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この項目では、富山県にある駅について説明しています。
- かつて同名を称した栃木県にある駅については「大平下駅」をご覧ください。
- 宮城県にある駅については「陸前富山駅」をご覧ください。
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概要
各駅・停留場の位置関係
JR西日本・あいの風とやま鉄道の富山駅は、JR西日本の北陸新幹線および在来線の高山本線、あいの風とやま鉄道のあいの風とやま鉄道線が乗り入れている。あいの風とやま鉄道線は元々は当駅の所属線であった北陸本線の一部であったが[1]、2015年︵平成27年︶3月14日の北陸新幹線長野駅 - 金沢駅間延伸開業に伴い、あいの風とやま鉄道へ移管された。これに伴い、在来線構内はJR西日本の在来線である高山本線も含め、あいの風とやま鉄道の管轄となった。
富山地方鉄道の電鉄富山駅は本線の単独駅であるが、隣の稲荷町駅で分岐する不二越線[注 1]の列車も乗り入れており、事実上2方向の列車が利用できる。
JR西日本・あいの風とやま鉄道の高架下には富山地方鉄道の富山駅停留場が設けられており、富山軌道線・富山港線が乗り入れる。富山軌道線・富山港線には6つの運転系統が存在するが、富山駅停留場にはその全てが発着する。
富山軌道線にはこのほか、駅南側の道路上に電鉄富山駅・エスタ前停留場が設けられている。この停留場は2015年︵平成27年︶3月14日に富山駅停留場が開業するまでは富山駅前停留場を名乗っており、富山駅の最寄り停留場であった。
富山港線は2006年︵平成18年︶2月28日まではJR西日本の運営で、同社の富山駅に乗り入れていた。その後富山ライトレールに移管されるとともに富山駅付近の線路が道路上に移設され、2006年︵平成18年︶4月29日から2020年︵令和2年︶3月20日までは駅北口に設けられた富山駅北停留場に発着していた。富山地方鉄道に経営統合された後、2020年︵令和2年︶3月21日に線路を高架下に延長、富山駅北停留場は富山駅停留場に統合され廃止となった。
歴史
富山駅付近変遷
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1931年
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富山
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富山駅前 (I)/電鉄富山 (I)
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1934年
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富山
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電鉄富山 (I)
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富山駅前 (II)
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1936年
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富山
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電鉄富山 (I)
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富山駅前 (III)
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1943年
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富山
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電鉄富山 (I)
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富山駅前 (IV)
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1986年
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富山
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電鉄富山 (II)
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富山駅前 (IV)
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2006年
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富山駅北
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富山
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電鉄富山 (II)
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富山駅前 (IV)
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2015年
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富山駅北
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富山(在来線)
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富山駅
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富山(新幹線)
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電鉄富山 (II)
