、掃海艇55隻、[[上陸用舟艇]]30隻、[[タコマ級フリゲート]]28隻、大型歩兵上陸用舟艇(LCI)30隻など計145隻の艦船が貸与された。


[[1980]][[ ()|]][[]][[]][[ ()|]]1980[[ ()|]]


1945[[]]沿[[ (1945)|]][[|]][[]]18[[ ()|]]16[[]]

[[ファイル:Soviet Pacific Fleet 1990.jpg|thumb|250px|ウラジオストク軍港に停泊する太平洋艦隊の艦船(1990年)]]

戦後、1945年9月、北太平洋小艦隊は解散した。[[1947年]]1月、太平洋艦隊は'''第5艦隊'''(主要基地はウラジオストク)と'''第7艦隊'''(主要基地はソヴィエツカヤ・ガヴァニ)の2艦隊に分割された。1950年にはアメリカから貸与されていた艦艇が返却された、返却された[[タコマ級フリゲート]]のうち18隻が日本に再供与され、[[韓国海軍]]にも供与された。[[1953年]]4月、両艦隊は再び太平洋艦隊に再編された。


戦後の[[冷戦]]下、極東には[[ボリショイ・カーメニ]]などの海軍基地の町が多数築かれ、カムチャツカ半島の[[ヴィリュチンスク]]には[[原子力潜水艦]](原潜)の基地が置かれた。アメリカ本土を[[核攻撃]]できる[[潜水艦発射弾道ミサイル]](SLBM)を搭載した[[弾道ミサイル潜水艦|戦略原潜]]はソ連核戦略の要の一つであり、太平洋艦隊は日本の[[自衛隊]]や[[在日米軍]]と直接対峙した。1965年には太平洋艦隊に赤旗勲章が授与された。


[[ベトナム戦争]]終了後は、南ベトナムの[[カムラン湾]]にソ連太平洋艦隊の補給基地が造られ、極東のみならず[[インド洋]]へも展開するようになった。[[1968年]]、イギリス政府は[[スエズ運河]]以東のアジアから軍事力を1971年までに引き上げることを表明したが、これ以後ソ連海軍は[[アメリカ海軍]]に対抗してインド洋に勢力を築くことに熱心になった。インド洋戦隊はカムラン湾を拠点として、[[南シナ海]]や[[フィリピン]]を睨み、[[インド]]や[[ペルシャ湾]]、[[東アフリカ]]沿岸諸国にも寄港し、そのプレゼンスを高めていった。[[南イエメン]]や[[エチオピア]]を拠点とする[[Il-38_(航空機)|Il-38]][[対潜哨戒機]]や、ソ連艦艇に搭載された[[Ka-25 (航空機)|Ka-25]][[ヘリコプター]]もアメリカ海軍の動向を監視していた。



[[1980]][[]][[ ()|]][[|]][[]][[ ()|]]1980[[ ()|]]


===ソ連崩壊後のロシア連邦===

===ソ連崩壊後のロシア連邦===

[[ソ連崩壊]]後は多くの艦船が[[船舶解体|スクラップ]]にされたほか、解体されないまま繋留される軍艦や潜水艦も多数極東の軍港に係留されたまま放置されていたが、近年は解体が進んでいる。

1991年の[[ソビエト邦の崩壊]]後は多くの艦船が[[船舶解体|スクラップ]]にされたほか、多数極東の軍港に係留されたまま放置されていたが、徐々に解体が進められている。


