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[[File:Shonen-Shojo-Nihon-Bungaku-Zenshu-Volume-19-2.jpg|thumb|250px|『[[コタンの口笛]]』(1959年)]] |
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* [[鶴田知也]]『[[コシャマイン記]]』(小説)(1936年)第3回[[芥川龍之介賞]]受賞 |
* [[鶴田知也]]『[[コシャマイン記]]』(小説)(1936年)第3回[[芥川龍之介賞]]受賞 |
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* [[菊田一夫]]作詞、[[古関裕而]]作曲『[[イヨマンテの夜]]』(曲)(1949年) |
* [[菊田一夫]]作詞、[[古関裕而]]作曲『[[イヨマンテの夜]]』(曲)(1949年) |
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2007年のアイヌの結婚式 | |
総人口 | |
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日本:13,118人(北海道内における2017年調査)[1](研究者の間でも「誰をアイヌ民族として対象とするかに課題がある」ことで、日本国内の正確な数値は不明) ロシア:105人(2018年12月) | |
居住地域 | |
日本(北海道、北方領土、千島列島など、東京) ロシア(カムチャッカ地方サハリン州の千島列島、樺太、カムチャッカ半島) | |
言語 | |
日本語、アイヌ語、ロシア語 | |
宗教 | |
仏教 46.2 % アイヌ固有の信仰 2.9 % 神道 2.4 % 信仰なし 34.5 % (2008年北海道アイヌ民族生活実態調査報告書[2]) | |
関連する民族 | |
縄文人、大和民族、琉球民族、ウィルタ、ニブフ、 アメリカ州の先住民族、イテリメン族、チュクチ族 | |
概要
アイヌは永くオホーツク海地域一帯に経済圏を有していた[4]。すなわち生業から得られる毛皮や海産物などをもって、黒竜江下流域や沿海州との山丹交易を仲介したほか、カムチャツカ半島南部の先住民族のイテリメン族と交易を行っていた。また、津軽海峡を隔てた日本列島の和人とも交易を行い米などの食料や漆器、木綿、鉄器などを入手していた[4]。 アイヌは、元来は狩猟採集民族であり、文字を持たず、物々交換による交易を行う。独自の文化を有する[5]。母語はアイヌ語。独特の文様を多用する文化を持ち、織物や服装にも独特の文様を入れる[注 1]︵かつては、身体にも刺青を入れた︶。家︵住居︶︵アイヌ語で﹁チセ﹂︶は、︵昭和期以降の学者らが︶﹁掘立柱建物﹂と呼ぶ建築様式である。呼称
アイヌ
ウタリ
ウタリの本来の意味は、アイヌ語で人民・親族・同胞・仲間である[16]が、長年の差別[注 4]の結果、﹁アイヌ﹂という言葉に忌避感を持つ人が多いことから、アイヌを指す言葉として用いられることがあり、1961年から2006年にかけ、行政機関の用語としても使用されていた。蝦夷
歴史
文化
宗教
建築
衣装
口承文芸
アイヌは伝統的に文字を使用せず、生活の知恵や歴史はすべて口承で伝承された。口承文芸としてはユーカラ︵ユカㇻ、叙事詩︶などの歌謡と、ウエペケレ︵昔話︶などの散文に大別される。大正時代にアイヌ出身の知里幸恵がローマ字表記のユーカラと日本語訳を併記して紹介した﹃アイヌ神謡集﹄が出版されたほか、金田一京助、知里真志保らによるユーカラ研究がある[43]。 現在、保存運動によって若手の語り手が育成されている[44]。古式舞踊
言語
人口と分布
第二次世界大戦後の日露におけるアイヌ
日本
ロシア
遺伝的起源
研究史
