イスラム教

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イスラム教

国・地域 中東北アフリカなど拡大中東東南アジア
信者数 18〜20億人(2020年時点)[1]
成立年 610年
信仰対象 唯一神アッラー
聖典 クルアーン
宗派 スンニ派(多数派)
シーア派(少数派)
諸派など
聖地 サウジアラビアの旗 サウジアラビアメッカ
サウジアラビアの旗 サウジアラビアメディナ
イスラエルの旗 イスラエルエルサレム
領土問題あり)
発祥地 サウジアラビアの旗 サウジアラビア・メッカ
教義 六信五行/五信十行の実践
備考 世界宗教のひとつ
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الإسلام, al-Islām, [2]



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名称


[ 2]

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教義[編集]

六信五行と五信十行[編集]


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教典[編集]

クルアーン[編集]

ナスフ体によるクルアーン(コーラン)






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社会生活[編集]






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組織[編集]

トルコスルタンアフメット・モスク

イスラム教における信徒の共同体(ウンマ)は、すべてのムスリムが参加する水平で単一の組織からなっていると観念されることが多い。

従って、キリスト教におけるように、宗教的に俗人から聖別され、教義や信仰をもっぱらにして生活し、共同体を教え導く権能を有する「聖職者」は建前の上では否定されており、これが他宗教に見られない特徴と主張する人間もいる。このことから「イスラムに『教皇』はいない」と言われることもあるが、歴史的にはカリフや、現代では大ムフティーなど教皇に近い立場の指導者は存在している。また、六信や五行に代表されるような信仰箇条や信仰行為の実践にあたって、ムスリムを教え導く職能をもった人々としてウラマー(イスラーム知識人)が存在するため、実質的には聖職者が存在するともいえる。宗教的ヒエラルキーには教派による違いも存在している。

ウラマーは、クルアーン学、ハディース学、イスラーム法学イスラーム神学イスラーム哲学など、イスラームの教えに関するさまざまな学問を修めた知識人を指すが、彼らは社会的な職業としてはイスラーム法学に基づく法廷の裁判官(カーディー)、モスク(礼拝堂)で集団礼拝を指導する導師(イマーム)、宗教的な意見(ファトワー)を発して人々にイスラームの教えに基づく社会生活の指針を示すムフティー、イスラームの諸知識を講じる学校の教師などに就き、ムスリムの信仰を導く役割を果たしている。ウラマーは信仰においてはあくまで他のムスリムと同列に置かれており、建前の上では聖職者ではない。そのためキリスト教や仏教などと違い社会的な特権(税金の免除など)はなく、妻帯禁止や禁欲など制限も存在しない。ただし、モスクを維持するために信者から集められるワクフが実質的にお布施のような物となり、モスクの管理者であるウラマーは信者からのワクフによる収入で暮らしていることも珍しくない。十分なワクフを集められない小規模組織では普段はほかの職業の就いていて週末のみウラマーとして働くこともある。ウラマーは実際上、他の宗教における聖職者と同様の役割を果たしているため、マスコミなどではしばしば「イスラム教の聖職者 (cleric)」と報道されている。イスラームの原則として内心のことを判断できるのはアッラーのみなので、建前上、ウラマーなどの権威は当人の信仰の確かさに基盤があるのではなく、クルアーン、ハディース、シャリーアなどについての知識によるものである。

歴史[編集]

マディーナにて

始原[編集]


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他の宗教との関係[編集]



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現代のイスラム教を巡る諸問題[編集]

イスラム教徒が多数派の国、あるいは無視できない規模の少数民族である国に、また欧米などの先進国におけるイスラム教徒の移民やその子孫が起こす宗教問題など現在議論されている問題をここで述べる。またイスラム教徒が多数派の国でも国の実権を握る軍部(トルコやアルジェリア)や政党(バアス党)などがシャリーアを施行していない場合はこれらの国はイスラーム国家ではない。またイスラム教徒が多数派でなくとも一部の州で多数派を形成する場合はシャリーアがその州だけ適応される場合がある。

政治的問題[編集]


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信教の自由とシャリーアとの矛盾[編集]




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「女性差別」問題[編集]

イスラームを信仰する国や地域では、女性への差別や虐待が深刻化している地域も存在する(「名誉の殺人」、「女子割礼」、「女子の就学制限」)が、実際はこれらはクルアーンなどでは言及されておらず、イスラーム以前からある、その地域の土着の慣習に起因するものである。