[[ウラジーミル・プーチン]]政権はロシア軍の再建・拡充を進め、太平洋艦隊には新型の[[ステレグシュチイ級フリゲート]]「ソヴェルシェーンヌイ」が2017年に就役し<ref>{{Cite news|url=http://tass.ru/armiya-i-opk/4426500 |title={{lang|ru|Новейший корвет "Совершенный" вошел в состав Тихоокеанского флота}}|newspaper=[[タス通信|{{lang|ru|ТАСС}}]]|date=2017-7-20|accessdate=2017-11-19|language=ru}}</ref>、同型艦6隻の配備が計画されるなど艦隊の近代化を進めた<ref>{{Cite news|url=http://flot.com/2016/%D0%A2%D0%B8%D1%85%D0%BE%D0%BE%D0%BA%D0%B5%D0%B0%D0%BD%D1%81%D0%BA%D0%B8%D0%B9%D0%A4%D0%BB%D0%BE%D1%8215/ |title={{lang|ru|Тихоокеанцам пообещали построить шесть корветов}}|date=2016-5-21|newspaper=Mil.Press FLOT|accessdate=2017-11-19|archiveurl=https://web.archive.org/web/20160706012439/http://flot.com/2016/%D0%A2%D0%B8%D1%85%D0%BE%D0%BE%D0%BA%D0%B5%D0%B0%D0%BD%D1%81%D0%BA%D0%B8%D0%B9%D0%A4%D0%BB%D0%BE%D1%8215/|archivedate=2017-7-6|language=ru}}</ref>。既存の艦も修理を受け復帰しつつある。同じく日米と対峙する[[中国人民解放軍海軍]]との共同[[軍事演習]]も実施している<ref>{{Cite news|url=https://www.sankei.com/article/20221221-QJUL6BKGD5JJNKOFUI5X3F5DQE/ |title=中露が東シナ海で合同演習へ 日米牽制か|newspaper=[[産経デジタル|産経新聞ニュース]]|date=2022年12月21日|accessdate=2023年4月22日}}</ref>。



[[2022]][[]][[]][[155 ()|155]]<ref name=20230216>{{Cite news|url=https://www.tokyo-np.co.jp/article/231343 |title= 5000|newspaper=[[]]|date=2023215|accessdate=2023-2-16}}</ref>


== 編 ==

== 編 ==

=== 統合部隊 ===

=== 統合部隊(北東軍集団) ===

*'''[[北東軍集団 (ロシア連邦軍)|北東軍集団]]''':旧カムチャッカ小艦隊、1998年成立。一時期は陸軍や空軍の部隊も含んで統一指揮を行っていた<ref>東洋書店ユーラシア・ブックレット「ロシア軍は生まれ変われるか」小泉悠</ref>。

[[北東軍集団 (ロシア連邦軍)|北東軍集団]]旧カムチャッカ小艦隊、1998年成立。一時期は陸軍や空軍の部隊も含んで統一指揮を行っていた<ref>[[小泉悠]]『ロシア軍は生まれ変わるか』[[東洋書店]]ユーラシア・ブックレット</ref>。

*艦艇部隊

**[[第10潜水艦師団 (ロシア海軍)|第10潜水艦師団]]:クラチェニンニコフ湾 / [[ヴィリュチンスク]]

**[[第25潜水艦師団 (ロシア海軍)|第25潜水艦師団]]:クラチェニンニコフ湾 / ヴィリュチンスク

**第114水域警備艦旅団:ザヴォイコ / [[ペトロパブロフスク・カムチャツキー]]

***第117水域警備艦大隊

***第66小型ミサイル艦大隊

**第438独立救助船大隊:ザヴォイコ / [[ペトロパブロフスク・カムチャツキー]]

**第84保障船舶旅団:ザヴォイコ / ペトロパブロフスク・カムチャツキー

*海軍航空隊

**第865独立戦闘機航空連隊:エリゾヴォ

**第317独立混成航空連隊:エリゾヴォ

**第216独立電子戦連隊:アングリチャンカ

*海軍歩兵・沿岸防衛部隊

**[[第40独立親衛海軍歩兵旅団 (ロシア海軍)|第40独立親衛海軍歩兵旅団]]:ペトロパブロフスク・カムチャツキー

**第1532高射ミサイル連隊

**第520独立沿岸ミサイル・砲兵旅団:アングリチャンカ



=== 艦艇部隊 ===

=== 艦艇部隊 ===

[[ファイル:Штаб КТОФ.jpg|thumb|250px|ロシア太平洋艦隊司令部(ウラジオストク)]]

[[ファイル:Штаб КТОФ.jpg|thumb|250px|ロシア太平洋艦隊司令部(ウラジオストク)]]