アイヌの研究は、日本人起源論争と関連して早くから注目されていた。1820年代にフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトは、石器時代にアイヌの祖先集団が日本列島全体に住んでいたと推測したうえで、のちに大陸から新しい人種が日本列島に移入し、アイヌは北海道に追いやられたとする﹁アイヌ説﹂を唱えた[82][83]。この説は小金井良精も支持するが、アイヌの系統については﹁人種の孤島﹂と表現して態度を保留した[84][83]。いっぽうで1877年にエドワード・モースは、旧石器人︵縄文人︶がアイヌが所持していない土器を用いたことから、旧石器人をアイヌとは別の先住民とする﹁プレアイヌ説﹂を唱えた[82][83]。坪井正五郎もこれに続き、この先住民をイヌイット系集団で、アイヌ文学に登場するコロポックルとする﹁コロポックル説﹂を唱えた。小金井と坪井の議論は﹁アイヌ・コロポックル論争﹂と呼ばれる[82][85]。 アイヌの頭蓋骨を調査したジョージ・バスクは、1867年にアイヌを白人系人種とする説を発表。この他に、旧ソ連の人類学者はオーストラリア系人種、あるいはアジア系人種とする研究が続いた[84]。エルヴィン・ベルツは、日本人の﹁三段階移住仮説﹂を提唱し、最も早く移住した集団をコーカソイド系人種でアイヌの祖先集団とした。またベルツは、1911年にアイヌと沖縄集団を同祖とする﹁アイヌ・沖縄同祖論﹂を発表している[82][83]。東アジア一帯を踏襲調査した鳥居龍蔵は、アイヌの祖先である縄文人を先住民とし、後続する大陸渡来人︵固有日本人︶が渡来して一部が混血したとする﹁固有日本人説﹂を唱え、国内で多くの賛同を得た[86]。 清野謙次は、従来の国内アイヌの研究が文化面に偏っていることを批判し、人骨に着目。その研究結果から1926年に、アイヌと本土日本人を石器時代人を基層集団として近隣集団と混血したとする﹁混血説﹂を提唱した[87]。いっぽうで昭和に入ると児玉作左衛門も多数の人骨調査を行い、﹁白人起源説﹂を主張。古畑種基も現代アイヌの血液型や指紋の研究からこれに追従した[84]。 1960年代になると、新たな研究手法が取られるようになる。尾本惠市は血中たんぱく質を利用した遺伝学的分析をおこない、アイヌは本土人・中国人に最も近く、ついでアメリカ先住民・アボリジニ・ポリネシア人と続くが、白人やバンツー族とはきわめて遠いとした[73][84]。また、埴原和郎は歯に関する研究を行い、モンゴロイド系とした[73]。これに追従する研究者には山口敏・百々幸雄・石田肇・オッセンバーグ・ピトロセウスキー・コジンツェフらがおり、これらの研究によりアイヌとコーカソイドとの近縁性は否定され、アイヌは日本人を始めとするアジア諸集団に近いと考えられるようになった[84][73]。 1991年に埴原は、アイヌを縄文人︵古モンゴロイド︶の直系子孫とする﹁二重構造モデル﹂を発表。その後、山口敏︵1999年︶の頭蓋骨の研究、百々幸雄の頭蓋小変異・顔面扁平度、松村博文、埴原和郎と埴原恒彦の歯の研究で縄文人とアイヌの近縁性が明らかになった[73]。その後山口と百々は、北海道縄文人から続縄文人、擦文人を経てアイヌへの人骨形質が連続して変化していく様子を明らかにし、アイヌを縄文人の子孫とするシナリオが有力視されるようになった[73]。 1980年代後半からは、人類学でDNA研究が活発に行われるようになった。特に1987年に発表された﹁新人のアフリカ起源説﹂により、従来の定説であった﹁多地域進化説﹂[注 16]が否定され、わずか20万年のあいだに現代人の直接の祖先である新人が世界中に拡散したと考えられるようになったことは人類学に大きな影響を与えた。しかし日本でこうした研究が受け入れられるようになったのは、2000年に旧石器捏造事件が発覚したのちである[88]。議論
他文化との関連
この節の正確性に疑問が呈されています。 |