クルアーン及びイスラーム法は男女がそれぞれ独立した社会活動を行い、結婚・出産等に関しては男女ともに大幅に制限が設けられるのは当然であるという思想を根本に有している。そしてこれらの規範において男性と女性の権利の差異が厳然として存在するという事実は否定の余地がないとされる。この見解を補強するため持ち出されるもののなかにクルアーン第4章34節に書かれた『アッラーはもともと男と(女)の間には優劣をおつけになったのだし、また(生活に必要な)金は男が出すのだから、この点で男の方が女の上に立つべきもの。だから貞淑な女は(男にたいして)ひたすら従順に、またアッラーが大切に守って下さる(夫婦間の)秘めごとを他人に知られぬようそっと守ることが肝要。反抗的になりそうな心配のある女はよく諭し、(それでも駄目なら)寝床に追いやって(懲らしめ)、それも効がない場合は打擲(ちょうちゃく)を加えるもよい。だが、それで言うこときくなら、それ以上のことをしようとしてはならぬ。アッラーはいと高く、いとも偉大におわします。』という文言がある。

こうした事情を踏まえた上で、本質主義的に「イスラーム社会では男女は共存することはできず、男女間には完全な平等は存在できない」と主張し、イスラーム世界の女性を解放するためにはイスラームそのものを廃棄せねばならないと唱える非ムスリム諸国の知識人も存在している。

しかしクルアーンやイスラーム法を紐解けば、当時低い立場にあった女性の立場や元来男性より頑丈で無い存在である女性を守るために下された条項なども含まれている。そこには法的に女性の遺産相続や離婚[注釈 8]、学習の権利を認める文言があり、これを根拠にシャリーアなどイスラーム社会の伝統的な法慣習に擁護的な論者はイスラームは男女同権であり、男尊女卑という非難は不当であると主張している。女性の遺産相続額は一般に男性の半分だが、これはクルアーンによれば家庭の生活費を払うのは男性であり、金銭的に男性の方が負担が大きいからである。

一夫多妻[編集]

イスラーム法では男性は4人まで妻を有する権利を有する一夫多妻制であるが、これは男尊女卑的な思想に基づくものではなく、当時更に多くの妻を有する男性が存在した状況を制限するため・預言者ムハンマドが率いる2回の戦争で夫を亡くした女性の地位を守り、母子の生活手段を確保するために神が下した啓示であり、弱者救済策を目的としている。複数の妻を有する場合は夫は妻らを平等に愛し、扱うことが義務とされており、クルアーンにもそのことが記されている。

現代社会では、一部の裕福な層とかなり貧困な層を除き、イスラーム社会の夫婦の大部分が一夫一妻である。また、イスラム教は、妻の数を4人までと定めている唯一の宗教で、同じ一神教であるキリスト教やユダヤ教には、そのような法律は定められていない。両者で一夫一妻制が主流なのは歴史的経緯によるもので、宗教的なものではない。

女児の早婚[編集]


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女性の服装規定問題[編集]


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「ジハード」概念の問題[編集]


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イスラム教と科学[編集]


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日本とイスラム教[編集]

神戸モスクの外観
東京ジャーミイの内部

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日本のイスラーム関係の著名人[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]



(一)^ 

(二)^ 

(三)^ 便

(四)^ 

(五)^  Muhammad ibn Abd-Allaah ibn Saalih al-Suhaym 

(六)^ 561024[]562740[][]

(七)^ 6936-37

(八)^ 

(九)^ 10

(十)^ 

(11)^ 2221

出典[編集]



(一)^ abWorlds Muslim population more widespread than you might think - Pew Research Center

(二)^ theāē

(三)^ pp.42-44 2017ISBN 978-4594077426

(四)^ 32012125-126136-137ISBN 4-12-204223-2 

(五)^ ab - 20131215

(六)^ http://www.missionislam.com/knowledge/japan.htmInternational Religious Freedom Report 2008.  US Department of State (2008). 2011322

(七)^  (201387). 200 . . http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38328 2013811 

(八)^ p.137[]

(九)^ 81989p.172

(十)^ 14  72

(11)^  finalvent 

(12)^ Cyril Glassé, Huston Smith The New Encyclopedia of Islam Rowman Altamira 2003 ISBN 978-0-759-10190-6 page 60

