衆議院議長に就任した堤康次郎
西武鉄道は2006年2月の西武グループ再構築まで長きに亘り、堤家のコクドが株式の多くを保有する同族経営︵=ファミリー企業︶であった。
康次郎亡き後は後継者となった堤義明による経営手腕で1960年代以降、プリンスホテルとその近隣でのスキー場、ゴルフ場、スケートリンクなどのリゾート開発と、ニュータウン/宅地開発などが東日本を中心に大規模に推し進められた。兄弟会社であったプリンスホテル︵旧︶の不動産物件はほとんど西武鉄道の所有であり、プリンスホテル社は運営のみを行っていた。また、1978年にはコクド︵当時は国土計画︶がクラウンライターライオンズを買収して、西武ライオンズを誕生させプロ野球球団経営に進出する。建築には西武建設︵旧︶、庭や芝生管理に西武造園を用いるなど内部経済でコクド・西武鉄道グループとしての規模を拡大させ社員3万人を有し、﹁西武王国﹂と言われた。また、1980年代には堤義明は世界の富豪︵世界長者番付︶入りを果たした。
1957年から東証一部に上場していたが、2004年に発覚した証券取引法違反事件により同年12月に上場廃止処分となり、その後のコクド・西武鉄道・プリンスホテル間での事業領域の再構築と不採算物件の売却が行われるなど、大きな転換期となった︵後述︶。
2004年2月に総会屋の求めに応じて土地を安く譲渡させる形での利益供与が発覚し︵西武鉄道総会屋利益供与事件︶、総会屋側と利益供与に関わった西武鉄道と西武不動産販売︵2009年に西武プロパティーズが事業承継︶の役員合わせて11人が商法違反で逮捕・送検される事態となった。これにより、同年4月14日に旧西武鉄道グループ・西武ライオンズ︵当時︶のオーナーで西武鉄道・コクド会長を務める堤義明と戸田博之西武鉄道社長が記者会見を開き、西武鉄道会長・社長職の引責辞任を発表する。これにより、同族資本の鉄道会社は東武鉄道と富士急行が残るのみとなった。後任の西武鉄道社長には小柳皓正専務が昇格する形で就任した。
約6か月後の同年10月13日に、堤義明コクド会長が急遽記者会見を開き、有価証券報告書虚偽記載︵2004年3月期決算の有価証券報告書上で、コクドが保有する西武鉄道の保有株数を22%過少申告していた︶を公表。コクド会長職なども辞任表明をした。実態的には、西武鉄道株式︹西武株︺のコクド持株分の多くを、西武鉄道グループ各社の従業員持株会・OB関係者と堤義明コクド会長ら、1,000名以上の個人の﹁名義株﹂に偽装し、コクド・伊豆箱根鉄道など上位10名︵社︶の西武株式保有分のみで、東京証券取引所の上場廃止基準である80%を超えていたことを伏せて株式公開していた。1,000円台の堅調な値動きをしていた西武株は、発表翌日からストップ安となり、東京証券取引所や証券取引等監視委員会、東京地方検察庁も、西武鉄道・コクド幹部への事情聴取に乗り出した。
西武鉄道は、連鎖的に同じ事態が発覚した伊豆箱根鉄道とともに、株式名簿管理を証券代行会社へ委託せず、自社内で行っていた︵東証上場企業では当時3社のみ︶が、株券の電子化︵2009年開始︶では、証券保管振替制度によって株券を証券保管振替機構︵ほふり︶の参加者︵証券会社・信託銀行等︶口座を通じて預託︵移管︶した。その過程で名義人の実在確認が必要となるため、電子化が導入された時点で名義株が発覚してしまう事態は元々予想されていた。なお、この株主偽装は上場当初の1957年から存在したと言われている。
一方、発表前の同年9月前後に西武鉄道とコクド︵プリンスホテル等︶を通じて取引関係のあるキリンビール、サントリー、東京コカ・コーラボトリングなどの複数の飲料メーカー、王子製紙、ワコール、日立グループ、三菱電機、小田急電鉄、鹿島、前田建設、クレディセゾンなど30企業に対し、西武株式8千万株を虚偽記載であることを伏せたまま売却した。10月の虚偽記載公表後の株価下落による損失を招いたことで、株式買い戻し︵購入代金の返還︶請求が起こされたとともに、売却を打診したコクド・西武鉄道の幹部や堤義明前会長に対しては、インサイダー容疑であわせて捜査が行われた。
これらの事態によって、東証は11月16日に﹁虚偽記載という不適切な情報開示﹂と﹁公益・投資者保護﹂を理由に、西武株式の上場廃止を決定し、11月17日に整理ポスト入りさせ、12月16日をもって取引を終了し、翌17日で上場廃止となった。伊豆箱根鉄道においても、西武鉄道が50%超を持株保有していると、2000年度分からの有価証券報告書を訂正し、上場廃止となった。
上場廃止となるのは、それまでは企業の倒産︵会社更生法・民事再生法申請などの法的整理︶や、M&A、株式公開買付に伴うものが通例であったことから、極めて異例の事態であった。2006年のライブドア事件においても、酷似のケースで上場廃止となっている。
2005年3月3日に、堤義明は証券取引法違反︵有価証券報告書の虚偽記載とインサイダー取引︶容疑で、東京地方検察庁特別捜査部に逮捕された。同年10月に東京地方裁判所で執行猶予付きの有罪判決を受け、2009年10月に刑猶予期間満了となった。この事件に際しては、コクドの幹部社員と小柳西武鉄道前社長が、相次いで自殺している。
株式問題と並行して、2004年11月に西武鉄道とコクドは共同で﹁西武グループ経営改革委員会﹂を発足させ、2005年1月にはコクドの事業部門と西武鉄道などを新設する持株会社の傘下に入れるなどのグループ再構築を発表した。また、旧経営陣は退任し、メインバンクであるみずほコーポレート銀行︵旧・第一勧業銀行︶副頭取で西武グループ発足後に西武鉄道の代表取締役社長となる後藤高志らが迎えられた。
再編スキームとして、
●11月にNWコーポレーションを設立し、コクドは株式交換によって子会社となる︵NW社の株主は堤義明を筆頭とする旧コクドの株主︶。
●2006年1月31日にコクドはサーベラスや日興プリンシパル・インベストメンツなどからの第三者割当増資を受け、NWコーポレーションが筆頭株主では無くなる。また、西武建設が保有していた西武鉄道株式をミレニアムリテイリング、京浜急行電鉄などに売却し、160億円余りの資金調達を行う。
●2月1日にコクドがプリンスホテルと合併。
●2月2日に西武鉄道はプリンスホテルと株式交換を行いプリンスホテルの完全子会社となる。
●2月3日、プリンスホテルが株式移転を行い西武ホールディングスとなる。
●3月27日に西武ホールディングス内でホテル・レジャー事業はプリンスホテルへ会社分割・継承を行い、従来の西武鉄道グループ会社の一部は西武ホールディングス子会社として資本構成を再構築する。
資本再構成によって、西武鉄道は鉄道事業主体の普遍的な民営鉄道会社となり、西武グループの再編が完了した。
西武鉄道株式については有価証券報告書の虚偽記載が上場廃止の理由であったため、2004年度内のジャスダック上場を目指していたが[10][11]、年度内上場はスケジュール的に難しく、コンプライアンス体制強化後の上場を目指すことになった[12]。2006年のグループ再編後は株式移転により西武ホールディングスの子会社となっているが、同社株主には上場廃止前と同等に西武鉄道の株主優待乗車証などが謹呈されている。そして2014年4月23日に西武ホールディングスとして東京証券取引所第1部へ上場した[13]。
西武グループ発足後は後藤高志が代表取締役社長として、西武鉄道の新しい体制を築き始めた。この新体制の鉄道事業において特徴的なのが自社のイメージチェンジである。2007年、西武鉄道が中核となる西武グループのスローガン﹁でかける人を、ほほえむ人へ。﹂が表すように、現在は他社と同じく、量はもとより質の向上にも力を入れるようになった。同年には社内に﹁スマイル&スマイル部﹂が開設され、鉄道ファンや子供に対するイベントを、年間多く実施・企画し沿線の人にもっと西武線と親しんでもらおうと考えている。
その第一陣として登場したのが西武のイメージトレイン30000系︵スマイルトレイン︶である。それ以前の西武鉄道を思わせる﹁硬い﹂雰囲気に一線を画し﹁ソフトさ﹂をイメージしている。
2007年2月には、西武鉄道とプリンスホテル・伊豆箱根鉄道など再編後の西武グループ各社が手掛ける物販・ホテル・リゾート各施設でのポイントサービス「プリンスポイント」と「プリンスポイントカード」を共同で導入。2006年9月に先行する形で提携カード「SEIBUプリンスカード」の発行がクレディセゾン・西武鉄道・プリンスホテルの提携によって開始された。同カードではクレジット決済による定期券購入が可能となり、2007年3月開始の「PASMOオートチャージサービス」へも対応している。なお、グループ再編前の1980年代(コクド資本下)より旧プリンスホテルと西武交通などの利用に限定されたハウスカード「プリンスカード」が存在しており(旧日本信販などと提携)、従業員関係者や西武グループの上得意客向けに限定されて発行されていた。2005年4月にクレディセゾンと旧プリンスホテルが提携した「プリンスカード《セゾン》」が一般向けにも募集されるようになったが、「SEIBU プリンスカード」とはサービス面で関連性が無く、新たに新規申込する必要が生じた。
外資ファンドによる路線廃止提案と敵対的TOB
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現在のシンボルマークは新生・西武鉄道を象徴する一環として、新社章を兼ねたものであり、2007年4月1日に制定された[20]。その意匠は旧社章と同じく西武の"西"をモチーフにしている[20]。それぞれマークの形の意味として、2つの輪は、様々なものが鉄道によって出会いつながる姿を、果実のようなデザインは、交流によって生まれる﹁実り﹂=﹁地域・社会の発展﹂を表現[20]。カラーリングでは、グリーンで﹁自然との調和﹂、濃いブルーで﹁信頼﹂と﹁安心・安全﹂、明るいブルーで﹁新しいことへの挑戦﹂をイメージしている[20]。
シンボルマークは2008年4月から既存車両側面に掲示されるようになり、同時に西武鉄道の制服もリニューアルされるなどして、多くの場所でこの社章を見かけるようになった。なお、社名ロゴのフォントも制定・変更され、﹁SEIBU﹂という英文表記もされるようになり、同社の広告に記載されたり、シンボルマークとともに全営業車両の先頭車両乗務員室扉横︵8500系は車端部︶に貼り出されたりした。ただし、近年、英文表記はあまり使わなくなり、同社が発行する広報誌﹃西武鉄道かわら版﹄の表紙には2013年度以降、記載されなくなった。また、2014年4月の消費税率変更時に運賃表を貼りかえた際、一部駅の運賃表下にあった﹁SEIBU﹂の英文表記が﹁西武鉄道﹂の漢字表記に変更され、駅のリニューアル工事後の駅入口看板も同様に変更されている。さらに、2013年度以降導入の30000系、近年に検査入場した車両、フルラッピングで車体色が変更された車両は、﹁SEIBU﹂の英文表記が﹁西武鉄道﹂の漢字表記に変更されている。
旧社章は西武軌道が1922年に制定したものである。西武の"西"をモチーフにしたもので、野球のボールに似た形をしている[21]。新社章移行後、車両に掲示された旧社章は車体更新に併せて取り外しが進行中である。
西武鉄道は、現在の池袋線系統の路線を開業した武蔵野鉄道と、新宿線系統の路線を開業していた西武鉄道(旧)が合併して出来た会社である。
武蔵野鉄道
川越鉄道
西武鉄道︵旧︶は川越鉄道に始まる。川越鉄道は、甲武鉄道の関連会社として1892年︵明治25年︶8月5日に設立され、1894年︵明治27年︶12月21日に現在の西武国分寺線である国分寺駅 - 久米川︵仮︶駅︵現在の東村山駅︶間を開業させた。さらに、川越鉄道は1895年︵明治28年︶3月21日に、現在の西武新宿線の一部である久米川︵仮︶駅 - 川越駅︵現在の本川越駅︶間を開業させた。その後、1920年︵大正9年︶6月1日に武蔵水電に吸収合併された。武蔵水電の前身は、1906年︵明治39年︶4月16日に川越久保町駅 - 大宮駅間を開業させた川越電気鉄道である。合併後、川越久保町駅 - 大宮駅間の路線は川越東線となった。
1921年︵大正10年︶10月、武蔵水電は同年に淀橋町角筈 - 荻窪村間を開業させていた西武軌道を吸収合併した。﹁西武﹂の名前はこの会社が起源であり、現在の西武鉄道が2007年3月まで使用していた西武の西という字を図案化した社章もこの会社のものであった︵ただし、6000系・10000系・20000系以外の現在も残っている車種は一部を除き2009年時点でもその旧社章を使用していたが、更新工事を施工した車両では取り外されている︶。翌1922年︵大正11年︶11月に武蔵水電は帝国電灯に吸収合併されたが[24]、帝国電灯は鉄軌道部門を、武蔵鉄道から改称して同年8月15日に設立された西武鉄道︵旧︶[25]に分離した[26]。また、川越久保町 - 大宮駅の路線は大宮線となった。
1925年︵大正14年︶、安比奈線南大塚駅 - 安比奈駅間を開業。1927年︵昭和2年︶4月16日にこれも現在の西武新宿線の一部にあたる村山線高田馬場駅 - 東村山駅間を複線・電化で開業。同時に東村山駅 - 川越駅間を電化し、高田馬場駅 - 川越駅間の直通運転を開始した。同年8月30日には、現在の多摩川線を開業させていた多摩鉄道を吸収合併した。
1935年︵昭和10年︶12月27日、西武軌道線︵淀橋町角筈 - 荻窪村間︶を東京乗合自動車に委託した。委託後、同区間を譲渡︵1951年︶するまでの歴史は、﹁都電杉並線#歴史﹂を参照のこと。
1941年︵昭和16年︶、前年に川越線の開業に伴い休止していた大宮線を2月25日に廃止した。