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支線接続点
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電鉄富山駅・エスタ前
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2020年
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富山(在来線)
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富山駅
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富山(新幹線)
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電鉄富山 (II)
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支線接続点
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電鉄富山駅・エスタ前
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富山駅
電鉄富山駅
富山駅前において行われた富山軽便鉄道開通式
1933年︵昭和8年︶当時の﹁富山駅構内配線図﹂。富南鉄道と富岩鉄道が富山駅に乗入れている。
●1914年︵大正3年︶
●12月6日‥富山軽便鉄道の富山駅 - 笹津駅間の開通と同時に、富山軽便鉄道の富山駅が開業する[145]。軌間1,067mm、動力は蒸気[20]。
●12月28日‥富山軽便鉄道が国有鉄道富山駅の共同使用を開始する[19]。
●1915年︵大正4年︶10月24日‥富山軽便鉄道が富山鉄道に社名を変更する[30]。
●1930年︵昭和5年︶3月5日‥富山鉄道が飛越線︵現・高山線︶開業に伴う経営悪化によって富山駅-笹津駅間の廃止申請を行う[30]。政府はこれを認めず、飛越線開業に伴う赤字補填方針を打出し、昭和6年度より予算7万円を計上する[30]。
戦前の電鉄富山駅。富山電気鉄道株式会社の本社でもあった。
●1931年︵昭和6年︶
●6月24日‥富山電気鉄道の富山駅 - 上市駅間の鉄道敷設工事施行が認可される[27]。
●9月25日‥当駅 - 富山田地方駅間が竣工する[27]。
●10月3日‥富山電気鉄道の当駅 - 富山田地方駅間が開通し[146]、電鉄富山駅が開業する[20]。軌間1,067mm、電化︵直流1,500V︶[20]。
●11月7日‥当駅 - 滑川駅間において直通運転を開始する[27]。
●1933年︵昭和8年︶
●3月17日‥富山鉄道が富山駅-堀川新駅間の富南鉄道に対する譲渡申請を行う[27]。
●3月31日‥富山鉄道が富山駅-堀川新駅間の譲渡契約を富南鉄道との間に締結する[27]。
●4月20日‥富山鉄道が解散し、富山駅 - 堀川新駅間を富南鉄道に譲渡する[30]。
●1937年︵昭和12年︶4月16日‥富南鉄道が富山電気鉄道の傘下に入り、同社社長に佐伯宗義が就任する[27]。
●1941年︵昭和16年︶12月1日‥富山電気鉄道が富南鉄道を合併[注 2]。富山駅 - 南富山駅間は同社富南線所属となる[147]。
●1943年︵昭和18年︶1月1日‥富山電気鉄道が富山県内の鉄道会社を合併し、富山地方鉄道に社名を変更する[27]。路線名が整理され、電鉄富山駅 - 西三日市駅間が本線、電鉄富山駅 - 粟巣野駅間が立山線となる[147]︵電鉄富山駅 - 稲荷町駅間は電化された本線と非電化の立山線との単線並列[148]︶[注 3]。
●1945年︵昭和20年︶8月2日‥富山大空襲により当駅が罹災する[27]。
電鉄富山駅の待合室に集まる人々︵1956年︵昭和31年︶︶
●1946年︵昭和21年︶
●6月1日‥電鉄富山駅︵富山駅︶ - 稲荷町駅間のうち旧富南鉄道線の軌道︵富南線︶が電化され、立山線粟巣野駅までの直通運転を開始[149]。
●10月31日‥富山大空襲による戦災により焼失した駅舎を復旧する[27]。
●1957年︵昭和32年︶9月1日‥初めて自動券売機を設置する[27]。
●1960年︵昭和35年︶1月7日‥自動券売機を増設する[27]。
●1961年︵昭和36年︶10月15日‥第20回全日本産業安全大会への台臨のため行啓中の明仁親王及び美智子皇太子妃が、当駅より電鉄魚津駅に向け出御する[58]。
●1964年︵昭和39年︶4月10日‥当駅 - 宇奈月駅間に途中停車なしの特別急行列車の運行を開始する[27]。
●1967年︵昭和42年︶11月30日‥本線の当駅 - 電鉄桜井駅︵現・電鉄黒部駅︶間がCTC化する[27]。
●1968年︵昭和43年︶6月11日‥当駅 - 宇奈月駅間の途中停車なしの特別急行列車の運行を休止する[27]。
●1969年︵昭和44年︶
●4月1日‥当駅 - 宇奈月駅︵現・宇奈月温泉駅︶間を本線に改称する[27]。
●5月28日‥昭和天皇及び香淳皇后が当駅を利用される[27]。
●1970年︵昭和45年︶5月10日‥当駅 - 宇奈月駅間及び当駅 - 千寿ヶ原駅間に特別急行列車の運行を開始する[27]。
●1971年︵昭和46年︶1月1日‥定期券専用自動改札機の使用を開始する[150]。
●1981年︵昭和56年︶4月1日‥自動改札機を廃止する[151]。
●1985年︵昭和60年︶
●5月5日‥当駅構内改築工事を開始する[152]。
●7月17日‥富山ターミナルビル及び富山地方鉄道が、建設中の﹁富山ターミナルビル﹂及び﹁電鉄富山駅ビル﹂の計画概要を公表する[153]。
●11月24日‥当駅構内改築工事を完了する[152]。
●11月28日‥富山駅前立体駐車場が完成し、電鉄富山駅の乗務区施設を移転する[73]。
●1986年︵昭和61年︶
●5月21日‥電鉄富山駅舎の仮駅舎︵プレパブ平屋建て、駅プラットホーム北側に建設︶を建設︵6月21日まで︶。その後6月25日までに旧駅舎の解体を実施[154]。
●6月28日‥電鉄富山駅ビル起工式[154]。
●11月1日‥当駅駅ビル竣工により、ホームを移設する[155]。これにより路線は、0.1粁短縮される[155]。
