長岡市
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ながおかし ![]() 長岡市 | |||
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国 |
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地方 |
中部地方、北陸地方 甲信越地方 | ||
都道府県 | 新潟県 | ||
市町村コード | 15202-1 | ||
法人番号 | 7000020152021 | ||
面積 |
891.05km2 (境界未定部分あり) | ||
総人口 |
256,545人 [編集] (推計人口、2024年6月1日) | ||
人口密度 | 288人/km2 | ||
隣接自治体 |
新潟市、弥彦村、燕市、 三条市、見附市、魚沼市、 小千谷市、十日町市、柏崎市、 刈羽村、出雲崎町、佐渡市 | ||
市の木 | ケヤキ | ||
市の花 | ツツジ | ||
長岡市役所 | |||
市長 | 磯田達伸 | ||
所在地 |
〒940-8501 新潟県長岡市幸町二丁目1番1号 ![]() | ||
外部リンク | 長岡市 | ||
ウィキプロジェクト |
長岡市︵ながおかし︶は、新潟県の中部︵中越地方︶に位置する市である。新潟県下第2位の人口を擁する、国から特例市に指定されている。
![](//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/8d/Niigata_prefectural_road_r36-2.JPG/250px-Niigata_prefectural_road_r36-2.JPG)
大手通りのアーケード
人口30万人級の都市としては、世界的に見ても珍しい程の豪雪地帯であり、過去に記録的な豪雪を何度も経験している。市街には雁木︵がんぎ︶が整備されているほか、市では﹁無雪都市﹂を宣言し、長岡駅前大手通り︵旧国道8号等︶には、雁木を改造した大規模なアーケードが設置されている。又、道路には消雪パイプが設置され、国道・県道・市道や公共施設の敷地内に至るまで広い範囲で散水消雪を行う。寺泊地域や和島地域は、海岸部または海岸に近いため比較的積雪が少ない。
地理的に、大部分が盆地で占められており、冬は寒く、夏は暑い傾向がある。信濃川流域には遮蔽物が少なく、夏ごろは突風が吹くため、洗濯物などは非常に早く乾く一方、強風により洗濯物が空を飛んでいる光景も目にする。
概要
長岡地方中核都市圏を形成する、中越地方および長岡都市圏の中心都市である。都市圏人口としては栃木県の小山市中核都市圏に次いで全国39位に位置する。 平成の大合併の結果、かつての古志郡、三島郡の大部分を占める他、蒲原郡、魚沼郡、刈羽郡にも跨る広大な市域を持つ都市となった。 旧長岡市は、江戸時代には長岡藩の城下町として栄えた。戊辰戦争と第二次世界大戦︵長岡空襲︶の二度にわたって市街は壊滅的被害を受けるが、不撓不屈の精神により復興を遂げ、現在に至る。それに因み、市の紋章は不死鳥をイメージして、﹁長﹂の文字を図案化したものになっている。参考 花火王国として有名であり、市の中心を流れる信濃川では、毎年8月1~3日に長岡まつり︵長岡大花火大会2、3日︶が開かれ、正三尺玉花火も上がる。また2005年の長岡まつりでは、市民などからの協賛金を募って、新潟県中越地震からの復興祈願花火﹁フェニックス﹂を打ち上げ、喝采を浴びた。この﹁フェニックス﹂は、同年10月23日の中越地震からの﹁復興の集い﹂や年末年始のカウントダウンイベントでも打ち上げられ、長岡を象徴する花火になった。この花火は、翌年以降の長岡まつりでも継続して打ち上げられている。 この地域は元内閣総理大臣 田中角榮の地盤であり、現在でも一部で影響が残っている。地理