1943年︵昭和18年︶6月、箱根土地が経営権を獲得。堤康次郎が社長に就任した。
1944年︵昭和19年︶6月、第二次世界大戦下の食糧不足に対応するため、沿線の耕地を利用した大規模食糧供給を目的に、食糧増産株式会社を設立した。
また1944年には、東京都からの委託によって糞尿輸送が開始された。当時都内の糞尿処理は、トラックで東京湾岸へ運び船で海中に捨てていたが、人手不足とガソリン統制により、処理が追いつかなくなっていた。そこで東京都長官の大達茂雄からの要請で、武蔵野鉄道と西武鉄道︵旧︶と食糧増産の3社が一体となり、専用貨車と積込所・貯溜施設を造って大規模な糞尿処理にあたることとなったのである。同年9月10日夜から普通貨車による糞尿運搬の臨時運転を開始し、11月21日には専用貨車を用いた本運転に入った。この糞尿輸送列車は、﹁汚穢電車﹂[27]﹁黄金電車﹂﹁黄金列車﹂などと呼ばれた。
この時の輸送力はあまり高いものではなく、積込所も2か所、貯溜槽も7か所しかなかった。社長の堤康次郎はさらに輸送規模を拡大させ、当時都内から排泄されていた1日約38,000石の糞尿全てを処理できるように構想を立てた。専用貨車を115両新造して輸送能力を1日20,000石に上げるとともに、両鉄道沿線の数十箇所に糞尿貯溜槽を置き、約271,000石の糞尿をためられるようにする。そして輸送は主に深夜に行い、その帰りは貨車の上に特設台を設置し、都内向けの野菜を運搬しようというものであった。
しかし衛生面などで問題が続出し、糞尿輸送は次第にその輸送量を減らして行った。書類上は1953年︵昭和28年︶3月30日までの契約であったが、実際には1951年に輸送が休止して以降、再開されないままの廃止で、堤の輸送拡大構想は結局実行されないまま終わった。
なおこの糞尿輸送が行われている最中に武蔵野鉄道と西武鉄道︵旧︶と食糧増産の3社が合併しているが、社名に﹁農業﹂を付して﹁西武農業鉄道﹂とした由来はこのようなことにある。
戦後、西武鉄道の復興は他社に比べ目覚ましいものだった。大手他社が国鉄モハ63形の割当てにより体制を整えようとしている中、西武鉄道では国鉄の戦災車や事故車、これらが枯渇すると老朽廃車となった木製車を大量に譲り受け、自社︵当時は復興社のちに西武建設経営︶の所沢車両工場で改造、修繕や木造車体の鋼体化を実施した。これにより、モハ63形新製割当ての見返りに従来車を地方私鉄に供出する義務から解放され、輸送力増強を成し遂げたのである[注釈2]。国鉄の改造車ばかり走っていたことから、利用者からは﹁第2の国鉄﹂とまで呼ばれていた。国鉄の事故車などを導入したためモハ63にTR11という大正時代の台車を履かせた、国鉄どころか国内でも最低な水準の電車も作られ運行が行われた。徐々に車両数が増えると車体を新造するようになったが、台車や機械類は国鉄から譲り受けたものだった。
しかし、1954年︵昭和29年︶からようやく車体の完全新造が始まった。この時、登場した351系︵登場当時501系︶はこれから長きにわたる西武電車の基本デザイン﹁湘南デザイン﹂を確立した。この時の西武線を走っている電車と言えば、雑多な形態の電車を連結して、武蔵野台地を駆け巡るという印象が強かった。戦後の西武鉄道の方針は﹁質より量﹂で、車両の高速化はいち早く実施されてはいるものの他社では1950年代中盤︵昭和20年代終盤︶から登場したいわゆる高性能車の導入はせず、他系列との併結を考慮し性能の統一化を図ることから、一貫して旧来の吊り掛け駆動の増備を続けていたため﹁見せかけの新車﹂と揶揄されていた。その後登場した西武初の高性能車とも言えるカルダン駆動の601系・701系電車にしても、旧来の吊り掛け駆動車との併結が前提で、機能的には動力伝達方式をアップデートしただけであり、吊り掛け駆動車と併結することによってカルダン駆動本来の性能を発揮できていなかった︵詳細は各系列の記事を参照︶。電動車の台車は新製されるようになったものの、付随車の台車は国鉄から譲り受けた旧式な釣合梁式のTR11系の改造品であった。従来車との混用を考慮しない、電気制動を可能とした真の意味での高性能車が導入されたのは、西武秩父線開業を控えた、実に1960年代終盤︵昭和40年代中盤︶のことであった。
1963年︵昭和38年︶11月1日からは、他社ではまだ6両編成が最長で、しかも18m級車両で編成を組んでいた時に、西武鉄道では池袋-所沢間に日本の私鉄で初めて10両編成を走らせ、単位輸送力を確保した。乗車率が最大で200%を軽く超えていた時代のことであり、西武鉄道の﹁質より量﹂という方針が初めて結果につながった瞬間となった。
1969年︵昭和44年︶には自社のイメージの確立に乗り出し、現在でも利用者の西武鉄道のイメージである﹁黄色い電車﹂の第1号となる101系[注釈3] が登場する。その後、101系で冷房試作車が登場し、翌年に集中式冷房の採用が決定したのをきっかけに在来車両の高性能化[注釈4]および冷房化が急ピッチで施行されるようになった。この過程で、1977年︵昭和52年︶には西武鉄道で初の本格的な4扉車かつ界磁チョッパ制御・回生ブレーキを採用した2000系も登場し、省エネルギー化や乗降時間短縮にも貢献するようになった。こうした質的改善により、1985年︵昭和60年︶5月には車両冷房化率は92.2%と大手私鉄全社中3位、関東大手私鉄では1位に達した[28]。戦後、復興の際の経営戦略が非常にユニークで他鉄道会社と異なっていることから、現在の沿線イメージ、会社イメージ共に他の関東圏私鉄と比較するとやや異質の存在として見られていることが多い[29]。
他の大手私鉄では昭和20年代に東京都心部︵主に東京駅・有楽町など︶への路線延伸申請を競い合うように行なったが、西武はその動きとは一線を画した。
1986年︵昭和61年︶に西武鉄道本社は東京都豊島区から埼玉県所沢市へと移転した[30]。同時に西武グループ本社も移転している。東京都区部に路線を持つ鉄道事業者は現在も都区内に本社を置く場合が多いが、このように中心機能を東京の中心地から離した例は、他に東京都新宿区から多摩市へ移転した京王電鉄や、2013年に本社を東京都墨田区から千葉県市川市へ移転した京成電鉄がある。本社移転の狙いは、主要路線が2本交わる所沢駅を中心とした都市開発を行って沿線の開発・活性化を図ることや、沿線や輸送サービスの実態確認の容易化のためである︵京王電鉄や京成電鉄の本社移転も同様の理由である︶。
2017年︵平成29年︶1月16日、西武ホールディングスは都心事業の展開を強化する目的で、2019年春にかつての本社所在地に建設するビル内に本社を移転した上で入居することを発表し、西武グループとしては33年ぶりに池袋の地へ復帰することになった[31] が、西武鉄道の本社は所沢市に残る予定[31]。
●1945年︵昭和20年︶9月22日 - 武蔵野鉄道は西武鉄道︵旧︶と食糧増産を吸収合併して西武農業鉄道に改称。これは陸上交通事業調整法に基づくものであったが、実際の合併は食糧増産に対する運輸通信省の査定に時間が掛かり、終戦後となった。
●1946年︵昭和21年︶
●2月14日 - 池袋線保谷駅 - 田無町駅︵現‥ひばりヶ丘駅︶間で複線運転を開始。
●11月15日 - 西武農業鉄道が現在の西武鉄道に改称。バス事業を武蔵野自動車︵現‥西武バス︶に譲渡して分社化。
●1948年︵昭和23年︶
●4月1日 - 村山線東村山駅 - 村山貯水池駅︵現‥西武園駅︶間営業再開。
●5月18日 - 運賃改定。最低普通運賃2円[32]。
●7月18日 - 運賃改定。最低普通運賃3円[32]。
●11月5日 - 国分寺線東村山駅 - 国分寺駅間を電化。
●1949年︵昭和24年︶
●5月5日 - 運賃改定。最低普通運賃5円[32]。
●11月15日 - 多摩湖線本小平駅を小平駅に統合。
●1950年︵昭和25年︶
●4月6日 - 国分寺線東村山駅 - 柳瀬信号所間で複線運転開始。
●5月12日 - 運賃改定。最低普通運賃5円[32]。
●5月15日 - 旧日立航空機専用線を譲り受け、上水線として小川駅 - 玉川上水駅間営業開始。
●5月23日 - 村山線東村山駅 - 村山貯水池駅間に野口信号所を新設、野口信号所 - 西武園駅間営業開始。
●7月11日 - 多摩川線武蔵境駅 - 北多磨駅︵現‥白糸台駅︶間を電化。
●8月1日 - おとぎ線多摩湖ホテル前駅 - 上堰堤駅間営業開始。
●11月1日 - 多摩川線北多磨駅 - 是政駅間を電化。
●1951年︵昭和26年︶
●4月1日 - 元西武軌道の路線で、東京乗合自動車時代の1935年から業務を委託していた新宿軌道線︵新宿駅 - 荻窪北口︶を正式に東京都に譲渡。
●9月16日 - おとぎ線上堰駅 - ユネスコ村駅間営業開始。
●10月7日 - 狭山線西所沢駅 - 狭山湖駅︵現‥西武球場前駅︶間営業再開︵ガソリンカー運転︶。
●11月1日 - 運賃改定。最低普通運賃10円[32]。
●1952年︵昭和27年︶
●3月21日 - 狭山線西所沢駅 - 狭山湖駅︵現‥西武球場前駅︶間を電化。
●3月25日 - 村山線高田馬場駅 - 西武新宿駅間営業開始。同時に路線名を新宿線に改称。
●7月15日 - おとぎ線多摩湖ホテル前駅 - ユネスコ村駅間を地方鉄道に転換し、山口線に改称︵﹁おとぎ線﹂﹁おとぎ列車﹂は愛称として残る︶。
●1953年︵昭和28年︶
●1月15日 - 運賃改定。最低普通運賃10円[32]。
●2月5日 - 西武観光営業開始[33]。
●3月28日 - 池袋線田無町駅︵現‥ひばりヶ丘駅︶ - 東久留米駅間で複線運転開始。
●9月26日 - 池袋線東久留米駅 - 清瀬駅間で複線運転開始。
●1954年︵昭和29年︶
●戦後初の新造車501系︵初代、のちの351系︶通勤電車登場。
●10月12日 - 上水線小川駅 - 玉川上水駅間を電化。
●1957年︵昭和32年︶ - 本線での蒸気機関車運用廃止。
●1958年︵昭和33年︶
●9月16日 - 新宿線から小平駅、萩山駅経由多摩湖駅への直通運転開始。
●12月19日 - 新宿線柳瀬信号所 - 所沢駅間で複線運転開始。
●1959年︵昭和34年︶
●451系登場。
●1月29日 - 運賃改定。最低普通運賃10円[32]。
●12月21日 - 池袋線清瀬駅 - 秋津駅間で複線運転開始。
●1960年︵昭和35年︶
●5月25日 - 池袋線秋津駅 - 所沢駅間で複線運転開始。
●11月 - 新宿線西武新宿駅 - 上石神井駅間で6両運転開始。
●1961年︵昭和36年︶
●551系登場
●9月20日 - 多摩湖線0.4 km延伸、多摩湖駅新設。
●12月、池袋線池袋駅 - 所沢駅間で急行8両運転開始。新宿線西武新宿駅 - 田無駅間で6両運転開始。
●1962年︵昭和37年︶
●9月1日 - 上水線小川駅 - 萩山駅間営業開始。上水線から新宿線へ直通運転開始。
●11月1日 - 運賃改定。最低普通運賃10円[32]。
●12月28日 - 西武鉄道初のカルダン駆動車601系通勤電車登場。変電所集中制御システム使用開始。
●1963年︵昭和38年︶
●池袋線池袋駅 - 所沢駅間で私鉄初の10両運転開始。
●701系通勤電車登場。
●1964年︵昭和39年︶
●4月26日 - 西武グループ創業者の堤康次郎死去。
●11月15日 - 新宿線新狭山駅開業
●1965年︵昭和40年︶
●2月18日 - 保有車両数400両突破。
●11月5日 - 池袋線所沢駅 - 西所沢駅間で複線運転開始。
●1966年︵昭和41年︶
●1月20日 - 運賃改定。最低普通運賃20円[32]。
●5月16日 - 小手指検車区︵現‥小手指車両基地︶開設。
●5月25日 - 池袋線西所沢 - 小手指ヶ原信号所︵現‥小手指駅︶間で複線運転開始。
●10月28日 - 池袋線小手指ヶ原信号所 - 武蔵藤沢駅間で複線運転開始。
●1967年︵昭和42年︶
●1月13日 - 新宿線西武新宿駅 - 田無駅間で急行8両運転開始。
●6月1日 - 急緩行列車選別装置使用開始。
●10月28日 - 新宿線所沢駅 - 新所沢駅間で複線運転開始。
●11月7日 - 上水線小平駅 - 萩山駅間で複線運転開始。
●11月11日 - 801系通勤電車登場。
●1968年︵昭和43年︶
●5月15日 - 拝島線の玉川上水駅 - 拝島駅間営業開始。上水線を拝島線と改称。
●11月12日 - 国分寺線恋ヶ窪駅 - 羽根沢信号場間で複線運転開始。
●11月13日 - 池袋線武蔵藤沢駅 - 入間市駅間で複線運転開始。
●1969年︵昭和44年︶
●3月5日 - 西武初の黄色い電車である101系通勤電車が登場︵当時は黄色とベージュのツートン、非冷房︶。
●9月26日 - 新宿線新所沢駅 - 入曽駅間で複線運転開始。
●10月1日 - 南入曽検車区︵現‥南入曽車両基地︶開設。
●10月2日 - 池袋線仏子駅 - 笠縫信号所間で複線運転開始。
●10月14日 - 西武秩父線営業開始とともに﹁レッドアロー﹂こと5000系特急車登場。自動列車停止装置 (ATS) 使用開始︵多摩川線、安比奈線、山口線を除く︶仏子駅 - 西武秩父駅間で列車集中制御装置 (CTC) 使用開始。
●12月16日 - ITV︵駅ホーム監視用テレビ︶使用開始。
●1970年︵昭和45年︶
●1月1日 - 横瀬検車区︵現‥横瀬車両基地︶開設。
●8月16日 - 踏切支障検知装置使用開始。
●10月5日 - 運賃改定。最低普通運賃30円[32]。
●11月20日 - 池袋線小手指駅開業。
●1972年︵昭和47年︶7月1日 - 通勤型初の冷房車101系試作冷房車登場。
