日本語の方言のアクセント
日本語アクセントの体系と表記[編集]
有アクセントの多くの方言では、音が下がる位置がどこにあるかが区別される。例えば東京方言で﹁雨が﹂は﹁あめが﹂と発音され﹁あ﹂の後に下がり目がある︵高く発音する部分を太字で表す。以下同じ︶。﹁足が﹂は﹁あしが﹂と発音され﹁し﹂の後に下がり目があり、﹁風が﹂は﹁かぜが﹂と発音され下がり目がない。下がり目の直前の拍には、アクセント核と呼ばれる、ピッチ変動をもたらす特徴があると考えられる。東京の場合、アクセント核はその次の拍を下げる働きがあるため、下げ核と言い、○で表す[3]。東京方言の﹁雨﹂は○○型を持ち、﹁足﹂は○○型で、﹁風﹂は○○型︵アクセント核なし︶である。アクセント核がある型を有核型、ない型を無核型と呼ぶ。 東京の場合、音の上昇は単語固有のアクセントではない[3]。東京方言では、間を区切らずひとまとまりに発音した部分︵﹁句﹂と呼ぶ︶の1拍目と2拍目の間に音の上昇がみられる︵1拍目にアクセント核がある場合は、1拍目の前に上昇がある︶。この、句ごとに現れる音調を句音調と呼ぶ[3]。﹁この、かぜが﹂﹁この、あしが﹂と区切って発音すればそれぞれの最初に上昇が現れるが、区切らずに発音すれば﹁このかぜが﹂﹁このあしが﹂のように最初にしか上昇は現れない。○を使った表記は、アクセントだけを取り出し抽象化したものであり、﹁かぜが﹂﹁あしが﹂のような表記は、アクセントと句音調の性質を同時に表記したものである。発話における実際の発音では、アクセントだけでなく、句音調や、焦点となる語の最初に現れる上昇︵プロミネンス︶、疑問文での文末の上昇︵イントネーション︶が加わって音調が決まる。 ○○型と○○型のように、東京方言では無核型と、最後の拍にアクセント核がある型は、そのままの形では発音の区別はつかない。たとえば、﹁鼻﹂と﹁花﹂はどちらも﹁はな﹂で違いはない。しかし、﹁が﹂などの助詞を付けると、﹁はなが﹂︵鼻が︶と﹁はなが﹂︵花が︶で区別できる。﹁が﹂のような助詞は固有のアクセントを持たず、自立語のアクセントに従属する。以上のことから、以下では音調を表すときに可能な限り助詞付きの形で示している。 京阪式アクセントなどでは、拍内で下降が聞かれることがあり、この場合、拍の最初が高く最後が低い。例えば京阪では﹁雨﹂には2拍目に拍内下降があるが、これを﹁あめぇ﹂のように表記する。方言間の対応関係[編集]
日本語のアクセントは地方によって異なっているが、無秩序に異なっているのではなく、規則的な対応関係がある。たとえば﹁風が﹂﹁鳥が﹂﹁牛が﹂を東京で﹁低高高﹂と発音し、京都で﹁高高高﹂と発音する。﹁足が﹂﹁犬が﹂﹁月が﹂を東京で﹁低高低﹂、京都で﹁高低低﹂と発音する。﹁雨が﹂﹁秋が﹂﹁声が﹂を東京で﹁高低低﹂、京都で﹁低高低﹂と発音する。このような規則的な対応関係は、東京と京都だけでなく全国の方言間にあり、このことは、全国の方言アクセントが一つの祖アクセント体系から分かれ出たことを意味する[4]。祖体系に存在したと推定されるアクセント型の区別に従い単語を分類した各グループを類︵語類︶と呼ぶ。2拍名詞には第1類から第5類までの5つの類があり、前述の﹁風・鳥・牛﹂は第1類、﹁足・犬・月﹂は第3類、﹁雨・秋・声﹂は第5類である。文献資料に残る平安時代の京都のアクセントは、この5つの類を区別し、それぞれの類の語彙が異なるアクセント型を持っていた。現代諸方言のアクセントは、祖体系が様々な変化をしてできたものと考えられ、各地とも変化の過程ではいくつかの類が統合して同じ型になっている。現代諸方言のアクセントは、各類がその地でどのような組み合わせで統合しているか、また各類がどういう型になっているかによって比較することができる。各種のアクセント[編集]
東京式アクセント[編集]
語例 | 内輪 | 中輪 | 外輪 | ||
---|---|---|---|---|---|
1拍名詞 | 第1類 | 蚊・子・血 | ○ | ||
第2類 | 名・葉・日 | ○ | ○ | ||
第3類 | 木・手・目 | ○ | |||
2拍名詞 | 第1類 | 牛・風・鳥 | ○○ | ||
第2類 | 石・音・紙 | ○○ | ○○ | ||
第3類 | 足・犬・山 | ○○ | |||
第4類 | 糸・笠・空 | ○○ | |||
第5類 | 雨・猿・春 | ○○ | |||
2拍動詞 | 第1類 | 行く・着る | ○○ | ||
第2類 | 有る・見る | ○○ |
京阪式および類似の諸アクセント[編集]
京阪式[編集]
語例 | アクセント型 | ||
---|---|---|---|
1拍名詞 [注 1] |
第1類 | 蚊・子・血 | H○ |
第2類 | 名・葉・日 | H○ | |
第3類 | 木・手・目 | L○ | |
2拍名詞 | 第1類 | 牛・風・鳥 | H○○ |
第2類 | 石・音・紙 | H○○ | |
第3類 | 足・犬・山 | H○○ | |
第4類 | 糸・笠・空 | L○○ | |
第5類 | 雨・猿・春 | L○○ | |
2拍動詞 | 第1類 | 行く・着る | H○○ |
第2類 | 有る・見る | L○○ |
三重県熊野[編集]
三重県尾鷲市旧早田村から熊野市海岸部・御浜町・紀宝町にかけてのアクセントは、山口幸洋によるとほぼ同質のアクセント︵熊野式︶で、2拍名詞では第1類が○○型、第2・3類は○○型、第4類は上昇性のない平板な発音、第5類は○○型である[23]。ただし第2・3類は、単独では﹁あし﹂だが助詞付きでは﹁あしが﹂となる傾向が強い。第1類は﹁かぜが﹂﹁かぜが﹂﹁かぜが﹂の全てがありえ、しかし第4類とは区別される。一方で第1・4類ともに﹁かぜが﹂﹁かぜが﹂のような音調が現れることもある[23]。第4類には珍しい現象があり、前に語が付くと﹁このいと﹂と発音され、この点で﹁このうし﹂(この牛)となる第1類とは異なっている[24]。石川県能登[編集]
