「世親」の版間の差分
出典追加ほか |
編集の要約なし |
||
26行目: | 26行目: | ||
初め[[部派仏教]]の[[説一切有部]]で学び、有部一の学者として高名をはせた。ところが、兄・無著の勧めによって[[大乗仏教]]に転向した。無著の死後、大乗経典の註釈、唯識論、諸大乗論の註釈などを行い、アヨーディヤーにて80歳で没した。
|
初め[[部派仏教]]の[[説一切有部]]で学び、有部一の学者として高名をはせた。ところが、兄・無著の勧めによって[[大乗仏教]]に転向した。無著の死後、大乗経典の註釈、唯識論、諸大乗論の註釈などを行い、アヨーディヤーにて80歳で没した。
|
||
世親の伝記に関する諸伝承は、世親が説一切有部から大乗︵唯識派︶へと転向したという点で一致する。しかし近年、説一切有部時代に書いたとされる﹃[[阿毘達磨倶舎論]]﹄に伝える{{lang|sa| |
世親の伝記に関する諸伝承は、世親が説一切有部から大乗︵唯識派︶へと転向したという点で一致する。しかし近年、説一切有部時代に書いたとされる﹃[[阿毘達磨倶舎論]]﹄に伝える{{lang|sa|Pūrvācāryāḥ}}︵先規範師、先旧諸師︶の説{{Sfn|袴谷|1986|page=859}}および[[経量部]]説が、﹃[[瑜伽師地論]]﹄、﹃[[顕揚聖教論]]﹄{{Sfn|松田|1985|pages=751-750}}など瑜伽行派の文献にトレースできることから、﹁ヴァスバンドゥの有部での得度まで否定する必要はないにせよ、彼は最初から瑜伽行派の学匠であったと仮定するほうが、はるかに合理的ではないか﹂<ref>原田和宗﹁[http://echo-lab.ddo.jp/Libraries/%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%89%e5%ad%a6%e3%83%81%e3%83%99%e3%83%83%e3%83%88%e5%ad%a6%e7%a0%94%e7%a9%b6/%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%89%e5%ad%a6%e3%83%81%e3%83%99%e3%83%83%e3%83%88%e5%ad%a6%e7%a0%94%e7%a9%b6%20No.%201%20(1996)/%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%89%e5%ad%a6%e3%83%81%e3%83%99%e3%83%83%e3%83%88%e5%ad%a6%e7%a0%94%e7%a9%b6%20No.%201%20(1996)%20005%e5%8e%9f%e7%94%b0%e5%92%8c%e5%ae%97%e3%80%8c%ef%bc%9c%e7%b5%8c%e9%87%8f%e9%83%a8%e3%81%ae%e3%80%8c%e5%8d%98%e5%b1%a4%e3%81%ae%e3%80%8d%e8%ad%98%e3%81%ae%e6%b5%81%e3%82%8c%ef%bc%9e%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e6%a6%82%e5%bf%b5%e3%81%b8%e3%81%ae%e7%96%91%e5%95%8f(I)%e3%80%8d.pdf <経量部の﹁単層の﹂識の流れ>という概念への疑問 (I)]﹂︵﹃インド学チベット学研究﹄1、1996年、pp.144-145︶</ref>という意見も出されている。
|
||
== 著作 == |
== 著作 == |
||
102行目: | 102行目: | ||
しかし、古師ヴァスバンドゥと新師ヴァスバンドゥの著作間の共通箇所が次々と指摘され、フラウヴァルナーが用いた史料の信頼性にも疑問が呈されたことから、現在では否定的に考えられている。 |
しかし、古師ヴァスバンドゥと新師ヴァスバンドゥの著作間の共通箇所が次々と指摘され、フラウヴァルナーが用いた史料の信頼性にも疑問が呈されたことから、現在では否定的に考えられている。 |
||
== |
== 著作 == |
||
⚫ | * {{Cite book|和書|title=インド人の論理学|date=1998-10-25|year=1998|publisher=中央公論社|author=[[桂紹隆]]|ref={{SfnRef|桂|1998}}}} |