●1973年︵昭和48年︶
●6月8日 - 新宿線田無駅 - 西武柳沢駅間立体交差化工事完成。
●11月29日 - 最高速度100 km/h運転開始。
●1974年︵昭和49年︶
●3月1日 - 電車行先方向幕を全列車に装備して使用開始。
●7月20日 - 運賃改定。最低普通運賃40円[32]。
●9月6日 - 多摩川線単線自動化及びATS使用開始。
●1975年︵昭和50年︶
●3月20日 - 池袋線入間市駅 - 仏子駅間で複線運転開始。
●4月1日 - 西武新宿駅に群管理式券売機導入。
●6月2日 - 新宿線西武新宿駅 - 本川越駅間で急行10両運転開始。
●6月16日 - 定期乗車券集約発売開始。
●11月26日 - 新宿線入曽駅 - 入間川駅︵現‥狭山市駅︶間で複線運転開始。
●12月8日 - 西武新宿駅 - 拝島駅・多摩湖駅間急行10両運転開始。
●12月13日 - 運賃改定。最低普通運賃60円[32]。
●1976年︵昭和51年︶
●3月1日 - 所沢駅 - JR新秋津駅間に貨物連絡設備が竣工。同時に池袋・国分寺両駅の貨物中継を新秋津駅に変更。特急レッドアローの毎時運転開始。
●12月1日 - 列車無線を安比奈線、山口線を除く全線で使用開始。
●1977年︵昭和52年︶
●3月3日 - 西武新宿ビルオープン。
●4月1日 - 新宿線に西武初の界磁チョッパ制御車、4扉の2000系通勤電車が登場。2000系登場に従い、1980年頃に501系︵2代目︶とほぼ同時期に351系が本線系︵新宿線系統・池袋線系統︶からは運用終了。当時、3編成9両のみ多摩湖線のみ残る。
●12月19日 - 新宿線西武新宿駅 - 新所沢駅間準急10両運転開始。小平駅 - 多摩湖駅間折り返し運転開始。
●1978年︵昭和53年︶
●2月15日 - 保有車両数800両突破。
●9月16日 - 中央電気司令所︵現‥中央電気指令︶を所沢へ移転。
●10月 - 日本のプロ野球球団・クラウンライターライオンズを西武グループが買収し、西武ライオンズとなる。
●12月15日 - 西武武蔵関ステーションビルオープン。
●1979年︵昭和54年︶
●1月8日 - 運賃改定。最低普通運賃70円[32]。
●3月15日 - 変電所集中制御システムにコンピュータ導入。
●4月27日 - 西武狭山ステーションビルオープン。
●12月7日 - 拝島線萩山駅 - 小川駅間で複線運転開始。
●1970年代中盤頃 - 正確な時期は不明だが、2009年8月31日までの長期間使用されたドアステッカーが掲示されるようになる。客用ドアの窓ガラスの真ん中に外側から貼られており、﹁開くドアーにご注意﹂﹁手を引きこまれないように [西武鉄道]﹂と注意書きが書かれている。真ん中に黄色い︵晩年はオレンジも︶手を模したものが描かれ、下部には広告があるもの。厳密には前述した注意書きの文字の書体が1992年、1998年に変更されており、初代文字が石井ゴシック、1998年以降の文字はモリサワ新ゴである。
●1980年︵昭和55年︶
●3月12日 - 新宿線南大塚駅 - 脇田信号場間で複線運転開始。
●3月17日 - 従来は﹁普通﹂﹁急行﹂﹁準急﹂のみであった種別が、新宿線で﹁快速急行﹂︵当時は行楽急行として休日のみ運転︶を、池袋線で﹁準急﹂﹁快速急行﹂のほか﹁通勤準急﹂﹁快速﹂﹁通勤急行﹂を運行開始。
●3月28日 - 駅設備初のエレベータが新所沢駅で使用開始。
●6月16日 - 構内無線・乗務員無線使用開始。
●7月17日 - 拝島線東大和市駅立体交差化工事完成。
●12月25日 - 踏切支障報知装置使用開始。当時の注意書きには﹁非常の際は電車がもどらなくなるまでこのボタンを押してください 非常時以外にボタンを押すと処罰されます﹂と書かれていた。
●1981年︵昭和56年︶5月6日 - 運賃改定。最低普通運賃80円[32]。
●1982年︵昭和57年︶
●4月1日 - 西武新宿駅に自動進路制御装置 (PRC) を導入して使用開始。
●6月26日 - 運転指令を所沢に移転。
●9月13日 - 遊園地前 - 西武遊園地間に地方鉄道免許。
●10月 - ﹁西武ライオンズ '82パリーグ優勝記念乗車券﹂発売。
●10月28日 - 西武田無ステーションビルオープン。
●11月 - ﹁西武ライオンズ '82日本シリーズ優勝記念乗車券﹂発売。
●1983年︵昭和58年︶
●10月 - ﹁西武ライオンズ '83パリーグV2優勝記念乗車券﹂発売。
●10月1日 - 西武有楽町線新桜台駅 - 小竹向原駅間開業。
●11月 - ﹁西武ライオンズ '83日本シリーズV2優勝記念乗車券﹂発売。
●11月10日 - 保有車両数900両突破。
●11月27日 - 池袋線に西武最後の3ドア・ツートンカラーの3000系通勤電車登場。
●12月1日 - 拝島線武蔵砂川駅 - 西武立川駅間で複線運転開始。
●12月12日 - 拝島線武蔵砂川駅開業。
●801系の新性能化・黄色塗装化完了をもって、801系・701系電車の新性能・全黄色塗装化終了。
●1984年︵昭和59年︶
●1月25日 - 運賃改定。最低普通運賃90円[32]。
●5月14日 - 案内軌条式鉄道への改良のため、山口線営業休止。
●1985年︵昭和60年︶
●この頃までに本線︵新宿線・池袋線︶からは赤電が引退、運行終了︵当時、多摩湖線・多摩川線のみ残る︶。山口線が新交通システムとして再開業し、おとぎ線時代に開業した一部区間が廃止。
●4月25日 - 国鉄︵現・JR東日本︶中央線方面からの野球開催時の利便向上のため、山口線新交通システム開業と同時に野球開催日のみ多摩湖線で臨時の﹁準急﹂が運行開始。
●6月1日 - ATS更新︵多摩川線を除く︶。停車場を除き出発信号機が進行定位になる。ホーム自動放送変更、声優も交代︵声優不明︶。
●1986年︵昭和61年︶
●3月23日 - 新宿線田無駅構内にて列車追突事故が発生。この事故で200名余の負傷者が出て、損傷の激しかった8両が廃車。この事故はブレーキシューに雪が挟まったことが原因と判明し、その対策として全形式に耐雪ブレーキが装備された。
●8月5日 - 本社を東京都豊島区南池袋︵池袋旧本社ビル︶から埼玉県所沢市︵現在地・同年11月2日の地番変更により現住所︶に移転[30]。
●10月 - ﹁西武ライオンズ '86パリーグ優勝記念乗車券﹂発売。
●11月 - ﹁西武ライオンズ '86日本シリーズ優勝記念乗車券﹂発売。
●1987年︵昭和62年︶
●3月5日 - 拝島線西小川信号所使用開始。
●3月9日 - 小川変電所使用開始。
●5月25日 - 航空公園駅開業。この航空公園駅より当駅次駅前駅の案内表示サイン類の更新開始。
●8月1日 - レッドアローの1編成6両中、3両が禁煙車化、列車公衆電話も設置。
●10月 - ﹁西武ライオンズ '87パリーグV2優勝記念乗車券﹂発売。
●11月 - ﹁西武ライオンズ '87日本シリーズV2優勝記念乗車券﹂発売。
●11月20日 - CTC区間を高麗駅 - 西武秩父駅間に変更。
●12月10日 - 池袋線石神井公園駅 - 富士見台駅間立体交差化工事完成。
●1988年︵昭和63年︶
●黄色い電車︵701系・801系・401系・旧101系︶の初の廃車開始。多摩川線最後の赤電571系の廃車をもって多摩川線からも赤電が消滅する。
●701系・801系・401系・旧101系の置き換えとして新宿線に新2000系通勤車登場。
●4月1日 - プリペイドカードのレオカード発売開始。レオカードに対応した平成初代券売機登場。
●4月27日 - 池袋線東飯能駅 - 高麗駅間一部高架竣工。
●5月12日 - 誤通過防止装置使用開始。
●5月18日 - 運賃改定。最低普通運賃90円[32]。
●6月1日 - 弱冷房車登場。
●10月 - ﹁西武ライオンズ '88パリーグV3優勝記念乗車券﹂発売。
●11月2日 - 拝島線東大和市駅 - 玉川上水駅間で複線運転開始。
●11月4日 - 2扉セミクロスシートの4000系近郊型車登場。池袋線・新宿線の最高速度を105 km/hに引き上げ。
●11月 - ﹁西武ライオンズ '88日本シリーズV3優勝記念乗車券﹂発売。
●11月16日 - 池袋線武蔵丘信号所︵現‥武蔵丘信号場︶開設。
●1989年︵平成元年︶
●3月16日 - 駅管区制の導入。
●3月23日 - 保有車両数1000両突破。記念乗車券発売。
●3月31日 - 所沢、萩山鉄道電話局、デジタル電子交換機導入。
●4月1日 - 消費税導入に伴う運賃改定、最低普通運賃90円[32]。秩父鉄道への直通運転開始︵飯能駅 - 三峰口駅・野上駅︶。﹁秩父鉄道直通運転開始記念乗車券﹂発売。
●12月14日 - 新宿線新狭山駅 - 南大塚駅間で複線運転開始。
●12月15日 - 多摩川線ATS更新。
●1990年︵平成2年︶
●6月30日 - 西武最後の赤電だった351系が最後の走行路線・多摩湖線でも運用終了・形式消滅。同時に全車両の冷房化・高性能化を達成。いわゆる﹁黄色い電車﹂に全車両統一︵当時、101系・301系と3000系のみ黄色とベージュのツートン︶。351系さよなら運転・イベントが行われた。﹁351系さよなら記念乗車券﹂を発売。
●制服を一新。
●9月16日 - 玉川上水車両管理支所︵現‥車両基地︶開設。
●9月 - ﹁西武ライオンズ '90パリーグ優勝記念乗車券﹂発売。
●11月 - ﹁西武ライオンズ '90日本シリーズ優勝記念乗車券﹂発売。
●1991年︵平成3年︶
●2月1日 - 清瀬第3号踏切立体交差化工事完成、使用開始。
●3月9日 - 自動改札機導入、豊島園駅から使用開始。
●3月15日 - 西武研修センター使用開始。
●3月16日 - 特急券のオンライン発券サービススタート。オンライン発券サービス開始に伴い、初代特急券券売機登場。
●3月29日 - 拝島線小川 - 西小川信号所間で複線運転開始。
●5月11日 - 新宿線鷺ノ宮駅北口駅ビルオープン。
●7月27日 - 新宿線狭山市駅 - 新狭山駅間で複線運転開始。
●9月5日 - 西武本川越ステーションビルオープン。
●9月 - ﹁西武ライオンズ '91パリーグV2優勝記念乗車券﹂発売。
●11月 - ﹁西武ライオンズ '91日本シリーズV2優勝記念乗車券﹂発売。
●11月20日 - 運賃改定。最低普通運賃110円[32]。
●12月12日 - 都営12号線︵現‥大江戸線︶との連絡運輸開始。
●1992年︵平成4年︶
●1月14日 - 変電所集中制御システム更新。
●3月15日 - 車いす用階段昇降機を練馬駅にて初導入。
●4月1日 - 当時の運行管理システムの老朽化に従い、西武鉄道全線で運行管理システムの更新を実施した (SEMTRAC)。新しいホーム自動放送の声優は新宿線・池袋線では主に上り線担当の女性声優は河本俊美、主に下り線担当の男性声優は中村健治。なお、従来は﹁まもなく○番ホームに電車がまいります。白線の内側でお待ちください または、白線の内側までお下がりください﹂としか言わなかったものが、この時から種別、行き先、両数、先着するか、途中の駅で優等種別に乗り換えれば早く着くかどうかもわかるように改善された。
●4月8日 - 所沢総合管理事務所使用開始。
●6月1日 - 池袋線から初の10両固定編成、6000系ステンレス通勤車登場。
●9月 - ﹁西武ライオンズ '92パリーグV3優勝記念乗車券﹂発売。
●10月23日 - 西武飯能ステーションビルがオープン。
●11月 - ﹁西武ライオンズ '92日本シリーズV3優勝記念乗車券﹂発売。
●1993年︵平成5年︶
●2月10日 - 回数券発売対応マップ型平成2代目券売機登場︵ただし、この2代目はレオカード非対応︶。回数券を裏が白い非磁気券から裏が黒い完全磁気券化。
●5月12日 - 天皇・皇后、秩父行幸︵池袋駅 - 西武秩父駅間乗車︶
●12月6日 - 新宿線に﹁特急ニューレッドアロー﹂10000系登場[34]。新宿線に朝ラッシュ時の上りのみ、﹁快速﹂﹁通勤急行﹂運行開始。特急停車駅に入間市駅を追加。
●12月11日 - 101系の車体更新車・10両固定編成の9000系通勤電車登場。
●西武鉄道初のLEDによる行先・種別・発車時刻案内表示器を、この年から西武新宿駅、池袋駅、所沢駅から設置開始。1999年までにかけて主要駅︵主に急行停車駅全駅と各駅停車のみ停車駅の一部︶すべてに設置され、幕式などによる旧型行先・種別・発車時刻案内表示器を置き換えた。
●1994年︵平成6年︶
●8月8日 - 新宿線にも6000系ステンレス通勤車登場。
●10月1日 - 池袋駅新特急ホーム使用開始。
●10月15日 - 池袋線にも﹁特急ニューレッドアロー﹂10000系登場。
●12月7日 - 西武有楽町線新桜台駅 - 練馬駅延伸、営業開始。練馬高野台駅開業と同時に﹁西武鉄道池袋線練馬高野台駅開業記念乗車券﹂発売。
●主要駅のみで発車メロディの使用を開始した︵ - 1999年︶。
●レオカード対応平成3代目券売機登場︵この券売機はSFレオカードにも対応︶。
●1995年︵平成7年︶
●9月1日 - 時差回数券、土・休日割引回数券発売開始。
●10月14日 - この日と15日に﹁特急レッドアロー﹂5000系さよなら運転実施。
●1996年︵平成8年︶
●特急券の発売駅全駅で端末更新。2代目特急券券売機登場。特急券が全発売駅・全券売機で裏が白い非磁気券から裏が黒い磁気券に更新︵旅行会社の一部は現在も非磁気券で発行︶。
●3月28日 - 多摩湖線で運行管理システム (SEMTRAC) の使用開始。
