コンテンツにスキップ

「大映」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
AYKN77 (会話 | 投稿記録)
 
(18人の利用者による、間の21版が非表示)
85行目: 85行目:

* 1970年(昭和45年) 雷蔵の喪失は回復ならず、6月に同じく経営不振の[[日活]]と配給網を統合して[[ダイニチ映配]]を設立し、大映専務の[[松山英夫]]が社長、日活常務の壺田重三が副社長にそれぞれ兼任で就任した。

* 1970年(昭和45年) 雷蔵の喪失は回復ならず、6月に同じく経営不振の[[日活]]と配給網を統合して[[ダイニチ映配]]を設立し、大映専務の[[松山英夫]]が社長、日活常務の壺田重三が副社長にそれぞれ兼任で就任した。

: 社内から俳優やスタッフの流出が止まずに予算も削減され、制作現場が荒廃して旧来の[[撮影所システム]]の映画作りが破綻する中で、暴力・エロ・グロを中心に企画を出した。日活側は『ネオン警察』『野良猫ロック』『戦争と人間』シリーズなどを送り、大映側は『[[でんきくらげ (映画)|でんきくらげ]]』『[[十代の妊娠]]』『[[おさな妻]]』などの「レモン・セックス・シリーズ」や「高校生番長シリーズ」など若者を狙った映画を製作した。勝プロなどの佳作も配給したが、場当たり的な経営や提携ですぐに行き詰まる。

: 社内から俳優やスタッフの流出が止まずに予算も削減され、制作現場が荒廃して旧来の[[撮影所システム]]の映画作りが破綻する中で、暴力・エロ・グロを中心に企画を出した。日活側は『ネオン警察』『野良猫ロック』『戦争と人間』シリーズなどを送り、大映側は『[[でんきくらげ (映画)|でんきくらげ]]』『[[十代の妊娠]]』『[[おさな妻]]』などの「レモン・セックス・シリーズ」や「高校生番長シリーズ」など若者を狙った映画を製作した。勝プロなどの佳作も配給したが、場当たり的な経営や提携ですぐに行き詰まる。

: 10月7日、前年に[[岸信介]]による斡旋で[[ロッテ]]をスポンサーに迎えたのに伴い、チーム名を東京オリオンズから改称していたロッテオリオンズが、本拠地東京スタジアムでリーグ優勝を決め、オーナーの永田はグラウンドになだれ込んできた観客によって真っ先に胴上げされ感涙にむせんだ<ref>{{Cite web|url=http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20180527-11|title=波瀾と浪漫の球団。マリーンズの前身、オリオンズ|accessdate=2020年1月20日|publisher=週刊ベースボール(2018年5月27日作成)}}</ref>。だが永田は、翌1971年1月25日に経営立て直しに専念するためオーナーを辞任し球団経営から撤退し、スポンサー企業だったロッテに球団の所有と経営を譲渡した。


: 107[[]][[]]<ref>{{Cite web||url=http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20180527-11|title=|accessdate=2020120|publisher=2018527}}</ref>1971125退

* 1971年(昭和46年)

* 1971年(昭和46年)

** 3月 経営難のため250人の希望退職者を募集した。4月に東京京橋交差点角にあった本社ビルを売却したが、これは当時の大映の末期的様相を象徴する出来事であった。

** 3月 経営難のため250人の希望退職者を募集した。4月に東京京橋交差点角にあった本社ビルを売却したが、これは当時の大映の末期的様相を象徴する出来事であった。

: 1970年代に[[映画産業]]が深刻な斜陽に陥ったのは大映だけの話ではなく、同業他社でも映画制作部門の不振に陥るとその対処に追われ、大幅な整理縮小や合理化、直営映画館などの資産の整理を迫られることとなったのは同じである。ただ、映画制作部門が好調で[[キャッシュフロー]]も潤沢だった1950年代、他社は映画事業の収益を元手に映画事業・スクリーン事業の増強策(直営映画館の新設、[[洋画]]買い付け部門の機能強化など)や多角化による経営安定化策(テレビ番組向けの施設活用、[[ボウリング場]]や[[不動産]]運用・タクシー会社などのサイドビジネス)を実施し、これが多かれ少なかれ奏功していた。対して大映は永田の方針として映画の自社内製作にこだわり続ける一方で、全盛期の収益は主に株式配当や永田の政治活動(彼は[[河野一郎]]や岸信介との交流を介して政界の[[フィクサー]]を目指していた)などに充当され、経営基盤の強化に積極的に資本を投入しなかった点が、他社とは決定的に異なっていた。映画事業が不振となり経済的に行き詰まった時、大映はそれに代わり安定的に収益を生み出す手段もなく、資金面で窮するたびに本社や撮影所などを含む自社関係の敷地や資産を切り売りして苦しい状況をしのいだ。