石川県能登のアクセントは地域による変異が激しいが、能登主流のアクセントでは、2拍名詞の第1類は﹁かぜ﹂﹁かぜが﹂のように発音され、第2・3類は﹁いけ﹂﹁いけが﹂となり、第4類は﹁うみ﹂﹁うみが﹂で低く平板、第5類は単独では﹁あめ﹂だが、助詞が付くと﹁あめが﹂になる[25]。したがって能登では、﹁低高高﹂と﹁低低高﹂と﹁低低低﹂は区別される。ただし能登では、2拍目の母音の広狭によって発音の違いがある[26]。金田一春彦は、この能登のアクセントは京阪式から東京式に変化する途中のアクセントであると考えた[26]。垂井式[編集]
讃岐式[編集]
真鍋島式[編集]
岡山県の真鍋島のアクセントでは、2拍名詞は、第1・5類が﹁かぜ﹂、第4類が﹁いと﹂、第2類が﹁いしぃ﹂︵2拍目に拍内下降あり︶、第3類が﹁いぬ﹂型となっている[5]。香川県佐柳島のアクセントもこれに似るが、複雑な体系を持っており、型の種類が全国で最も多い[5]。伊吹島[編集]
香川県の伊吹島では、全国で唯一、2拍名詞の5つの類を全て区別している。金田一春彦によれば第1類﹁かぜ﹂、第2類﹁かわ﹂、第3類﹁やまぁ﹂、第4類﹁かさ﹂、第5類﹁あめぇ﹂である[5]。上野善道によれば、平進式H、下降式 !、上昇式Lの対立があり、第1類はH○○型、第2類はH○○型、第3類は!○○型、第4類はL○○型、第5類はL○○型である[6]。石川県加賀、福井県今庄[編集]
石川県旧白峰村のアクセントでは、下降式 !と平進式(あるいは非下降式。ここでは無印とする)の対立がある[6]。白峰の下降式音調は、2拍目が最も高く、3拍目以降は緩やかに下降していく。ただし助詞の付かない2拍語では1拍目がやや高く2拍目には小さな拍内下降が聞かれる[39]。2拍名詞の第1類が!○○型、第2・3類が○○型、第4・5類が○○型である︵第5類には○○型の語も混じる[40]︶[6]。3拍語では室町時代の京都アクセントでH○○○型だったものが!○○○型に、H○○○型が○○○型に、H○○○が○○○に、L○○○型とL○○○型が統合して○○○型になっている[39][5]。 加賀地方の平野部では、これが母音の広狭に応じて変化している。例えば加賀市大聖寺では、2拍名詞の第1・2・3類のうち、2拍目が狭母音︵i、u︶を持つものは○○型で、2拍目が広母音︵a、e、o︶を持つものは○○型である[41]。一方で金沢市︵昭和生まれ︶では、第1・2・3類のうち、2拍目が有声子音かつ狭母音のもの︵犬など︶が○○型で、2拍目が無声子音または広母音のもの︵池・山など︶は○○型である。ただし、金沢市の明治生まれを中心に大正中ごろまでに生まれた世代では、第1類はすべて○○型で、第2・3類とは区別される[42][40]。第2・3類の大部分が○○型になるので、やや東京式に近い[5]。なお金沢における○○型などの語末に核のある型は最終拍に拍内下降がある[42]。金沢市でも第4・5類は○○型である︵第5類には○○型、○○型の語も混じる︶[40][41]。 福井県旧今庄町では2拍名詞の第1・2・3類が○○型、第4・5類が○○型︵第5類の半数は○○型︶になっている[29][43]。福井市東部の美山町芦見川流域︵吉山・籠谷・西中︶にも、第1・2・3類○○型、第4類○○型︵第5類はまとまりなし︶で○○型の無いアクセントがある[44]。佐渡島、今須、八幡浜[編集]
新潟県佐渡島のうち、北端部と南西部では2拍名詞の第1・5類が○○型、第2・3類が○○型、第4類が○○型である。佐渡中央部では、第1・4・5類が統合して○○型、第2・3類が○○型である[28][5]。 岐阜県関ケ原町今須[29]や、愛媛県八幡浜市のアクセントでも、第1・4・5類が○○型、第2・3類が○○型である。3拍語を見ると、室町時代の京都アクセントでH○○○型︵桜︶、L○○○型︵うさぎ︶、L○○○型︵いちご︶だったものが統合して○○○型になり、室町時代京都でH○○○型︵頭︶だったものは○○○型、H○○○型︵命︶だったものは○○○型になっている[5]。三重県尾鷲・紀北[編集]
三重県紀北町のアクセント︵長島式︶では、2拍名詞は、第1類が○○︵下がり目なし︶、第2・3類が○○、第4・5類が○○という体系を持っている[23]。また同種のアクセントが奈良県下北山村池原にもある[23]。 尾鷲市中心部・九鬼のアクセント︵尾鷲式︶は紀北町のものに近いが、複雑な体系を持っており、研究者によって解釈も分かれる。第1類は○○型、第2・3類は○○型である。第1類は﹁うし﹂、﹁うっしゃ﹂︵牛が︶のように発音される︵この地域の方言として助詞は前の語と融合して発音される︶。第4・5類は、単独では﹁いと﹂と発音されるものの、○○型の﹁この﹂が前に来ると、﹁このいと﹂のように低く発音される。また、第4・5類の後に付く語は﹁いときる﹂のように低く発音される。ただし、第4・5類の後の助詞は低くならず、﹁あんみゃふる﹂︵雨が降る︶のように助詞の後が低く発音される。金田一春彦はこれを、第4・5類には語頭の直前に下がり目があるため﹁このいと﹂のようになり、また2拍目の直後にも下がり目があるため﹁いときる﹂のようになると解釈した[22]。 奈良県下北山村の大瀬・音枝︵いずれもダム建設のため現存せず︶と、三重県尾鷲市古江のアクセントでは、2拍名詞は第1類が○○型、第2・3・4・5類が○○型である[23]。各方言の比較表[編集]
類 | 語例 | 京阪式 | 垂井式 C型 |