●4月1日 - 多摩川線ワンマン運転開始。所沢駅 - 東横瀬駅間貨物輸送廃止。
●3月28日 - 野球シーズン時の臨時増発を若干縮小。この年より多摩湖線の野球開催日臨時﹁準急﹂が廃止され1985年以来11年ぶりに再び多摩湖線は種別が﹁普通﹂のみになり、それまで通過していた新宿線からの直通快速急行停車駅に八坂駅、武蔵大和駅を追加。4両のみ停車対応だったこの2駅が8両編成停車対応になる。
●5月25日 - E851形電気機関車さよなら運転実施。
●9月1日 - 運賃改定。最低普通運賃130円[32]。
●12月3日 - 池袋線に6000系アルミ通勤車登場。
●多摩川線・多摩湖線から701系・401系が運用終了。
●1997年︵平成9年︶
●西武グループウェブサイト開設と同時に西武鉄道ウェブサイト開設。
●2月21日 - 701系・401系が運用終了・形式消滅。701系・401系さよなら運転を実施︵701系1編成4両が西武新宿駅-西武球場前駅﹂間を事前に抽選で当選した乗客を乗せて臨時往復、401系2編成4両が池袋駅-西武球場前駅間を事前に抽選で当選した乗客の乗せて臨時往復した︶。さよならイベントが西武球場前駅構内で行われた。
●3月7日 - 保有車両数1200両突破。
●4月1日 - 消費税率3%から5%への改定に伴う運賃改定。最低普通運賃130円[32]。
●4月26日 - 特急レッドアロー利用客1億人突破。
●8月2日 - 池袋線桜台駅 - 練馬駅間立体交差化工事完成。
●12月13日 - 池袋線中村橋駅 - 富士見台駅間立体交差化工事完成。
●12月28日 - 運賃改定。最低普通運賃140円[32]。
●1998年︵平成10年︶
●3月26日 - 営団地下鉄︵現・東京メトロ︶有楽町線との相互直通運転開始。特急電車の停車駅を芦ヶ久保駅から横瀬駅に変更。
●3月 - 元加治駅 - 飯能駅間の複線区間を飯能方へ延伸、複線部分と単線部分の接続点を飯能駅構内とすることにより、笠縫信号場廃止。名目上、池袋駅 - 飯能駅間複線化︵飯能駅構内に単線部分が残存︶[35][36]。
●10月1日 - 西武・電車テレホンセンター開設。
●10月10日 - ﹁平成10年10月10日10記念乗車券﹂発売。
●11月20日 - 多摩湖線︵国分寺駅 - 萩山駅間︶でワンマン運転開始。
●1999年︵平成11年︶
●4月 - 田無駅の自動改札化をもって、多摩川線と武蔵横手駅 - 横瀬駅以外の全駅で自動改札化完了。
●6月1日 - 使用済乗車券再生資源活用開始。
●10月14日 - ﹁西武秩父線開通30周年記念入場券﹂発売。
●11月11日 - ﹁平成11年11月11日1づくし記念乗車券﹂発売。
●1999年︵平成11年︶- 2000年︵平成12年︶までにかけて新宿線・池袋線の大半の駅で発車メロディの変更を実施した。車掌の手笛での発車の合図を廃止し︵ワイヤレスマイク不具合によるメロディ再生不能の場合の、手笛合図による代用をのぞく︶、多摩川線と池袋線・西武秩父線の一部︵前者は東飯能駅 - 吾野駅間・後者は吾野駅 - 横瀬駅間︶を除き各駅停車しか停まらない駅でも発車メロディが鳴るようになった。同時に約50種類前後あったメロディが全く違うメロディ6種類のものとなり︵ただし、萩山・西武遊園地・西武秩父・武蔵境・白糸台・是政の各駅は例外︶、メロディの後の男女声優の声による﹁電車が発車します、ご注意下さい﹂の案内が廃止。
●2000年︵平成12年︶
●2月20日 - 新宿線に20000系通勤電車が登場。
●3月4日 - ﹁平成12年3月4日 春うらら1・2・3・4カウントアップ記念乗車券﹂発売。
●この年から翌年にかけて、客室窓に注意書きステッカーが貼られた︵2007年7月 - 8月に現行のデザインのものへ変更︶。
●6月15日 - 所沢車両工場閉鎖、50年の歴史に幕を下ろす。
●6月16日 - 武蔵丘車両検修場開設。
●7月1日 - 使用済定期乗車券再資源活用開始。
●10月1日 - ﹁SFレオカード﹂発売開始。
●10月14日 - 共通乗車カードシステムパスネット導入。パスネット導入に従い、1988年導入のレオカードのみ対応平成初代券売機、多摩川線以外の本線系全駅でマップ形の2代目と通常の3代目に交換終了。
●12月22日 - 武蔵丘車両検修場がISO14001を取得。
●2001年︵平成13年︶
●3月4日 - 池袋線練馬駅 - 中村橋駅間立体交差化工事完成︵逆立体化︶。
●4月1日 - すべての自動改札機がカードの二枚重ね対応完了。ペットの車内への持ち込み無料化。フェアスルーシステム︵不正乗車防止システム︶導入。
●12月6日 - 池袋線飯能駅構内の単線部分を複線化、池袋駅 - 飯能駅間で︵完全︶複線運転開始。
●12月15日 - ダイヤ改正で新宿線から朝ラッシュ時上りのみの﹁快速﹂廃止。池袋線から朝のラッシュ時上りのみの﹁通勤快速﹂、土休日の西武球場前駅 - 池袋駅間の不定期快速が廃止。中村橋駅 - 練馬高野台駅間高架複々線使用開始。
●踏切支障報知装置の注意書きをこの年、全箇所の踏切で更新。﹁非常の際は電車がもどらなくなるまでこのボタンを押してください 非常時以外にボタンを押すと処罰されます﹂から﹁非常の際はこのボタンを押してください﹂と短文へ改められた。
●2002年︵平成14年︶
●2月28日 - 一般認定鉄道事業者として認定を受ける。
●3月6日 - 西武球場前駅改札を一部改装、駅務員による売店業務を開始。
●4月1日 - 日本民営鉄道協会に加入。ウェブサイト上での運行状況の提供を開始。運賃改定、最低普通運賃140円[32]。
●9月1日 - お忘れ物取扱システム導入。駅シェルパ開始。
●2003年︵平成15年︶
●3月12日 - ダイヤ改正で池袋線から﹁区間準急﹂廃止。練馬駅 - 中村橋駅間高架複々線使用開始。飯能駅 - 西武秩父駅間ワンマン運転開始。芝桜の開花シーズンの4月下旬 - 5月上旬とイベント時、12月の秩父夜祭時以外は通常は飯能駅 - 西武秩父駅間の区間列車は原則として4000系4両ワンマン車のみの運行となる。
●6月2日 - 池袋線で列車情報装置使用開始。
●8月8日 - 旅行会社での特急券発売開始。
●9月 - 11月までにホームの自動放送が﹁白線の内側で…﹂から﹁黄色い線の内側で…﹂へ変更された。
●初代のレオカードのみ対応の初代券売機多摩川線からも撤去、全線から平成初代レオカード対応券売機消滅。
●平成4代目のPASMO対応タッチパネル式券売機が登場。西武鉄道初のタッチパネル導入になる。
●2004年︵平成16年︶
●春に総会屋への利益供与問題、10月には有価証券報告書虚偽記載問題が相次いで浮上し、西武グループに君臨して来た堤義明︵康次郎の三男︶が会長を退任。株価は急落し、東証はペナルティとして、翌11月16日の取引終了後に監理ポストから整理ポストへ移動させ、1か月後の上場廃止を決定した。西武はジャスダックへの上場を表明していたが、上場申請が認められるかどうかは不透明であり、西武鉄道は経営上の岐路に立たされることになった。さらに、2005年︵平成17年︶3月3日に義明が証券取引法違反︵有価証券報告書虚偽記載並びに内部者取引︶容疑で逮捕されたため、国土交通省鉄道局は西武鉄道に対し処分を行ったが、﹁今回の逮捕は有価証券報告書虚偽記載問題によるものであり、鉄道事業の基本である安全運行に直接関わるものではない﹂として、厳重注意処分に留めた。
●1月13日 - 携帯電話の運行状況の検索サービスを開始。
●3月27日 - 車体広告電車運転開始︵池袋線・新宿線︶。
●5月24日 - 西武鉄道企業倫理規範制定。
●6月10日 - 新宿線で列車情報装置使用開始。
●7月26日 - 第1回企業倫理委員会開催。
●12月16日 - 企業倫理ホットライン開設。
●12月 - 西武最初の黄色電車だった︵製造当初は西武イエローと西武ベージュのツートンカラー︶旧101系が多摩川線以外の各線︵ただし、西武有楽町・山口線は登場当初から走ったことがない︶での運用終了。
●2005年︵平成17年︶
●5月9日 - 池袋線・新宿線に女性専用車両導入。
●6月28日 - 執行役員制度導入。
●7月3日 - 1992年から使用していた運行管理システムを老朽化に伴い、池袋線系統で13年ぶりに更新した。それによるホーム自動放送の変更に伴い、声優が上りは豊田真由美、下りは鈴木盛久に交代した。
●10月31日 - 有楽町線直通電車に女性専用車両導入。
●11月9日 - 電源二重化工事完成︵池袋駅 - 武蔵丘駅、西武新宿駅 - 本川越駅︶。
●2006年︵平成18年︶
●この年から女性の駅員が採用されるようになる。
●2月1日 - 池袋駅、高田馬場駅、所沢駅にAEDを初設置。
●3月27日 - 西武グループの再編が行われ、西武鉄道は西武ホールディングスの子会社になる︵持株会社方式︶。西武グループ企業倫理規範が制定されるに伴い西武鉄道企業倫理規範が廃止される。グループビジョン策定。
●4月1日 - 西武鉄道お客さまセンター開設。
●4月27日 - 普通乗車券・特急券の払い戻し手数料が100円に統一された。
●9月24日 - 新宿線系統でも運行管理システムが14年ぶりに更新。前日にホーム自動放送の変更を実施。
●10月1日 - 特急レッドアローを完全禁煙車化。特急券の発売駅全駅で端末更新。3代目特急券券売機登場。
●11月11日 - ﹁小江戸川越鉄道開設111周年記念乗車券﹂発売。
●2007年︵平成19年︶
●3月18日 - PASMO導入。自動改札機のない多摩川線や西武秩父線︵武蔵横手駅 - 横瀬駅間︶などの駅にもICカード専用簡易改札機が設置された。それに伴い、本線系統での全駅更新に先駆け、多摩川線全駅で券売機が平成4代目のPASMO対応タッチパネル式自動券売機に置き換えられた。同日、JR東日本のSuicaと相互利用開始。
●3月28日 - 天皇・皇后、川越行幸︵西武新宿駅 - 本川越駅間往復乗車︶
●4月1日 - 新シンボルマークの採用及び、コーポレートカラーの制定を発表[37] した。
●4月27日 - 早期地震警報システム導入。
●5月8日 - PASMO導入に合わせ、特急券のインターネット予約サービスを開始。
●5月14日 - 自社で初めてお客さま満足度調査﹁アンケート配布調査﹂を実施。
●6月21日 - 踏切安全ホットラインを導入。
●6月27日 - 遠隔放送装置を導入。放送範囲は、全駅一斉、複数駅指定、駅個別の3種類であり、駅構内のうち、上りホーム、下りホーム、コンコースの3エリアである。優先順位は、電車の発車メロディ、車掌とホーム係員のワイヤレスマイク放送、遠隔放送、電車の行先種別を案内する自動放送、の順である。
●7月27日 - 簡易筆談器を小竹向原駅を除く全駅に設置。
●8月16日 - 新宿線で約40年ぶりに女性車掌が登場し乗務開始。
●12月3日 - 吾野変電所、正丸変電所に環境配慮型蓄電装置の導入により、飯能駅 - 西武秩父駅間で、常時回生ブレーキ車の走行が可能になる。
●12月8日 - ﹁多摩川線開通90周年記念乗車券﹂発売。
●1987年の航空公園駅以来、20年ぶりに拝島駅より当駅次駅前駅の案内表示サイン類の更新開始。
●2008年︵平成20年︶
●1月10日 - パスネット﹁SFレオカード﹂発売終了。
●3月9日 - 池袋線系統所属車を皮切りに新シンボルマークを車両に貼付。
●3月15日 - 初代レオカード使用終了。
●3月27日 - 18年ぶりに制服を一新︵ただし、実際には1990年以来18年ぶりにもかかわらず、公式発表では20年ぶりとなっている︶。
●4月26日 - 新宿線に30000系通勤車が登場。
●6月14日 - 東京地下鉄副都心線乗り入れ開始。新宿線で﹁拝島快速﹂運行開始。遅延証明書をウェブサイト上で発行開始。
●7月16日 - 新宿線で約60年ぶりに女性運転士が登場し。単独乗務開始。
●8月6日 - 固定編成の車両︵3000系、9000系、6000系、20000系と30000系の一部の5車種が該当︶のみ、車両内側ドアに点字案内を設置。
●11月22日 - 列車非常通報装置全駅︵小竹向原駅を除く︶に設置完了。
●2009年︵平成21年︶
●2月 - プリンスホテルから埼玉西武ライオンズの株式譲渡を受け、子会社化。
●4月1日 - 小田急電鉄などと共に関東私鉄では初めてスルッとKANSAI協議会と提携し、この日より同協議会と連携して資材の共同購入を開始。
●4月6日 - 埼玉県内初で小手指駅、西武球場前駅、航空公園駅の3駅で駅の緑化に取り組む。
●12月14日 - 西武鉄道ウェブサイトをリニューアル。西武車両のウェブサイトが閉鎖。
●2010年︵平成22年︶
●1月27日 - 同年3月6日からのダイヤ改正で西武ドームでの野球開催日の試合終了後、狭山線から池袋線に直通する臨時急行列車が運行されることが発表される。スポーツ新聞の記者が、これを埼玉西武ライオンズに雄星投手が入団したことによるものと推測したため、発表翌日のスポーツ新聞に﹁雄星ダイヤ﹂などと報じられた。
●3月28日 - E31形電気機関車さよなら運転実施。﹁E31形さよなら記念乗車券﹂発売。
●6月23日 - 同日に行われた株主総会により代表取締役社長が後藤高志から白山進に交代。後藤は取締役会長に就任。
●10月16日 - プロバスケットボール・bjリーグに所属する埼玉ブロンコスとオフィシャルスポンサー契約。
●2011年︵平成23年︶
●7月4日 - 次世代認定マーク﹁くるみん﹂を取得。
●10月25日 - ﹁第10回屋上・壁面・特殊緑化技術コンクール﹂において、﹃都市緑化機構理事長賞/壁面・特殊緑化部門﹄を受賞。
