阿毘達磨倶舎論
表示
![]() |
![]() |
﹃倶舎論﹄こと﹃阿毘逹磨倶舎論﹄︵梵: Abhidharma-kośa-bhāṣya︿アビダルマ・コーシャ・バーシャ﹀︶は、世親を作者とするアビダルマ教学の綱要書で、説一切有部の﹃雑阿毘曇心論﹄の記述を基に﹃大毘婆沙論﹄等に見られる有部の説や他部派の説をも援用して、仏教哲学の基本的問題を整理したものである。玄奘訳においてはアビダルマは﹃阿毘達磨﹄、コーシャは﹃倶舎﹄と音写され、バーシャに対しては訳語が与えられない。一方、真諦訳では﹃阿毘達磨倶舍釋論﹄と翻訳され、バーシャは﹁釋﹂と意訳される。本書は一般的には﹃倶舎論﹄と玄奘訳に基づく略称を用いて呼称される。
古来、仏教学の基礎として広く研究され、本書に基づいて日本では南都六宗のひとつである倶舎宗が成立した。
概要
世親が作成した﹃阿毘逹磨倶舎論本頌﹄ (梵: Abhidharma-kośa-kārikā) の598偈の本頌に、世親自ら註釈︵自註︶を書き加えたものが﹃阿毘逹磨倶舎論﹄ (梵: Abhidharma-kośa-bhāṣya) で、一般に﹃倶舎論﹄という時は後者の﹃釈﹄(bhāṣya)のことを指す。 アビダルマの語義については複数の解釈があるが、﹃阿毘逹磨倶舎論﹄における﹁阿毘達磨﹂ (abhidharma, アビダルマ) とは、 "abhi+dharma" であり、それぞれ﹁対﹂と﹁法﹂と訳され、﹁法に関して﹂という意味であると自注する[1]。また、﹁倶舎﹂︵kośa, コーシャ︶とは入れ物、蔵、宝物庫の意である。 本論の特徴は説一切有部の伝統的な教理に対して、経量部の立場から批判が加えられている部分がある点に特色がある。 このような世親の立場は古来においては﹁理長為宗﹂や﹁拠理為宗﹂として表現された[2]。 そして世親のこれらの経部的見解は、いずれもカシミール有部の伝統的な教理解釈とは相反する内容であった。故に、伝統的な教理を尊んだ衆賢は﹃順正理論﹄を著し﹃倶舎論﹄を論駁した。 また、二十世紀になって発見された漢蔵等の翻訳が存在しなかったイーシュバラの﹃アビダルマディーパ﹄においても伝統的な有部の立場より﹃倶舎論﹄は非難されている。 近年の研究では世親の﹁経量部﹂の立場の多くは﹃瑜伽論﹄にトレースできることが指摘されている[3]。 しかしながら、当時より世親が唯識家として本論を著した積極的根拠は認められないことは注意が必要である[4]。テキスト
旧来は称友による註釈しか梵本が存在せず嘆かれていたが、サキャ派のゴル寺(Ngor Monastery)でラーフラ・サーントクリヤーヤナによって1934年に発見された。 後に1946年にはゴーカレによって﹃本頌﹄の梵本がとして校訂発表され、1967年にはプラダンによって﹃釈﹄の全体が校訂出版された。 梵本の他に、﹃本頌﹄にはチベット訳が1つ、漢訳1種が現存している。 ●︻漢訳︼大正1560﹃阿毘逹磨倶舎論本頌﹄玄奘651年 ●︻蔵訳︼北京版5590, 東北版4089, Chos mngon pa'i mdsod kyi tshig le'ur byas pa 梵本の他に、﹃釈﹄にもチベット訳が1つと、漢訳二種が現存している。 ●︻漢訳1︼大正1558﹃阿毘逹磨倶舎論﹄真諦訳22巻564年 ●︻漢訳2︼大正1559﹃阿毘逹磨倶舎釋論﹄玄奘訳30巻651年 ●︻蔵訳︼北京版5591, 東北版4090, Chos mngon pa'i mdsod kyi bshad pa また、﹃本頌﹄﹃釈﹄共にウイグル語訳の断片が発見され、研究されている[5]。構成