●1987年︵昭和62年︶12月5日‥電鉄富山駅ビル﹁エスタ﹂が開業する[152]。
●1992年︵平成4年︶11月25日‥各駅においてヤマト運輸宅急便の受付を開始する[152]。
●2010年︵平成22年︶3月14日‥駅構内の乗車券センターに、富山軌道線に導入されたIC乗車券﹁ecomyca﹂︵えこまいか︶の自動チャージ機︵積み増し機︶を設置する[156]。
●2012年︵平成24年︶3月17日‥当駅をはじめ鉄道路線の17駅にecomyca対応の自動改札機が設置され、使用を開始する[157]。
●2023年︵令和5年︶5月20日‥当駅より東側約700mの高架化工事の起工式を挙行。富山県はこの時点で2026年度末までの完成を目指すとしていたが、資材価格の高騰などを受け見直しを検討していた[158]。最終的には2年遅れの2028年度となることが同年6月23日に判明した[159]。
電鉄富山駅・エスタ前停留場
富山駅停留場
富山駅北停留場(廃止)
高架化と周辺整備事業
富山駅周辺連続立体交差事業の概要
きときと市場とやマルシェ
北陸新幹線関連工事に合わせ、富山駅においては周辺1.8kmにわたり連続立体交差事業が行われている[180][181]。この事業は、在来線によって南北に分断された富山駅周辺の土地利用や道路交通の障碍を鉄道の高架化による道路の新設や拡幅によって克服し、合わせて歩行者用の南北自由通路の整備や富山地方鉄道富山軌道線と富山ライトレール富山港線の接続によって南北一体のまちづくりを推進することを目途として行われているものであって[181]、まずJR在来線を一旦北側に移設し、高架化する工事が2005年︵平成17年︶10月6日より開始された[9]。2007年︵平成19年︶3月18日からは北口[112]、2010年︵平成22年︶4月19日からは南口が工事の影響によって仮駅舎となり[115]、2008年︵平成20年︶10月20日からは下りホーム[114]、2010年︵平成22年︶4月19日からは上りホームが仮ホームに切り替えられている[115]。
新幹線の高架ホーム︵2面4線︶は2015年︵平成27年︶3月14日より供用が開始され、同時に富山地方鉄道富山軌道線の富山駅停留場が新幹線高架下に開業した[182][183][184]。続いて同年4月20日からはあいの風とやま鉄道線上り方面と高山本線の在来線ホームが高架ホームに切り換えられ[130]、2019年︵平成31年︶3月4日には、あいの風とやま鉄道線下り方面についても高架ホームへの切り換えが完了した[137][138]。これにより富山駅の在来線ホームは高架上に2面5線︵うち1線は切欠きホーム︶が整備された[184]。
引き続き在来線の地上ホームの撤去や南北自由通路の整備等の工事が行われ、2020年︵令和2年︶3月21日に富山地方鉄道富山軌道線と富山地方鉄道富山港線が接続された[185]。加えて富山地方鉄道本線1.0kmも高架化され、電鉄富山駅のホームは2面2線となる予定であり、これについては2019年︵平成31年︶度より事業に着手する方針が示されている[186][187][188]。なおかつて北陸本線と富山地方鉄道線を接続していた当駅構内の連絡線は、一連の事業に係る工事によって廃止されており、この連絡線が高架化工事後に復活する予定は立っていない[189][190]。
後述のように富山駅の新幹線高架下には﹁きときと市場とやマルシェ﹂や﹁クラルテ﹂といった商業施設が設置されており[128]、在来線高架下にも商業施設を設置すべく検討されている[191]。2017年︵平成29年︶には周辺の再整備が評価されグッドデザイン賞を受賞した[192]。
- 地上駅・仮駅時代の富山駅
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新幹線開業前の正面口駅舎
(南口広場拡張のため解体)
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新幹線建設時に西隣りに建てられた仮駅舎と仮設広場
(新幹線開業前日まで使用)
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富山駅仮駅舎コンコース
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富山駅橋上より
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旧1番のりば
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右より旧2番・4番のりば
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解体工事中の7・8番のりばホーム(2006年4月)
軌道線の富山駅高架下乗り入れ
前述のように富山駅の周辺連続立体交差事業においては、かねてより軌道線の高架下への乗り入れが計画されていた[184]。この事業のために整備される富山駅南北接続線︵富山駅停留場 - 富山地方鉄道富山軌道線支線接続点間︶については富山市が軌道を保有し、富山地方鉄道が車輌の運行を行う上下分離方式によることが2013年︵平成25年︶2月4日に発表され[193]、同年4月26日にその旨国土交通省より特許が与えられた[194]。そして2014年︵平成26年︶6月2日に富山地方鉄道は富山駅の高架下に新設する新停留場の名称を、﹁富山駅停留場﹂とすることを正式決定し発表した[169]。この富山駅南北接続線は2015年︵平成27年︶3月14日より運輸営業を開始し、富山駅停留場は同日に開業した[195][196][194]。同時に既存の富山駅前停留場と、新設の富山駅停留場とを乗客が混同する恐れが生ずる可能性に鑑み、富山地方鉄道と富山市は富山駅前停留場の改称を発表し、同年3月14日よりこれを﹁電鉄富山駅・エスタ前停留場﹂に改称した[170]。
2020年︵令和2年︶3月21日に富山駅南北接続線が富山地方鉄道富山港線と接続された[178]。
高架化工事に伴う北口の変遷