*太平洋艦隊旗艦:[[スラヴァ級ミサイル巡洋艦]][[ヴァリャーク (ミサイル巡洋艦・2代)|ヴァリャーク]]

*太平洋艦隊旗艦:[[スラヴァ級ミサイル巡洋艦]][[ヴァリャーク (ミサイル巡洋艦・2代)|ヴァリャーク]]

*プリモーリェ(沿海州)諸兵科連合小艦隊:[[フォーキノ (沿海地方)|フォーキノ]]

*プリモーリェ(沿海州)諸兵科連合小艦隊:[[フォーキノ (沿海地方)|フォーキノ]]

**第36水上艦艇師団:フォーキノ

**第36水上艦艇師団:フォーキノ

***[[スラヴァ級ミサイル巡洋艦]]:[[ヴァリャーク_(ミサイル巡洋艦・2代)|ヴァリャーク]]

***[[スラヴァ級ミサイル巡洋艦]][[ヴァリャーク_(ミサイル巡洋艦・2代)|ヴァリャーク]]

***[[ソヴレメンヌイ級駆逐艦]]:ベズボヤーズネンヌイ、ボエヴォイ、ブールヌイ、ブィーストルイ

***[[ソヴレメンヌイ級駆逐艦]]ブールヌイ、ブィーストルイ

**第44対潜艦旅団:[[ウラジオストク]]

**第44対潜艦旅団:ウラジオストク

***[[ウダロイ級駆逐艦]]:アドミラル・ヴィノグラードフ、アドミラル・パンテレーエフ、アドミラル・トリブツ、マルシャル・シャーポシニコフ

***[[ウダロイ級駆逐艦]]アドミラル・ヴィノグラードフ、アドミラル・パンテレーエフ、アドミラル・トリブツ、マルシャル・シャーポシニコフ

**第100揚陸艦旅団:フォーキノ

**第100揚陸艦旅団:フォーキノ

***ロプーチャ2型戦車揚陸艦:[[ペレスヴェート_(大型揚陸艦)|ペレスヴェート]]

***[[ロプーチャ級揚陸艦|ロプーチャII型戦車揚陸艦]]:[[ペレスヴェート_(大型揚陸艦)|ペレスヴェート]]

***ロプーチャ1型戦車揚陸艦:アドミラル・ネヴェルスキー、[[オスリャービャ_(大型揚陸艦)|オスリャービャ]]

***ロプーチャI型戦車揚陸艦アドミラル・ネヴェルスキー、[[オスリャービャ_(大型揚陸艦)|オスリャービャ]]

***アリゲーター型戦車揚陸艦:ニコライ・ヴィルコフ

***[[ル級揚陸艦]]:ニコライ・ヴィルコフ

***デュゴン型汎用揚陸艇:イヴァン・カルツォフ

***[[ジュゴン級上陸用舟艇|デュゴン型汎用揚陸艇]]:イヴァン・カルツォフ

***セルナ型汎用揚陸艇:DKA107

***[[セルナ級揚陸艇|セルナ型汎用揚陸]]:DKA107

***オンダトラ型機動揚陸艇:DKA57、DKA70

***オンダトラ型機動揚陸艇:DKA57、DKA70

**[[第19潜水艦旅団 (ロシア海軍)|第19潜水艦旅団]]:ユリス湾/ウラジオストク

**[[第19潜水艦旅団 (ロシア海軍)|第19潜水艦旅団]]:ユリス湾/ウラジオストク

***[[キロ型潜水艦]]:B-260チタ、B-445シヴァティテル・ニコライ・チュドットヴォーレツ、B-345モゴーチャ、B-187コムソモリスク・ナ・アムーレ

***[[キロ型潜水艦]]:B-260チタ、B-445シヴァティテル・ニコライ・チュドットヴォーレツ、B-345モゴーチャ、B-187コムソモリスク・ナ・アムーレ

**第165水上艦艇旅団:ユリ湾/ウラジオストク

**第165水上艦艇旅団:ユリシーズ湾/ウラジオストク

***第2親衛ミサイル艇大隊

***第2親衛ミサイル艇大隊

****[[タランタル型コルベット|タランタル型ミサイルコルベット]]:R-11、R-14、R-18、R-19、R-20、R-24、R-29、R-79、R-261、R-297、R-298