上越新幹線で東京から約80分、関越自動車道で東京から約3時間の位置にあり、特に経済面において関東地方との結びつきも強い。 元来の都市としての長岡は内陸の都市であるが、2005年と2006年の二回に渡る大規模合併以降、行政区画としての長岡市は日本海に面する自治体となっている。 南北に信濃川が縦断し、中心部では川の両岸に市街地が発展している。 ●山‥弥彦山、八石山、悠久山、守門岳 ●川‥信濃川、大河津分水、渋海川、柿川、栖吉川、太田川、刈谷田川、黒川 ●温泉‥蓬平温泉気象
隣接している自治体・行政区
※北から東回りに ●新潟市︵西蒲区︶ ●西蒲原郡弥彦村 ●燕市 ●三条市 ●見附市 ●魚沼市 ●小千谷市 ●十日町市 ●柏崎市 ●刈羽郡刈羽村 ●三島郡出雲崎町 ※この他、佐渡市とは海を隔てて接しており、航路により結ばれている。人口
長岡市(に相当する地域)の人口の推移
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総務省統計局 国勢調査より |
行政
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![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/d0/Nagaoka_City_Office_20060308-1.jpg/220px-Nagaoka_City_Office_20060308-1.jpg)
歴代市長
氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
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牧野忠篤 | 1906年8月29日 | 1908年5月22日 |
河島良温 | 1908年6月23日 | 1919年7月10日 |
豊島愿 | 1919年8月7日 | 1926年11月16日 |
岩田衛 | 1927年1月28日 | 1929年10月26日 |
木村清三郎 | 1929年12月26日 | 1937年12月25日 |
松田耕平 | 1938年3月17日 | 1944年7月31日 |
鶴田義隆 | 1944年10月12日 | 1945年8月1日 |
田村文吉 | 1945年9月29日 | 1947年3月31日 |
松田弘俊 | 1947年4月9日 | 1951年4月4日 |
1951年4月28日 | 1955年1月3日 | |
内山由蔵 | 1955年1月25日 | 1959年1月21日 |
1959年1月22日 | 1962年12月2日 | |
上村清五郎 | 1962年12月21日 | 1966年11月25日 |
小林孝平 | 1966年11月26日 | 1970年11月25日 |
1970年11月26日 | 1974年11月25日 | |
1974年11月26日 | 1978年11月25日 | |
1978年11月26日 | 1982年11月25日 | |
1982年11月26日 | 1984年5月31日 | |
日浦晴三郎 | 1984年6月11日 | 1988年6月9日 |
1988年6月10日 | 1992年6月9日 | |
1992年6月10日 | 1996年6月9日 | |
1996年6月10日 | 1999年10月20日 | |
森民夫 | 1999年11月22日 | 2003年11月20日 |
2003年11月21日 | 2007年11月20日 | |
2007年11月21日 | 現職 |
姉妹都市・提携都市
日本以外
- 姉妹都市
フォートワース市(アメリカ合衆国 テキサス州) - 1987年11月9日姉妹都市提携
トリアー市(ドイツ連邦共和国) - 1995年10月12日友好都市提携、2006年4月1日姉妹都市提携
ロマンモティエ町(スイス連邦) - 1986年6月4日姉妹都市提携(旧小国町より引き継ぎ)
西タイアラプ連合村(フランス領ポリネシア) - 1991年8月29日姉妹都市提携(旧和島村より引き継ぎ)
- 友好都市
