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祇園祭

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祇園祭
Gion Matsuri
前祭山鉾 御池通巡行 (2017年7月17日撮影)
前祭山鉾 御池通巡行
(2017年7月17日撮影)
イベントの種類 祭り
通称・略称 おいで、おかえり
開催時期 7月
初回開催 869年
テンプレートを表示

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2018 91130Yama, Hoko, Yatai, float festivals in Japan

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時期・日付 祭事
6月中旬〜下旬
  • 長刀鉾稚児結納(稚児自宅・一般非公開)。稚児役の少年が長刀鉾町の代表者と形式的に養子縁組する。
ここからが祇園祭
7月1日
  • 長刀鉾町稚児お千度(10時・八坂神社)。下記参照。
7月1日から
  • 吉符入(きっぷいり・各山鉾町ごとに日付が異なるが多くは5日までに行われるが、後祭の一部の山は15日以降に行う例もある。多くが一般非公開)。祭りの始まり。各山鉾町関係者が町会所に集まって祭の無事を祈願する。
7月2日
  • くじ取り式(10時・京都市役所)。下記参照。
  • 山鉾町社参(11時30分・八坂神社)くじ取り式を終えた山鉾町の代表者が八坂神社に向かい本殿でお祓いを受ける。
7月3日
  • 船鉾神面改め(10時・船鉾町町会所・一般非公開)。本面と写し面の2つの神面を出して無事を確認する。
7月4日から9日までの不定日[注釈 4]
  • みやび会お千度(10時・八坂神社)。京舞井上流家元・井上八千代を筆頭に、祇園甲部芸妓舞妓が揃いの新しい浴衣を着用して本殿を3周した後、本殿でお祓いを受ける。80人ほどの参加であるが、稚児のお千度に習い本殿3周だけで「お千度」とする。浴衣は例年白地に紺色の模様という簡素な柄になる。
7月5日頃の不定日
  • 函谷鉾町龍源寺墓参(宇多野龍源寺・祇園祭の公式な行事ではない)。1872年(明治5年)、旧巡行路を解散後に鉾町に戻る途中、烏丸仏光寺上ルあたりで15歳の少年が粽を拾おうとして鉾に足を轢かれ死亡した。少年側の過失ではあるが、鉾側で補償をし葬儀・墓の費用も出した。以来1回も休まず祇園祭期間に墓参を行い巡行の安全を誓う行事。
7月5日
  • 長刀鉾町稚児舞披露(15時15分 - 30分頃・長刀鉾町町会所)。稚児が長刀鉾町の関係者の前で稚児舞を披露し、これでよい旨の了承が得られると町会所2階の窓を鉾の前面に見立てて、大衆に稚児舞を披露する。
7月7日
  • 綾傘鉾稚児社参・お千度(14時頃から・八坂神社)。長刀鉾町お千度と同様に、正副合わせて6人の稚児が八坂神社で稚児に選ばれたことの奉告を行いう神事の後、関係者を従えて3回本殿を回る「お千度」を行う。また、この時に稚児役の少年は山鉾町と形式的に養子縁組する。
7月10日
  • 神用水清祓式(10時・四条大橋および宮川町堤)。10時に四条大橋からほど近い仲源寺を出発した一行は、四条大橋の上から桶を使って夜の神輿洗いで使う水を鴨川から汲み上げる。6つの桶に神用水を入れ、四条大橋のすぐ南の東岸に作られた祭壇に3つの桶を置いて神事を行ったあと、仲源寺に戻り予備の3つの桶を仲源寺境内に置く。
  • 高橋町社参(11時・八坂神社・神事は非公開)。高橋町は四条麩屋町で長刀鉾稚児が切る注連縄を渡す斎竹を毎年7月15日の早朝に建てる役割を持つ町であるが、町の役員が参拝する。なお、高橋町は四条麩屋町から離れた東洞院高辻上ルにある町であるが、かつて隣町の烏丸通高辻上ルにある大政所町にある大政所御旅所に斎竹を大政所町を含めた3町で建てていたのを、場所が変わった今でも1町だけで建てているものである。
  • お迎え提灯(16時30分〜)。提灯に加え、児武者、鷺踊、小町踊らの子供たちを中心に、各山鉾町からの代表者らも加わり八坂神社から、2013年(平成25年)までの花傘巡行と同一コースを提灯行列を作って巡行する。16時30分に八坂神社を出発し、四条通、河原町通を歩いて、京都市役所前で各種芸能を奉納し、帰りは寺町通りを南下し、御旅所前から四条通経由で八坂神社西門下に19時30分頃戻ったあと、提灯を持って一列に並び神輿洗いに向かう前の神輿を迎える。
  • 神輿洗い(20時頃・四条大橋)。大松明が八坂神社から四条大橋のういだの四条通を清めたあと、3基ある神輿のうち、中御座だけが代表して四条大橋まで行く。朝汲んだ水を榊に含ませて大きく振りかざし、神輿に振り掛けることにより清める(「洗う」訳ではない)。この際榊に含まれた神用水は見物人を含めた周囲の人にも掛かる。飛沫を浴びると厄除けになるという。下記も参照してください
7月10日〜12日
  • 前祭の鉾建て(四条通・室町通)。分解収納されていた鉾を組み上げ、懸装を施す。
7月11日〜13日
  • 前祭の鉾建て・曳山建て(新町通)
7月11日
  • 鉾の真木の引き起こし(長刀鉾・函谷鉾・鶏鉾・月鉾・菊水鉾)
  • 年・鉾により異なるが、10時ぐらいから15時ぐらいまでの間に順次行われる。
7月12日
  • 前祭の舁山建て(午前)(保昌山・山伏山・芦刈山)
  • 前祭の鉾の曳き初め
    • 14時・函谷鉾(四条通)
    • 14時30分・鶏鉾(室町通)
    • 15時・月鉾と菊水鉾(四条通と室町通)
    • 15時30分・長刀鉾(四条通)