||
⚫ | * {{Cite journal |last=袴谷 |first=憲昭 |title= |
||
⚫ | * {{Cite journal |last=松田 |first=和信 |title= Vyākhyāyukti の二諦説 -Vasubandhu 研究ノート (2)- |url=https://doi.org/10.4259/ibk.33.756 |journal=印度學佛教學研究 |volume=33 |issue=2 |date=1986 |publisher=日本印度学仏教学会 |pages=756-750 |ref={{SfnRef|松田|1985}} }} |
||
⚫ | *[[桜部建]]・[[上山春平]]『仏教の思想2 存在の分析<[[アビダルマ]]>』([[角川文庫ソフィア]]、[[1996年]]、ISBN 4-04-198502-1) |
||
⚫ | * [[服部正明]]・上山春平『仏教の思想4 認識と超越<[[唯識]]>』(角川文庫ソフィア、[[1997年]]、ISBN 4-04-198504-8) |
||
⚫ | * [[塚本啓祥]]・[[松長有慶]]・[[磯田煕文]] 編著『梵語仏典の研究 III 論書篇』([[平楽寺書店]]、[[1990年]]) |
||
⚫ | |||
=== 現代語訳・訳注 === |
=== 現代語訳・訳注 === |
||
『[[阿毘達磨倶舎論]]』の現代語訳・訳注については『[[阿毘達磨倶舎論]]』を参照。 |
『[[阿毘達磨倶舎論]]』の現代語訳・訳注については『[[阿毘達磨倶舎論]]』を参照。 |
||
133行目: | 125行目: | ||
**『文殊師利菩薩問菩提経論』『妙法蓮華経憂波提舎』『無量寿経優波提舎願生偈』『涅槃経本有今無偈論』『遺教経論』『涅槃論』の訳注。 |
**『文殊師利菩薩問菩提経論』『妙法蓮華経憂波提舎』『無量寿経優波提舎願生偈』『涅槃経本有今無偈論』『遺教経論』『涅槃論』の訳注。 |
||
* 大竹晋 校註『新国訳大蔵経 インド撰述部 釈経論部 能断金剛般若波羅蜜多経論釈 他』(大蔵出版、2009年、ISBN 978-4-8043-8048-3) |
* 大竹晋 校註『新国訳大蔵経 インド撰述部 釈経論部 能断金剛般若波羅蜜多経論釈 他』(大蔵出版、2009年、ISBN 978-4-8043-8048-3) |
||
⚫ | |||
⚫ | |||
=== 注釈 === |
|||
{{Notelist2}} |
|||
=== 出典 === |
|||
⚫ | |||
== 参考文献 == |
|||
⚫ | * {{Cite book|和書|title=インド人の論理学|date=1998-10-25|year=1998|publisher=中央公論社|author=[[桂紹隆]]|ref={{SfnRef|桂|1998}}}} |
||
⚫ | * {{Cite journal |last=袴谷 |first=憲昭 |title= Pūrvācārya 考 |url=https://doi.org/10.4259/ibk.34.866 |journal=印度學佛教學研究 |volume=34 |issue=2 |date=1986 |publisher=日本印度学仏教学会 |pages=866-859 |ref={{SfnRef|袴谷|1986}} }} |
||
⚫ | * {{Cite journal |last=松田 |first=和信 |title= Vyākhyāyukti の二諦説 -Vasubandhu 研究ノート (2)- |url=https://doi.org/10.4259/ibk.33.756 |journal=印度學佛教學研究 |volume=33 |issue=2 |date=1986 |publisher=日本印度学仏教学会 |pages=756-750 |ref={{SfnRef|松田|1985}} }} |
||
⚫ | *[[桜部建]]・[[上山春平]]『仏教の思想2 存在の分析<[[アビダルマ]]>』([[角川文庫ソフィア]]、[[1996年]]、ISBN 4-04-198502-1) |
||
⚫ | * [[服部正明]]・上山春平『仏教の思想4 認識と超越<[[唯識]]>』(角川文庫ソフィア、[[1997年]]、ISBN 4-04-198504-8) |