****[[タランタル型コルベット|タランタル型ミサイルコルベット]]:R-11、R-14、R-18、R-19、R-20、R-24、R-29、R-79、R-261、R-297、R-298

***第11水域警備艦大隊:

***第11水域警備艦大隊:

****[[グリシャ型コルベット]]:MPK-17ウスチ・イリムスク、MPK-64メーティエリィ、MPK-221、MPK-222コリェエツ

****[[グリシャ型コルベット]]:MPK-17ウスチ・イリムスク、MPK-64メーティエリィ、MPK-221、MPK-222コリェエツ

****ソーニャ型掃海艇:BT-100、BT-114、BT-232、BT-256

****ソーニャ型掃海艇:BT-100、BT-114、BT-232、BT-256

**第38独立水域警備艦大隊:[[ソヴィエツカヤ・ガヴァニ]]

**第38独立水域警備艦大隊:[[ソヴィエツカヤ・ガヴァニ]]

***グリシャ型コルベット:MPK191ホルムスク、MPK-214ソヴェツカヤ・ガヴァ

***グリシャ型コルベット:MPK191ホルムスク、MPK-214ソヴェツカヤ・ガヴァ

***ソーニャ型掃海艇:BT-256

***ソーニャ型掃海艇:BT-256

**第79独立救助船大隊:ウラジオストク

**第79独立救助船大隊:ウラジオストク

***バクラザーン型サルベージ曳船:フォチイー・クリロフ

***バクラザーン型サルベージ曳船フォチイー・クリロフ

***イングル型サルベージ曳船:マシューク

***イングル型サルベージ曳船:マシューク

***ミハイル・ラドニスキー級サルベージ艦:サヤニイ

***ミハイル・ラドニスキー級サルベージ艦サヤニイ

***イェルバ型水中作業母船:VM-20

***イェルバ型水中作業母船:VM-20

***ポザールヌイ型消防船:PZHK-82

***ポザールヌイ型消防船:PZHK-82

***モルコフ型消防船:PZHK-1514

***モルコフ型消防船:PZHK-1514

**第31保障船舶旅団:ウラジオストク

**第31保障船舶旅団:ウラジオストク

***第1補助艦集団:

***第1補助艦集団:

****ボリス・チリキン級補給艦:ボリス・ブトマ

****[[ボリス・チリキン級補給艦]]:ボリス・ブトマ

****改アルタイ級給油艦:イェルニャ、イゾーラ、イリーム

****改アルタイ級給油艦イェルニャ、イゾーラ、イリーム

****ドゥブナ級級油:ぺチェンガ、イルクート

****[[ドゥブナ級補給]]:ペチェンガ、イルクート

***第2補助艦集団:

***第2補助艦集団:

****オビ級病院船:イルティシュ

****[[オビ級病院船]]:イルティシュ

****エンバ型電纜敷設艦:ケーム

****エンバ型電纜敷設艦ケーム

****カシュタン型設標艦:KIL-498、KIL-927

****カシュタン型設標艦:KIL-498、KIL-927

****オネガ型音響測定艦:SFP-173

****オネガ型音響測定艦:SFP-173

****リム型消磁艦:SR-111

****リム型消磁艦:SR-111

****オホーツク型航洋曳船:アレクサンデル・ピスクノフ

****オホーツク型航洋曳船アレクサンデル・ピスクノフ

****ネフテカズ型航洋曳船:カラール

****ネフテカズ型航洋曳船カラール

****ソールム型航洋曳船:MB-99

****ソールム型航洋曳船:MB-99

***第3補助艦集団:

***第3補助艦集団:

****プロメテイ型港内曳船:RB-179、RB-239

****プロメテイ型港内曳船:RB-179、RB-239

****スティヴィドル型港内曳船:RB-325

