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'''世親'''︵せしん、{{Lang|sa|वसुबन्भु}} vasubandhu︶は、古代インドの仏教僧である。世親 |
'''世親'''︵せしん、{{Lang|sa|वसुबन्भु}} vasubandhu︶は、古代インドの仏教僧である。世親は[[サンスクリット]]名である﹁'''ヴァスバンドゥ'''﹂の訳名であり、[[玄奘]]訳以降定着した。それより前には﹁'''天親'''﹂︵てんじん︶と訳されることが多い。﹁'''婆薮般豆'''﹂、﹁'''婆薮般頭'''﹂と音写することもある。
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⚫ | 唯識思想を大成し、後の仏教において大きな潮流となった。また、多くの重要な著作を著し、[[浄土真宗]]では[[七高僧]]の第二祖とされ「'''天親菩薩'''」と尊称される。 |
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== 生涯 == |
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初め[[部派仏教]]の[[説一切有部]]を学び、有部一の学者として高名をはせた。ところが、兄の無著から[[大乗仏教]]を勧められ、下らない教義を聞いていたと自らの耳をそいで、[[瑜伽行唯識学派]]に入ったといわれている。その後、唯識思想を学び体系化することに努めた。
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世親の伝記については、[[真諦]]訳﹃[[婆薮槃豆法師伝]]﹄、玄奘﹃[[大唐西域記]]﹄やその弟子・[[基 (僧)|基]]の伝える伝承、[[ターラナータ]]﹃仏教史﹄中の伝記になどがある。
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﹃婆薮槃豆法師伝﹄によれば、世親は仏滅後900年にプルシャプラ︵現在の[[パキスタン]]・[[ペシャーワル]]︶で生まれた。三人兄弟の次男で、実兄は[[無著|無著︵アサンガ︶]]、実弟は[[説一切有部]]のヴィリンチヴァッサ︵比隣持跋婆︶。兄弟全員が世親︵ヴァスバンドゥ︶という名前であるが、兄は無著、弟は比隣持跋婆という別名で呼ばれるため、﹁世親﹂という名は専ら本項目で説明する次男のことを指す。初め[[部派仏教]]の[[説一切有部]]で学び、有部一の学者として高名をはせた。ところが、兄・無著の勧めによって[[大乗仏教]]に転向した。無著の死後、大乗経典の註釈、唯識論、諸大乗論の註釈などを行い、アヨーディヤーにて80歳で没した。
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世親の伝記に関する諸伝承は、世親が説一切有部から大乗(唯識派)へと転向したという点で一致する。しかし近年、説一切有部時代に書いたとされる『[[阿毘達磨倶舎論]]』に伝える[[経量部]]説が、『[[瑜伽師地論]]』にトレースできることから、「ヴァスバンドゥの有部での得度まで否定する必要はないにせよ、彼は最初から瑜伽行派の学匠であったと仮定するほうが、はるかに合理的ではないか」<ref>原田和宗「<経量部の「単層の」識の流れ>という概念への疑問 (I)」(『インド学チベット学研究』1、1996年)</ref>という意見も出されている。 |
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== 著作 == |
== 著作 == |
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* 『[[倶舎論]]』 - 説一切有部の教義を体系化した論書で、極微(ごくみ)説に論及している。 |
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⚫ | * [[無量寿経優婆提舎願生偈|『無量寿経優婆提舎願生偈』( |
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以下のリストは網羅的なものではない。 |
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これ以外に『中辺分別論』、『大乗荘厳経論』、『摂大乗論』などの注釈書も残っている。 |
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=== 説一切有部系の著作 === |
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* 『勝義七十論』(『七十真実論』『勝義七十論』『第一義諦論』とも) - 各種伝記中に署名が見えるが現存せず。敦煌文献中に『真実論』として引かれる逸文が関係するか<ref>本多至成「敦煌文書に見る未伝論書について」(『相愛大学研究論集』11、1995年3月)</ref>。 |
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* 『雑阿毘曇心論』に対する註釈書 - 漢訳『雑阿毘曇心論』中に「和修槃頭(ヴァスバンドゥ?)」の著作という伝承。 |
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* 『阿毘達磨倶舎論』(''Abhidharmakośabhāṣya'') |
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=== 経典の注釈 === |
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* 『縁起初分分別経論』(縁起論・縁起経釈・''Pratītiyasamutpāda-vyākhyā'') |
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* 『金剛般若波羅蜜経論』 - 義浄訳では無著造頌・世親釈とする。 |
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* 『妙法蓮華経憂波提舎』(法華論) |
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⚫ | * [[無量寿経優婆提舎願生偈|『無量寿経優婆提舎願生偈』(浄土論・往生論)]] - 後に[[曇鸞]]が、『[[無量寿経優婆提舎願生偈註|浄土論註]]』を撰述し、本書を再註釈する。日本の浄土教において、もっとも重要な論書とされる。 |