本論は598偈︵漢訳608偈︶の﹃本頌﹄と、その注釈である﹃釈﹄から構成されている。猶、破我品には﹃本頌﹄は存在しない。 (一)界品︵かいぼん, dhātu-nirdeśa︶ - 存在の種類 (二)根品︵こんぼん, indriya-nirdeśa︶ - 存在現象の活動 (三)世間品︵せけんぼん, loka-nirdeśa︶ - 世界の構成 (四)業品︵ごうぼん, karma-nirdeśa︶ - 有情の輪廻の原因となる業 (五)随眠品︵ずいめんぼん, anuśaya-nirdeśa︶ - 有情の煩悩 (六)賢聖品︵けんしょうぼん, mārgapudgala-nirdeśa︶ - 悟りの段階 (七)智品︵ちぼん, jñāna-nirdeśa︶ - 智慧の趣類 (八)定品︵じょうぼん, samāpatti-nirdeśa︶ - 禅定の趣類 (九)破我品︵はがぼん, pudgala-viniścaya, [ātmavāda-pratiṣedha]︶恒常的な我性を認める人達に対する反論 界品・根品で基礎的範疇を説明し、世間品・業品・随眠品で迷いの世界を解明し、賢聖品・智品・定品で悟りに至る道を説く。最後に付録の破我品で異説を論破する。文献
- 桜部建『倶舎論の研究 界・根品』(法蔵館、1969年、新装版2011年)
- 山口益・舟橋一哉『倶舎論の原典解明 世間品』(法蔵館、1955年、新装版2012年)
- 舟橋一哉『倶舎論の原典解明 業品』(法蔵館、1987年、新装版2011年)
- 小谷信千代・本庄良文『倶舎論の原典研究 随眠品』(大蔵出版、2007年)
- 桜部建・小谷信千代『倶舎論の原典解明 賢聖品』(法藏館、1999年)
- 桜部建・小谷信千代・本庄良文『倶舎論の原典研究 智品・定品』(大蔵出版、2004年)
- Louis de La Vallé Poussin(1971). L'Abhidharmakośa de Vasubandhu, Institut belge des hates études chinoises, Bruxelles, 1971
- Lodrö Sangpo (2012). Abhidharmakosa-Bhasya of Vasubandhu: The Treasury of the Abhidharma and Its Commentary (4 vols). Motilal Banarsidass Publishers (Pvt. Limited). ISBN 978-8120836075.
論文
脚注
- ^ 桜部建『倶舎論の研究 界・根品』(法蔵館、1969年
- ^ 木村誠司[2013]「『倶舎論』にまつわる噂の真相」『駒沢大学仏教学部研究紀要』 (71), 242-224
- ^ 袴谷憲昭[1986]「Purvacarya考」『印仏研』34(2), 859-866。並びにRobert Kritzer[2005]Vasubandhu and the Yogācārabhūmi : Yogācāra elements in the Abhidharmakośabhāṣya(Studia philologica Buddhica, . Monograph series ; 18)International Institute for Buddhist Studies of the International College for Postgraduate Buddhist Studies, 2005
- ^ 兵藤 一夫[2002]「経量部師としてのヤショーミトラ」, 『初期仏教からアビダルマへ:桜部建博士喜寿記念論集』.2002-05-20, 315-336
- ^ Masahiro Shōgaito[2014]The Uighur Abhidharmakośabhāṣya : preserved at the Museum of Ethnography in Stockholm.(Turcologica / herausgegeben von Lars Johanson, Bd. 99) Harrassowitz, 2014
参考文献
- 桜部建『倶舎論の研究 界・根品』(法蔵館、1969年、新装版2011年)
関連項目
外部リンク
- 説一切有部において見随眠 -『倶舎論』「随眠品」を中心として-
- 阿毗达磨俱舍论梵汉对勘漢訳二種とサンスクリット原文を比較対称したテキスト。(表示がおかしくなった場合、文字エンコーディングをUnicode(UTF-8)にすると改善)