(13)^ 

(14)^  

(15)^ ab1998p.42

(16)^ 西pp.112-118

(17)^ 西p.118

(18)^ 1998p.43

(19)^ 1998p.44

(20)^ 1998p.44-45

(21)^ ab1998p.45

(22)^ 1998p.45-46

(23)^ 51961p.232

(24)^ 西pp.132-134

(25)^ 西p.134

(26)^ 81989pp.125-148

(27)^ 51961pp.237-248

(28)^ 81989pp.168-171

(29)^ 81989p.181

(30)^ 81989pp.181-183

(31)^ ab81989p.184

(32)^  |  |  imidas - 

(33)^ 2:47[]

(34)^ 2:122[]

(35)^ 45:16[]

(36)^ 2:62[]

(37)^ p.130[]

(38)^ 222[]

(39)^ pp.169-174

(40)^ p.173

(41)^ 12004[]

(42)^ 391[]40[]59[]9[]

(43)^ Maulana Muhammad Ali, The Living Thoughts of the Prophet Muhammad, p. 30, 1992, Ahmadiyya Anjuman Ishaat, ISBN 0-913321-19-2 

(44)^ 8

(45)^ 8

(46)^ 9 

(47)^  []

(48)^ []

(49)^ 

(50)^ 612

(51)^ Women's Activism for Freedom in Iran, Ladan Pardeshenas

(52)^ 

(53)^ Harper 2019, p. jihad.

(54)^ 2010924  2 

(55)^ 12 ( ), 20065 p.312-2728, , 1287.3. p.43-66.

(56)^ 2004111

(57)^   - 2008623

(58)^ 西  9 11

(59)^  (201387). 200 . . http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38328 2013811 

(60)^  .  . 2014429

(61)^ 

(62)^ (): 78(2), 517-539, 2004-09-30 

(63)^ Bahammam 2016.

(64)^ Ibrahim Lethome Asmani, Maryam Sheikh Abdi (2008). Delinking Female Genital Mutilation/Cutting from Islam.  United States Agency for International Development. 2020714

(65)^  . AbemaNews. (2018117). https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180117-00010023-abema-soci 2020224 

参照文献[編集]


Harper, Douglas (2019). Online Etymology Dictionary. 201931

Fahd Salem Bahammam2016515 

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[]
  • 『岩波イスラーム辞典』岩波書店、2002年。
  • 『新イスラム事典』平凡社、2002年。
  • 大塚和夫『イスラーム主義とは何か』岩波書店、2004年。
  • 大塚和夫『イスラーム的 世界化時代の中で』日本放送出版協会、2000年。
  • 小杉泰『イスラームとは何か その宗教・社会・文化』講談社、1994年。
  • 後藤明『ビジュアル版 イスラーム歴史物語』講談社、2000年。
  • 桜井啓子『日本のムスリム社会』筑摩書房、2003年。(ISBN 4-480-06120-7)
  • 中村廣治郎『イスラム 思想と歴史』東京大学出版会、1977年。
  • 中村廣治郎『イスラームと近代』岩波書店、1997年。
  • 中村廣治郎『イスラム教入門』岩波書店、1998年。
  • 『イスラムの建築文化』 アンリ・スチールラン著、神谷武夫訳 原書房 ISBN 4-562-02127-6
  • 『楽園のデザイン―イスラームの庭園文化』 ジョン・ブルックス著、神谷武夫訳 鹿島出版会 ISBN 4-306-09310-7

  ※『預言者ムハンマド伝』、『預言者の生涯』は、イブン・ヒシャーム(ヒジュラ暦218年没)がイブン・イスハークの原典の校訂本として著した書物。この校訂本は原典のアダムからイシュマエルまでに至るかなりの長文を大胆に割愛しているだけでなく、預言者の生涯の極めて重要な幾つかの場面までも削除・改編している。イブン・ヒシャームは原典に追記・補足を加えているが、それらは預言者の生涯とは全く関係のない事象を批判しているに過ぎない。本書はアブー・ジャアファルッ・タバリーの著作『歴史』の中から、イブン・イスハークを典拠とする伝承を抽出し、校訂者のイブン・ヒシャームが削除・改編した既刊の部分に追加・挿入して、イブン・イスハークによる『預言者の生涯』の原典を復原した増補改訂版。

  ※西洋の学者たちは歴史哲学、社会学、経済学の基礎理論が西洋より早く14世紀のアラブ人イブン・ハルドゥーンによって解明されていたことを知って驚嘆の声をあげた。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]