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* 『文殊師利菩薩問菩提経論』 |
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* 『勝思惟梵天所問経論』 |
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* 『宝髻経四法憂波提舎』 |
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* 『転法輪経憂波提舎』 |
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* 『三具足経憂波提舎』 |
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* 『金剛般若論』 - 漢訳では無著造とするが、チベット訳では世親造とする。 |
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* 『六門陀羅尼経論』 |
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* 『仏随念広註』 |
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* 『発菩提心経論』 - フラウヴァルナーは古師ヴァスバンドゥの著作とするが、中国撰述である可能性が高い 。 |
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* 『涅槃論』 - 中国撰述である可能性が高いとされる。 |
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* 『涅槃経本有今無偈論』 - 中国撰述である可能性が高いとされる。 |
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* 『遺教経論』 - 中国撰述である可能性が高いとされる。 |
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* 『菩提心憂波提舎』 - 『宝髻経四法憂波提舎』等に書名が見える。鳩摩羅什訳『発菩提心経論』とは異なる。 |
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その他、『婆藪槃豆法師伝』・ターラナータ『仏教史』には、『大乗涅槃経』『般若経』『維摩経』『勝鬘経』『五印経』に対する註釈書があったとされる。 |
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また、チベット訳でのみ伝えられる『聖十万頌二万五千頌一万八千頌般若波羅蜜多広註』『聖無尽意所説経広註』『聖普賢行願讃広註』は、世親より後の人の作と考えられている。 |
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=== 大乗論書に対する注釈 === |
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* 『摂大乗論釈』(''Mahāyānasaṃgraha-bhāṣya'') - 無著『摂大乗論』に対する注釈。 |
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* 『大乗荘厳経論(''Mahāyānasūtrālaṃkāravyākhyā'') - 弥勒の頌に対する注釈。漢訳は無著造とする。 |
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* 『中辺分別論』(弁中辺論・''Madhyāntavibhāga-bhāṣya'') - 弥勒の頌に対する注釈。 |
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* 『六門教授習定論』 - 無著の頌に対する注釈。 |
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* 『法法性分別論』(Dharmadharmatā-vibhaṇga-vṛtti) - 弥勒の著作に対する注釈。 |
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* 『順中論義入大般若波羅蜜経初品法門』 - 漢訳は無著菩薩作とするが、吉蔵『中論序疏』の伝承では天親(世親)作。大竹晋氏は世親作とする 。 |
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その他、漢訳﹃中論﹄では﹁龍樹菩薩造・梵志青目釈﹂となっているが、僧祐﹃薩婆多師資伝﹄︵逸文︶の伝承では、青目を世親とする。また、﹃百論﹄では﹁提婆菩薩造 婆藪開士釈﹂となっているが、同様に僧祐﹃薩婆多師資伝﹄では婆藪開士を世親とする。
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=== 唯識系の論書 === |
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⚫ | * 『唯識三十頌』(''Triṃśikā-vijñaptimātratāsiddhi'') - 後に多くの論師によって注釈書が作られ、唯識の基本的論書となる。 |
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* 『唯識二十論』(''Viṃśatikā-vijñaptimātratāsiddhi'') |
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* 『大乗成業論』(業成就論・Karmasiddhi) |
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* 『大乗五蘊論』(''Pañcaskandhaka'') |
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* 『三性論』(''Trisvabhāva''[''-nirdeśa'']) |
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=== 論理学関連 === |
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* 『如実論』(''Tarkaśāstra'') - 漢訳は部分訳か。 |
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* 『論式』(Vādavidhāna) |