放下鉾の真木の引き起こし。岩戸山の引き起こし。年にもよるが、12時から15時ぐらいの間に行われる。

7月13日
  • 前祭の舁山建て(午前)(占出山・霰天神山・郭巨山・伯牙山・油天神山・木賊山・太子山・白楽天山・蟷螂山)
  • 前祭の傘鉾建て(午前)(綾傘鉾)
  • 長刀鉾稚児社参(11時頃・八坂神社)。下記の稚児社参及び長刀鉾の稚児も参照。
  • 前祭の舁山の舁き初め - 蟷螂山(12時頃・西洞院通)。
  • 久世駒形稚児社参(14時頃・八坂神社)。下記の稚児社参及び久世駒形稚児も参照。
  • 前祭の鉾・曳山の曳き初め - 放下鉾・船鉾・岩戸山(15時・全て新町通)。
  • 菊水鉾茶会(この日から16日まで・菊水鉾町会所)。この日から一部の山鉾に駒形提灯が取り付けられ、宵々々山と同様の飾り付けや山鉾の拝観が始まる。
7月14日
  • 前祭の舁山建て(午前)(孟宗山)
  • 前祭の傘鉾建て(午前)(四条傘鉾)
  • 前祭・宵々々山。2013年(平成25年)まではこの日から露店が出たが、2014年(平成26年)からは露店が出ず四条通・烏丸通の歩行者天国も実施されない。そのため比較的落ち着いた人出となっている。
  • 中之町御供(古式一里塚松飾式。14時頃・松原中之町町会所・松原中之町八坂神社・行事そのものは非公開・祇園祭の公式な行事ではない)。下記参照。
7月15日
  • 高橋町斎竹建(4時30分・四条麩屋町交差点)。前祭巡行時、長刀鉾稚児が切断する注連縄を渡す竹を建てる。
  • 豊園泉正寺真榊建(9時・洛央小学校)。3つある神輿のうち、主祭神である素盞嗚命を乗せる中御座を先導する「豊園御真榊」を建てる行事。元々3つの神輿全てを「御真榊」が先導しており、この御真榊は元は東御座を先導していた。他の御真榊は廃絶しここだけが現在も残っている。元々は高辻通高倉西入ルにある泉正寺町が出していたが、1町だけで継続するのが難しくなり、1989年(平成元年)から旧・豊園小学校の学区全体で出すことになり、豊園小学校で建てられるようになった。1992年(平成4年)に豊園小学校など5小学校が統合し、豊園小学校の地を使って京都市立洛央小学校となった時に先導する神輿が中御座になった。この日は八坂神社から神職がやって来て清祓を行う行事となっている。以前は16日に行われていたが、年によって14日になるなど日時が変更の可能性があるため毎年要確認のこと。そのあと榊は東洞院仏光寺郵便局向かいに移って展示され、粽の授与や朱印の押印が行われる。
  • 手洗井戸開き(7時ごろ・四条錦小路交差点北)。手洗水の井戸の蓋をあけ、清祓を行う。
  • 月次祭並庖丁式(10時・八坂神社)。毎月15日の月次祭が祇園祭に重なるのに合わせ、日本式庖丁道生間流の庖丁式を神前に奉納する。
  • 前祭・宵々山(この日と16日の宵山の深夜までの両日、出店・夜店が立ち並び、四条通と烏丸通が歩行者天国になる)。