****スティヴィドル型港内曳船:RB-325

****サイドホール型港内曳船:RB-194、RB-240

****サイドホール型港内曳船:RB-194、RB-240

***第4補助艦集団:

***第4補助艦集団:

****港内輸送用のポンツーンを配備

****港内輸送用の[[ポンツーン]]を配備

**第515独立偵察艦大隊:ソヴィエツカヤ・ガヴァニ

**第515独立偵察艦大隊ソヴィエツカヤ・ガヴァニ

***[[バルザム型情報収集艦]]:プリバルチカ

***[[バルザム型情報収集艦]]プリバルチカ

***[[ヴィシュニヤ型情報収集艦]]:クリルイ、カレリヤ

***[[ヴィシュニヤ型情報収集艦]]クリルイ、カレリヤ

**第72建造・修理潜水艦旅団:[[ボリショイ・カーメニ]]

**第72建造・修理潜水艦旅団:[[ボリショイ・カーメニ]]



=== 海軍航空隊 ===

=== 海軍航空隊 ===

*第568独立混成航空連隊:カーメンヌイ・ルチェイ。Tu-142M3を装備

*第568独立混成航空連隊カーメンヌイ・ルチェイ。[[Tu-95 (航空機)#派生型|Tu-142M]]を装備


*289[[Il-38_()|Il-38]][[An-12_()|An-12]][[An-26_()|An-26]][[Mi-8_()|Mi-8]]

*289[[Il-38_()|Il-38]][[An-12_()|An-12]][[An-26_()|An-26]][[Mi-8_()|Mi-8]]

*第71独立輸送航空飛行隊:クネヴィッチ。An-12、[[An-24_(航空機)|An-24]]、An-26を装備

*第71独立輸送航空飛行隊:クネヴィッチ。An-12、[[An-24_(航空機)|An-24]]、An-26を装備

115行目: 181行目:


=== 海軍歩兵・沿岸防衛部隊 ===

=== 海軍歩兵・沿岸防衛部隊 ===

*第155海軍歩兵旅団:旧55海軍歩兵団:ウラジオストク

*[[第155独立親衛海軍歩兵旅団 (ロシア海軍)|155独立親衛海軍歩兵]]:ウラジオストク

*第72独立沿岸ミサイル連隊:

*第72独立沿岸ミサイル連隊:[[地対艦ミサイル]]を装備。

*第217独立電波電子戦連隊:[[シコトヴォ17|シコートヴォ]]

*第217独立電波電子戦連隊:[[シコトヴォ17|シコートヴォ]]

*第42海上偵察所(軍部隊59190):[[ルースキー島]]。[[海軍スペツナズ]]

*第42海上偵察所(軍部隊59190):[[ルースキー島]]。[[海軍スペツナズ]]



== 主要基地 ==

== 主要基地 ==

*[[ウラジオストク]]:太平洋艦隊本部所在地

*[[ウラジオストク]]:太平洋艦隊本部所在地

*[[ペトロパブロフスク・カムチャツキー|ペトロパヴロフスク・カムチャツキー]]:ルイバチー([[ヴィリュチンスク]]市)。原潜部隊の所在地

*[[ペトロパブロフスク・カムチャツキー|ペトロパヴロフスク・カムチャツキー]]:ルイバチー([[ヴィリュチンスク]]市)。原潜部隊の所在地

*[[フォーキノ (沿海地方)|チハアケアンスキー]]:ストレローク湾。[[フォーキノ (沿海地方)|フォーキナ]]、又は「シュコートヴァ-17」とも言う。書類上、太平洋艦隊所属の巡洋艦、駆逐艦、揚陸艦は、同地が母港となっている。

*[[フォーキノ (沿海地方)|チハアケアンスキー]]:ストレローク湾。[[フォーキノ (沿海地方)|フォーキナ]]、又は「シュコートヴァ-17」とも言う。書類上、太平洋艦隊所属の巡洋艦、駆逐艦、揚陸艦は、同地が母港となっている。