垂井式 B型 |
垂井式 A型 |
伊吹島 [注 2] |
西讃岐 | 粟島 川之江 など |
徳島県 出合 |
石川県 白峰 |
福井県 今庄 |
佐渡両端 | 佐渡中央 今須 八幡浜 |
三重県 長島式 |
三重県 古江 |
岡山県 寒河 |
内輪 中輪 東京式 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
第1類 | 牛・風 | H○○ | ○○ | ○○ | ○○ | H○○ | !○○ | ○○ | ○○ | !○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ |
第2類 | 石・音 | H○○ | ○○ | ○○ | ○○ | H○○ | !○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ |
第3類 | 足・山 | H○○ | ○○ | ○○ | ○○ | !○○ | !○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ |
第4類 | 糸・空 | L○○ | ○○ | ○○ | ○○ | L○○ | &○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ |
第5類 | 雨・猿 | L○○ | ○○ | ○○ | ○○ | L○○ | &○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ | ○○ |
上がり目を弁別するアクセント[編集]
奈良田のアクセント[編集]
山梨県早川町奈良田がその代表で、奈良田のアクセントでは上げ核○を弁別する。上げ核は、その次の音を上げるはたらきを持つ。上げ核の位置は、周辺の中輪東京式アクセントの下げ核の位置とほぼ同じで、しかし核の種類が違うため高低はまったく違ってくる。無核の場合は﹁かぜが﹂︵風が︶のように1拍目が高くなる。このように、1拍目に上げ核がある場合を除いて1拍目が高くなるが、これはアクセントの弁別的特徴ではない。有核の場合、上げ核の後の高い部分は、原則として1拍である。○○型の﹁猿﹂は﹁さるが﹂、○○型の﹁山﹂は﹁やまが﹂と発音される。3拍語になると、○○○型︵さくらが︶、○○○型︵かぶとが︶、○○○型︵こころが︶、○○○型︵かがみが︶のようになる[45]。青森などの昇り核アクセント[編集]
同じく音の上がり目を区別するアクセントで、昇り核○を弁別するものがある。昇り核は、その音節・拍が上がるというものである。昇り核によるアクセント体系は、青森県の青森市や弘前市、岩手県雫石町から報告されている[45][46][47]。これらの方言では、単語の言い切りの形では東京式アクセントと同じ音調であるため東京式アクセントに分類されていたが、文中での接続の形から、下がり目を弁別しているのではないことが明らかになった。たとえば弘前市では、﹁猿﹂は言い切りの形では﹁さる。﹂であるが、文がつながっていく場合では﹁さるも…﹂となる。﹁山﹂の言いきりでは﹁やま。﹂︵ただし2拍目に拍内下降がある︶だが、接続の形では﹁やまも…﹂となる。弘前市のアクセントで弁別されるのは上がり目であり、下がるのは言い切るときの最後の一つ前と決まっている。﹁猿﹂は○○型、﹁山﹂は○○型であり、昇り核のあるところから高くなる。3拍語では、○○○型では﹁きつねも…﹂、○○○型は﹁うさぎも…﹂、○○○型では﹁おとこも…﹂のようになる[45]。 岩手県宮古市も昇り核アクセントだが、一語に高音部の山が2回現れる場合がある。核が3拍目以降にある場合は﹁からかさ﹂︵○○○○型︶、﹁たなばたぁ﹂︵○○○○型︶のように、語頭から核の2拍前まで高く、核直前で低く、核で再び高くなった後下降する︵語末に核がある場合は拍内下降が現われる︶。核が1・2拍目の場合は高音部は一か所だけで、﹁鯨﹂︵○○○型︶は﹁高中低﹂、﹁風呂敷﹂︵○○○○型︶は﹁低高中低﹂となるなど、核の後の下降は緩やかである。無核の場合は﹁みず﹂、﹁みずが﹂、﹁さかな﹂、﹁さかなが﹂、﹁にわとり﹂、﹁にわとりが﹂のように、文節の長さに応じて下降・上昇の位置が動き、﹁高…高低高﹂の音調で現れる。無核の場合に現れる﹁高…高低高﹂が宮古方言における基本の句音調と考えられ、有核の場合は核より前の部分に句音調として﹁高…高低﹂が現れる[48]。N型アクセント[編集]
以下で解説する、三型アクセント、二型アクセント、一型アクセントを総称して、N型︵エヌけい︶アクセントと呼ぶ。N型アクセントとは、アクセントの対立数が一定数以下︵多くの場合は3以下︶に限定されているアクセント体系を指し、対立数に応じて三型、二型、一型と呼ぶ[49]。九州西南部式[編集]
隠岐のアクセント[編集]
2拍名詞 | 語例 | 知夫 | 別府 | 五箇 |
---|---|---|---|---|
第1類 | 風・口 | 低高/中低-高 | 低高/低高-低 | 低高/中低-高 |
第2類・第3類 | 音・山 | 高低/高高-低 | 高低/高高-低 | 高低/低高-低 |
第4類・第5類 | 空・雨 | 低高/中低-高 | 低高/低高-高 | 中低/中低-低 |
福井嶺北[編集]
一型アクセント[編集]
曖昧アクセント[編集]
型の区別が曖昧なアクセントを総称して曖昧アクセントと呼ぶ[60]。話者のアクセントが一定せず、同じ語を複数の型で発音する傾向がある。アクセント体系が崩壊して無アクセントに変化する途中であるとする説と、逆に無アクセント話者がアクセントを獲得しようとする途中のアクセントであるとする説がある。埼玉特殊アクセント 等[編集]