  • 山伏山護摩焚き(11時頃 山伏山町路上)。2014年(平成26年)から始まった行事。聖護院からやって来た山伏たちが10時頃からまず町会所2階の山伏像の神体の前で法要を行った後各山鉾を回り、再び山伏山に戻り次第、路上で護摩焚きを行うが、護摩壇は役行者山護摩焚きのように巨大ではなく、密教寺院の堂内で行っている程度のサイズであり、かつ山伏の数もあまり多くなく、「山伏問答」などの行事がないなど、内容が大幅に省略されている。後祭も前祭と合同で開催されていた頃は役行者山護摩焚き(7月16日の宵山の日に開催されていた)に参加した山伏達が、山伏山に立ち寄って参拝するだけだった。開始時間も役行者山護摩焚きと異なり、露店が開く前の午前中に行われる。
  • 伝統芸能奉納(15時〜18時八坂神社 日本舞踊尺八などを奉納)
  • 宵宮祭(遷霊祭とも。20時頃・八坂神社)。本殿から神輿に神霊を移す神事。クライマックスの10分間ほどは境内の全ての明かりが消され、闇の中を神霊が遷る。下記参照。
7月16日
  • 前祭・宵山。14日 - 16日をまとめて「宵山」と総称することもある。
  • 献茶祭(9時・八坂神社)。表千家裏千家が隔年交代で、神社境内の井戸水で茶を点てて神前に供える。
  • 高橋町斎竹参拝(10時 - 16時・ホテル日航プリンセス京都内宴会場)。巡行時、稚児が切断する注連縄を、注連縄張りを担当している高橋町内のホテルで一般公開する。参拝者にはお神酒が振る舞われ、八坂神社の神紋の入った素焼きの盃を持ち帰ることができる。なお、前日15日に一般非公開で八坂神社の神職を招いて神事が行われる。
  • 宵宮神賑奉納神事(18時・四条通祇園商店街)。八坂神社近くの路上に作られた臨時ステージで舞楽・京舞・鷺踊などが奉納される)。
  • 石見神楽(18時半・八坂神社)。祭神に因む石見神楽が奉納される。
  • 前祭・日和神楽(22時頃・各山鉾町〜八坂神社御旅所往復)。次の日の巡行の安全と好天を祈願して、囃子方を持つ山鉾町の人々が祇園囃子を演奏しながら四条寺町の御旅所まで往復し、御旅所では囃子を奉納する。長刀鉾のみ八阪神社まで行く。23時過ぎに各山鉾町に戻り山鉾の周りでも演奏し、山鉾によっては三三七拍子で締める。
  • 船鉾神功皇后御神体腹帯巻き(23時30分・船鉾町町会所・一般非公開)。宵山期間に町会所で授与された安産の腹帯は、普通はすぐに祈願者側に手渡さず御神体に何重も巻かれる。巡行後外したあと初めて祈願者に渡される。
7月17日
  • 前祭・山鉾巡行。9時出発。下記参照。
  • 長刀鉾稚児・お位返しの儀。巡行の終了時間によるが、13時から14時ごろ八坂神社。
  • 神幸祭(神輿渡御)。通称「おいで」。下記参照。
7月17日〜24日
  • 無言詣(四条寺町・御旅所)。御旅所に神輿が鎮座する間、毎晩無言で夜間参拝を行うと、どんな願いも叶うとされる。最終日は四条大橋と御旅所を7往復半するのが正式とされる。
7月18日〜20日
  • 後祭の鉾建て(大船鉾)
  • 後祭の曳山建て(鷹山)
7月19日〜20日
  • 後祭の曳山建て(南観音山・北観音山)
7月19日
  • 後祭の舁山建て(午前)(鯉山)