*パブロフスキー湾:原潜基地。現在は退役原潜の保管場所として使われている。

*パブロフスキー湾:原潜基地。現在は退役原潜の保管場所として使われている。

134行目: 200行目:

ウラジオストクには、乾ドック、浮きドック、通常弾頭倉庫が存在し、造船所「ダリザヴォード」では、艦艇の近代化及び修理が行われている。接岸施設の総延長は、27kmである。

ウラジオストクには、乾ドック、浮きドック、通常弾頭倉庫が存在し、造船所「ダリザヴォード」では、艦艇の近代化及び修理が行われている。接岸施設の総延長は、27kmである。



[[ボリショイ・カーメニ]]市には、艦船修理工場「ズヴェズダー」が有り、原子力潜水艦の整備や修理、解体が行われている。

[[ボリショイ・カーメニ]]市には[[ズヴェズダ造船所]]が有り、原子力潜水艦の整備や修理、解体が行われている。



テムプ町(ラズボイニク湾)近隣とカムチャッカの「ゴルニャク」工場(クラシェンニコフ湾)近隣には、放射線廃棄物保管庫が存在する。ルイバチー([[ヴィリュチンスク]]市)の隣には、核弾頭保管庫が存在する。ラズボイニク湾には、1979年に日本から購入した石川島播磨重工(IHI)製の超大型浮きドックが置かれている。

テムプ町(ラズボイニク湾)近隣とカムチャッカの「ゴルニャク」工場(クラシェンニコフ湾)近隣には、放射線廃棄物保管庫が存在する。ルイバチー([[ヴィリュチンスク]]市)の隣には、核弾頭保管庫が存在する。ラズボイニク湾には、1979年に日本から購入した石川島播磨重工([[IHI]])製の超大型浮きドックが置かれている。



== 歴代司令官 ==

== 歴代司令官 ==

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!|職名||氏名||階級||在任期間||出身校||前職

!|職名||氏名||階級||在任期間||出身校||前職

|-

|-

|司令官||[[ヴィクトル・ヒョードロフ]]||大将||2001.12-2007.12||太平洋高等海軍学校||太平洋艦隊参謀長

|司令官||[[ヴィクトル・ヒョードロフ]]||大将||200112-200712||太平洋高等海軍学校||太平洋艦隊参謀長

|-

|司令官||セルゲイ・アバンキャッツ||大将||(不明)-2023年4月{{Efn2|[[ユーリ・トルトネフ]]副首相が2023年4月19日に公表し、理由は退職年齢に達ししたためと説明されている<ref>『[[読売新聞]]』朝刊2023年4月22日国際面記事「露太平洋艦隊司令官が退任 侵略巡る引責か」</ref>。}}||||

|}

|}



== 脚注 ==

== 脚注 ==

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=== 注釈 ===

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=== 出典 ===

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== 参考文献 ==

* {{Cite book |和書 |author=原輝行|title=ウラジオストク物語 |publisher=三省堂 |year=1998 |isbn=978-4385358390 |ref=harv }}

== 外部リンク ==

== 外部リンク ==

* [http://www.mil.ru/ ロシア連邦国防省公式サイト](ロシア語、英語)

* [http://www.mil.ru/ ロシア連邦国防省公式サイト](ロシア語、英語)

* [http://flot.com/ ロシア海軍](ロシア語、英語)

* [http://flot.com/ ロシア海軍](ロシア語、英語)

* [http://www.fegi.ru/PRIMORYE/flot/index.htm 太平洋艦隊の歴史](ロシア語。ロシア科学アカデミー極東支部極東地質学研究所内)

* [http://www.fegi.ru/PRIMORYE/flot/index.htm 太平洋艦隊の歴史](ロシア語。[[ロシア科学アカデミー]]極東支部極東地質学研究所内)

* [http://jp.rian.ru/photolents/20080714/114037217.html/ ロシア太平洋艦隊の演習]

* [http://jp.rian.ru/photolents/20080714/114037217.html/ ロシア太平洋艦隊の演習]



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[[Category:ロシア海軍]]

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[[Category:ウラジオストク]]


2024年6月12日 (水) 11:45時点における最新版

太平洋艦隊
Тихоокеанский Флот
創設 1731年
所属政体 ロシアの旗 ロシア
所属組織  ロシア海軍
兵種/任務/特性 艦隊
所在地 沿海地方ウラジオストク
愛称 ТОФ
上級単位 ロシア海軍
主な戦歴
テンプレートを表示

: Тихоокеанский ФлотТОФ

2

[]

[]


1731Охотская военная флотилия, Okhotskaya voyennaya flotiliyaGrigoriy Skornyakov-Pisarev沿179933I.