富山駅においては1958年︵昭和33年︶10月16日にかつて牛島のどぶが広がっていた場所に初めて北口改札が開設され[36]、その後1999年︵平成11年︶12月4日に北口駅舎の改築が竣工したが[101]、それまでの駅舎と地上ホームを撤去して駅を高架化することを目指す富山駅の連続立体交差事業のため、2007年︵平成19年︶3月18日より北口においては仮駅舎を使用することとなった[112]。この仮駅舎は、従来の駅舎の東隣に設けられ、一階にはミニコンビニや富山ライトレールの乗車券販売所が入居し、2階及び3階を社員事務所として用いていた[112]。
2015年︵平成27年︶3月14日よりあいの風とやま鉄道が開業し、在来線の富山駅が同社に移管されると、北口もまた同社の管轄下となり、出改札はJR時代に引き続きJR西日本金沢メンテックに業務委託されたものの、1997年︵平成9年︶10月1日以来開設されていたみどりの窓口やJR線に係る券売機は撤去された[52][125][197]。この措置に伴って利用者から不満の声が上がった結果、西日本旅客鉄道は富山県からの要望に応じて、2016年︵平成28年︶2月19日にみどりの券売機を再設置した[132]。また、2015年︵平成27年︶4月20日からは北陸新幹線利用者のために専用の通行券を発行し、富山駅に下車し北口へ向かう旅客または富山駅北口より北陸新幹線に乗車する旅客へあいの風とやま鉄道富山駅の構内を通過することを可能とする措置をとっていた[198]。
しかし、前述の北陸新幹線開業に伴う富山駅の連続立体交差事業の進捗によって2019年︵平成31年︶3月4日に北口駅舎は閉鎖され、南北の改札は統合された[199]。これにより新幹線利用者のために行われていた、あいの風とやま鉄道富山駅構内の通り抜け措置も終了した[200]。新たな富山駅北口の整備事業は2019年︵平成31年︶末に着工され、2022年︵令和4年︶3月31日に完成し、同年4月1日から共用を開始した[201][202]。
- 仮駅舎時代の富山駅北口
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かつての富山駅北口駅舎
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北口の出札口
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北口のみどりの券売機
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北口の売店
駅構造
JR西日本北陸新幹線 富山駅
3階に島式2面4線のホームを持つ高架駅である[189]。通過線はなく、可動式安全柵が設置されている[204]。改札口は1階南北自由通路からの﹁中央改札口﹂と、駅中商業施設の﹁とやマルシェ﹂内から通じる﹁2階︵中2階︶改札口﹂の2ヶ所で、2015年︵平成27年︶4月20日に、あいの風とやま鉄道並びにJR高山線の上り線ホーム︵1-3番︶を高架に切り替えたのを機に、新幹線2階︵中2階︶改札口に隣接して在来線の改札口が設置された[205]。
のりば
のりば |
路線 |
方向 |
行先 |
備考
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11・12
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北陸新幹線
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上り
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長野・東京方面[210]
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13・14
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下り
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金沢方面[210]
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一部当駅始発は11番のりばから発車
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あいの風とやま鉄道線・JR西日本高山本線 富山駅
のりば
2019年(平成31年)3月時点のホーム構成は下表の通り。在来線では金沢方面が「上り」なのに対し、北陸新幹線では東京方面が「上り」となる[注 6]。
2015年︵平成27年︶4月20日の上り線高架切り替え後は、1番線が﹁あいの風とやま鉄道線︵上り︶﹂、2番線が﹁高山本線専用﹂、3番線が﹁高山本線・あいの風とやま鉄道線︵上り︶共用﹂とされている[125]が、実際には2019年の下り線高架切り替えまでは1番のりばにも高山本線の列車が発着していた[注 7]。一方、4・5番線ホームは下り専用となった。2021年︵令和3年︶11月現在、高山本線は全線電化されていないため、2番のりばの線路には架線が張られていない。
また現在、駅中商業施設の﹁とやマルシェ﹂内から通じる﹁2階︵中2階︶改札口﹂は、これまでの新幹線改札口に加え、2015年︵平成27年︶4月20日より、あいの風とやま鉄道の改札口も設けられ、新幹線、在来線両鉄道を利用できるほか、両鉄道の連絡口としても機能する[125][223]。
到着・発車メロディ
- 富山駅(あいの風とやま鉄道・JR高山線)
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あいの風とやま鉄道線・JR高山線改札口
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1・3番線ホーム
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2番線ホーム
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4・5番線ホーム
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かつてのあいの風とやま鉄道線・JR高山線出改札口
本線 電鉄富山駅
富山地方鉄道本線の電鉄富山駅は、あいの風とやま鉄道・JRの富山駅の正面口前広場に面している。のりかえ標準時分は15分である[227]。