: 1970[[]]調[[]]1950[[|]][[]][[]][[]][[]]

* 56[[]]退8[[1974]][[]][[]][[J9]][[1985]]

* 56[[]]退8[[1974]][[]][[]][[J9]][[1985]]

* 10月から新たに大映配給株式会社による配給が開始された。11月20日に最後の封切作品である[[八並映子]]主演の『[[悪名尼]]』(大映東京)と[[川崎あかね]]主演の風俗時代劇『[[蜘蛛の湯女]]』(大映京都)を公開する。同月29日、折から体調を崩していた永田に代わり、永田の息子である永田秀雅副社長から全従業員に解雇通告がなされ業務全面停止、翌12月に[[不渡手形]]を出し、大映は破産宣告を受けた。直後、大映存続を諦めきれず尽力してきた永田は、倒産のショックもあり高血圧で入院した。12月28日に現在の[[東京証券取引所]]で[[上場廃止]]となった。かくて、永田時代の大映は日本映画界でも当時空前の大型倒産によって終焉を迎えた。

* 10月から新たに大映配給株式会社による配給が開始された。11月20日に最後の封切作品である[[八並映子]]主演の『[[悪名尼]]』(大映東京)と[[川崎あかね]]主演の風俗時代劇『[[蜘蛛の湯女]]』(大映京都)を公開する。同月29日、折から体調を崩していた永田に代わり、永田の息子である永田秀雅副社長から全従業員に解雇通告がなされ業務全面停止、翌12月に[[不渡手形]]を出し、大映は破産宣告を受けた。直後、大映存続を諦めきれず尽力してきた永田は、倒産のショックもあり高血圧で入院した。12月28日に現在の[[東京証券取引所]]で[[上場廃止]]となった。かくて、永田時代の大映は日本映画界でも当時空前の大型倒産によって終焉を迎えた。

177行目: 177行目:

*[[破戒 (小説)#1962年版|破戒]]

*[[破戒 (小説)#1962年版|破戒]]

*[[私は二歳]]

*[[私は二歳]]

*[[怪談雪女郎]]

*[[好色一代男]]

*[[好色一代男]]

*[[雁の寺]]

*[[雁の寺]]

182行目: 183行目:

*[[雪之丞変化#雪之丞変化(1963年)|雪之丞変化]]

*[[雪之丞変化#雪之丞変化(1963年)|雪之丞変化]]

*[[越前竹人形#映画|越前竹人形]]

*[[越前竹人形#映画|越前竹人形]]

*[[細雪#映画化|細雪]]

*[[ある殺し屋]]

*[[ある殺し屋の鍵]]

*[[大殺陣 雄呂血]]

*[[女系家族]]

*[[傷だらけの山河]]

*[[清作の妻 (1965年の映画)|清作の妻]]

*[[不知火検校]]

*[[鉄砲伝来記]]

*[[白い巨塔 (映画)|白い巨塔]]

*[[氷点#映画|氷点]]

*[[大菩薩峠 (1960年の映画)|大菩薩峠 三部作]]

*[[大魔神]]シリーズ

*[[大魔神]]シリーズ

*[[ガメラ]]シリーズ

*[[ガメラ]]シリーズ

189行目: 202行目:

*[[犬シリーズ]]

*[[犬シリーズ]]

*[[黒シリーズ]]

*[[黒シリーズ]]

*[[女系家族]]

*[[傷だらけの山河]]

*[[清作の妻]]

*[[鉄砲伝来記]]