  • 松取式(13時頃・六角町(北観音山の南側))。北観音山と南観音山の2本の真松は市内鳴滝で伐採され運ばれてくる。両町の代表者がまず予備抽選としてジャンケンをし、勝った方が本抽選の順番を決定できる。本抽選は縄切れを引く方式のくじ引きで、勝った町が先に松を選ぶことができる。勝った方は「良い松を選べた」負けた方は「良い松を残してもらった」と言うのが通例。
  • 後祭の曳山の引き起こし(年にもよるが、15時から17時ぐらいの間に行われる)
7月20日
  • 南観音山真松白鳩取り付け(早朝6時以降準備でき次第)。前日に引き起こした山の真松に、木登り名人の大工が登って。白鳩の木彫を取り付ける。
  • 後祭の舁山建て(午前)(浄妙山・黒主山・役行者山・鈴鹿山・八幡山)。八幡山は新町通にあるため、他の舁山のように午前から建て始めると、以前は15時に新町通で行われる曳山の曳き初めに支障するため午後に行われていた時期もあったが、現在は町会所の敷地内で午前中に山建てを行い、16時の舁き初め)
  • 15時・後祭の鉾・曳山の曳き初め - 大船鉾(新町通の四条通から仏光寺通間)・北観音山と南観音山(新町通の三条通から四条通間)・鷹山(三条通の新町通から室町通間)。2014年(平成26年)は大船鉾のみ14時だったが、復興初年だったこともあり通りが見物客で大混雑し四条通から北に行くことを断念した。2015年以降は混雑を分散するため他の曳山と同じ15時に変更された)(鷹山の曳き初めのみ関係者および招待者のシールを胸に貼った人のみ参加可能。)
  • 15時・花傘巡行馬長稚児・児武者宣状式(15時・八坂神社)
  • 16時・後祭の舁山の舁き初め - 八幡山(新町通の三条通から六角通間)。
7月21日
  • 後祭の舁山建て(午前)(橋弁慶山)
  • 11時、後祭の舁山の舁き初め - 橋弁慶山(蛸薬師通)
  • 後祭・宵々々山。
7月22日
  • 後祭・宵々山。
7月23日
  • 後祭・宵山。
  • 煎茶献茶祭(9時 八坂神社)
  • 琵琶奉納(13時 八坂神社)
  • 役行者山護摩焚き(14時頃 役行者町路上)。聖護院からやって来た山伏たちが宵山期間に奉納された護摩木を路上に作られた大きな護摩壇で焚き上げ、護摩を奉納した人の祈願成就と、明日の巡行の安全を祈る。13時頃からまず町会所で法要を行った後各山鉾を回り、再び役行者山に戻り次第、路上で各種法要を行う。まず「山伏問答」と呼ばれる儀式がある。これは本物の山伏かどうかを確かめる内容の一種の寸劇で、内容は「修験道とは何か?」とか「修験道の開祖は?」という内容で、周囲の観客に修験道を解説するために行われるものである。その後も多くの儀式があり護摩はその後に行われる。15日の山伏山での護摩よりも遥かに大きな護摩壇が作られる。
  • オハケ清祓(14時・境外末社又旅社)。翌日の還幸祭の時に神輿に乗った神霊は、又旅社(御供社)のオハケという御幣に宿って休憩するといわれる。そのオハケを予め清める儀式。境内で神事が行われた後、三条通に設置された芝生の台にオハケを立てお祓いを行い、神職や関係者が予め神泉苑で汲んだ聖なる水をオハケの根元の芝生に掛ける。2022年から引き続き周囲にいる一般人も水を掛ける事ができるようになった。