駅名は富山電気鉄道時代の駅名をそのまま引き継いでいるため﹁電鉄﹂を冠する[228]。駅番号はT01。頭端式ホーム2面2線を有する地上駅で、改札口はあいの風とやま鉄道・JR側の1つだけであるが、出入口はあいの風とやま鉄道・JR向けの西側のほか、地鉄ビル駐車場向けの東側にもある[229]。終日駅員が配置されているが[230]、駅員による乗車券発売時間は7時から20時までに限られる[231]。元々は頭端式ホーム3面4線を有していたが[228]、高架化工事の進展により2022年12月4日より現行の仮ホームとなっている。
かつては、JR富山駅1番のりばから富山地方鉄道本線へ交直デッドセクション付きの連絡線が存在し、国鉄時代の1970年代から1980年代にかけては475系電車を使った急行﹁立山﹂やキハ58系気動車を使った急行﹁うなづき﹂﹁むろどう﹂︵いずれも線内は特急扱い︶、名鉄車両のディーゼル特急﹁北アルプス﹂が[27]、1990年代には﹁スーパー雷鳥立山﹂﹁サンダーバード宇奈月﹂などの列車名で、いずれも臨時列車扱いでJRからの特急の付属編成が直通した[152]。
電鉄富山駅においてこれら乗り入れ列車に乗降する際は、同駅の改札内から富山駅1番のりばに通じる連絡通路を通り、富山駅1番のりばを利用することができた[232]。1999年︵平成11年︶11月を最後に旅客列車の乗り入れ列車は終了し、その後は検測車がJRより不定期で入線する程度となり、連絡通路も閉鎖された[228]。現在では新幹線工事の影響によって連絡線も廃止されている[190]。
ICカード用自動改札機設置
のりば
- 1・3番線ホームと2・4番線ホームは同一ホームかつ同一線路を使用しており、縦列停車する形となっている。手前側が1・2番線、奥側が3・4番線となっている。
富山軌道線 電鉄富山駅・エスタ前停留場
富山軌道線 富山駅停留場
富山地方鉄道富山軌道線︵富山駅南北接続線︶の富山駅停留場は、2015年︵平成27年︶3月14日よりJR西日本とあいの風とやま鉄道の富山駅高架下に新規設置された停留場である[170]。電停No.はC15[236]。当停留場から支線接続点までの富山駅南北接続線は富山市が軌道施設を建設・保有し、富山地方鉄道が車両の保有および運行を行う上下分離方式となっている[237][239]。
ホームは南側に3面︵富山軌道線用︶、東西自由通路を挟み北側に同じように3面︵富山港線用︶のホームがあり[240]︵6面2線︶、8番ホームまで存在する。なお2、6、7番ホームは降車専用となる。
支線接続点がある交差点での列車通行時間を短縮するため、交差点進入方向の線路は手前で分岐している。これにより一度の信号現示で南富山駅前方面および富山大学前方面へ向かう各車両を同時発車させることが可能となっている[241]。
のりば
配線図
富山駅停留場
電鉄富山駅・エスタ前停留場
構内配線略図
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![富山駅停留場 電鉄富山駅・エスタ前停留場 構内配線略図](//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/56/Rail_Tracks_map_Toyama_Station_South_Side.svg/300px-Rail_Tracks_map_Toyama_Station_South_Side.svg.png) |
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凡例
出典:[242] |
富山港線 富山駅北停留場(廃止)
移転前の富山ライトレールの富山駅北停留場は、富山駅北口の正面に位置していた[244]。頭端式ホームを有する地上駅で、東側にある単式ホームと中央にあるアイランド(島式ホーム)とで構成された2面2線であった[244]。
2005年度に牛島町交差点までの軌道が緑化された[245]が、当停留場構内は日当たりが悪くコケが繁茂するなどしたため[246]、2015年に小松精練︵現・小松マテーレ︶が開発した新素材により再施工された[247]。富山軌道線との接続工事により、当停留場跡地にはシーサスクロッシングが設けられたため、構内の緑化軌道は現存しない。
富山地方鉄道富山軌道線との接続工事のため、2019年︵令和元年︶8月3日に駅前交差点の北側の仮設停留場︵ホームは2面1線︶に移転した[248]。同停留場は接続工事が完了した、2020年︵令和2年︶3月21日に廃止された[179]。
のりば
- 2019年8月3日から2020年3月20日まで
ホーム |
路線 |
行先
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乗車ホーム
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■富山港線
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岩瀬浜方面
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降車ホーム
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-
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- 2006年4月29日から2019年8月2日まで
ホーム |
路線 |
行先
|
1 - 2
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■富山港線
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岩瀬浜方面
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-
線路に芝生が生えるホーム
-
取り壊された旧富山駅北停留場
-
移転後の仮設停留場
貨物の取り扱い
1970年(昭和45年)当時の富山駅周辺航空写真。現北口より富岩運河方面へ分岐している路線は富山港線奥田支線