●2012年︵平成24年︶
●3月 - 窓口処理機更新に合わせ、新たに特急券発売機能が追加され23駅で使用。
●5月7日 - 西武鉄道が前身の武蔵野鉄道として設立して以来、﹁創立100周年﹂を迎える[38]。
●6月30日 - 新宿線の快速急行と拝島快速を廃止。
●2013年︵平成25年︶
●3月16日 - 地下鉄副都心線を経由して東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線と相互直通運転開始。
●3月23日 - Kitaca、manaca、TOICA、ICOCA、PiTaPa、nimoca、はやかけん、SUGOCAが交通系ICカード全国相互利用開始により利用可能になる。
●6月9日 - 特急電車向けに、チケットレスサービス﹁Smooz﹂が開始。
●2014年︵平成26年︶4月1日 - 消費税率5%から8%への改定に伴う運賃改定。運賃がICカード利用︵1円単位︶と切符購入︵10円単位︶に分けて制定され、最低普通運賃はそれぞれ144円、150円[32]。
●2015年︵平成27年︶
●3月14日 - 台湾鉄路管理局との包括的事業連携に関する友好協定を締結[39]。
●10月1日 - Emio武蔵関︵前・西武武蔵関ステーションビル︶オープン。
●2016年︵平成28年︶
●2月10日 - 休止中の安比奈線に整備する予定だった車両基地の計画の廃止を発表。安比奈線も廃止が決定され[40][41]、翌2017年5月31日をもって廃止となる[42]。
●4月17日 - 観光列車﹁旅するレストラン52席の至福﹂運転開始[43][44]。
●2017年︵平成29年︶3月25日 - 池袋線に40000系通勤車が登場し、S-TRAINが運行開始[45]。
●2018年︵平成30年︶3月10日 - 新宿線・拝島線西武新宿駅 - 拝島駅間にて拝島ライナーが運行開始。車両は40000系を使用。
●2019年︵4月までは平成31年、5月以降は令和元年︶
●1月28日 - 池袋駅前に建設中の複合ビル﹁ダイヤゲート池袋﹂︵2月28日竣工[46]︶に、災害時の帰宅困難者を収容する協定を豊島区と締結[47]。
●3月16日 - 26年ぶりとなる新型特急車両﹁Laview﹂001系の運行を開始[48][49][50]。
●12月1日 - 74言語対応の人工知能 (AI) 通訳機﹁ポケトーク﹂を91駅と特急車内に導入[51]。
●2020年︵令和2年︶
●6月5日 - 特急車両﹁Laview﹂001系がブルーリボン賞を受賞。
●8月31日 - 子会社である株式会社豊島園が運営する﹁としまえん﹂が閉園。
●2021年︵令和3年︶
●3月13日 - 西武園ゆうえんちのリニューアルオープン︵5月︶に先駆け、遊園地西駅を西武園ゆうえんち駅に、西武遊園地駅を多摩湖駅に駅名を変更。
●7月1日 - 多摩川線で﹁西武多摩川線サイクルトレイン﹂を実証実験として開始。10月1日から本実施に移行[52]。
●2022年︵令和4年︶
●6月20日 - 多摩川線が全線開通100周年を迎える。
●7月11日 - 乗車ポイントサービスを開始[53]。
●9月17日 - 秩父鉄道直通の臨時夜行急行﹁奥武蔵51号﹂が運行される[54]。
●2023年︵令和5年︶
●1月 - 多摩川線において、無線式列車制御︵CBTC︶システムでの実証実験に向けた準備工事に着手[55]。
●3月18日 - 運賃改定。鉄道駅バリアフリー料金の収受開始[56]。
●3月21日 - 池袋線・西武秩父線にてサイクルトレインの定期実施が開始[57]。
●4月25日 - ﹁ワーナーブラザース スタジオツアー東京 ‐ メイキング・オブ・ハリー・ポッター﹂のオープン︵6月︶に向け、豊島園駅の新駅舎が使用開始、池袋駅のリニューアルが完成[58]。
●6月2日 - 無記名式PASMOカードの発売を一時中止。︵再開時期未定︶
●7月1日 - 特急料金と座席指定料金を改定[59]。
●8月2日 - 記名式PASMOカードの発売を一時中止。︵再開時期未定︶
●9月26日 - 東急電鉄と小田急電鉄から省エネ性能の高い中古車両を譲受すると発表[60]。
●2024年︵令和6年︶
●3月29日 - 西武線でクレジットカードなどによるタッチ決済乗車サービスを導入すると発表した。サービスの開始時期は、2024年度後半を予定。西武では、ターミナル駅、観光地周辺を中心に、21駅を対象駅とし、対象ブランドは、Visa、JCB、American Express、Diners Club、Discover、銀聯。Mastercardは順次追加予定としている[61]。
路線図(クリックで拡大)
現有路線の総延長・旅客営業キロは176.6 kmで日本の大手私鉄では5番目に長い営業キロを持つ︵東京地下鉄が発足し大手私鉄に加わった2004年4月以降︶。成立や運転系統により、池袋線系統︵旧・武蔵野鉄道︶と新宿線系統︵旧・西武鉄道︶におおむね大別できる。この池袋線と新宿線が西武鉄道の主要幹線であり、池袋駅が西武鉄道における最大のターミナル駅である。また、本線︵池袋線・新宿線︶系統から完全に独立した路線として多摩川線がある。
全線複線の路線は西武有楽町線のみで、他の路線は一部区間または全線が単線である。全線複線の路線が1路線しかないのは関東の大手私鉄では珍しい[注釈5]。また東京地下鉄とともに、政令指定都市に路線や駅が所在していない大手私鉄となっている。
- 池袋線系統
-
- 新宿線系統
-
- 多摩湖線系統
-
- 国分寺線系統
-
- 多摩川線系統
-
- 山口線系統
-
●飯能短絡線︵元加治駅-飯能駅間から東飯能駅への短絡線︶‥かつて運行されていた貨物列車や特急列車の一部、武蔵丘車両検修場や武蔵丘車両基地への回送電車が飯能駅での方向転換を避けるため構想されているが、貨物列車の廃止で方向転換を避ける意義が薄れたことなどから実現に至っていない。敷設用地は取得済み。
●吉祥寺線︵保谷-東伏見-吉祥寺︶‥構想のみで終わる。
●西武秩父線︵西武秩父駅から軽井沢方面までの延伸︶‥構想を続けているが実現に至っていない。
●多摩ニュータウン線︵多摩川線是政駅から多摩ニュータウン方面までの延伸︶‥多摩ニュータウン開発規制領域以外の土地が少なかった上、武蔵境駅で接続する国鉄︵当時︶中央線の混雑をさらに助長するとの判断から鉄道敷設免許申請が取り下げられたため[67]、構想のみで終わる。
高架化された池袋線練馬駅
西武鉄道の路線では西武有楽町線をのぞく全線でATSを使用している。このうち、新交通システムの山口線をのぞく全線では高周波連続誘導車上速度照査式ATSを、山口線では点制御による多情報変周式ATSをそれぞれ採用している。西武有楽町線では西武線で唯一のATCを採用している。
山口線と西武有楽町線をのぞく全線で使用されている高周波連続誘導車上速度照査式ATSは、他のATSや初期型のATCよりも高性能な保安装置である。AF軌道回路を用いたATSは西武鉄道のほかに阪神電気鉄道・阪急電鉄・山陽電気鉄道・相模鉄道︵現在は地上子を使用する点制御によるATS-Pに移行して廃止︶・西日本鉄道で採用例があるが、西武鉄道ではパターン式となっている。過去に西武線ではAM系自動空気ブレーキ車や貨物列車が走行していたことから、ブレーキ性能別に制御する必要があるためATS作動時には非常ブレーキがかかる。制限速度以下になると自動的に緩解する。分岐上では軌道によって信号を送ることができないため、ループコイルを使用している。JR福知山線の脱線事故を受けて、急な曲線、分岐器︵ポイント︶箇所等の制限速度に対しても、列車を自動的に減速、または停止させる機能を追加した装置への更新を行い、2010年6月に完了した。
西武有楽町線で使用しているATCは、レールに設けられた軌道回路に先行列車の位置及び進路の条件に応じて作成されたATC信号︵速度信号︶を流し、車内では列車の許容最高速度を示す信号を連続して現示、その信号現示に従って列車の速度を自動的に制御する方式である。かつて乗り入れ先の有楽町線を含めた営団および後身の東京地下鉄各線や国鉄および後身のJR東日本常磐緩行線で使われていたCS-ATC︵JR名称‥ATC-4型︶とほぼ同じものであるが、東京地下鉄では副都心線に新CS-ATCを採用し、有楽町線でも西武有楽町線と同一のATCから新CS-ATCへと変更されている。西武有楽町線は全駅の出発信号機が停止定位であり、このATCにより駅停車時に段階的に減速する。
2005年に更新された新型自動放送は、担当声優は上りが豊田真由美・下りが鈴木盛久が担当しているが[注釈 6]、多摩川線・山口線では異なる。
車内自動放送は、1992年登場の6000系から搭載が始まり、同年以降に製造された新型車両と、2006年度以降に更新された2000系︵2031Fが初︶・新101系のワンマン仕様車に搭載されている。車内自動放送は本線通勤車用・特急車用・山口線用・多摩湖線用・多摩川線用の5種類が存在する。2008年の東京地下鉄副都心線開業・相互直通開始に伴い更新され、これまで日本語のみだったが、英語放送も追加された。
日本語の声優は1992年当初から石毛美奈子[76] が︵ただし、1985年 - 2003年までのレオライナー8500系車両および2008年以前の多摩川線はのぞく︶、英語の声優は初の英語車内放送採用の2008年からクリステル・チアリが担当している。更新前の自動放送と比べ日本語はかなり簡略化されたが、これは車掌の肉声によってわかりやすい情報を提供するためだとしている。
西武鉄道には平行ダイヤ区間︵複々線でのダイヤ構成︶が池袋線のごく一部にしかないため、ラッシュ時のダイヤは非常に複雑に、そして巧みに構成されている。特に池袋線ではその特徴がよく表れていて、全国でも珍しい千鳥停車が行われている。これは種別・行き先を問わず、どの電車も乗車率を平均的にするために行われる複雑なダイヤとなっている。しかし、千鳥停車は平日ラッシュ時のみで、ラッシュ時は毎日の通勤や通学で慣れた人がほとんどであり、混乱は無かった。さらに千鳥停車を行うことにより、優等列車が停車する駅での渋滞が少なくなるため、複線のみの時代でもラッシュ時間帯では複線のみの路線では日本の私鉄最大の1時間に29本もの運転本数を確保し、輸送力増強に大きく貢献した。後述するように、2018年春より種別数は10種別体制になっている。新宿線でもかつて千鳥停車を実施していたが、現在は廃止された。
西武鉄道では、2018年3月10日現在、以下の種別の列車を運行している︵各駅停車のみ運行する多摩川線・国分寺線・山口線・西武園線・豊島線を除く︶。
運行している列車種別数は10種別で、これは日本での列車種別数では京阪電気鉄道と並んで大手私鉄最多である。なお、区間準急が設定されていた1998年から2001年までの間は、当時の大手私鉄では最大の10種別︵現行の列車種別に区間準急と同じく廃止された通勤快速との合計︶が設定され、また2008年6月から2012年6月までの間は、廃止された拝島快速を加えた9種別が同時に設定されていた。
■ 特急 (Limited Express)
有料の全席座席指定制の特急列車を1969年から運行しており、運行系統・形態に応じた下記の列車名が付けられている。詳しくは各列車記事を参照のこと。
﹁ちちぶ号﹂
池袋線・西武秩父線経由で池袋駅・所沢駅 - 西武秩父駅間を運行。
﹁むさし号﹂
池袋線の池袋駅 - 飯能駅間を運行。
﹁小江戸号﹂
新宿線の西武新宿駅 - 本川越駅間を運行。
﹁ドーム号﹂
池袋線・狭山線経由で池袋駅 - 西武球場前駅間を運行する臨時特急。野球開催時や﹁国際バラとガーデニングショウ﹂開催時、一部コンサート開演時に運行。時刻表などではドーム号となっているものの、スタジアムエクスプレスと案内されることもしばしばある。ガーデニングショウ開催時は練馬駅にも停車していた。
□ S-TRAIN
池袋線・西武秩父線・西武有楽町線で運行。2017年3月25日のダイヤ改正により東京地下鉄有楽町線・副都心線・東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線直通の有料座席指定列車として運行を開始した。土休日は西武秩父駅 - 元町・中華街駅間、平日は小手指駅 - 豊洲駅間での運行である。
■ 拝島ライナー (Haijima Liner)
新宿線・拝島線で運行。2018年3月10日のダイヤ改正により有料座席指定列車として運行を開始した。下り拝島行のみ運転であり、小平駅から先の拝島線内は運賃のみで乗車できる。2023年3月18日より、上り西武新宿行も運転される[77]。
■ 快速急行 (Rapid Express)
新宿線と池袋線︵飯能駅以東︶・西武有楽町線で運行。
池袋線では東京地下鉄有楽町線・副都心線・東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線直通列車が主体だが、平日朝ラッシュ時に上り1本のみ飯能発池袋行の自社線内完結列車が存在する。地下鉄直通列車のみ、練馬駅にも停車する。また、地下鉄直通列車の一部は﹁Fライナー﹂の愛称名を付けて運転されている。野球開催時など臨時ダイヤ施行時には、一部の小手指駅行きを快速西武球場前駅行きへ変更するために、ひばりヶ丘駅始発小手指駅行きが運行される。
新宿線では、本川越までのアクセス性向上のため、2020年3月14日のダイヤ改正で設定。事実上、2012年の廃止から8年ぶりの復活となった。土休日の9・10時時台に下りのみ1本ずつの計2本が設定されたが、新型コロナウイルス感染症拡大による需要減の影響により、2022年3月のダイヤ改正で9時台の1本のみとなった。