  • 後祭・日和神楽(22時頃・各山鉾町〜八坂神社御旅所往復)。翌日の巡行の安全と好天を祈願する行事。23時前後に各山鉾町に戻った一行は、山鉾にもよるが山鉾の周りでも祇園囃子を演奏したり、三三七拍子を行ったりする町もある)
  • 南観音山あばれ観音(要員が日和神楽から戻り次第、23時〜23時30分頃開始)。本尊の楊柳観音像を布に包んだ上蓮台にぐるぐる巻にして、同じく布に包んだ善財童子像を抱えた人の先導で町内を南北端の交差点まで走りながら3往復する。交差点と南観音山の脇では「ワッショイ」の掛け声と共に激しく上下に揺らす。夜更けの行事ではあるが多くの見物客で町内は埋まる。一説では南観音山は女性の観音で、北観音山は男性の観音とされ、北観音山の観音が南観音山の観音に恋心を抱いた際に、諦めさせるために女性の観音を暴れさせたといわれる。
7月24日
  • 高橋町斎竹撤収(早朝・四条麩屋町交差点)。前祭の巡行時、長刀鉾稚児が切断した注連縄を渡していた竹を撤去する。
  • 後祭・山鉾巡行。9時30分出発。
  • 花傘巡行。下記参照。この日に行われていた後祭の代わりに始められたものだが、後祭復活後も継続。2019年までは河原町通の全区間及び御池通の寺町 - 河原町間では後祭・山鉾巡行に続いて巡行していた。3年間の中断を経て2023年に復活したときは巡行ルートが下京中学校成徳学舎をスタートして高辻通 - 烏丸通 - 四条通の片道ルートになった。
  • 還幸祭(神輿渡御)。通称「おかえり」。下記参照。22時頃から順次神輿が八坂神社に到着し、宵宮祭と同様に照明を消した中で神霊が本殿に移される。
  • 丹波八坂太鼓奉納(八坂神社等)。八坂神社の分社である京丹波町の「尾長野八坂神社」(八坂神社の御神田がある)に伝わる太鼓を八坂神社境内や還幸祭の神輿渡御途中で奉納する。
7月25日
  • 南北観音山真松伐採(早朝6時以降準備でき次第)。前日にある程度解体済みの曳山を立てたまま、大工が真松に足場等を取り付けて登って、真松を鋸で伐採する。
  • 狂言奉納(13時・八坂神社)。境内の能舞台で茂山狂言が奉納される。
  • 千団子(14時頃・境外末社又旅社)。還幸祭の際に神輿に供えられた団子を、この日お下がりとして参拝者に配布する。食べると厄除けの効果があるとされる。
7月下旬の日曜日
  • 平成女鉾清音会八坂神社奉納囃子(15時30分 八坂神社)
7月28日
  • 神用水清祓式(10時・四条大橋)。夜の神輿洗いで使う水を鴨川から汲み上げる。
  • 神輿洗い(20時頃・四条大橋)。7月10日の神輿洗いと同様であるが、終了後に神輿は蔵に収納される。
7月29日
  • 神事済奉告祭(16時・八坂神社・一般非公開)。祇園祭の終了を神に奉告する行事で、かつてはこの神事が祇園祭の最後とされていた。旧暦(太陰太陽暦)時代は6月が年により29日までの場合と30日までの場合があったため、必ず存在する29日を祭の最後の日としたものである。
7月31日
  • 疫神社夏越祭(10時・八坂神社境内摂社 疫神社)。関係者に続いて一般参拝者が鳥居に取り付けられた茅輪をくぐり、護符を受ける。茅輪の一部を切り取って護符を結びつけ、お守りとする。現在は祇園祭の最終公式行事とされている。

