小場恒吉
小場恒吉︵おば つねきち、1878年︿明治11年﹀1月25日 - 1958年︿昭和33年﹀5月29日︶は日本の紋様学者、美術史家、画家。
秋田市章
秋田県立秋田工業高等学校の校章は、小場恒吉が秋田工業学校教諭時代にデザインしたものであり[1]、また秋田市の市章は1928年︵昭和3年︶、市制施行40周年を記念して市会で決められたものであるが、デザインの考案者は小場恒吉である[6]。後者は久保田城のあった矢留の森︵現在の千秋公園︶の﹁矢留﹂と秋田の﹁田﹂をモチーフにしたもので、一般にも評判が良く、また日本画の大家平福百穂も当時の秋田市長宛に﹁申分なき出来と存じ候﹂との書簡を送っている[6]。