■ 急行 (Express)
池袋線︵飯能駅以東︶・狭山線・新宿線・拝島線・多摩湖線︵萩山駅 - 多摩湖駅間︶で運行。多摩湖線では土休日のみの不定期運行である。また、狭山線では臨時ダイヤ時のみ運行であり、新宿線西武新宿駅発着の運行もある。
■ 通勤急行 (Commuter Express)
池袋線︵飯能駅以東︶と新宿線ともに平日朝ラッシュ時に上りのみ運行。池袋線では千鳥停車により、ひばりヶ丘駅を通過する一方で東久留米駅・保谷駅・大泉学園駅に停車するため、急行より停車駅が多い。
新宿線では逆に速達種別として、停車駅を狭山市駅・新所沢駅・所沢駅・東村山駅・田無駅・上石神井駅・鷺ノ宮駅・高田馬場駅と絞り込んでいる。
■ 快速 (Rapid)
池袋線︵飯能駅以東︶・狭山線・西武有楽町線で運行されており、東京地下鉄有楽町線・副都心線・東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線直通列車も運行。狭山線では臨時ダイヤ時のみ運行。臨時ダイヤ施行時には、快速急行小手指駅行きを快速西武球場前駅行きへ変更する列車もある。
■ 通勤準急 (Commuter Semi Express)
池袋線小手指駅始発池袋駅行きを平日朝ラッシュ時に3本、所沢駅始発池袋行きを平日朝ラッシュ時に1本運行。準急との違いは石神井公園駅を通過することである。
■ 準急 (Semi Express)
池袋線︵飯能駅以東︶・西武有楽町線・狭山線・新宿線・拝島線で運行。池袋線では西武有楽町線経由で東京地下鉄有楽町線・副都心線・東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線直通列車も運行。狭山線は土休日ダイヤで上下各4本を運行。池袋線では、ラッシュ時間帯には東京地下鉄への直通列車において運行されており、日中には毎時2本が運行されている。
新宿線・拝島線では、朝夕時間帯などで補完的役割を果たす程度の本数の運行である。
■ 各停 (Local)
池袋線︵飯能駅以東︶では、東京地下鉄有楽町線・副都心線・東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線直通列車を、池袋線︵飯能駅以西︶・西武秩父線では秩父鉄道直通列車を運行。
野球開催など臨時ダイヤ施行時には、新宿線本川越駅 - 狭山線西武球場前駅間の直通列車も運行。
2008年6月14日のダイヤ改正以前は、普通と称していた[78]。
2020年︵令和2年︶4月1日現在、特急車84両、通勤車1,196両︵うち12両は新交通システム︶の計1,294両を保有[79]する。各系列の詳細・使用線区・運用などについてはそれぞれの記事を参照のこと。
現在の西武鉄道を形成した旧・川越鉄道︵旧・西武鉄道の前身。1894年︿明治27年﹀開業。現・国分寺線と新宿線︶・武蔵野鉄道︵1915年︿大正4年﹀開業。現・池袋線︶・多摩鉄道︵1917年︿大正6年﹀開業。 1927年︿昭和2年﹀旧・西武鉄道に合併。現・多摩川線︶・多摩湖鉄道︵1928年︿昭和3年﹀開業。1940年︿昭和15年﹀旧・武蔵野鉄道に合併、現・多摩湖線︶は、すべて蒸気運転で開業している。大正末期からの電化の進捗により順次姿を消していったが、その間には様々な生い立ちの蒸気機関車の姿が見られた。1950年︵昭和25年︶の多摩川線の電化完成後は運用も狭まり、1957年︵昭和32年︶度をもって蒸気運転の長い歴史に幕が下ろされた。また、762mm軌間の普通鉄道であった山口線でも延べ4両︵うち2両は借用︶1972年 - 1984年︵昭和47–59年︶の間、蒸機機関車が古典客車を牽引した。
西武鉄道は敗戦後に国鉄から戦災国電や廃用機器の大量払い下げを受けて車両の拡充を行なっていた[注釈8]。しかし西武秩父線開業と共に質的向上も図られ、大手他社と比べても遜色はない[80]。また、戦後長らく所沢車両工場において大手私鉄では珍しい車両の自社製造を続けていたが︵東急車輛製造など一部車両メーカー製も並行して導入された︶、1999年︵平成11年︶3月2日9108編成の出場をもって終了し、それ以降は全車両が外注となる。日立製作所︵笠戸事業所︶製が多数を占めているが、2016年︵平成28年︶度から納入された40000系は川崎重工業車両カンパニーの製造となった[81]。
かつては貨物・工事輸送用として電気機関車を数多く保有しており、明治から大正期にかけて欧米から輸入された機関車が昭和末期まで運用されていた。また、西武秩父線開業に際しては私鉄最大級の出力および唯一のF級機となるE851形を導入しており、貨物輸送廃止直前には客車牽引も実現した。特に前者はその産業遺産的価値の高さもあり、静態保存されている。なお、西武鉄道の元現役車両も併せて静態保存されている。
車体面での特徴では、関東大手私鉄の中では東武鉄道と共に早くから20 m級車体の導入に積極的であり、1957年︵昭和32年︶には全車20 m級車体の501系を登場させている。501系は当時流行していた湘南型デザインを採用しており、時代に応じたアレンジを行いながら3000系まで、実に30年以上にわたって西武の通勤形車両の標準仕様であり続けた。また、側扉の数は20 m級の通勤形電車としては異例となる片側3ドアとなっていたのも特徴である。その後、1990年︵平成2年︶代以降は新2000系に代表される4ドア車の増備が進められ、現在3ドア車は支線区向けの101系が残るのみとなっている。
車体色は戦後長らくラズベリーレッドとトニーベージュの赤電色が使われていたが、1969年︵昭和44年︶の101系導入に際し新たにレモンイエローの車体色を導入し、新車のみならず一部の在来車も冷房化・高性能化に際してレモンイエローへの塗装変更が行われた。1994年︵平成6年︶の9000系を最後にレモンイエローの新造車は登場していないが、﹁西武鉄道=レモンイエロー﹂のイメージは未だ根強く、2015年︵平成27年︶には6000系6157Fが西武鉄道開業100周年を記念して、レモンイエローのラッピングが施工されている。また、新型特急001系の車内もレモンイエローを基調としたカラーデザインになっている。
現在運用されている電車の制御装置はほぼすべてが日立製作所製である。例外として6000系の6156編成および001系は三菱電機製、6000系6157編成および40000系は東芝製[82] となっている。
東京急行電鉄・京王電鉄と同様に営業運転から離脱した旧型車両を地方中小私鉄に譲渡するケースが多い。譲渡先にはグループ会社の近江鉄道・伊豆箱根鉄道のほか、流鉄・三岐鉄道・上信電鉄がある。このように長年、中小私鉄への中古車の主要な供給元の一つであったが、2023年9月に大手私鉄では極めて異例となる、他社︵東急電鉄・小田急電鉄︶からの中古車の譲受が発表された︵後述︶[83]。
西武鉄道の貨車は前身各社以来、構成比率が圧倒的に無蓋車に偏っていることが大きな特徴として挙げられる。これは多摩川や入間川あるいは吾野の砂利・砕石輸送が貨物の中心であったからである。
旧西武鉄道の前身にあたる川越鉄道は甲武鉄道経由で東京と川越を結ぶ目的で建設された路線で、開業時に用意された貨車は有蓋車12輌、有蓋緩急車2輌、土運車4輌と有蓋車中心の構成であった。しかし、20世紀に入ると事故車の代替として製造されたワム101以外、無蓋車のみが増備され、統合時は有蓋車13︵うち緩急車1︶輌、無蓋車54輌の構成になっていた。これとは別に1927年︵昭和2年︶に合併した多摩鉄道から有蓋緩急車2輌と無蓋車28輌を引き継いだが、同社の無蓋車は高比重の砂利輸送用のため当時としては大型の15t積で製造されていたのが特徴であった。
武蔵野鉄道は有蓋車9輌、有蓋緩急車4輌、無蓋車47輌の陣容で開業し、以後の増備は無蓋車中心であったことは旧西武と同様である。特に1929年︵昭和4年︶の吾野延伸時にトム101〜200︵後のトム301形︶とトフ1〜10の110輌を一度に増備し、統合直前には有蓋18︵うち緩急車9︶輌、無蓋199︵うち緩急車10︶輌に膨らんでいた。また、戦中戦後の尿尿輸送は有名だが、1922年 - 1928年︵大正11年 - 昭和3年︶にも肥桶輸送用の私有有蓋車が車籍編入されていたことも特記できる。
戦後は国鉄から大量の無蓋車を購入し、1955年度︵昭和30年度︶末に最多輌数となる1000輌の在籍を記録している。1960年代は鉄側有蓋車の増備や有蓋緩急車の代替新造など有蓋車の増強が行われたが、砂利採掘の終焉や余剰化に伴い、多くの貨車がヨン・サン・トオ前後に処分されている。末期は保線用として残ったが、トム301形とホキ81形が2007年︵平成19年︶に廃車されたことで西武の貨車は終焉を迎えている。
現在、平日・土休日の需要変動に応じた柔軟な編成を組むために、編成を組み合わせることも少なくない。池袋線・新宿線では、特急列車を除く平日の優等列車は原則10両編成で運転されるが、平日の一部時間帯や土休日においては優等列車は8両編成で運転されることもある。
特急「NRA」10000系
特急「Laview」001系
40000系
30000系
20000系
6000系
4000系
9000系
新2000系
2000系
101系(新101系)
●8500系︵レオライナー︶- ワンマン運転。大手私鉄では唯一の新交通システム。VVVFインバータ制御の採用は西武鉄道ならびに新交通システムで初。
8500系
「サステナ車両」として、東急電鉄と小田急電鉄から中古車両を約100両譲受し、2024年度から2029年度にかけて支線系に導入する予定となっている。いずれも西武鉄道での形式は未定。
- 自動空気ブレーキ搭載車
-
- 武蔵野鉄道からの継承車
-
- 西武鉄道(初代)からの継承車
-
- 多摩湖線用小型車
-
-
351系
-
401系
-
101系(旧101系)
-
3000系
-
E41形
-
E51形
-
E61形
-
E71形
(外観を国鉄ED10形に復元)
-
E851形
-
E31形(2代目)
- ハ2
- 車体新製ハフ1
- ハフ2
- 津軽鉄道ハ11
- 小湊鉄道ハフ11
- 12系 - JR東日本高崎運転所所属。西武秩父線で電気機関車のさよなら運転を行うにあたり、JRから一時的に借り入れた。営業運転なので、一旦西武鉄道の車両としての車籍を入れている。
- キハ21
- キハ2
- キハ111
- レカ1
- 蒸気気動車キハニ6454
- ガソリンカー·キハ11
- クハ1121
- 津軽鉄道ハ11
- 小湊鉄道ハフ1
-
K1形2号機
-
3形3号機
-
7形7号機
-
K2形
-
E形
- 7000系 - 山口線用として設計されていたが、発注直前で中止し、再設計して8500系の投入に変更となった(7000系の導入計画については8500系の項目を参照)。
(保線車両などを除く)
- 現有車両
-
- 過去の車両
-
- 自社線内
-
- 他社線内
-
大人普通旅客運賃(小児半額・ICカード利用の場合は1円未満の端数切り捨て、切符利用の場合は10円未満の端数切り上げ)。鉄道駅バリアフリー料金制度による料金10円の加算を含む。2023年(令和5年)3月18日改定[89]。
キロ程 |
運賃(円)
|
IC |
切符
|
1 - 4 |
157 |
160
|
5 - 8 |
188 |
190
|
9 - 12 |
220 |
220
|
13 - 16 |
252 |
260
|
17 - 20 |
282 |
290
|
21 - 24 |
314 |
320
|
25 - 28 |
356 |
360
|
29 - 32 |
387 |
390
|
33 - 36 |
419 |
420
|
37 - 40 |
450 |
450
|
41 - 44 |
481 |
490
|
45 - 48 |
513 |
520
|
49 - 52 |
544 |
550
|
53 - 56 |
576 |
580
|
57 - 60 |
618 |
620
|
61 - 64 |
649 |
650
|
65 - 68 |
692 |
700
|
69- 72 |
722 |
730
|
73 - 76 |
764 |
770
|
76 - 81 |
796 |
800
|
- 小児半額・端数は10円単位で切り捨て。
- 池袋線系統と新宿線系統を乗り継いだ場合でも特急料金の通算はされず、所沢駅で打ち切りとなる。
- 2023年(令和5年)7月1日改定[90]。
キロ程 |
料金(円)
|
1 - 18 |
400
|
19 - 35 |
500
|
36 - 60 |
600
|
61 - |
900
|
往復乗車券
西武ドームでの野球などイベント来場者の利便を図るため、西武鉄道各駅(多摩川線を除く)から西武球場前駅までの往復乗車券が設定されている。発売当日より2日間有効。
西武鉄道は1枚の通勤定期券で2つのルートを利用できる以下の特殊連絡定期券を発売し、乗客の需要喚起を促している。これらの定期券は都心側のターミナル駅の利用が可能で、途中接続駅での乗り継ぎも容易になる。当初は西武鉄道のみでの発売だった。
●新宿線高田馬場駅・JR山手線新宿駅経由大久保駅・代々木駅方面の特殊連絡定期券﹁Oneだぶる♪﹂[注釈9]。
●2009年︵平成21年︶3月14日発売開始。高田馬場駅経由の定期券でJR山手線高田馬場 - 新宿間と新宿線西武新宿 - 高田馬場間が利用できる。