||
⚫ | * [[塚本啓祥]]・[[松長有慶]]・[[磯田煕文]] 編著『梵語仏典の研究 III 論書篇』([[平楽寺書店]]、[[1990年]]) |
||
⚫ | |||
== 関連項目 == |
== 関連項目 == |
||
148行目: | 156行目: | ||
** [http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/T1586_,31,0060a17:1586_,31,0061b24.html 中觀部・瑜伽部 Vol.31 唯識三十論頌] |
** [http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/T1586_,31,0060a17:1586_,31,0061b24.html 中觀部・瑜伽部 Vol.31 唯識三十論頌] |
||
** [http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/T1590_,31,0074b24:1560_,31,0077b08.html 中觀部・瑜伽部 Vol.31 唯識二十論] |
** [http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/T1590_,31,0074b24:1560_,31,0077b08.html 中觀部・瑜伽部 Vol.31 唯識二十論] |
||
⚫ | |||
⚫ | |||
⚫ | |||
{{Buddhism2}} |
{{Buddhism2}} |
2021年6月25日 (金) 16:55時点における版
世親 (天親) | |
---|---|
300 - 400年頃 | |
![]() 興福寺北円堂の世親像 | |
尊称 | 世親菩薩、天親菩薩 |
生地 | プルシャプラ |
没地 | アヨーディヤー |
宗派 |
説一切有部 後に、瑜伽行唯識学派 |
師 | 無著(世親の実兄) |
著作 |
『阿毘達磨倶舎論』 『唯識二十論』 『唯識三十頌』 『浄土論』他 |
生涯
世親の伝記については、真諦訳﹃婆薮槃豆法師伝﹄、玄奘﹃大唐西域記﹄やその弟子・基の伝える伝承、ターラナータ﹃仏教史﹄中の伝記などがある。 ﹃婆薮槃豆法師伝﹄によれば、世親は仏滅後900年にプルシャプラ︵現在のパキスタン・ペシャーワル︶で生まれた。三人兄弟の次男で、実兄は無著︵アサンガ︶、実弟は説一切有部のヴィリンチヴァッサ︵比隣持跋婆︶。兄弟全員が世親︵ヴァスバンドゥ︶という名前であるが、兄は無著、弟は比隣持跋婆という別名で呼ばれるため、﹁世親﹂という名は専ら本項目で説明する次男のことを指す。 初め部派仏教の説一切有部で学び、有部一の学者として高名をはせた。ところが、兄・無著の勧めによって大乗仏教に転向した。無著の死後、大乗経典の註釈、唯識論、諸大乗論の註釈などを行い、アヨーディヤーにて80歳で没した。 世親の伝記に関する諸伝承は、世親が説一切有部から大乗︵唯識派︶へと転向したという点で一致する。しかし近年、説一切有部時代に書いたとされる﹃阿毘達磨倶舎論﹄に伝えるPūrvācāryāḥ︵先規範師、先旧諸師︶の説[2]および経量部説が、﹃瑜伽師地論﹄、﹃顕揚聖教論﹄[3]など瑜伽行派の文献にトレースできることから、﹁ヴァスバンドゥの有部での得度まで否定する必要はないにせよ、彼は最初から瑜伽行派の学匠であったと仮定するほうが、はるかに合理的ではないか﹂[4]という意見も出されている。著作
以下のリストは網羅的なものではない。 近年、松田和信らの研究によって、﹃倶舎論﹄→﹃釈軌論﹄→﹃大乗成業論﹄→﹃縁起経釈論﹄→﹃唯識二十論﹄ →﹃唯識三十頌﹄という著作の順番が確定しつつある[5]。説一切有部系の著作
●﹃勝義七十論﹄︵﹃七十真実論﹄﹃勝義七十論﹄﹃第一義諦論﹄とも︶ - 各種伝記中に書名が見えるが現存せず。敦煌文献中に﹃真実論﹄として引かれる逸文が関係するか[6]。 ●﹃無依虚空論﹄漢訳﹃雑阿毘曇心論﹄中の帰敬偈において先行する﹃阿毘曇心論﹄の註釈書として登場し、その際に﹁和修槃頭︵ヴァスバンドゥ?︶﹂の著作として割注に示される[7]。 ●﹃阿毘達磨倶舎論﹄(Abhidharmakośabhāṣya)経典の注釈
大乗論書に対する注釈