埼玉県東部には奈良田方言のアクセントに似たアクセントがあり、﹁埼玉特殊アクセント﹂と呼ばれる。音の高低が中輪東京式とほとんど逆になるが、中輪東京式アクセントと無アクセントの中間形のアクセントと考えられる。埼玉特殊アクセントの中でも、地域による違いが大きく、例えば蓮田市では﹁あめが﹂︵雨が︶、﹁いしが﹂︵石が︶、﹁あきが﹂︵秋が︶、加須市では﹁あめが﹂︵雨が︶、﹁いしが﹂︵石が︶、﹁あきが﹂︵秋が︶のようなアクセントであり[61]、型の区別があいまいである。戦前は東京都足立区・葛飾区・江戸川区、︵現在の︶千葉県浦安市にまで分布していたが、戦後は東京式アクセントの範囲が広がった[5]。 栃木県佐野市、群馬県館林市、板倉町付近にも中輪東京式と無アクセントの間の曖昧アクセントが分布する。 また、外輪東京式の変種アクセントと、無アクセントの分布域の境界地帯にあたる、宮城県北部から山形県北東部にかけても埼玉東部に似たアクセントが分布している。2拍名詞の第4・5類のほとんどが﹁かさ﹂調となり、第1・2類が無造作な発音では﹁かぜ﹂調となるが、型の区別が曖昧である[62]。無アクセント[編集]
琉球方言のアクセント[編集]
琉球方言のアクセントは内部の差が大きいが、多くは二型または三型のN型アクセント体系を有する[63]。 琉球方言では、本土方言とは異なった類の分裂と統合が見られる。2拍名詞の第3・4・5類は、琉球方言では各類が分裂して別々の型に属している。琉球の各方言の比較により、琉球祖語︵琉球方言全ての祖語︶の2拍名詞は、A系列︵第1・2類︶、B系列︵第3類の殆どと第4・5類の約半数︶、C系列︵第3類の少数と第4・5類の残り半数︶の3つの系列が区別されていたと想定される[64]。徳之島、沖永良部島、与那国島などでA/B/Cが区別される他、方言により一部の系列が統合して、A/BC、AB/C、AC/Bのように区別されている[65][64]。系列 | 類 | 語 | 語形 |
---|---|---|---|
A系列 | 第1類 | 風 | kaʒi |
第2類 | 音 | ʔutu | |
B系列 | 第3類 | 山 | jaːma[ː |
第4類 | 板 | ʔiːta[ː | |
第5類 | 雨 | ʔaːmi[ː | |
C系列 | 第3類 | 浜 | haː[ma |
第4類 | 中 | naː[ka | |
第5類 | 猿 | saː[ru |
アクセントの類型[編集]
型 の 有 無 |
タ イ プ |
弁別特徴 (アクセント 核・声調) |
下位分類 (名称) |
型の区別 | 型の数 | 地域 | 人口比 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
有 型 ア ク セ ン ト |
多 型 ア ク セ ン ト |
核あり・ 声調なし |
昇り核 アクセント |
昇り核の 位置 |
n拍につき n+1 |
東北北部 | 5%前後 |
下げ核 アクセント |
下げ核の 位置 |
東北北部を除 く「東京式アク セント」地域 |
60%以上 | ||||
核あり・ 声調あり |
下げ核+声調 アクセント |
下げ核の 位置と、 開始の音調 |
1拍語は3種、 2拍語は4種、 3拍語以上は n拍につき 2n-1 |
「京阪式アク セント」地域 |
20%強 | ||
N 型 ア ク セ ン ト |
核なし・ 声調あり |
2型アクセント | 全体の ピッチパ ターン |
2 | 九州西南部、 琉球 |
5%前後 | |
3型アクセント | 3 | 島根県隠岐、 琉球 | |||||
1型アクセント | 1 | 宮崎県都城 市・小林市、 鹿児島県志布 志市・曽於市 |
10%強 | ||||
無 型 ア ク セ ン ト |
無 型 ア ク セ ン ト |
不定 | 無型アクセント | なし | 不定 | 東北南部・関 東北部、九州 中部 |
複合語アクセント規則[編集]
複合語のアクセントは、その構成要素のアクセントそのままではない。複合語のアクセントは、諸方言において一定の生成規則が存在する。複合語が2つの形態素から成る場合、例えば﹁みかん畑﹂の場合、1つ目の形態素︵みかん︶を﹁前部要素﹂、2つ目の形態素︵畑︶を﹁後部要素﹂と呼ぶ。複合語のアクセント規則には、前部要素、後部要素それぞれのアクセントや、それぞれの長さ︵拍数︶が関わる。 例えば東京方言では、複合名詞の後部要素が3拍の場合、後部要素の単独形のアクセント︵以下、単に﹁後部要素のアクセント﹂と言う︶が○○○型(2型)なら複合語は語末から2拍目にアクセント核が置かれる︵これを﹁-2型﹂と表現する。以下同じ。例‥﹁たまご﹂→﹁ゆでたまご﹂、﹁うちわ﹂→﹁ひだりうちわ﹂︶。それ以外の後部要素なら複合語は語末から3拍目にアクセント核が置かれる︵-3型。例‥﹁さかな﹂(無核)→﹁やきざかな﹂、﹁ちから﹂→﹁ばかぢから﹂︶[69]。ただし若い世代では、後部要素が○○○型であっても複合語が-3型となる︵例‥﹁ゆでたまご﹂︶ので、後部要素のアクセントに関わらず、後部要素が3拍なら複合語は-3型となる[69]。一方、後部要素が5拍の場合は後部要素のアクセント核の位置がそのまま複合語に反映される︵例‥﹁さいばんしょ﹂→﹁ちほうさいばんしょ﹂、﹁ハーモニカ﹂(無核)→﹁でんしハーモニカ﹂(無核)︶[70]。後部要素が2拍の場合、後部要素が﹁舟﹂﹁空﹂なら-2型、﹁虫﹂﹁川﹂なら-3型、﹁山(やま)[注 4]﹂﹁色﹂なら無核というように、どの後部要素であるかにより個別に複合語のアクセントが決まる[70]。