かつてはJR貨物の駅として車扱貨物及びコンテナ貨物を取り扱っていたが、1990年︵平成2年︶3月10日より富山貨物駅にその機能を移転し、当駅における貨物の取り扱いは廃止された[4]。
1953年︵昭和28年︶10月10日付﹃鉄道公報﹄第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続の専用線は次の通りであった[249]。
●北陸砂利鉱業線︵動力‥国鉄機関車及び手押、作業粁程‥0.1粁、備考‥国鉄砂利線発送に限る︶
1970年︵昭和45年︶10月1日時点における当駅接続の専用線は以下の通りであった[250]。
●北陸砂利鉱業線︵動力‥国鉄機関車及び手押、作業粁程‥0.1粁、総延長粁程‥0.1粁︶
なお、1983年︵昭和58年︶4月1日時点における各駅接続の専用線を列挙した1983年︵昭和58年︶4月1日付﹃鉄道公報﹄第10023号別表﹃専用線一覧表﹄に当駅接続の専用線は記載されていない[251]。
商業施設
マリエとやま、とやマルシェならびにマルートは当該項目を参照のこと。
富山駅高架下
クラルテ
クラルテ Clarte |
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![](//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/e3/Clarte_Toyama_2019%2C08.jpg/288px-Clarte_Toyama_2019%2C08.jpg) 外観(2019年8月) |
店舗概要 |
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所在地 |
〒930-0001 富山県富山市明輪町1-230(富山駅停留場西側) 富山県富山市明輪町1-226(新幹線改札口横) |
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開業日 |
2015年(平成27年)3月14日 |
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施設管理者 |
株式会社ジェイアールサービスネット金沢 |
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延床面積 |
1,720 m² ※1400(富山駅停留場西側)320(新幹線改札口横) |
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店舗数 |
11 |
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営業時間 |
店舗により異なる |
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富山駅停留場西側及び新幹線改札口横に位置する[252]。施設名称の﹁クラルテ﹂は、フランス語において﹁光﹂や﹁かがやき﹂を意味する言葉である[252]。主として日常の生活用品を求める客をターゲットとしている[252]。
飲食店、ドラッグストア、コンビニエンスストアなどが入居している[253]。
年表
●2013年︵平成25年︶
●5月9日 - JR西日本が、北陸新幹線開業後の当駅駅舎高架下に商業施設を整備する旨をアナウンスする[254]。
●9月4日 - 富山ターミナルビルが、出店希望者に向け説明会を行い、同施設の建設概要についてリリースする[255]。
●2014年︵平成26年︶
●3月28日 - 北陸新幹線高架下の商業施設の名称を﹁きときと市場 とやマルシェ﹂﹁クラルテ﹂とする旨を決定する[256]。
●12月11日 - 北陸新幹線高架下の商業店舗の入居店舗および開業日が決定する[257]。
●2015年︵平成27年︶
●3月14日 - 北陸新幹線長野駅 - 金沢駅間開業に合せ、﹁きときと市場 とやマルシェ﹂﹁クラルテ﹂がオープンする[258]。
●2016年︵平成28年︶4月15日 - 洋菓子を取扱う﹁あるぺん村﹂の店舗が入居する[259]。
●2020年︵令和2年︶
●3月19日 - あいの風とやま鉄道線高架下の商業施設の名称および入居店舗が決定する[260]。
●5月9日 - ﹁とやマルシェ のれん横丁﹂﹁とやマルシェ EATS de Meets﹂が一部開業[261]。
●6月1日 - ﹁とやマルシェ のれん横丁﹂﹁とやマルシェ EAST de Meets﹂がグランドオープン。当初は4月27日のグランドオープンを予定していたが、新型コロナウイルスの流行の影響で延期されていた[262]。
電鉄富山駅ビル エスタ
沿革
●1982年︵昭和57年︶11月7日 - 商業ビル建設のため、当駅東側の国鉄宿舎を撤去する[263]。
●1985年︵昭和60年︶
●7月17日 - 富山ターミナルビル及び富山地方鉄道が、建設中の﹁富山ターミナルビル﹂及び﹁電鉄富山駅ビル﹂の計画概要を公表する[264]。
●11月28日 - 富山駅前立体駐車場が完成し、電鉄富山駅の乗務区施設を移転する[73]。
●1986年︵昭和61年︶4月14日 - 当駅駅ビル内に入居すべきビジネスホテル経営会社として富山地鉄ホテルを設立する[265]。
●1987年︵昭和62年︶12月5日 - 電鉄富山駅ビル﹁エスタ﹂がオープンする[266]。当時のテナント構成は、地下1階が食品スーパー﹃スパー﹄など。ロッテリアは開業当初からテナントに入っていた[267]。
●1990年︵平成2年︶4月19日 - エスタのリノベーションを行う[266]。
●2015年︵平成27年︶3月12日 - エスタ内のアルビスエスタ店が改装され、Wi-Fiを導入する[268]。
施設概要
閉業した商業施設
かつて富山駅構内にあったとやま駅特選館は当該項目を参照のこと。
駅弁
主な駅弁は下記の通り[276]。名物であるますのすしの当駅における販売は、1912年(明治45年・大正元年)より開始された[11]。
- ますぶりすし重ね
- ますのすし(二重)
- 特選ますのすし
- ぶりのすし
- ますのすし(一重)[277]
- 有磯海
- ぶりのすし小箱
- ますのすし小丸
- ますとぶり小箱
- 牛すき焼き弁当
- ますのすし小箱
- 雷鳥のうた
- 三色ちらし弁当
利用状況
年度