*[[白い巨塔 (映画)|白い巨塔]]

*[[兵隊やくざ]]シリーズ

*[[兵隊やくざ]]シリーズ

*[[座頭市|座頭市シリーズ]]

*[[座頭市|座頭市シリーズ]]

*[[眠狂四郎|眠狂四郎シリーズ]]

*[[眠狂四郎|眠狂四郎シリーズ]]

*[[忍びの者|忍びの者シリーズ]]

*[[忍びの者|忍びの者シリーズ]]

*[[陸軍中野学校 (映画)|陸軍中野学校]]シリーズ

*[[氷点#映画|氷点]]

*[[女賭博師|女賭博師シリーズ]]

*[[卍 (映画)|卍]]

*[[卍 (映画)|卍]]

*[[刺青 (小説)|刺青]]

*[[刺青 (小説)|刺青]]

*[[華岡青洲の妻#映画化|華岡青洲の妻]]

*[[華岡青洲の妻#映画化|華岡青洲の妻]]

*[[陸軍中野学校]]シリーズ

*[[女賭博師シリーズ]]

*[[不信のとき]]

*[[不信のとき]]

*[[妻は告白する]]

*[[妻は告白する]]

*[[その夜は忘れない]]

*[[その夜は忘れない]]

*[[氷壁]]

*[[氷壁]]

*[[細雪#映画化|細雪]]

*[[ある殺し屋]]

*[[ある殺し屋の鍵]]

{{div col end}}

{{div col end}}



273行目: 277行目:

*[[斉藤和彦]]

*[[斉藤和彦]]

*[[村野鐵太郎]]

*[[村野鐵太郎]]

*[[大洲斉]]

{{div col end}}

{{div col end}}



280行目: 285行目:

*[[奥田久司]]

*[[奥田久司]]

*[[藤井浩明]]

*[[藤井浩明]]

*[[久保寺生郎]]

*[[辻久一]]

*[[辻久一]]

*[[浅井昭三郎]]

*[[菅沼完二]](編集技師、監督兼)



=== 技術者 ===

=== 技術者 ===

286行目: 294行目:

*[[石本秀雄]](撮影技師)

*[[石本秀雄]](撮影技師)

*[[森田富士郎]](撮影技師)

*[[森田富士郎]](撮影技師)

*[[牧浦地志]](撮影技師)

*[[今井ひろし]] (撮影技師)

*[[今井ひろし]] (撮影技師)

*[[本多省三]](撮影技師)

*[[武田千吉郎]] (撮影技師)

*[[武田千吉郎]] (撮影技師)

*[[的場徹]](特殊技術)

*[[的場徹]](特殊技術)

292行目: 302行目:

*[[木村威夫]](美術)

*[[木村威夫]](美術)

*[[西岡善信]](美術)

*[[西岡善信]](美術)

*[[内藤昭]] (美術)

*[[太田誠一 (映画美術)|太田誠一]](美術)

*[[井上章]](美術)

*[[井上章]](美術)

*[[林土太郎]](録音技師)

*[[林土太郎]](録音技師)

355行目: 367行目:

*[[峰岸隆之介]]([[峰岸徹]])

*[[峰岸隆之介]]([[峰岸徹]])

*[[平泉成]]([[平泉征]]、平泉征七郎)

*[[平泉成]]([[平泉征]]、平泉征七郎)

*[[伴勇太郎]]

*[[藤巻潤]]

*[[藤巻潤]]

*[[倉石功]]

*[[倉石功]]

375行目: 388行目:

*細谷新吾 ([[日高晤郎]])

*細谷新吾 ([[日高晤郎]])

*[[沖時男]] (沖ときお)

*[[沖時男]] (沖ときお)

*[[須賀不二男]]

*[[五味龍太郎]]

*[[五味龍太郎]]

*[[遠藤太津朗|遠藤辰雄]] (遠藤太津朗)

{{div col end}}

{{div col end}}



415行目: 426行目:

*[[仁木多鶴子]]

*[[仁木多鶴子]]

*[[藤村志保]]

*[[藤村志保]]

*[[久保菜穂子]]

*[[山岡]]

*[[弓恵子]]