近年遺伝子 (DNA) 解析が進み、縄文人や渡来人とのDNA上での近遠関係が明らかになっている。また、アイヌは、ニヴフをはじめアムール川流域に住むウリチ/山丹人との関連も強く示唆されている[89][90][91][92]。擦文時代以降の民族形成については、オホーツク文化人(ニヴフと推定されている[91][92])の熊送りなどに代表される北方文化の影響と、渡島半島南部への和人の定着に伴う交易等の文物の影響が考えられている。
日露における先住民族の権利運動
札幌市議会議員によるアイヌ民族否定
2014年8月に東区選出の札幌市議会議員で自由民主党所属の金子快之[注 17]がTwitterで﹁アイヌ民族なんて、いまはもういないんですよね。せいぜいアイヌ系日本人が良いところ﹂とアイヌ民族は今は存在しないとする書き込みを行っていたことが判明[106][107]、アイヌの団体などから批判され、自民党の市議会会派から除名された後、同9月に市議会からは議員辞職勧告決議[108]をうけた。金子は、北海道アイヌ協会がアイヌ民族の認定を行っていることに対し﹁アイヌ民族であることを法的に証明する手段が現状存在しない﹂とし、﹁アイヌ民族であることを﹃証明﹄している北海道アイヌ協会が﹁アイヌの血を受け継いでいる﹃と思われる﹄人﹂という曖昧な基準で認定しており、出自がアイヌでなくとも養子や婚姻といった手段で認定してもらえればアイヌとしての優遇措置を受けられる、北海道アイヌ協会自体に数々の﹃不正行為﹄が存在しているなどといったことを市議会で告発した。アイヌの文化や歴史自体を否定するものではないとしつつも、利権の問題には今後も取り組んでいくと述べた[109]。しかし一方で除名処分に際し﹃アイヌ民族は先住民族﹄とした国会決議の内容は認めない﹂との趣旨の発言があったとされ、また発言も撤回していない[110]。その後の金子は辞職を拒否して保守系無所属の市議となり、2015年の札幌市議選では東区選挙区から再選を目指したものの落選した[111]。墓地の盗掘と遺骨返還
画像
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アイヌの狩人を描いたアイヌ絵
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アイヌの漁師を描いた絵(1843年)
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ブロニスワフ・ピウスツキが撮影したアイヌ
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アイヌの暮らしを復元した人形
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アイヌの伝統衣装、「アットゥシ」。
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鳥の皮で作られた外套「チカㇷ゚ウㇽ」。
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木綿を多用した晴れ着「ルウンペ」
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北海道日高地方に伝承される晴れ着「カパㇻミㇷ゚」
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伝統的なアイヌの結婚
博物館、資料館
●北海道立アイヌ総合センター︵札幌︶ ●札幌市アイヌ文化交流センター (サッポロピリカコタン) ●旭川市博物館 ●釧路市立博物館 ●北海道博物館 ●二風谷アイヌ文化博物館 ●萱野茂二風谷アイヌ資料館 ●新ひだか町アイヌ民俗資料館 ●弟子屈町屈斜路コタンアイヌ民俗資料館 ●川村カ子トアイヌ記念館 ︵旭川︶ ●ウポポイ︵民族共生象徴空間︶︵旧名‥アイヌ民族博物館︶関連団体
●北海道アイヌ協会 ●アイヌ民族党関連作品