東京では前部要素は複合名詞のアクセントに関与しない。東京のような、後部要素によって複合名詞のアクセントが決まる方言は、他に広島市や岡山市、名古屋市といった内輪東京式・中輪東京式の方言があり、いずれも後部要素の長さが3拍の場合は複合名詞は-3型が原則である[69]。 京阪式アクセントの京都方言では、複合名詞の式︵高起式/低起式︶は前部要素の式により決まり、アクセント核の位置は後部要素によって決まる。前部要素が高起式ならば複合語も高起式、前部要素が低起式ならば複合語も低起式であるのを原則とし、これを﹁式保存﹂の法則と言う[69]。ただし前部要素の長さが短い︵2拍以下︶場合は、例外的に前部要素が低起式で複合語が高起式となる場合が多く、よく使う語や悪い意味を持つ語では逆に前部要素が高起式で複合語が低起式となる場合がある[71]。後部要素の長さが3拍の場合は複合語の殆どが-3型である︵例‥﹁えいご﹂(高起無核)→﹁えいごじてん﹂(高起-3型)、﹁こくご﹂(低起無核)→﹁こくごじてん﹂(低起-3型)、﹁みかん﹂︵高起1型︶→﹁みかんばたけ﹂(高起-3型)、﹁やさい﹂(低起無核)→﹁やさいばたけ﹂(低起-3型)︶[72][69]。従って、後部要素が3拍の場合の複合名詞のアクセント核の位置だけを見ると、東京の若い世代と京都とで原則として同じになる[69]。後部要素が2拍の場合も-3型が多いが、後部要素が﹁猿﹂ならば-2型、﹁島(じま)﹂ならば無核というような個別の例外がある[72]。 同じ京阪式アクセントでも、和歌山市方言や徳島県阿南市方言など、周辺部の方言では、後部要素が-2型であるH○○○型またはL○○○型の場合には、複合語でも-2型となる︵和歌山市の例‥﹁いし﹂+﹁あたま﹂→﹁いしあたま﹂。﹁はげぇ﹂+﹁あたま﹂→﹁はげあたま﹂、﹁みかん﹂+﹁はたけ﹂→﹁みかんばたけ﹂、﹁やさい﹂+﹁はたけ﹂→﹁やさいばたけ﹂︶[69]。 歴史的には、京都方言の5拍の複合名詞の研究によれば、平安時代にも式保存の法則が成り立っており、後部要素が3拍の場合、前部要素が高起式なら﹁高高高高低﹂型、低起式なら﹁低低低高低﹂型となる、-2型が基本であった[73]。南北朝時代にアクセント体系の変化が起きた︵後述)ために、低起式の基本的な複合語の型である﹁低低低高低﹂型が﹁高高低低低﹂(高起2)型へ変化し、式保存法則が崩れた。その後、もう一つの基本的な型である﹁高高高高低﹂(高起4)型が高起2型へ統合される傾向が見られ、現代京都のような式保存や-3型を基本とする規則へ移行したのは近世以降の比較的最近のことだと考えられる[74]。 九州西南部式の鹿児島方言の場合、複合語のアクセント規則に後部要素は関与せず、前部要素がA型なら複合語︵複合動詞や活用形も含む︶もA型、前部要素がB型なら複合語もB型である[69]。このように、前部要素によって複合語のアクセントが決まる方言は、他の九州西南部や琉球方言にも広く分布している[69][70]。 島根県松江市方言でも、前部要素が複合名詞のアクセントを決める。前部要素が無核なら複合名詞も無核となる︵例‥﹁茶﹂(無核)→﹁茶畑﹂(無核)︶。前部要素が有核の場合は複合名詞も有核で、後部要素の長さが3拍なら-3型となる︵例‥﹁のし﹂→﹁のしぶくろ﹂、﹁いも﹂→﹁いもぶくろ﹂︶。後部要素の長さが2拍なら-2型となる︵例‥﹁わら﹂→﹁わらかご﹂、﹁はな﹂→﹁はなかご﹂。﹁鳥﹂(無核)→﹁鳥籠﹂(無核))[70]。 昇り核を持つ岩手県雫石町方言では、後部要素の長さが3拍の場合、前部要素が無核なら複合名詞も無核、前部要素が有核なら複合名詞も有核で、後者の場合のアクセント核の位置は、後部要素のアクセントと音節構造によって決まる[69]。歴史[編集]
京都アクセントの変遷[編集]
語例 | 名義抄式 (平安後期) |
補忘記式 (室町) |
現代 | ||
---|---|---|---|---|---|
1拍 名詞 |
第1類 | 子・蚊 | 高(高)〜高高(高) | ||
第2類 | 名・日 | 降(低)〜高低(低)※ | |||
第3類 | 木・手 | 低(高)〜低低(高) | |||
2拍 名詞 |
第1類 | 風・鳥 | 高高(高) | ||
第2類 | 石・音 | 高低(低)※ | |||
第3類 | 犬・山 | 低低(高) | 高低(低) | ||
第4類 | 糸・空 | 低高(高) | 低低(高) | ||
第5類 | 猿・雨 | 低降(低)※ | |||
3拍 名詞 |
第1類 | 形・魚 | 高高高(高) | ||
第2類 | 小豆・女 | 高高低(低)※ | 高低低(低) | ||
第3類 | 力・二十歳 | 高低低(低)※ | |||
第4類 | 頭・男 | 低低低(高) | 高高低(低) | 高低低(低) | |
第5類 | 朝日・命 | 低低高(高) | 高低低(低) | ||
第6類 | 雀・兎 | 低高高(高) | 低低低(高) | ||
第7類 | 薬・兜 | 低高低(低)※ | |||
2拍 動詞 |
第1類 | 行く・着る | 高高 | ||
第2類 | 有る・見る | 低高 | |||
3拍 動詞 |
第1類 | 上がる・明ける | 高高高 | ||
第2類 | 動く・起きる | 低低高 | 高低低 | 高高高 低低高[注 5] | |
3拍 形容詞 |
第1類 | 赤い・暗い | 高高降 | 高高低 | 高低低 |
第2類 | 白い・高い | 低低降 | 高低低 |
南北朝時代の変化では、以下の通り、語頭に「低」が2拍以上続く語に変化が起こり、最後の「低」だけを残してそれより前の「低」が「高」に変化した。[80]
- 名義抄式から補忘記式への変化
-