*[[弓恵子]]

*[[平井岐代子]]

*[[平井岐代子]]

434行目: 445行目:

*[[笠原玲子]]

*[[笠原玲子]]

*[[岸正子]]([[加賀ちかこ]])

*[[岸正子]]([[加賀ちかこ]])

*[[安田道代]](現・[[大楠道代]])

*[[大楠道代|安田道代]](現・[[大楠道代]])

*[[賀川ゆき絵|西尋子]](現・[[賀川ゆき絵]])

*[[南美川洋子]]

*[[南美川洋子]]

*[[水木正子]]

*[[渥美マリ]]

*[[渥美マリ]]

*[[松坂慶子]]

*[[高橋惠子|関根恵子]](現・[[高橋惠子]])

*[[川崎あかね]]

*[[川崎あかね]]

*[[八代順子]]

*[[八代順子]]

*[[八並映子]]

*[[八並映子]]

*西 尋子([[賀川ゆき絵]])

*[[高橋惠|関根恵子]]現・[[高橋惠子]])

*[[松坂慶子]]

{{div col end}}

{{div col end}}



454行目: 466行目:

*[[TOHOシネマズ有楽座|スキヤバシ映画]]([[東宝]]直営。[[数寄屋橋]][[ニユートーキヨー]]ビル地下。のちのニュー東宝シネマ2。現・飲食店)

*[[TOHOシネマズ有楽座|スキヤバシ映画]]([[東宝]]直営。[[数寄屋橋]][[ニユートーキヨー]]ビル地下。のちのニュー東宝シネマ2。現・飲食店)

*新宿大映劇場([[武蔵野興業]]経営。現・[[コメ兵]]新宿店)

*新宿大映劇場([[武蔵野興業]]経営。現・[[コメ兵]]新宿店)

*渋谷大映劇場([[東京テアトル]]経営。現・ONE-OH-NINE三善ビル [[パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス]]

*渋谷大映劇場([[東京テアトル]]経営。現・三善ビル - MEGAドン・ホーテ渋谷本店

*池袋大映劇場(大映興業経営。現・[[JTB]]池袋支店)

*池袋大映劇場(大映興業経営。現・[[JTB]]池袋支店)

*横浜大映劇場([[伊勢佐木町]]。大映興業経営。のちの横浜松竹、横浜セントラル。現・パチンコ店)

*横浜大映劇場([[伊勢佐木町]]。大映興業経営。のちの横浜松竹、横浜セントラル。現・パチンコ店)

*相鉄大映劇場([[横浜駅]]西口。[[相鉄ローゼン|相鉄興業]]経営。現・[[相鉄ジョイナス]])

*相鉄大映劇場([[横浜駅]]西口。[[相鉄ローゼン|相鉄興業]]経営。現・[[相鉄ジョイナス]])


*[[]][[|]][[]]

*[[]][[]][[]]

*[[ ()|]][[]][[]]

*[[ ()|]][[]][[]]

*

*
473行目: 485行目:

! style="white-space:nowrap" | 年度

! style="white-space:nowrap" | 年度

! style="white-space:nowrap" | 年間[[配給収入]]

! style="white-space:nowrap" | 年間[[配給収入]]

(単位:百万円)

単位:百万円

! style="white-space:nowrap" |前年対比

! style="white-space:nowrap" |前年対比

! style="white-space:nowrap" class="unsortable"|[[ダイニチ映配|ダイニチ]]<br />年間[[配給収入]]<br />(単位:百万円)

! style="white-space:nowrap" class="unsortable"|[[ダイニチ映配|ダイニチ]]<br />年間[[配給収入]]<br />単位:百万円

|-

|-

| [[1953年の映画|1953]]

| [[1953年の映画|1953]]

603行目: 615行目:

{{Normdaten}}

{{Normdaten}}

{{Company-stub}}

{{Company-stub}}

{{Film-stub}}


{{デフォルトソート:たいえい}}

{{デフォルトソート:たいえい}}

[[Category:大映|*]]

[[Category:大映|*]]

612行目: 624行目:

[[Category:かつて存在した東京都の企業]]

[[Category:かつて存在した東京都の企業]]