●﹃摂大乗論釈﹄︵Mahāyānasaṃgraha-bhāṣya︶ - 無著﹃摂大乗論﹄に対する注釈。 ●﹃大乗荘厳経論︵Mahāyānasūtrālaṃkāravyākhyā︶ - 弥勒の頌に対する注釈。漢訳は無著造とする。 ●﹃中辺分別論﹄︵弁中辺論・Madhyāntavibhāga-bhāṣya︶ - 弥勒の頌に対する注釈。 ●﹃六門教授習定論﹄ - 無著の頌に対する注釈。 ●﹃法法性分別論﹄︵Dharmadharmatā-vibhaṇga-vṛtti︶ - 弥勒の著作に対する注釈。 ●﹃順中論義入大般若波羅蜜経初品法門﹄ - 漢訳は無著菩薩作とするが、吉蔵﹃中論序疏﹄の伝承では天親︵世親︶作。大竹晋は世親作とする。 その他、漢訳﹃中論﹄では﹁龍樹菩薩造・梵志青目釈﹂となっているが、僧祐﹃薩婆多師資伝﹄︵逸文︶の伝承では、青目を世親とする。また、﹃百論﹄では﹁提婆菩薩造 婆藪開士釈﹂となっているが、同様に僧祐﹃薩婆多師資伝﹄では婆藪開士を世親とする。唯識系の論書
●﹃唯識三十頌﹄︵Triṃśikā-vijñaptimātratāsiddhi︶ - 後に多くの論師によって注釈書が作られ、唯識の基本的論書となる。 ●﹃唯識二十論﹄︵Viṃśatikā-vijñaptimātratāsiddhi︶ ●﹃大乗成業論﹄︵業成就論・Karmasiddhi︶ ●﹃大乗五蘊論﹄︵Pañcaskandhaka︶ ●﹃三性論﹄︵Trisvabhāva[-nirdeśa]︶ ●﹃大乗百法明門論﹄ - 玄奘の訳とするが諸説あり、また、内容的に世親ではなく後世の作である可能性もある。 ●﹃仏性論﹄ - この論は、内容的には﹃宝性論﹄の抄訳を解説したものなので、訳者の真諦またはその師僧の著作とする説もある。論理学関連
●﹃如実論﹄︵Tarkaśāstra︶ - 漢訳︵﹃如実論 反質難品﹄︶は部分訳か。 ●﹃論軌﹄︵Vādavidhi︶ ●﹃論式﹄︵Vādavidhāna︶ ●﹃論心﹄その他
●﹃釈軌論﹄︵Vyākhyā-yukti︶ - 経典解釈の方法を説く。 ●﹃止観門論頌﹄ - 不浄観などを説く。 ●Gāthāsaṃgraha - 寓話集的なもの。 ●Śīlaparikathā世親二人説
世親の生存年代については、仏滅後900年、1000年、1100年など、複数の伝承が存在した。また、ヤショーミトラによる﹃倶舎論﹄の注釈書や普光﹃倶舎論記﹄において、﹃倶舎論﹄の著者とは別の古師ヴァスバンドゥ︵古世親、vṛddhācārya-vasubandhu︶についての言及があることが、指摘されていた。 これらをふまえフラウヴァルナーが、ヴァスバンドゥには古師と新師の2人がいる、という説を唱えた[10]。フラウヴァルナーは、僧肇﹃法華翻経後記[11]﹄などに見える鳩摩羅什の伝承に基づき、古師ヴァスバンドゥを4世紀前半の人とし、﹃中辺分別論﹄﹃大乗荘厳経論﹄﹃摂大乗論釈﹄、大乗経典に対する註釈書などを古師ヴァスバンドゥの著作とする。一方、新師ヴァスバンドゥを、仏滅後1000年または1100年=5世紀の人とし、﹃倶舎論﹄﹃唯識二十論﹄﹃唯識三十頌﹄﹃論軌﹄﹃論式﹄﹃論心﹄などの作者とした。 しかし、古師ヴァスバンドゥと新師ヴァスバンドゥの著作間の共通箇所が次々と指摘され、フラウヴァルナーが用いた史料の信頼性にも疑問が呈されたことから、現在では否定的に考えられている。著作
現代語訳・訳注
﹃阿毘達磨倶舎論﹄の現代語訳・訳注については﹃阿毘達磨倶舎論﹄を参照。脚注
注釈
出典
参考文献
- 桂紹隆『インド人の論理学』中央公論社、1998年10月25日。
- 袴谷, 憲昭 (1986). “Pūrvācārya 考”. 印度學佛教學研究 (日本印度学仏教学会) 34 (2): 866-859 .
- 松田, 和信 (1986). “Vyākhyāyukti の二諦説 -Vasubandhu 研究ノート (2)-”. 印度學佛教學研究 (日本印度学仏教学会) 33 (2): 756-750 .
- 桜部建・上山春平『仏教の思想2 存在の分析<アビダルマ>』(角川文庫ソフィア、1996年、ISBN 4-04-198502-1)
- 服部正明・上山春平『仏教の思想4 認識と超越<唯識>』(角川文庫ソフィア、1997年、ISBN 4-04-198504-8)
- 塚本啓祥・松長有慶・磯田煕文 編著『梵語仏典の研究 III 論書篇』(平楽寺書店、1990年)
- 大竹晋『元魏漢訳ヴァスバンドゥ釈経論群の研究』(大蔵出版、2013年3月)