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* 『論心』(VādasāraもしくはVādahṛdaya) |
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=== その他 === |
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* 『釈軌論』(''Vyākhyā-yukti'') - 経典解釈の方法を説く。 |
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* 『止観門論頌』 - 不浄観などを説く。 |
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* ''Gāthāsaṃgraha'' - 寓話集的なもの。 |
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* ''Śīlaparikathā'' |
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== 参考文献 == |
== 参考文献 == |
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* 桜部建、[[上山春平]] 『仏教の思想2 存在の分析<[[アビダルマ]]>』 [[角川文庫ソフィア]] [[1996年]]、ISBN 4-04-198502-1 |
* 桜部建、[[上山春平]] 『仏教の思想2 存在の分析<[[アビダルマ]]>』 [[角川文庫ソフィア]] [[1996年]]、ISBN 4-04-198502-1 |
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* [[服部正明]]、上山春平 『仏教の思想4 認識と超越<[[唯識]]>』 角川文庫ソフィア、[[1997年]] ISBN 4-04-198504-8 |
* [[服部正明]]、上山春平 『仏教の思想4 認識と超越<[[唯識]]>』 角川文庫ソフィア、[[1997年]] ISBN 4-04-198504-8 |
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* 塚本啓祥・松長有慶・磯田煕文編著『梵語仏典の研究 III 論書篇』(平楽寺書店、1990年) |
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== 関連文献 == |
== 関連文献 == |
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** [http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/T1586_,31,0060a17:1586_,31,0061b24.html 中觀部・瑜伽部 Vol.31 唯識三十論頌] |
** [http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/T1586_,31,0060a17:1586_,31,0061b24.html 中觀部・瑜伽部 Vol.31 唯識三十論頌] |
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** [http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/T1590_,31,0074b24:1560_,31,0077b08.html 中觀部・瑜伽部 Vol.31 唯識二十論] |
** [http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/T1590_,31,0074b24:1560_,31,0077b08.html 中觀部・瑜伽部 Vol.31 唯識二十論] |
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==脚注== |
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<references/> |
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{{Buddhism2}} |
{{Buddhism2}} |
2014年2月25日 (火) 00:16時点における版
世親 (天親) | |
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300 - 400年頃 | |
興福寺北円堂の世親像 | |
尊称 | 世親菩薩、天親菩薩 |
生地 | プルシャプラ |
没地 | アヨーディヤー |
宗派 |
説一切有部 後に、瑜伽行唯識学派 |
師 | 無著(世親の実兄) |
著作 |
『阿毘達磨倶舎論』 『唯識二十論』 『唯識三十頌』 『浄土論』他 |
生涯
著作
以下のリストは網羅的なものではない。
説一切有部系の著作
経典の注釈
大乗論書に対する注釈
唯識系の論書
- 『唯識三十頌』(Triṃśikā-vijñaptimātratāsiddhi) - 後に多くの論師によって注釈書が作られ、唯識の基本的論書となる。
- 『唯識二十論』(Viṃśatikā-vijñaptimātratāsiddhi)
- 『大乗成業論』(業成就論・Karmasiddhi)
- 『大乗五蘊論』(Pañcaskandhaka)
- 『三性論』(Trisvabhāva[-nirdeśa])
- 『大乗百法明門論』 - 偽作の疑い。
- 『仏性論』偽作の疑い。
論理学関連
- 『如実論』(Tarkaśāstra) - 漢訳は部分訳か。
- 『論軌』
- 『論式』(Vādavidhāna)
- 『論心』(VādasāraもしくはVādahṛdaya)
その他
- 『釈軌論』(Vyākhyā-yukti) - 経典解釈の方法を説く。
- 『止観門論頌』 - 不浄観などを説く。
- Gāthāsaṃgraha - 寓話集的なもの。
- Śīlaparikathā
参考文献
- 桜部建、上山春平 『仏教の思想2 存在の分析<アビダルマ>』 角川文庫ソフィア 1996年、ISBN 4-04-198502-1
- 服部正明、上山春平 『仏教の思想4 認識と超越<唯識>』 角川文庫ソフィア、1997年 ISBN 4-04-198504-8
- 塚本啓祥・松長有慶・磯田煕文編著『梵語仏典の研究 III 論書篇』(平楽寺書店、1990年)