﹃コタンの口笛﹄︵1959年︶ ●鶴田知也﹃コシャマイン記﹄︵小説︶︵1936年︶第3回芥川龍之介賞受賞 ●菊田一夫作詞、古関裕而作曲﹃イヨマンテの夜﹄︵曲︶︵1949年︶ ●つげ義春﹃熊祭の乙女﹄︵コミック︶︵1956年︶[114] ●石森延男﹃コタンの口笛﹄︵小説、映画︶︵1957年、1959年︶未明文学賞、産経児童出版文化賞受賞 ●武田泰淳﹃森と湖のまつり﹄︵小説、映画︶︵1958年︶ ●佐藤さとる﹃だれも知らない小さな国﹄︵小説︶︵1959年︶毎日出版文化賞、国際アンデルセン賞国内賞受賞 アイヌの伝承に由来する小人コロポックルをモデルとした﹁コロボックル﹂が登場する。続編を含め﹃コロボックル物語﹄シリーズを形成。 ●渡辺邦男監督﹃水戸黄門海を渡る﹄︵映画︶︵1961年︶ ●つのだじろう﹃あかね雲のうた﹄︵コミック︶[115] [116]︵1964年︶ ●安藤美紀夫﹃ポイヤウンベ物語﹄︵小説︶︵1966年︶サンケイ児童出版文化賞、国際アンデルセン賞国内賞受賞 ●高畑勲監督﹃太陽の王子 ホルスの大冒険﹄︵アニメーション︶︵東映動画、1968年︶ 原作がアイヌの叙事詩を題材にした人形劇。 ●前川康男﹃魔神の海﹄︵小説︶︵1969年︶日本児童文学者協会賞受賞 ●矢野徹﹃カムイの剣﹄︵小説、アニメーション︶︵1970年、1985年︶ ●手塚治虫﹃シュマリ﹄︵コミック︶︵小学館ビッグコミック 1974-1976︶ 明治初期の北海道を舞台にした漫画作品。主人公の名前がアイヌ由来[116]。 ●石坂啓﹃ハルコロ﹄︵コミック︶︵潮出版社1992,1993︶ISBN 978-4267902420, ISBN 978-4267902482 ●サムライスピリッツ︵格闘ゲーム︶︵1993- ︶ メインキャラクターのひとりがアイヌの少女ナコルル。 ●船戸与一﹃蝦夷地別件﹄︵小説︶︵1995年︶1995年﹃このミステリーがすごい! '96年版﹄第3位、同年﹃週刊文春ミステリーベスト10﹄第7位、1996年第14回日本冒険小説協会大賞(国内部門)。 ●武井宏之﹃シャーマンキング﹄︵コミック、アニメーション︶︵集英社のちに講談社、1998-︶ メインキャラクターのひとりがアイヌの少年ホロホロ。 ●マックス・ブルックス﹃WORLD WAR Z﹄︵小説︶︵2006年︶ 日本編の登場人物の一人、朝永維持朗の恩師がアイヌ男性。また朝永が武器として愛用する園芸用シャベルは﹁イクパスイ﹂と名付けられている。 ●大神 (ゲーム)︵2006︶ 作中に登場するオイナ族の文化や言語はアイヌ民族とネイティブ・アメリカンがモデルになっている。 ●吉元ますめ﹃くまみこ﹄︵コミック、アニメーション︶︵KADOKAWA月刊コミックフラッパー 2013-︶ クマを奉る神社に巫女として仕える中学生の少女まちと、人間の言葉を話すヒグマのナツの交流を描く。 ●野田サトル﹃ゴールデンカムイ﹄︵コミック、アニメーション︶︵集英社週刊ヤングジャンプ 2015-2022︶ 明治末期の北海道や樺太を舞台にした漫画作品。アニメ化もされている。 ●ひきの真二︵まんが︶・三条和都︵ストーリー︶・知里幸恵銀のしずく記念館︵監修︶﹃知里幸恵とアイヌ﹄ (小学館版学習まんが人物館) ︵2017年︶[117] ●﹃永遠のニㇱパ 〜北海道と名付けた男 松浦武四郎〜﹄︵テレビドラマ︶︵2019年︶ ●川越宗一﹃熱源﹄︵小説︶︵2019年︶第162回直木三十五賞受賞脚注
注釈
(一)^ 縄文土器の文様は、長い長い年数をかけてゆっくりと変化してゆき、﹁後期縄文土器﹂の文様は、その後の時代の﹁アイヌ﹂の人々が用いている文様と酷似しており かなり直接的に、連続的に繋がっている。[要出典] (二)^ 例えば、﹁イヌイット﹂はカナダ・エスキモーの自称であるが、これはイヌクティトゥット語で﹁人﹂を意味する Inuk の複数形、すなわち﹁人々﹂という意味である。また、7世紀以前、日本列島に居住した民族は、中華王朝の史書では﹁倭人﹂と記載されているが、これは自らを﹁我︵ワ︶﹂と呼んだためとする説がある。