●販売額は西武線発駅 - 西武新宿間の定期券運賃と高田馬場-JR線着駅間の定期券運賃との合算である。なお、通学定期での発売はしていない。
●2010年︵平成22年︶9月20日から10月25日まで同定期券および﹁だぶるーと﹂の所持者を対象にした﹁秋のネーミングキャンペーン﹂が実施され、この結果、同年12月13日に名称が﹁Oneだぶる♪﹂[注釈10] に決定したことが発表された[91]。
●西武有楽町線小竹向原駅・池袋線池袋駅経由雑司が谷駅・東池袋駅・新大塚駅方面の特殊連絡定期券﹁だぶるーと﹂
●2010年︵平成22年︶4月1日発売開始。練馬駅以西の西武線内の駅と東京地下鉄副都心線雑司が谷駅方面・東京地下鉄有楽町線東池袋駅方面・東京地下鉄丸ノ内線新大塚駅方面の駅間定期券で、池袋線練馬駅 - 池袋駅間と西武有楽町線練馬駅 - 小竹向原駅・東京地下鉄線小竹向原駅 - 池袋駅間が利用できる。
●販売額は西武線発駅-池袋間の定期券運賃と小竹向原-地下鉄線着駅間の定期券運賃に1か月定期の場合は1500円を足した金額である。なお、通学定期での販売はしていない。
●2010年1月19日から同年2月4日まで定期券の名称についてウェブ上で投票を受け付けて決定することになった。﹁ニコトク定期﹂﹁だぶるーと﹂﹁ツーウェイ・パス﹂﹁どっち?モ!﹂﹁どっちも定期﹂の5つが候補として示され、投票の結果、名称が﹁だぶるーと﹂に決定したと同年2月25日に発表された。
西武鉄道発行の西武東京メトロパス
訪日外国人向けの企画乗車券を発売している。購入時に日本以外のパスポートの提示が必要となる。
●SEIBU 1Day Pass / SEIBU 2Day Pass
西武線全線︵多摩川線を除く︶で利用可能。
●SEIBU 1Day Pass + Nagatoro / SEIBU 2Day Pass + Nagatoro
西武線全線︵多摩川線を除く︶と秩父鉄道︵三峰口駅 - 野上駅︶で利用可能。
●西武川越パス
- 秩父ミューズパークスポーツの森エンジョイきっぷ
- 奥多摩ハイキングフリーきっぷ
- 2012年3月30日をもって発売終了。
- グリーンロードフリーきっぷ
- 小江戸・川越特急パス
- 『川越アクセスきっぷ』の発売開始に伴い、2014年3月31日をもって発売終了。
- ドーム&ゆうえんち割引きっぷ
- 2018年4月30日をもって発売終了。
シーズン限定の切符として以下の設定もあった。
池袋線武蔵藤沢駅改札。右手にはTOMONY、左手にはお客様オープンカウンターがある。
2010年度までに全駅︵営業線のみ︶バリアフリー化を目標に掲げ、下記を含めるバリアフリー化事業を行っている。
1992年の高田馬場駅ホーム・駅舎改良工事の開始以降、駅のバリアフリー化工事や駅舎の橋上化・建て替え工事が活発に行われるようになった︵小竹向原を除く。ただし、さらに遡ると1977年の現在の西武新宿駅の駅ビル︵新宿プリンスホテルビル︶完成時にきっぷ売り場と改札口の間の階段横にスロープが設置され、西武最初のバリアフリー化が行われている。このスロープは2007年に改めて改修された︶。設備改良の主な内容の始まった駅とその年は次の通り。
●スロープなどの設置による段差の解消 - 1977年の西武新宿駅の一部から
●エレベーター設置 - 1987年開業の航空公園駅から
●エスカレーターの設置 - 1991年の本川越駅から
●改札脇にお客様オープンカウンターの設置 - 2001年の所沢駅から
●待合室の設置 - 2006年の新所沢駅から
●多機能トイレの設置︵だれでもトイレ︶、ホーム屋根の大型化、案内表記の改修・追加、コンコースにLED式発車案内表示器の設置 - 1998年の高田馬場駅から
●発車案内表示器は、1980年3月のダイヤ改正より主要駅でホームのみに幕式︵または反転式︶によるものが設置されている。その後、1993年と2005年にそれぞれ当時最新のLED式に更新され、主要駅では2010年からフルカラーの表示に更新。さらに2012年には所沢駅の橋上駅舎内のコンコースのものがLCD式のものに更新されている。
●多機能トイレは使用後の臭いを抑えるため、芳香剤を置かなくても自然換気だけで広範囲の換気が出来るよう工夫されている。また、利用者にこのトイレの清潔感や明るさを感じてもらうため、照明配置を工夫して明るくしたり、造花や絵画を飾るなどの工夫がなされている。
近年では一日の利用客が5000人以下の駅でもバリアフリー化が実施されている。駅売店の改良も行われているが、2007年以降は駅ナカコンビニTOMONYに置き換える場合が多い。Emio︵エミオ︶などの駅ナカ商業施設の建設も進められ、利用者の充実性・利便性の向上も図られている。
ホームには2台以上の大型総合案内板が1987年より設置されている(一部駅を除く)。これには最上部に駅名標(LED式電灯付)、下部に西武鉄道路線図、停車駅ごあんない、時刻表、急行・準急・(普通→)各停それぞれの所要時間がまとめて入っている。その後、2008年より全てユニバーサルデザインのピクトグラムを併用し、さらに新コーポレートカラーに合わせたデザインとなっている。駅名標のみのものは、1987年の航空公園駅から使用している簡易的なものと2008年の新コーポレートカラーに合わせたデザインのものなど約5種類存在する。池袋線(一部駅を除く)は副都心線開業に合わせ、ホーム番号・方面を表記する看板を全て新しいものに交換し同一デザインとしている。他の駅でも駅設備の改良と共に交換をしている。しかし、池袋線では厚型であったが、その後他駅で設置されたものは薄型となり英語表記のほかに、韓国語・中国語の表記もされている。2012年以降は、駅ナンバリングが併記されたものへの取り替えや、案内板への駅ナンバリング貼り付けも順次行われている。1970年代に導入された旧ホーム番号表記看板が現在、鷺ノ宮駅・武蔵関駅・入曽駅・南大塚駅の一部・西武秩父線の一部駅に残っていたがこれも2010年代初期までに取り替えられた。
西武鉄道では小竹向原駅を除く全駅に自動体外式除細動器 (AED) と列車非常通報装置、列車進入警報装置が設置されている。これらの設置は2008年度中に終了した。2007年には遠隔放送装置を導入し、総合司令室より全駅または指定駅への遠隔放送により正確な情報を迅速に伝達することが可能になった。また、﹁あなたの駅でも定期を﹂をモットーに、自動定期券発売機の設置を進めている︵小竹向原を除く︶。また、2009年10月頃より一部駅の自動定期発売機にクレジットカード対応とするためのシステム追加が行われている。
また、女性専用車に、小学生以下の子供を同伴する﹁男性保護者﹂の乗車も認めており、他社には見られない特徴である[94]。
線路面では低騒音化や乗り心地の改善に力を注いでいる。1975年より乗り心地の良い線路のロングレール化が実施され、実施率は日本の私鉄一であった。分岐器(ポイント)での横揺れや騒音を軽減するため、普通分岐器から弾性分岐器への交換を進めている。1996年までF級電気機関車のE851形が走行していたこともあり線路の基礎は強固である。民家が隣接しているところには防音壁を設置し対策している。2000年頃から架線柱のビームを丈夫で寿命が長いパイプ式への交換が進んでいる。また一部であるが、弾性枕木直結軌道やバラストラダー軌道、饋電吊架式の架線などの採用も進めており省メンテナンス化にも取り組んでいる。
歩行者用・自動車通行可能な踏切共に全ての踏切で遮断機及び警報器が自動化されている。踏切の遮断機・警報器や起動装置などはほとんどが京三製作所製で、一部日本信号製の物が使われている。2008年度には自動車が通行可能な踏切242踏切に、踏切支障報知装置︵非常ボタン︶と踏切支障検知装置の設置を完了した。列車の運転士が運転中に踏切遮断機の作動を確認する線路脇に設置されている表示灯は、他社では見られない特殊なものとなっている。他社では電球色で﹁×﹂印の表示灯が一般的だが、西武鉄道では踏切の警報灯と同じ上下点滅式のLED表示灯となっている。2005年より比較的大きな踏切では道路と歩行者用通路を明確にし歩行者の安全を確保するため、歩行者用通路が緑色で塗りわけられている。なお、警報音は設置当初から数十年以上手鳴らしによる﹁カンカンカンカン﹂という西武独自の独特な音のものであったが、1990年頃より2世代前、1992年頃より1世代前のものへ変更が始まり、一時期現行のもの含めすべての警報音が使用された時期もあったが、2008年に1世代前︵武蔵境第6踏切のみで使用︶と現行の4代目の2つのみに統一された。なお、現在は駅列車接近警報装置の警報音としても使用されている。
車両形式ごとの性能に統一性がなく、同形式でも性能が一部異なる編成もあるため、運転士は形式ごとに性能や操作、感覚を記憶しなければならない。西武鉄道係員養成所には、20000系と40000系の運転(車掌)シミュレーターがあり、定期的に運転士はそこで訓練を受ける。
東京メトロ等乗り入れ先では同条件でも開放している運転席背面の助手席側遮光幕は西武線内では早朝・夜間は閉めている。
車両の自動放送を簡略化し、車掌に直接わかりやすく通過駅や接続電車などの放送をさせるようにしている。電車の折り返し時や停車時間が長い駅では都度車掌が車内に入り車内温度を確認する。また、始発時や乗務員交代時には車内と乗務員室の仕切り扉や窓を開け、車内放送が適切な音量であるかを確かめている。
保谷・小手指・飯能・上石神井・小平・新所沢の各駅に乗務所が併設されており、運転士と車掌が所属している。また、白糸台・萩山の各駅に併設された多摩川線管理所、多摩湖線管理所に運転士が所属しており、前者が多摩川線、後者が多摩湖線、山口線のワンマン運転を担当している。
順位
|
駅名
|
路線名
|
所在地
|
2020年度
|
2018年度
|
2015年度
|
2010年度
|
2005年度
|
2000年度
|
特記事項
|
1
|
池袋駅
|
■池袋線
|
東京都豊島区
|
334,791
|
490,259
|
483,407
|
476,989
|
511,078
|
536,219
|
池袋線系統の駅として第1位。 (各社局線総合では世界第3位)
|
2
|
高田馬場駅
|
■新宿線
|
東京都新宿区
|
207,124
|
305,741
|
295,872
|
295,689
|
274,488
|
288,904
|
新宿線系統の駅として第1位。
|
3
|
西武新宿駅
|
■新宿線
|
東京都新宿区
|
121,462
|
184,573
|
175,357
|
173,328
|
195,171
|
201,444
|
|
4
|
小竹向原駅
|
■西武有楽町線
|
東京都練馬区
|
104,135
|
144,528
|
127,514
|
100,552
|
48,736
|
36,769
|
有楽町線、副都心線との直通人員を含む。
|
5
|
練馬駅
|
■池袋線 ■西武有楽町線 ■豊島線
|
東京都練馬区
|
96,962
|
132,938
|
125,478
|
109,231
|
85,908
|
70,403
|
|
6
|
国分寺駅
|
■国分寺線 ■多摩湖線
|
東京都国分寺市
|
83,466
|
120,121
|
118,392
|
114,779
|
116,629
|
114,876
|
|
7
|
所沢駅
|
■新宿線 ■池袋線
|
埼玉県所沢市
|
78,002
|
104,984
|
97,662
|
94,827
|
91,815
|
87,558
|
|
8
|
大泉学園駅
|
■池袋線
|
東京都練馬区
|
64,601
|
88,104
|
85,597
|
83,002
|
79,342
|
75,570
|
他路線と接続しない単独駅として第1位。
|
9
|
石神井公園駅
|
■池袋線
|
東京都練馬区
|
61,897
|
82,558
|
77,693
|
69,515
|
66,679
|
65,157
|
|
10
|
秋津駅
|
■池袋線
|
東京都東村山市
|
60,087
|
81,556
|
79,774
|
76,177
|
71,126
|
65,951
|
|
11
|
田無駅
|
■新宿線
|
東京都西東京市
|
56,667
|
75,996
|
74,808
|
75,106
|
73,783
|
69,945
|
|
12
|
ひばりヶ丘駅
|
■池袋線
|
東京都西東京市
|
55,311
|
73,607
|
69,024
|
67,591
|
66,033
|
65,247
|
|
13
|
清瀬駅
|
■池袋線
|
東京都清瀬市
|
51,992
|
70,760
|
68,834
|
68,945
|
70,658
|
68,837
|
|
14
|
保谷駅
|
■池袋線
|
東京都西東京市
|
47,517
|
63,043
|
60,058
|
55,545
|
52,954
|
52,643
|
|
15
|
花小金井駅
|
■新宿線
|
東京都小平市
|
42,843
|
59,223
|
55,538
|
52,242
|
51,189
|
52,944
|
|
16
|
東久留米駅
|
■池袋線
|
東京都東久留米市
|
41,462
|
55,076
|
53,984
|
52,275
|
49,205
|
47,264
|
|
17
|
新所沢駅
|
■新宿線
|
埼玉県所沢市
|
40,585
|
55,856
|
55,265
|
56,017
|
60,583
|
62,054
|
|
18
|
本川越駅
|
■新宿線
|