18491850沿沿1854退1856Сибирская военная флотилия, Sibirskaya voyennaya flotiliya

1860沿沿沿1871

191880[1]

19使1890[ 1][2][3][ 2]

1897 / 1900Амурская военная флотилия[ 3]
1903

1904257813222125:41029

331[ 4]使[ 5]19061190710


[]




1922Красный флот на Дальнем Востоке

1932413Морские силы Дальнего востока19351

19301935NKVD2

19328193426沿241

19398(:)
 ()1946

14西西19458211019781052MO, Малый Охотник492041459

19455194511118015,0008553028LCI30145

1945沿1816
1990

19459194715()7()219501819534

SLBM1965

19681971沿Il-38Ka-25

19801980

[]


1991

2017[4]6[5][6]

2022155[7]

[]

[]


1998[8]


10 / 

25 / 

114 / 
117

66

438 / 

84 / 


865

317

216

沿
40

1532

520沿

[]




沿
36




44


100
II

I





DKA107

DKA57DKA70

19/
B-260B-445B-345B-187

165/
2
R-11R-14R-18R-19R-20R-24R-29R-79R-261R-297R-298

11
MPK-17MPK-64MPK-221MPK-222

:BT-100BT-114BT-232BT-256

38
MPK191MPK-214

BT-256

79


:



VM-20

PZHK-82

PZHK-1514

31
1






2




KIL-498KIL-927

SFP-173

SR-111





MB-99

3
RB-179RB-239

RB-325

RB-194RB-240

4


515




72

[]


568Tu-142M

289Il-38An-12An-26Mi-8

71An-12An-24An-26


沿[]


155

72沿

217

4259190

[]






-17

退使













27km



1979IHI

歴代司令官[編集]

太平洋艦隊司令官
職名 氏名 階級 在任期間 出身校 前職
司令官 ヴィクトル・ヒョードロフ 大将 2001年12月-2007年12月 太平洋高等海軍学校 太平洋艦隊参謀長
司令官 セルゲイ・アバンキャッツ 大将 (不明)-2023年4月[注 6]

脚注[編集]

注釈[編集]



(一)^ 1891[2]

(二)^ 119

(三)^  (1856)

(四)^ флотаэскадра使эскадра

(五)^ 

(六)^ 2023419退[9]

出典[編集]



(一)^  1998, p. 98.

(二)^ ab 1998, p. 177.

(三)^  1998, (1).

(四)^ Новейший корветСовершенныйвошел в состав Тихоокеанского флота (). ТАСС. (2017720). http://tass.ru/armiya-i-opk/4426500 20171119 

(五)^ Тихоокеанцам пообещали построить шесть корветов (). Mil.Press FLOT. (2016521). 201776. https://web.archive.org/web/20160706012439/http://flot.com/2016/%D0%A2%D0%B8%D1%85%D0%BE%D0%BE%D0%BA%D0%B5%D0%B0%D0%BD%D1%81%D0%BA%D0%B8%D0%B9%D0%A4%D0%BB%D0%BE%D1%8215/ 20171119 

(六)^  . . (20221221). https://www.sankei.com/article/20221221-QJUL6BKGD5JJNKOFUI5X3F5DQE/ 2023422 

(七)^  5000. . (2023215). https://www.tokyo-np.co.jp/article/231343 2023216 

(八)^ 

(九)^ 2023422退 

参考文献[編集]

  • 原輝行『ウラジオストク物語』三省堂、1998年。ISBN 978-4385358390 

外部リンク[編集]