他にも、タイ族やチェロキー、カザフなどにも、民族名に﹁人﹂の意が含まれる。 (三)^ 当時、アイヌは和人のことを﹁シサム﹂﹁シャモ﹂と呼称していた。シサムは隣人という意味のアイヌ語で、シャモはその変化形の蔑称または﹁和人﹂のアイヌ読みともいわれる。 (四)^ 萱野茂によれば、和人の多い学校に通ったアイヌが﹁あア、イヌが来た︵あ、アイヌが来た︶﹂と悪口を言われるのは序の口だったという[17]。1986年には秋玲二の漫画﹃日本のんびり旅行﹄で北海道を扱った際、子供が次の行先を決めるために投げた石が犬に当たったのを見て﹁あっイヌだ!︵中略︶アイヌコタンへいこう﹂と言う場面があり[18]、小川隆吉は人権侵犯事案として法務局に申し入れた[19]。また、2021年3月12日放送の日本テレビ系朝の情報番組﹁スッキリ﹂で、アイヌの映画を紹介する際にコーナーを担当するタレントが﹁この作品とかけまして動物を見つけたととく。その心は、あ、犬﹂という謎掛けを披露し、批判が寄せられた[20][21]。 (五)^ 義務化されたのは国語、算数、体育、農業の4種目であった。 (六)^ 毒矢と網の使用禁止、禁猟区と禁猟期の設定 (七)^ 他の7言語は与那国語、八重山語が﹁重大な危険 (severely endangered)﹂、宮古語、沖縄語、国頭︵くにがみ︶語、奄美語、八丈語が﹁危険 (definitely endangered)﹂に分類されている。 (八)^ 1923年︵大正12年︶に出版された知里幸恵のアイヌ神謡集では、その発音を、ローマ字で表記するなどの工夫がされている。 (九)^ ﹁昭和21年︵1946年︶12月19日、東京でデレヴャンコ中将と日本における連合国軍最高司令官代表ポール・J・ミューラー中将が、ソ連領とのその支配下にある地域からの日本人捕虜と民間人の本国送還問題に関する協定に署名した。協定では、日本人捕虜と民間人はソ連領とその支配下のある地域から本国送還されなければならない、と記されていた。日本市民はソ連領から自由意志の原則に基づいて帰還することが特に但し書きされていた。﹂“市史編さんニュース №100 ヌプンケシ”. ネットワークコミュニティ都市きたみ (2005年7月15日). 2023年10月21日閲覧。 (十)^ ﹁しかしアキヅキトシユキは実際には1975年の樺太・千島交換条約の際に千島に住んでいた90人のアレウト族の末裔だったのではないかと推測している。そのアイヌがどこのだれのことを示しているのかということに関してそれ以上の情報はでてこなかった﹂ David L. Howell. “Geographies of Identity in Nineteenth-Century Japan” (英語). University of California Press. 2014年7月13日閲覧。 小坂洋右﹃流亡: 日露に追われた北千島アイヌ﹄北海道新聞社︿道新選書﹀、1992年、259-266頁。ISBN 9784893639431。 (11)^ DNAによる系統研究は、ミトコンドリアDNAハプログループ、Y染色体ハプログループ、核ゲノム解析などがあり、この順番で難易度と取得できる情報量が上がっていく(篠田謙一 2015, pp. 222–224)。 (12)^ 現代日本人のミトコンドリアDNAハプログループは人口比1%を超えるものだけで20種以上があるが、それらは分布中心地は、東南アジア地域・東アジア中央地域・北東アジア地域、そして日本列島以外には殆ど分布しないものに分類できる。日本固有のハプログループであるM7aは東南アジア、N9bはシベリア南東端で近縁グループと分岐したと考えられており、縄文人は南北両方に起源をもつ集団であったと考えられている(篠田謙一 2015, pp. 134–140)。北海道縄文人は本土縄文人に比べN9bの割合が多く、出現頻度は65%である[74]。 (13)^ 篠田は、北海道縄文人とオホーツク人が混血した時期を続縄文時代から擦文時代までと推測しているが、当該期の人骨が著しく減少するためDNA研究で検証できていないとしている(篠田謙一 2015, pp. 167–172)。 (14)^ 日本列島に特有のD2とCは現代日本人の約4割はのを保有しており、縄文人の系統が農耕社会成立以降も継続したことを示唆している(篠田謙一 2015, pp. 140–145)。 (15)^ 大都市圏の地域比較では出現頻度に明確な差はないとする佐藤陽一ら︵2014年︶の研究もあるが、斎藤成也はサンプルデータが大都市に偏っていた為と推測している(斎藤成也 2017, pp. 174–178)。 (16)^ 100万年前に進出した原人が、各地で独自に進化したとする説(篠田謙一 2015, pp. 18–21)。 (17)^ かねこ やすゆき。1970年、兵庫県生まれ。東京大学卒業後、1998年から北海道に在住し、2011年の市議会議員選挙でみんなの党公認で初当選した後、同年4月から自民党に所属していた[105]。落選後NHKから国民を守る党に入党し2019年に渋谷区議に当選するも同年離党、現在は無所属。出典
(一)^ 北海道環境生活部 2017, p. 3 (二)^ 櫻井義秀﹁第8章 アイヌ民族の宗教意識と文化伝承の課題﹂﹃現代アイヌの生活と意識 : 2008年北海道アイヌ民族生活実態調査報告書﹄北海道大学アイヌ・先住民研究センター、2012年、98頁。 (三)^ 樺太については北緯50度線付近より南部。浪川健治 ﹃日本史リブレット50アイヌ民族の軌跡﹄ 山川出版社、2016年︵1版6刷︶、6頁。 (四)^ ab菊池 2012. (五)^ 日本大百科全書(ニッポニカ)﹃アイヌ﹄ - コトバンク (六)^ "アイヌ". ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. コトバンクより2023年10月21日閲覧。 (七)^ 北原モコットゥナシ﹃つないでほどくアイヌ/和人﹄︵pdf︶北海道大学アイヌ・先住民研究センター、2022年、43頁。 (八)^ abcd“アイヌ民族への差別の実態と﹁ヘイトスピーチ﹂”. 毎日新聞 (2023年9月19日). 2023年10月21日閲覧。 (九)^ ab“﹁アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律案﹂を閣議決定 ~アイヌの人々の誇りが尊重される社会の実現を目指します~”. 文化庁 (2019年2月15日). 2023年10月21日閲覧。 (十)^ “﹁先住民族﹂初めて明記 アイヌ支援新法が成立”. 東京新聞 TOKYO Web. 2019年4月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年2月1日閲覧。 (11)^ “アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律︵平成三十一年法律第十六号︶”. e-Gov法令検索. 2020年10月24日閲覧。 (12)^ “北大‥アイヌ首長遺骨を返還”. 毎日新聞. (2018年7月21日) (13)^ “﹁私の教わったアイヌの心﹂貝澤和明”. 2023年10月21日閲覧。 (14)^ 坂田美奈子 ﹃歴史総合パートナーズ5先住民アイヌはどんな歴史を歩んできたか﹄ 清水書院、2018年、50頁。 (15)^ 加藤博文﹃まとめ−新しいアイヌ史の構築‥マルチヴォイスの歴史に向けて−﹄︵レポート︶︿引用‥新しいアイヌ史の構築 : 先史編・古代編・中世編 : ﹁新しいアイヌ史の構築﹂プロジェクト報告書2012﹀2012年3月31日、203-213頁。hdl:2115/56298。 (16)^ "ウタリ". 精選版 日本国語大辞典. コトバンクより2023年10月21日閲覧。 (17)^ 萱野茂﹃アイヌの碑﹄朝日新聞社、1980年、65頁。 (18)^ ﹃日本のんびり旅行 社会科まんが 1 (北海道・東北地方)﹄さ・え・ら書房、1983年、134頁。