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国鉄 JR西日本[注 4]
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あいの風[注 5]
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富山地方鉄道 電鉄富山駅
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1日平均 乗車人員
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1日平均 乗車人員
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1日平均 乗降人員
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1日平均 乗車人員
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1965年(昭和40年)
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25,196
|
未 開 業
|
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1970年(昭和45年)
|
21,978
|
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1975年(昭和50年)
|
22,772
|
19,862
|
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1980年(昭和55年)
|
20,606
|
17,578
|
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1985年(昭和60年)
|
19,239
|
13,814
|
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1988年(昭和63年)
|
19,304
|
11,629
|
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1989年(平成元年)
|
19,188
|
11,244
|
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1990年(平成02年)
|
19,861
|
11,419
|
|
1991年(平成03年)
|
21,834
|
11,280
|
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1992年(平成04年)
|
21,906
|
10,990
|
|
1993年(平成05年)
|
21,703
|
10,474
|
|
1994年(平成06年)
|
21,754
|
9,840
|
|
1995年(平成07年)
|
21,278
|
9,523
|
|
1996年(平成08年)
|
21,492
|
9,351
|
|
1997年(平成09年)
|
20,614
|
8,702
|
|
1998年(平成10年)
|
20,268
|
8,196
|
|
1999年(平成11年)
|
19,823
|
7,659
|
|
2000年(平成12年)
|
19,488
|
7,242
|
|
2001年(平成13年)
|
18,688
|
6,873
|
3,509
|
2002年(平成14年)
|
17,990
|
6,879
|
3,518
|
2003年(平成15年)
|
17,952
|
6,452
|
3,273
|
2004年(平成16年)
|
17,419
|
6,328
|
3,192
|
2005年(平成17年)
|
17,106
|
6,426
|
3,260
|
2006年(平成18年)
|
16,611
|
6,475
|
3,304
|
2007年(平成19年)
|
16,729
|
6,500
|
3,294
|
2008年(平成20年)
|
16,699
|
6,386
|
3,272
|
2009年(平成21年)
|
16,207
|
6,324
|
3,229
|
2010年(平成22年)
|
15,867
|
6,524
|
3,312
|
2011年(平成23年)
|
15,746
|
6,610
|
3,392
|
2012年(平成24年)
|
15,767
|
6,709
|
3,453
|
2013年(平成25年)
|
15,967
|
6,894
|
3,473
|
2014年(平成26年)
|
[注 10]14,375
|
|
6,912
|
3,702
|
2015年(平成27年)
|
7,901
|
11,373
|
7,422
|
4,078
|
2016年(平成28年)
|
7,843
|
11,388
|
7,649
|
4,039
|
2017年(平成29年)
|
8,121
|
11,543
|
7,752
|
4,155
|
2018年(平成30年)
|
8,343
|
11,830
|
7,699
|
4,274
|
2019年(令和元年)
|
7,923
|
11,854
|
8,221
|
4,582
|
2020年(令和 2
年)
|
|
9,157[295]
|
|
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2021年(令和 3年)
|
|
10,056[295]
|
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下記の各年度における当駅の乗車人員は次の通りである[296][297]。
年度
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国鉄
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1950年(昭和25年)
|
4,636,696
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1960年(昭和35年)