各種行事[編集]

長刀鉾町稚児お千度[編集]


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1500年(明応9年)侍所開闔 松田豊前守頼亮により始められた「くじ取り式」、「くじ改め」で奉行役を務める京都市長(2019年、後の祭り)
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  • 霰天神山(あられてんじんやま)/錦小路室町西入ル天神山町。永正年間(1504年〜1520年)の大火の際、霰が降って鎮火した時、霰と共に降ってきた天神像を祀る。雷除け・火除けのお守りを授与し、自らも多くの大火で無傷だった山。お守りを売る時に歌う童歌の元祖の山といわれる。25年ごとに「半万燈祭」を開催。
  • 蟷螂山(とうろうやま)/西洞院四条上ル蟷螂山町。からくりを仕込む唯一の山で、御所車の車輪とその上のかまきりが巡行中に動く。南北朝時代に町内に館を構えていた四条隆資が、公家の身ながら強大な武家(足利義詮)軍に歯向かった勇気を讃え、町内に住む中国の薬商・陳大年(外郎(ういろう)家の祖)が「蟷螂の斧」の故事にたとえて、四条家の御所車にカマキリの作り物を乗せて巡行に出したのが起源という。町内の住民が多く、オリジナルの手作り授与品が多い。
  • 四条傘鉾(しじょうかさほこ)/四条西洞院西入ル傘鉾町。傘の上に赤幣と若松を戴く。滋賀県土山町滝樹神社の祭礼に伝わるケンケト踊りを参考に復元された棒振り踊りが付く。

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前祭[編集]
基準 [長] 山1 山2 山3 [函] 山4 傘1 山5 鉾1 山6 山7 山8 鉾2 山9 傘2 山10 鉾3 山11 山12 山13 [放] [岩] [船]
2019年 [長] [函] [放] [岩] [船]
2018年 [長] [函] [放] [岩] [船]
2017年 [長] [函] [放] [岩] [船]
2016年 [長] [函] [放] [岩] [船]
2015年 [長] [函] [放] [岩] [船]
2014年 [長] [函] [放] [岩] [船]
後祭[編集]
基準 [橋] [北] 山1 山2 山3 [南] 山4 山5 山6 [大]
2011年以前 [北] [橋] 山1 山2 山3 山4 山5 山6 [南] [大]
2019年 [橋] [北] [南] [鷹]
2018年 [橋] [北] [南] [大]
2017年 [橋] [北] [南] [大]
2016年 [橋] [北] [南] [大]
2015年 [橋] [北] [南] [大]
2014年 [橋] [北] [南] [大]

くじ取らず[編集]


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5212223261011

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使鹿[34]21967[35]20142016[36]1968

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西西

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長刀鉾の稚児[編集]


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NHK[]


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西



鹿 鹿鹿鹿

74- 姿

72023西

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注釈[編集]



(一)^ 

(二)^ 

(三)^ 58

(四)^ 

(五)^ 

(六)^ 

(七)^ 

(八)^ 20213BSKBS

出典[編集]



(一)^ 

(二)^ 

(三)^  2008

(四)^ 

(五)^ 2001

(六)^ 32008

(七)^ 2017104 

(八)^   (PDF) 

(九)^ ab

(十)^  3  P603[]

(11)^  NAID 20001284636

(12)^  退. 220123113 - 125doi:10.34360/00004434ISSN 2186-3156NAID 120006784931 

(13)^  KBS2017813

(14)^ PHP︿PHP2001 p89 - 99 ISBN 9784569616186

(15)^  2006

(16)^  75 198258 

(17)^  - 2015716

(18)^  - 2015717

(19)^  - 2015717

(20)^ 2020Makuake. Makuake. 202128

(21)^ 201114

(22)^  49 2013830

(23)^  --

(24)^ 1993pp.32 - 33

(25)^ --  

(26)^  198351218

(27)^   .   (2018721). 2018722

(28)^ []201436


(29)^ 2015pp.42

(30)^ 2008717 1282009
11.111.3911.8810.319.4210.328.418.25 0.360.4 0.690.650.510.520.640.670.550.591.220.60.710.540.67

9.279.540.80.78鹿0.70.840.670.810.75

(31)^    - 2017126

(32)^ 2022 14  2018621

(33)^ 

(34)^    1994

(35)^ 2003

(36)^  - 2016214

(37)^ ︿ 1977

(38)^ pp.189 - 2461971

(39)^ 西717 - 

(40)^ abc . (2019711). 2022521

(41)^ ab 1. (2022521). 2022521

参考文献[編集]