- 低低→高低(2拍名詞第3類)
- 低低低→高高低(3拍名詞第4類)
- 低低高→高低低(3拍名詞第5類、2拍名詞第3類+1拍助詞、3拍動詞第2類)
- 低低降→高低低(3拍形容詞第2類)
この変化により補忘記式では1拍目が低ければ2拍目は必ず高くなったが、その後の変化で上がり目が後退し、現代京都では低い拍が連続するようになっている。
方言の比較による祖アクセントの推定[編集]
現代方言の比較からその共通祖先(祖語)に想定されているアクセントの区別を類と言う。琉球語を除く、現代方言の比較から再建される類は、大部分において名義抄式アクセントに見られるアクセントの区別と一致すると考えられている。京都では南北朝期の変化によって類が統合した。類の統合を・で、区別を/で表示すると、2拍名詞では第1/2・3/4/5類という区別をするようになり、3拍名詞では第1/2・4/5/6/7類という区別体系になった(3拍名詞第3類は所属語が少なく規則的に対応しないため比較に用いられない)。例えば2拍名詞では「低低」だった第3類が「高低」になって第2類と統合した。アクセントの変化においては、一度統合してしまった類は、その区別を再び獲得することはできない。「音・月・犬・石・足・紙 」などの語彙が同じアクセントになってしまったら、このうち「石・音・紙」が「高低」で「月・犬・足」が「低低」だったという区別を復元するのは不可能である。ところが、外輪東京式アクセントでは、2拍名詞は第1・2/3/4・5類という類の区別をしており、3拍名詞では第1・2/4/5/6・7類(大分の場合)となっている。外輪東京式では、京阪式では失われた2拍名詞第2・3類や3拍名詞第2・4類の区別があり、しかも外輪東京式は東北地方や大分県など日本の離れた地域に散在している。また、讃岐式アクセントでは、2拍名詞は第1・3/2/4/5類という区別体系である。こうした事実から、比較言語学の手法を用いることにより、全ての類を区別するアクセントを祖アクセントとして想定し、これが各地で別々の変化・類の統合を起こして現代方言のアクセントができたと考えることができる。
祖語に想定される類がそれぞれどういったアクセントの型を持っていたか、また、それがどう変化して現代方言の多様な方言アクセントが成立したかを巡っては、様々な説が出されているが、広く受け入れられているものはまだない。
金田一春彦の説[編集]
語例 | 京阪式 | →中間形 | →東京式 | ||
---|---|---|---|---|---|
1拍 名詞 |
第1類 | 子・蚊 | こが | こが | |
第2類 | 名・日 | なが | なが | ||
第3類 | 手・木 | てが | てが | てが | |
2拍 名詞 |
第1類 | 風・鳥 | かぜが | かぜが | |
第2・3類 | 石・山 | いしが | いしが | ||
第4類 | 糸・空 | いとが | いとが | いとが | |
第5類 | 猿・雨 | さるが | さるが | さるが | |
3拍 名詞 |
第1類 | 形・魚 | かたちが | かたちが | |
第2・4類 | 小豆・頭 | あずきが | あずきが | ||
第3・5類 | 力・命 | ちからが | ちからが | ||
第7類 | 兜・便り | かぶとが | かぶとが | かぶとが | |
2拍 動詞 |
第1類 | 行く・着る | いく | いく | |
第2類 | 有る・見る | ある | ある | ある | |
3拍 動詞 |
第1類 | 上がる・明ける | あがる | あがる | |
第2類 | 動く・起きる | うごく | うごく | ||
3拍 形容詞 |
第1類 | 赤い・暗い | あかい | あかい | |
第2類 | 白い・高い | しろい | しろい | ||
3拍一段動詞第2類+て | 起きて・掛けて | おきて | おきて | おきて | |
3拍形容詞第2類連用形 | 白く・高く | しろく | しろく | しろく |
分岐の時期[編集]
内輪・中輪東京式が補忘記式以降の京阪式から変化したと言っても、それは京阪式からの分岐時期が室町時代以降であったことを意味するわけではない。東京式アクセントが京阪式から分岐したのはもっと古い可能性があり、分岐後、補忘記式に近いアクセントを経て東京式になっただろうということである。﹁良く︵良う︶・まず・もし﹂などのアクセントは、京阪式・東京式ともに﹁高低﹂で一致する。これらのアクセントは、平安時代の京都では﹁昇低﹂だったが、鎌倉時代には京都で﹁高低﹂になった。もしこの変化が起きた後に京阪式から東京式が分岐したなら東京式ではこれらは﹁低高﹂になるはずであり、東京式は鎌倉時代より前の京阪式から分岐したと考えられる[82]。 また、奥村三雄は、古くからある日常的に使う漢語が、現代方言で和語と同じ対応関係を結ぶことを指摘している。つまり、2拍名詞第1類に相当する﹁客・急・敵・得…﹂が京阪式でH○○型、東京式で○○型、九州西南部式でA型であり、第3類に相当する﹁熱・肉・菊・毒…﹂が京阪式でH○○型、東京式で○○型、九州西南部式でB型に属す。このことから奥村は、これらの諸アクセントが分岐した時期を、漢語が話し言葉の中に浸透して以降、つまり平安時代以降とした[82]。 このほか、室町時代の能楽師金春禅鳳の﹁毛端私珍抄﹂に、﹁犬﹂のアクセントが坂東・筑紫で﹁いぬ﹂、四国で﹁いぬ﹂だとあり、現代方言と一致している︵四国の﹁いぬ﹂は讃岐式と一致する︶。祖語に「下降式」やアクセント核を再建する説[編集]
1拍名詞 | 2拍名詞 | 3拍名詞 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