|
8,279,303
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駅周辺
南口
CiC
北口
富山駅北口の設置については、かねて富山市から国鉄当局に陳情していたが、建設費負担の問題で順調に進まなかった。その後、富山市と金沢鉄道管理局との間に工事費折半の話し合いが出来、1958年の富山国体に合わせて急速に工事が進められた[36]。
富山市ブールバール広場
長い間﹁駅裏﹂と呼ばれていた[298]北口は、近年の再開発によって富山市の新たな玄関として整備された。
駅から北方向、富山市総合体育館にかけての道路は﹁富山市ブールバール広場﹂として整備され、イベントスペースとして活用されている[299]。周辺には富山市芸術文化ホールなどの文化・芸術施設があるほか、企業の本社などが集積するオフィス街となっている。
西口
バス
南口にバスターミナルがあり、富山地方鉄道︵地鉄バス︶が周辺各地への路線バスを運行させている[303][304]。北陸新幹線の開業に伴う新駅舎の使用開始に伴い、2015年︵平成27年︶3月14日より富山駅南口のバスのりばが再度移転となり、スペース等の問題で分散していた富山地方鉄道のバスのりばが集約された[304]。ただし、一部路線は北口を経由する[303]。
南口バスターミナル
北口ロータリー
一部の路線バスのほか、ツアーバスから転換された高速バスが発着する。
- 1番のりば
- 2番のりば
- 3番のりば
- 4番のりば
- アピタ東店方面[303]
- バスタ新宿行「KBライナー」(三栄交通・千葉みらい観光バス)
隣の駅
- 西日本旅客鉄道(JR西日本)
北陸新幹線
- 黒部宇奈月温泉駅 - 富山駅 - 新高岡駅
- ■高山本線
- 西富山駅 - 富山駅
- あいの風とやま鉄道
- ■あいの風とやま鉄道線
- 呉羽駅 - 富山駅 - (貨)富山貨物駅 - 新富山口駅
- 富山地方鉄道
- ■本線
- ■特急・■快速急行(下りのみ運転)
- 電鉄富山駅 (T01) - 寺田駅 (T08)
- ■急行(上り到着列車のみ)・■普通
- 電鉄富山駅 (T01) - 稲荷町駅 (T02)
- ■不二越・上滝線
- ■普通
- 電鉄富山駅 (T01) - 稲荷町駅 (T02)
- 富山軌道線(富山駅南北接続線・支線・本線)
- 富山駅停留場 (C15) - (支線接続点) - 電鉄富山駅・エスタ前停留場 (C14) - 地鉄ビル前停留場 (C13)
- 富山軌道線(富山駅南北接続線・支線)
- 富山駅停留場 (C15) - (支線接続点) - 新富町停留場 (C16)
- ■富山港線
- 富山駅停留場 (C15) - オークスカナルパークホテル富山前停留場 (C26)(岩瀬浜方面のみ停車) - インテック本社前停留場 (C27)
かつて存在した路線
- 西日本旅客鉄道(JR西日本)
- 富山港線
- 富山駅 - 富山口駅
- 日本国有鉄道(国鉄)
- 富山港線(貨物支線)
- 富山駅 - 奥田駅
脚注
注釈
(一)^ 南富山駅から先の上滝線と一体で﹁不二越・上滝線﹂と案内される。
(二)^ 従前の富南鉄道富山駅は電鉄富山駅に統合されたものと考えられるが、その時期は不詳。昭和18年の路線名改称時、旧富南鉄道線を含む電鉄富山駅 - 粟巣野駅間が﹁立山線﹂に変更されたとされるが[147]、一方で昭和23年5月の﹃鉄道要覧﹄の富山地方鉄道の欄には、富南鉄道を合併した﹁富山、南富山﹂と、富山電気鉄道が開業した﹁電鐵富山、富山田地方﹂の両区間がこの表記で併記されている。この記述は、昭和33年度﹃私鉄要覧﹄︵昭和33年10月1日現在︶では前者が﹁電鉄富山、南富山﹂に改められており、この時点までには電鉄富山駅に統合されていたと考えられる。
(三)^ 立山線のうち、非電化である旧富南線区間については引き続き富南線として南富山駅以東と区別することがあった[148]。
(四)^ abcJR高山本線の乗車人員も含む
(五)^ abJR高山本線の乗車人員は含まない
(六)^ これは、転換前のJR北陸本線が東海道本線と接続する米原駅起点となっているためである。北陸自動車道は在来線と同じように、金沢方面が﹁上り﹂、新潟方面が﹁下り﹂となっている。
(七)^ JRおでかけネットの富山駅時刻表における発車番線の記載による。2015年5月時点では14:44発の越中八尾駅行きが該当。
(八)^ 当初予定では﹁春﹂を3 - 6月、 ﹁秋﹂を7月 - 10月、﹁冬﹂を11月 - 2月に使用とされていた。
(九)^ 本文#電鉄富山駅記載のとおり、後に富山鉄道、富南鉄道を経て当駅に統合されたと考えられる富山軽便鉄道の富山駅の開業は1914年︵大正3年︶12月6日だが、平成26年度﹃鉄道要覧﹄は電鉄富山駅 - 富山田地方駅間の開業日を富山電気鉄道線開業の昭和6年10月3日と記載しており、寺田裕一﹃改訂新版 データブック日本の私鉄﹄︵2013年、ネコ・パブリッシング︶でも同日を当駅の開業日としている。なお、昭和44年度﹃私鉄要覧﹄では、本線とは別に立山線︵現・不二越線︶電鉄富山駅 - 稲荷町駅間︵本線と異なり、中間に富山田地方駅が置かれなかった︶を別途記載しており、そちらでは同区間を含む電鉄富山駅 - 南富山駅間の開業日を大正3年12月6日としていた。
(十)^ 北陸新幹線︵18日間︶、北陸本線︵347日間︶、高山本線︵365日間︶の合算
出典
関連項目
外部リンク
ウィキメディア・コモンズには、
富山駅に関連するメディアがあります。
ウィキメディア・コモンズには、
電鉄富山駅に関連するメディアがあります。
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第1回選定 |
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第2回選定 |
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第3回選定 |
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第4回選定 |
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※: 現在廃止 |