埼玉県川越市
|
37,498
|
53,880
|
49,266
|
47,680
|
47,492
|
47,939
|
|
19
|
東村山駅
|
■新宿線 ■国分寺線 ■西武園線
|
東京都東村山市
|
37,081
|
49,488
|
47,569
|
45,786
|
42,996
|
41,509
|
|
20
|
上石神井駅
|
■新宿線
|
東京都練馬区
|
33,457
|
44,959
|
43,369
|
43,382
|
43,294
|
43,419
|
|
池袋線系統は池袋駅が、新宿線系統は西武新宿駅と高田馬場駅が突出して乗降人員が多く、これらの3駅が西武鉄道のメインターミナルである。また、池袋線系統は小竹向原駅で東京メトロ有楽町線及び副都心線への相互直通運転を行っており、都心方面の利便性と冗長性を確保している。
池袋線系統の始発駅である池袋駅は、1990年代前半に一日平均乗降人員が65万人を越えていた時期があった。1997年度に都営地下鉄大江戸線が新宿駅まで延伸開業し、2008年度に東京メトロ副都心線が開業して直通運転を開始するなど、並行路線が開業したことで乗客の転移が進み、2009年度以降は50万人を下回っている。その一方で、池袋駅の手前にある乗換駅の小竹向原駅と練馬駅は乗降人員が増加し、2010年度以降は両駅とも10万人を上回っている。
新宿線系統の始発駅である西武新宿駅は、他路線に乗り換える際に不便な場所にあるため、乗り換えに適した隣駅の高田馬場駅よりも乗降人員が少ない。同線は地下鉄への相互直通運転を実施していないため、朝のラッシュ時は両駅で大量の降車客を捌いている。特に、高田馬場駅では降車時間の短縮と遅延防止を図るため、上り線に限り両側の扉を開けられる構造としている。
上位15位の中で大半を占めるのは池袋線の駅である。大泉学園駅は他路線と接続せず、急行以上の種別が通過する単独駅でありながら一日平均乗降人員が6万人を越えている。また同駅を含め、石神井公園駅から所沢駅までの各駅は、すべての駅で一日平均乗降人員が4万人を越えている。朝のラッシュ時に運転される通勤準急は石神井公園駅を、通勤急行はひばりヶ丘駅を通過する千鳥停車を行い、両駅に停車する快速急行及び急行に乗客が集中しないようにダイヤが組まれている。
一方で、新宿線の単独駅で一日平均乗降人員が5万人を越えているのは田無駅のみである。2006年度以前は新所沢駅も一日平均乗降人員が6万人を越えていた。
西武鉄道では、グループビジョンのグループ宣言に、﹁常に、自然環境・地球環境への配慮を忘れません。﹂と掲げている通り、以下のような環境保全活動を行っている︵以下は、大まかな例であり環境保全活動の極一部︶。
2008年5月に鉄道会社としては初めてSEGES︵シージェス︶の認定を受けた森林﹁飯能・西武の森﹂を保有している。認定ランクは5段階評価中3段階目。認定を受けた会社としては最大級で、面積は約77ヘクタール。地域市民の憩いの場として、また自然体験を始めとする環境教育の場として使用されている。2008年9月より5ヵ年計画で整備をする。
2007年に電車から架線に戻された回生電力の貯蔵を行う﹁環境配慮型蓄電装置﹂を日本国内で初めて吾野変電所および正丸変電所に導入した。これにより電力使用量の削減につながった。また、変電所では2001年より整流器の冷媒を代替フロンから環境に影響のない純水に切り替えている。2008年より変電所で定期的に交換される蓄電池の再利用を行っていて、廃棄物の削減を図っている。
2005年度以降にリニューアルされた駅や建て替えを施行した駅の一部では、太陽光発電や風力発電システムを導入している。案内表示看板内の照明をLED化することで消費電力の大幅な削減を図っている。駅の構築でVOCの発生を抑えるため、鉄骨材の塗装をやめて溶融亜鉛めっきを取り入れている。また、信号踏切等の設備の塗装では低VOC塗装を使用している。2009年度から一部駅でホームや駅前ベンチの緑化が行われた。旧駅舎に使用されていた古レールを活用し、駅の案内表示の柱に使用している。
鉄道車両では、軽量化などによって消費電力の削減を図り、新型車両についてはこれが置き換える旧型車両に比べ約半分以下の消費電力となっている。また、車内や車体のリサイクル性を高めるため新型車両ではリサイクル可能な素材の採用などがなされている。冷房装置の冷媒を代替フロンに置き換えることによって、オゾン層破壊への影響を低減させている。また、使わなくなった一部車両を地方中小私鉄に譲渡して、解体にかかる環境負担を低減させると共に省資源化を図っている。廃棄物対策として、車両部品の非アスベスト化や電子機器プリント基板の非鉛化を図っている。
線路内の法面の緑化を行い環境保全と景観向上を図っている。また、一部社員を地域の清掃活動や自治体とタイアップした植栽ボランティア活動に定期的に参加させている。この活動により社員が環境に対する意識を高めてもらおうとしている。
武蔵横手駅の線路脇事業用地ではヤギ︵雄のそらと雌のみどり、その2頭の子のだいち︶の放牧による草刈りを2009年8月頃より試験的に開始している。これにより、従来社員が草刈り機を使用して行っていた草刈りを省くことができ、草刈り機の燃料費の削減、またこれに伴う環境負荷の低減につながることを期待している。
乗車券類のリサイクルを行い再資源化を図っている。また同じように電気関係工事で発生する銅屑、鉄屑などのリサイクルも行っている。
2009年4月には日本政府が進める地球温暖化防止プロジェクト﹁チーム・マイナス6%﹂に加盟している。
太陽光発電については駅併設分以外にも、西武鉄道グループとして太陽光発電所を9か所︵2018年1月時点︶運営・着工している[95]。
西武鉄道では幾多のオリジナルキャラクターを駅や電車内で使用している。2004年頃から西武鉄道が保有する電車の各形式がキャラクター化されている。2007年度より「グットマナーをありがとうシリーズ」で各動物をキャラクター化している。同年度から西武鉄道が毎月1日に発行する「西武鉄道 かわら版」内のマナーを呼びかけをする欄で毎年度違うキャラクターを製作している。ちなみに2007年度はマナーかるたをテーマとして中学生の「たけしくん」、2008年度は小学生探偵の「サトローくん」、2009年度は学習型のマナーロボット「マナボットくん」であった。また、沿線祭りの宣伝ポスターで解説などをするキャラクターとして「まつりちゃん」がいる。
- サトローくん - 西武沿線に住む普通の小学生だが、駅や電車内で起こる(マナー)事件を次々と解決している。みんなにマナーの大切さを「さとって」ほしいと常に願っている。
- マナボットくん - 車内や駅を探検しながら数々のマナー違反を感じ取り、マナーを学びながら成長する学習型のロボット。
- マナビーちゃん - マナボットくんの妹。
- レイルくんとスマイルちゃん - 西武鉄道の駅員をモチーフにしたキャラクターで、2010年頃から駅の張り紙などに登場していた。当初はまだ名前が決まっておらず、2011年4月から5月にかけて名前の募集を実施し、同年6月に決定した名前を正式発表した[96]。
西武鉄道以外の西武グループ系列企業でも、以下のアニメ・漫画作品とタイアップ︵コラボレーション︶を行っている。特に、サンシャインシティプリンスホテルは、近くに乙女ロードがあるため、女性向け作品とのコラボに積極的である。
西武グループは、西武ホールディングス傘下の事業会社である西武鉄道、西武・プリンスホテルズワールドワイド、西武リアルティソリューションズとその子会社と孫会社を含め81社より構成されている。西武鉄道系は、地方鉄道の近江鉄道・伊豆箱根鉄道およびその子会社を除き、原則的に企業名の先頭に「西武」が付く。鉄道系以外では、例外は武蔵野地所、横浜アリーナである。
西武リアルティソリューションズ
事業名称 |
設立 |
業態
|
西武リアルティソリューションズ |
1956年 |
不動産事業、分譲地の不動産販売、西武グループが開発した商業施設の運営
2006年2月にプリンスホテルを存続会社としてコクドを吸収合併。持株会社として西武ホールディングスを新設し、関連会社管理機能を同社へ承継させて同社の完全子会社となる。 2022年4月付けでホテル・レジャー事業を株式会社西武・プリンスホテルズワールドワイドに承継し、株式会社プリンスホテルから株式会社西武リアルティソリューションズに名称変更。
|
- 堀田真由 - 俳優。2022年度から4代目西武鉄道イメージキャラクターを務め、「ちょっとラビューで秩父まで」のCMやポスター、車内広告などに出演している。2023年9月からは同じ事務所の菅野莉央・鈴木美羽を加えてCMに出演。
●吉高由里子 - 俳優、タレント。2013年度から2015年度まで初代西武鉄道イメージキャラクターを務め、﹁秩父さんぽ旅﹂のCMやポスター、車内広告などに出演していた。
●又吉直樹 - お笑いコンビ・ピースのメンバー。2016年に2代目西武鉄道イメージキャラクターを務め、﹁2016年春夏・取材旅行編﹂のCMやポスター、車内広告などに出演していた[209]。
●満島みなみ - ファッションモデル。又吉同様、2016年に2代目西武鉄道イメージキャラクターを務め、﹁2016年春夏・取材旅行編﹂のCMやポスター、車内広告などに出演していた[209]。
●土屋太鳳 - 俳優、タレント。2017年度から2020年度まで3代目西武鉄道イメージキャラクターを務め、﹁ちちんぶいぶい秩父﹂のCMやポスター、車内広告などに出演していた。佐藤健とともに主演を務めた2017年12月16日公開の映画﹃8年越しの花嫁 奇跡の実話﹄とのコラボCMも制作された。
●地元埼玉県の放送局であるテレビ埼玉︵テレ玉︶と、エフエムナックファイブ (NACK5) の主要株主でもある。当然、ライオンズ戦中継も放送されている。
●小田急電鉄、京浜急行電鉄、近畿日本鉄道と同様﹁ストライキのない私鉄﹂として知られている。従業員による労働組合は存在するが、私鉄総連に加盟していない。西武鉄道が日本民営鉄道協会と距離を置いていたのは、民鉄協が対私鉄総連との春闘をはじめとする労使交渉の中心となる位置づけであったためだが、近年の中央集団交渉等の衰退によりそのカラーが薄れ、鉄道業界発展のための団体へとその位置づけが変化してきたことにより西武鉄道側が方針転換したものである。
●関東大手私鉄の中で、2013年3月まで唯一民放キー局でのテレビCMを流していなかったが、テレ玉で西武鉄道とテレ玉のコラボCMとしてCMを流すことがある。CMは、JR東日本のトレインチャンネルや自社の西武スマイルビジョンで放送したことがある。
●京王電鉄・阪急電鉄・京阪電気鉄道と並び、電車の正面側に特製のヘッドマーク取付を行うことが多い。過去のヘッドマークデザインを公開したイベントも実施したことがある。
●関東大手私鉄の中では新幹線との接続駅がない鉄道会社の一つである。同様に新幹線との接続駅がない関東大手私鉄には京王電鉄があるが、京王は橋本駅でリニア中央新幹線︵2027年開業予定︶との接続が予定されているため、以後は関東大手私鉄では唯一、新幹線との接続駅を持たない会社となる。
●1945年︵昭和20年︶の武蔵野鉄道・西武鉄道︵旧︶との吸収合併、1946年︵昭和21年︶の西武鉄道への社名変更が行われた後も、武蔵野鉄道のメイン路線である現・池袋線のことを﹁武蔵野線﹂と呼び続けたり、鉄道路線図などに通称的に記載される場合があった[211]。しかし、1952年︵昭和27年︶に正式に﹁池袋線﹂と名称を変更されたのを機に、以降には路線図や地図で﹁武蔵野線﹂と書かれることはほぼなくなった。現在運行されているJR東日本武蔵野線︵定期旅客営業列車が運行されていない鶴見 - 府中本町間も含め︶との関連は全くない。
●西武での信号場の呼称は、かつては信号所と称していた例もあった︵廃止された中峯信号所などに実例がある︶。
●アニメ制作会社のトムス・エンタテインメントとは、コラボアニメ﹃でででん﹄や﹃ちちぶでぶちち﹄などを共同で製作している。
(一)^ ただし、相鉄は自社の横浜駅の駅ビル相鉄ジョイナスに髙島屋を入居させている。
(二)^ ただし、地方鉄道車両の改造や新造は所沢車両工場で行っていた。
(三)^ 登場当時は西武イエローと西武ベージュのツートンカラー。
(四)^ 主な改造点‥ブレーキ装置のHSC化、台車のFS372へ交換や車内の修繕など。
(五)^ 相模鉄道も貨物線の厚木線だけが単線。
(六)^ 旧型の放送は1991年の更新時から男性が中村健治・片山光男[73]、女性が河本俊美[74]だった。
(七)^ 西武鉄道100周年記念プロジェクトにおいて小学生がともに作曲した。編曲は向谷実。
(八)^ 台車の使用︵TR11形の流用をはじめ、新造品ではDT21形をベースとしたFS342形台車など︶のほか、旧形国電で使われていた空気圧縮機︵AK-3形︶を2011年︵平成23年︶まで使用していた。AK-3形は旧形国電からの流用に加え新造品もあった。一方で、1950年代以降他社において次々に導入された高加減速車両の導入については、西武鉄道は大手私鉄のなかでは最も消極的で、カルダン駆動の高性能車が投入されたのは1962年のことで、しかも当時は従来車との混結を考慮したためその性能は生かされなかった。
(九)^ JRで発行する場合は愛称はなし。
(十)^ アクセントは﹁ワンダフル﹂の日本語での読みと同一。
(11)^ 単行本5巻に収録
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