類 | 語例 | 型 | 類 | 語例 | 型 | 類 | 語例 | 型 |
1 | 蚊 | !○(高) | 1a | 風 | !○○(高中) | 1a | 魚 | !○○○(高高中) |
2 | 葉 | !○(降) | 1b | 溝 | !○○(高降) | 1b | 所 | !○○○(高高降) |
3 | 木 | _○(低) | 2 | 音 | !○○(高低) | 2 | 小豆 | !○○○(高中低) |
4 | 巣 | _○(昇) | 3 | 山 | _○○(低低) | 3 | 力 | !○○○(高低低) |
5 | 歯 | _○(昇降) | 4 | 空 | _○○(低高) | 4 | 頭 | _○○○(低低低) |
5 | 雨 | _○○(低降) | 5a | 命 | _○○○(低低高) | |||
6 | 胡麻 | _○○(昇高) | 5b | 朝日 | _○○○(低低降) | |||
7 | 脛 | _○○(昇低) | 6 | 兎 | _○○○(低高高) | |||
7a | 兜 | _○○○(低高低) | ||||||
7b | 薬 | _○○○(低高降) | ||||||
8 | 翡翠 | _○○○(昇高高) | ||||||
9 | 疫 | _○○○(昇低低) |
琉球語との比較[編集]
琉球語におけるB系列とC系列の区別について、服部四郎は、北琉球方言の多くの地域で2音節名詞のC系列の語の第1音節が長くなっていることから、C系列は祖語において語頭に長母音を持っていたものであるとした[86]。一方、児玉望は、B系列とC系列の区別は日琉祖語における語声調の区別に対応するものと考え、2拍名詞第4・5類のうちB系列が﹁低高﹂型、C系列が﹁昇高﹂型であったとしている[7]。京阪式と東京式の成立過程をめぐる他の説[編集]
京阪式(名義抄式)が変化して東京式になったとする説に対しては、東京式が分布する離れた地域で複数回の同じ変化が同じ順番で起こったと想定している点を、複数の研究者が問題視している[87][88][89]。 S.ロバート・ラムゼイは、平安時代の文献に記された声点を定説とは逆に解釈し、上声が低い音調、平声が高い音調を表していたと考えた。すなわち、2拍名詞1類は低低︵低︶、2類は低高︵低︶、3類は高高︵低︶、4・5類は高低︵低︶というアクセント型をもち、これらの下降位置が保存された体系が東京式で、近畿付近の方言では平安時代よりも後に下降位置が前へ移動し、現代京阪式が成立したとした[90][91]。ラムゼイがこう推定するのは、京阪式分布地域を囲むように東京式が分布することを方言周圏論で解釈したからである。方言周圏論とは、語彙などが中央から地方へ次々と伝播し、中央から離れるほど古いものを保持するという見方である。 金田一説もラムゼイ説も、全国の方言アクセントを平安時代京都アクセントから変化したものとする点では同じだが、服部四郎は金田一よりも早く発表した論文で、前述のように3拍名詞に平安時代京都にない対立が東京式にあることを指摘し、祖語のアクセントは名義抄式よりも古いもので、これが別々の変化を起こして名義抄式︵京阪式︶と東京式とへ変化したとした[84]。 金田一らの説に応用されている比較言語学の手法は、それぞれの方言が他の方言から影響を受けたり混じりあったりせず自律的に変化することを前提にしている。一方で山口幸洋は、言語地理学の手法を用い、中央から外側へ向かって順番に京阪式、垂井式、内輪東京式、中輪東京式、外輪東京式、二型、無アクセントが分布するのを方言周圏論で解釈している[92]。金田一は、地方では教育の遅れや他地域との交渉の少なさからアクセントの変化が進みやすかったと考えた[26]が、山口は逆に、地方では中央のアクセントを習得しようと努めただろうとしている。ただし山口の説は中央の京阪式が一番新しいというものではない。山口は、元々中央に京阪式、地方に無アクセントがあり、無アクセントの人が中央アクセントを習得しようとしたものの完全にはできず、変換作用によって二型アクセントが生まれ、その後中央に近い地域ではさらにアクセント型の区別を獲得し東京式、垂井式に変化したと考えた[92]。 無アクセント古形説について検討した高山倫明は、無アクセントは新しく発生したものだと結論付けている。その論拠として、各地の無アクセント方言の間に偶然では考えられない有縁性が認められるわけではないことや、九州で東京式アクセントとニ型アクセントの分布域に挟まれて無アクセントが分布することを挙げている[93] 。脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
参考文献[編集]
●秋永一枝(1986)﹁アクセント概説‥史的変化と方言分布﹂飯豊毅一・日野資純・佐藤亮一編﹃講座方言学1方言概説﹄国書刊行会。 ●生田早苗(1951)﹁近畿アクセント圏辺境地区の諸アクセントについて﹂井上史雄ほか編﹃日本列島方言叢書13近畿方言考1︵近畿一般︶﹄ゆまに書房、1996年。 ●上野善道(1977)﹁日本語のアクセント﹂大野晋・柴田武編﹃岩波講座日本語5音韻﹄岩波書店。 ●上野善道(1989)﹁日本語のアクセント﹂杉藤美代子編﹃講座日本語と日本語教育2日本語の音声・音韻﹄明治書院。 ●国広哲弥, 廣瀬肇, 河野守夫, 杉藤美代子﹁上野善道、複合名詞から見た日本語諸方言のアクセント﹂﹃アクセント・イントネーション・リズムとポーズ﹄三省堂︿日本語音声2﹀、1997年。ISBN 4385355347。 NCID BA31434097。全国書誌番号:98011782。 ●上野善道﹁日本語アクセントの再建﹂﹃言語研究﹄第130巻、日本言語学会、2006年、1-42頁、doi:10.11435/gengo.130.0_1、ISSN 0024-3914、NAID 130008088355。 ●上野善道﹁N型アクセントとは何か(<特集>N型アクセント研究の現在)﹂﹃音声研究﹄第16巻第1号、日本音声学会、2012年、44-62頁、doi:10.24467/onseikenkyu.16.1_44、ISSN 1342-8675、NAID 110009479338。 ●奥村三雄(1972)﹁第二章 古代の音韻﹂中田祝夫編﹃講座国語史2音韻史・文字史﹄大修館書店。 ●亀井孝・大藤時彦・山田俊雄編︵2007︶﹃日本語の歴史5近代語の流れ﹄平凡社、143-163頁。 ●北原保雄監、上野善道編(2003)﹃朝倉日本語講座③音声・音韻﹄朝倉書店。 ●上野善道﹁第4章 アクセントの体系と仕組み﹂ ●中井幸比古﹁第5章 アクセントの変遷﹂ ●上野和昭﹁第14章 アクセント研究の動向と展望︵文献中心︶﹂ ●松森晶子﹁第15章 アクセント研究の動向と展望︵現代語中心︶﹂ ●北原保雄; 江端義夫編 (2002). “木部暢子、方言のアクセント”. ﹃朝倉日本語講座⑩方言﹄. 朝倉書店 ●木部暢子(2008)﹁内的変化による方言の誕生﹂小林隆ほか﹃シリーズ方言学1方言の形成﹄岩波書店。 ●木部暢子﹁方言アクセントの誕生﹂﹃国語研プロジェクトレビュー﹄第2号、国立国語研究所、2010年7月、23-35頁、doi:10.15084/00000557、ISSN 2185-0100、NAID 110009576184。 ●金田一春彦(1977)﹁アクセントの分布と変遷﹂大野晋・柴田武編﹃岩波講座 日本語11方言﹄岩波書店。 ●金田一春彦(2005)﹃金田一春彦著作集第七巻﹄玉川大学出版部︵金田一(1995)﹃日本の方言‥アクセントの変遷とその実相﹄を収録。︶ ●﹁対馬・壱岐のアクセントの地位‥九州諸方言のアクセントの対立はどうしてできたか﹂ ●﹁東西両アクセントの違いができるまで﹂ ●﹁熊野灘沿岸諸方言のアクセント﹂ ●﹁佐渡アクセントの系統﹂ ●﹁讃岐アクセント変異成立考﹂ ●﹁隠岐アクセントの系譜‥比較方言学の実演の一例として﹂ ●金田一春彦(2005)﹃金田一春彦著作集第九巻﹄玉川大学出版部 ●金田一春彦﹁国語のアクセントの時代的変遷﹂﹃国語と国文学﹄第37巻第10号、至文堂、1960年10月、ISSN 03873110、NAID 40001294287。 ●児玉望﹁アクセント核はどこから来たか﹂﹃ありあけ : 熊本大学言語学論集﹄第16号、熊本大学文学部言語学研究室、2017年3月、1-34頁、ISSN 2186-1439、NAID 120006226390。 ●中井幸比古(2002)﹃京阪系アクセント辞典﹄勉誠出版 ISBN 978-4-585-08009-1 ●新田哲夫﹁石川県白峰方言のアクセント体系﹂﹃金沢大学文学部論集 文学科篇﹄第5号、金沢大学、1985年、97-116頁、ISSN 02856530、NAID 110000976288。 ●服部四郎(1951)﹁原始日本語のアクセント﹂寺川喜四男︵編︶﹃国語アクセント論叢﹄43-65、法政大学出版局 ●服部四郎(1979)﹁日本祖語について﹂21-22、﹃月刊言語﹄︵ 服部四郎著; 上野善道(補注) (2018). ﹃日本祖語の再建﹄. 岩波書店. ISBN 9784000612685に収録︶ ●早田輝洋(1977)﹁生成アクセント論﹂大野晋・柴田武編﹃岩波講座日本語5音韻﹄岩波書店 ●松森晶子﹁琉球の多型アクセント体系についての一考察:琉球祖語における類別語彙3拍語の合流の仕方﹂﹃国語学︵通巻201号︶﹄第51巻第1号、日本語学会、2000年6月、93-108,158、ISSN 04913337、NAID 110002533578。 ●松森晶子﹁沖縄本島金武方言の体言のアクセント型とその系列 : ﹁琉球調査用系列別語彙﹂ の開発に向けて﹂﹃日本女子大学紀要. 文学部﹄第58号、2009年3月、122-97頁、NAID 120005571936。 ●松森晶子﹁琉球語調査用﹁系列別語彙﹂の素案﹂﹃音声研究﹄第16巻第1号、日本音声学会、2012年、30-40頁、doi:10.24467/onseikenkyu.16.1_30、ISSN 1342-8675、NAID 110009479336。 ●松森晶子﹁複合語アクセントが日本語史研究に提起するもの﹂﹃国立国語研究所論集﹄第10号、国立国語研究所、2016年1月、135-158頁、doi:10.15084/00000812、ISSN 2186-134X、NAID 120005702330。 ●山口幸洋(1997)﹁日本語諸方言のアクセント﹂杉藤美代子監修、佐藤亮一ほか編﹃日本語音声1諸方言のアクセントとイントネーション﹄三省堂。 ●山口幸洋﹃日本語東京アクセントの成立﹄港の人、2003年。ISBN 4896291174。 NCID BA63612967。全国書誌番号:20657540。 ●﹁日本語東京アクセントの成立﹂ ●﹁垂井式諸アクセントの性格﹂ ●﹁能登のアクセント﹂ ●﹁三重県南牟婁郡のアクセント﹂ ●﹁南近畿アクセント局所方言の成立﹂ ●﹁準二型アクセントについて﹂外部リンク[編集]
●日本語アクセントの概要 - 日本音調教育研究会 ●大辞林 特別ページ 日本語の世界 方言︵二︶ ●三省堂 ﹁新明解日本語アクセント辞典﹂の内容より アクセントについて - ウェイバックマシン︵2005年1月7日アーカイブ分︶ ●日本語教育用アクセント辞典 - U-biq ●﹃同音語のアクセント﹄ - コトバンク