  • 近藤豊『祇園祭〜鉾立と細部意匠〜』(大河出版 1970年)
  • 『祇園祭の華・屏風祭展』(京都市美術館 1975年)
  • 松田元『祇園祭細見〈山鉾編〉』(郷土行事の会 1977年)
  • 『写真記録 祇園祭』(祇園祭山鉾連合会 1978年)
  • 『祇園祭〜町衆としきたり〜』(祇園祭山鉾連合会 1979年)
  • 月刊誌「太陽」1985年7月号「特集・祇園祭」(平凡社)
  • 『京名所図絵と祇園山鉾』(岩崎美術社 1990年) - 1757年(宝暦7年)版「祇園御霊会細記」に基づく田中緑紅編『京都祇園会古代山鉾図譜』の図版を収録
  • 「山町鉾町」(やまちょう ほこまち)特別記念号(祇園祭山鉾連合会 1991年)
  • 『京都 祇園祭のすべて』(婦人画報[あるすぶっくす] 1993年)
  • 『祇園祭大展〜山鉾名宝を中心に〜』(祇園祭山鉾連合会〈京都府京都文化博物館〉 1994年)
  • 植木行宣・中田昭『祇園祭』(保育社[カラーブックス] 1996年)
  • 『祇園祭の美〜祭を支えた人と技〜』(京都市自治百周年記念特別展〈京都市美術館〉 1998年)
  • 島田崇志『写真で見る祇園祭のすべて』(光村推古書院 2006年)
  • 『京都祇園祭手帳』(河原書店[手帳ブック] 2007年)
  • 『祇園祭のひみつ』(白川書院[月刊京都うんちくシリーズ] 2008年)
  • 福井秀一・福井貫二編『祇園祭山鉾巡行史・平成版』(CD版 2009年)
  • 『(写真でたどる)祇園祭山鉾行事の近代』(京都市文化財ブックス第25集、京都市文化財保護課 2011年)
草創以来の祇園祭に関する最も詳しい年表が収録されている。
  • 下間正隆『イラスト祇園祭』(京都新聞出版センター 2014年)
  • 『京の夏、祇園祭!』(らくたび文庫 別冊、コトコト 2008年、2014年改訂版)
  • 祇園祭山鉾連合会編『凱旋―祇園祭大船鉾復原の歩み 基本設計図完成報告書』(祇園祭山鉾連合会 2013年)
  • 福持昌之「「京都祇園祭の山鉾行事」のユネスコ無形文化遺産の登録とその後」(『文化遺産の世界』Vol.28 2017年)
  • 祇園祭山鉾連合会編『放鷹―祇園祭鷹山復興のための基本設計』(祇園祭山鉾連合会 2018年)
  • アリカ、 新潮社編『祇園祭―その魅力のすべて』(新潮社[とんぼの本]2018年)
  • 『京都 祇園祭〜町衆の情熱・山鉾の風流』(京都文化博物館、2020年)
  • 京都市文化市民局文化財保護課監修『祇園祭 温故知新―神輿と山鉾を支える人と技』(淡交社 2020年)
  • 『祇園祭は疫病に負けたのか』(サンケイデザイン株式会社[KLK新書] 2020年)
  • 福原敏男 [他] 編『山・鉾・屋台の祭り研究事典』(思文閣出版 2021年)

関連文献[編集]

  • 米山俊直『祇園祭』(中公新書 1974年)
  • 米山俊直『ドキュメント祇園祭』(NHKブックス・カラー版 1986年)
  • 脇田晴子『中世京都と祇園祭 疫神と都市の生活』(中公新書 1999年)
  • 河内将芳『祇園祭と戦国京都』(角川叢書 2007年)
  • 川嶋將生『祇園祭 祝祭の京都』(吉川弘文館 [歴史文化ライブラリー] 2010年)
  • 河内将芳『祇園祭の中世-室町・戦国期を中心に-』(思文閣出版 2012年)
  • 河内将芳『絵画史料が語る祇園祭』(淡交社 2015年)
  • 八反裕太郎『描かれた祇園祭』(思文閣出版 2018年)
  • 河内将芳『室町時代の祇園祭』(法蔵館 2020年)
  • 河内将芳『改訂 祇園祭と戦国京都』(法蔵館文庫 2021年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


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KBS. 2023813

 - 2014619

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