[[Category:かつて存在した日本の映画会社]]

[[Category:かつて存在した日本の映画会社]]

[[Category:1942年設立の企業]]

[[Category:1942年設立の企業|廃]]

[[Category:1971年廃止の企業]]

[[Category:1971年廃止の企業]]

[[Category:1974年設立の企業]]

[[Category:1974年設立の企業|廃]]

[[Category:2003年廃止の企業]]

[[Category:2003年廃止の企業|廃]]

[[Category:20世紀の日本の設立]]

[[Category:経営破綻した企業(東京都)]]

[[Category:経営破綻した企業(東京都)]]


2024年5月21日 (火) 07:55時点における最新版




(一)19421971

(二)197420031.

1.2.便1.2.1.2.1.2.

1.

沿[]

[]


194217919421273

213



寿

36













23

194318

194520

194621

194722

195025使


[]


[1] 

西440[2]


1940[]


194722 GHQ60[ 1] 

1948231 536

10調退[3]

1950[]




195126
63 101018駿171110

9

195227
2 

3 

195328 

195429 



195530 

195631 19541957

195732 5調6

195833 

使

195934 

1960[]


70

196136 退

196237 35退

196338 退71327退



196439 50006000

196540 

1966413  221

196742 49



196843 611196916294姿退1968

196944717372 

1970[]


197045 6



107[4]1971125退

197146
3 250退4

1970調1950

56退81974J91985

10112029調121228

197247
7171[5]3002076[5]

1971

21972

[]


197449 92[6][7]

197752 4[8]

198257 10

198661 

198762SF

198863 45

1992425

Shall we ?

200012 

200214
7 調

11602003120074

[]


20021411

2004161

2004164

2006183 36

2007193 

2011231

2013254

20132510KADOKAWA

[]


1962900

主な映画作品[編集]

戦中・戦後[編集]

永田時代[編集]

徳間時代[編集]

在籍した主な人物[編集]

監督[編集]

プロデューサー[編集]

技術者[編集]

男優[編集]

設立初期[編集]

永田時代[編集]

女優[編集]

設立初期[編集]

永田時代[編集]

[]


 - 

 - 

[]

[9]



2

宿宿

 - MEGA

JTB



西







1000






[]


1999
大映年間配給収入(1953年 - 1971年)
年度 年間配給収入

(単位:百万円)

前年対比 ダイニチ
年間配給収入
(単位:百万円)
1953 3,030 N/A N/A
1954 3,902 128.8% N/A
1955 4,076 104.5% N/A
1956 4,599 112.8% N/A
1957 4,793 104.2% N/A
1958 5,340 111.4% N/A
1959 4,709 088.2% N/A
1960 4,608 097.9% N/A
1961 4,139 089.8% N/A
1962 4,198 101.4% N/A
1963 3,658 087.1% N/A
1964 4,038 110.4% N/A
1965 3,627 089.8% N/A
1966 3,517 097.0% N/A
1967 3,171 090.2% N/A
1968 3,545 111.8% N/A
1969 2,986 084.2% N/A
1970[注釈 2] 1,119 037.5% 2,103
1971 **133 011.9% 1,540
1953年と1954年の出典: 井上雅雄「映画産業の戦後「黄金期」の実態(下) : ポスト占領期の映画産業と大映の企業経営・補論」『立教經濟學研究』第71巻第2号、立教大学経済学研究会、2017年10月、102頁、doi:10.14992/00015468 
1955年から1971年の出典: 東宝 編『東宝75年のあゆみ 1932 - 2007 資料』(PDF)東宝、2010年4月、48頁。 

邦画配給会社別の年間配給収入(1953年 - 1975年)

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 他の映画会社は「55歳定年制」である。
  2. ^ 単独配給は5月まで。6月からは、ダイニチが大映と日活の2社製作作品の配給を開始。

出典[編集]



(一)^   

(二)^   

(三)^  - 

(四)^ .  2018527. 2020120

(五)^ ab 119729143 

(六)^ 51980p.299

(七)^ 19()11535 

(八)^ 1977916

(九)^  302010

[]


 

  

[]






 - 





 - 

 - 

[]


 - 20001017