ISBN 4-378-04101-4。 (19)^ ﹁教育漫画でアイヌべっ視﹂﹃朝日新聞東京夕刊﹄、1986年10月24日、19面。 (20)^ “日テレ、﹁スッキリ﹂の放送内容で謝罪﹁アイヌの方を傷つけた﹂”. 毎日新聞 (2021年3月12日). 2023年10月21日閲覧。 (21)^ “アイヌの人たちの理解促進に向けた共同メッセージついて”. 北海道. 2023年10月21日閲覧。 (22)^ 樋口知志﹃阿弖流為 夷俘と号すること莫かるべし﹄ミネルヴァ書房︿ミネルヴァ日本評伝選 126﹀ p. 290–295、2013年10月10日。ISBN 978-4-623-06699-5。 (23)^ abcdefghijklmnopqrs日本学術会議 2011. (24)^ "樺太アイヌ". 世界大百科事典第2版. コトバンクより2022年4月7日閲覧。 (25)^ ﹃アイヌ学入門﹄講談社現代新書、2015、220-223頁。 (26)^ ﹃擦文・アイヌ文化﹄, p. 71-72. (27)^ ﹃擦文・アイヌ文化﹄, p. 82-83. (28)^ 瀬川拓郎﹃アイヌの歴史﹄, p. 40. (29)^ 瀬川拓郎﹃アイヌの歴史﹄, p. 97. (30)^ ﹃擦文・アイヌ文化﹄, p. 67-68. (31)^ 小杉康﹁物質文化からの民族文化誌的再構成の試み : クリールアイヌを例として﹂﹃国立民族学博物館研究報告﹄第21巻第2号、国立民族学博物館、1997年1月、406頁、CRID 1390572174773830016、doi:10.15021/00004168、hdl:10502/3126、ISSN 0385-180X。 (32)^ 高瀬克範, 鈴木建治﹁馬場コレクションの再検討 : 北千島の竪穴住居・土器・石器の基礎的研究﹂﹃北海道大学文学研究科紀要﹄第140巻、北海道大学大学院文学研究科、2013年7月、43頁、CRID 1050001339014380160、hdl:2115/52966、ISSN 13460277。 (33)^ 瀬川拓郎﹃アイヌの歴史﹄, p. 193. (34)^ ﹃擦文・アイヌ文化﹄, p. 42-43. (35)^ p.75﹃アイヌ史/概説﹄河野本道 1996年 p.94﹁擦文人が農耕をさかんに行っていた証拠はいくらでもある﹂(瀬川拓郎﹃アイヌの歴史﹄) (36)^ 瀬川拓郎﹃アイヌの歴史﹄, p. 237. (37)^ 瀬川拓郎﹃アイヌの歴史﹄, p. 37. (38)^ “維新前北海道変災年表”. 2020年7月25日閲覧。 (39)^ abcGodefroy 2010. 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●リチャード・シドル 著、マーク・ウィンチェスター 訳﹃アイヌ通史 ﹁蝦夷﹂から先住民族へ﹄岩波書店、2021年7月28日。ISBN 9784000614818。関連項目
●アイヌの一覧 - アイヌ出身者 ●アイヌの歴史 ●縄文人/オホーツク人 ●先住民族 ●ロシアにおけるアイヌ ●江戸時代の日本の人口統計 - アイヌの人口統計が含まれている。 ●アイヌ新法 ●アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律 ●アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律 ●内閣府特命担当大臣︵アイヌ施策担当︶ ●アイヌ民族運動外部リンク
- 公益社団法人北海道アイヌ協会
- 公益財団法人アイヌ民族文化財団
- 国立アイヌ民族博物館
- 平取町立二風谷アイヌ文化博物館
- ピヤラ アイヌ民族の今 - 北海道新聞
- オホーツク人のDNA解読に成功ー北大研究グループー - 2012年6月18日の北海道新聞朝刊
- 樺太アイヌの碑(石狩) : ふるさと探見 : 北海道発 : YOMIURI ONLINE
- 二風谷アイヌ匠の道
- 『アイヌ』 - コトバンク