沿革
明治維新以前の長岡の歴史については、越後長岡藩を参照。
長岡市に編入合併した旧市町村の歴史については、各旧市町村のページを参照。
●長岡市を業務拠点などを置く主な企業 ●北越紀州製紙︵製紙製造、工場、登記上本店所在地︶ ●TDKラムダ︵スイッチング電源首位、工場所在地、旧デンセイ・ラムダ︶ ●ユニオンツール︵プリント基板用工具、直線運動軸受のエンドミルメーカー、工場所在地︶ ●ヨネックス︵スポーツ用品メーカー、創業地および工場所在地︶ ●ツガミ︵工作機械製造、工場所在地︶ ●オーエム製作所︵工作機械製造、工場所在地︶
ファイル:Nagaoka ohte 20041114.jpgJR長 岡駅
現在はJR東日本一社のみが運営しており、長岡駅をターミナルに上越新幹線と、在来線3路線が走っている。宮内駅は上越線の終点に当たるが、普通列車は全列車が長岡発着となっている。信越本線の新潟方面は日中は概ね60分間隔で運行されている。
長岡駅は、ほくほく線開業前は、関東地方から上越新幹線経由で米山峠以西の北陸地方へ向かうルートの乗換駅であり、﹁雷鳥﹂﹁かがやき﹂など多数の特急列車が走っていた。
ほくほく線開業と北陸~東京間連絡特急﹁はくたか﹂の登場により、その機能の多くは越後湯沢駅に移ってしまったが、今でも北陸地方と関東地方を結ぶ乗換駅として機能している。しかし、荒天などで、﹁はくたか﹂のダイヤが乱れた際、本来越後湯沢での新幹線連絡が長岡発着に変更の上で、長岡での上越新幹線連絡にダイヤ変更される場合もある。又、市内北西部には越後線が、南部には飯山線が走っている。
かつては、旧国鉄が運営する魚沼線が来迎寺駅から小千谷市に伸びていた。更に越後交通が運営する私鉄路線が長岡駅、西長岡駅を中心に2路線あったが、双方とも既に廃線となっている。他にも長岡ニュータウン方面から長岡駅までモノレールを導入する案が検討された事があったが、実現には至らなかった。
![](//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b6/Fare_display_Minami_Echigo_Kanko_Bus.jpg/250px-Fare_display_Minami_Echigo_Kanko_Bus.jpg)
近年まで使用されていた旧式の運賃表示器︵現在でも南越後観光バスで 使用されている︶
明治期
●1869年5月1日 長岡藩が四郎丸村の昌福寺に国漢学校を開校。 ●1869年6月22日 版籍奉還し、藩主の牧野忠毅が長岡藩知事になる。 ●1870年5月 長岡藩に支藩の三根山藩から100俵の救援米︵米百俵︶が送られる。 ●1870年6月15日 三根山藩から送られた米を売却して得た資金などをもとに、国漢学校を昌福寺から坂ノ上町︵当時の表記︶に移設。洋学局と医学局を新設。 ●1870年10月22日 廃藩置県に1年先立ち牧野忠毅が藩知事を辞任。長岡藩は廃藩となり、柏崎県に編入される。 ●1871年5月 長岡藩の廃藩により国漢学校が柏崎県に移管され、分黌長岡小学校となる。 ●1872年11月23日 坂ノ上町︵当時の表記︶に長岡洋学校︵新潟県立長岡高等学校の前身︶開校。 ●1873年6月 坂ノ上町に長岡会社病院︵長岡赤十字病院の前身︶が開院。 ●1873年6月10日 柏崎県が廃止され、新潟県に合併。 ●1876年10月20日 信濃川最初の有料橋として木製の長生橋が完成。 ●1878年 三島億二郎、岸宇吉らによって第六十九国立銀行が設立される。 ●1879年 士族や有志により長岡城跡が整地され、城跡公園となる。 ●1879年 郡区町村編制法により、越後国古志郡の領域は新潟県古志郡の管轄となり、長岡町の国漢学校跡に古志郡役所が置かれた。初代郡長は三島億二郎。 ●1888年4月 小坂松五郎が北越石油会社を設立。東山油田の開発が始まる。 ●1889年 町村制の施行により、古志郡が51町村、三島郡が43町村となる。 ●1891年12月19日 長生橋の所有が県に移り、無賃橋となる。 ●1892年6月23日 松田周平、小坂松五郎、殖粟順平、山田又七が長岡鉄管会社を設立。 ●1893年 山田又七、殖粟順平らが宝田石油株式会社を設立。 ●1894年 長岡鉄管会社により、東山油田︵浦瀬︶と中島の精油所を結ぶ送油用パイプライン完成。 ●1898年6月16日 北越鉄道︵現信越本線︶が延伸し、長岡停車場︵長岡駅︶開業。 ●1899年10月 反町新作商店︵現丸福証券︶が創業。 ●1901年11月1日 長岡本町・長岡町・千手町・草生津町・新町・王内村の6町村が合併し、新しい長岡町となる。 ●1903年5月1日 長岡町大字新町︵現新町1丁目︶に古志郡立長岡高等女学校︵新潟県立長岡大手高等学校の前身︶開校。 ●1906年4月1日 古志郡長岡町が市制施行により長岡市となる。 ●1906年12月 長岡郵便局内に電話交換局を設置、長岡市内に電話開通。 ●1907年4月27日 田村文四郎、覚張治平らが稲わらを原料としたボール紙の生産を目的として北越製紙を設立。 ●1908年4月 古志郡上組村大字宮内に古志郡立上組農学校︵新潟県立長岡農業高等学校の前身︶開校。 ●1909年4月1日 中蒲原郡村松町から長岡市東千手町︵現南町︶に新潟県立工業学校︵新潟県立長岡工業高等学校の前身︶が移設。 ●1910年4月 長岡市立長岡商業学校︵新潟県立長岡商業高等学校の前身︶開校。大正期
●1915年11月28日 二代目の長生橋が完成。当時、木製の橋としては日本一の長さの約872.73メートル。 ●1916年1月 長岡鉄道の西長岡~寺泊間が開通。 ●1916年12月 栃尾鉄道の長岡~栃尾間が開通。 ●1917年5月20日 長岡開府三百年祭が行なわれる。 ●1919年5月24日 悠久山公園完成。 ●1921年10月 宝田石油が日本石油と合併、本社跡地と10万円を長岡市に寄付。本社跡地を宝田公園とする。 ●1921年12月1日 古志郡四郎丸村を編入。 ●1924年4月 四郎丸町︵現学校町︶に長岡高等工業学校︵新潟大学工学部の前身︶開校。 ●1924年5月1日 栃尾鉄道の長岡~悠久山間が開通。 ●1926年 古志郡役所廃止。 ●1926年4月1日 市制20周年を記念し、長岡市歌を制定。 ●1926年8月 大野甚松が長岡市に公会堂を寄付。 ●1926年9月14日 中川繁治により、長岡大花火大会で初めて正三尺玉が打ち上げられる。昭和・戦前戦中期
●1927年10月27日 関原地震が発生、マグニチュード5.2。負傷者2人、家屋半壊23戸。 ●1931年7月11日 長岡操車場が開業。 ●1931年8月21日 上越線全線開通を記念して、上越線全通記念博覧会が開催される。 ●1931年9月1日 上越線︵宮内~高崎︶が全通。 ●1934年2月 工業の強化を目的とした﹁長岡市工業5ヵ年計画﹂をまとめる。 ●1936年12月31日 馬高遺跡で火焔土器が発掘される。 ●1937年6月11日 ヘレン・ケラー、長岡聾唖学校を訪問。 ●1937年10月20日 三代目の長生橋︵鉄橋︶が完成。 ●1945年8月1日 長岡空襲により市中心部被災。空襲被害では甲信越地方で最大規模。昭和・戦後期
●1946年12月24日 日本機械製作所内の精密機械部が独立し、日本精機となる。 ●1948年 三島郡深才村の一部︵大字大島︶を編入。 ●1950年12月1日 古志郡栖吉村を編入。 ●1951年1月1日 古志郡富曽亀村を編入。 ●1951年8月1日 悠久山公園に長岡市立科学博物館が開館。 ●1953年3月3日 長岡教育放送が放送開始。 ●1954年2月1日 古志郡上川西村を編入。 ●1954年3月1日 古志郡宮内町︵旧上組村︶を編入。 ●1954年5月1日 三島郡深才村を編入。 ●1954年9月15日 ラジオ新潟︵現新潟放送︶長岡放送局開局。 ●1954年11月1日 三島郡日越村、王寺川村、古志郡十日町村、山本村、黒条村、新組村、福戸村、下川西村及び六日市村の一部を編入。 ●1955年8月1日 長岡駅に地下道が完成、開通式が行なわれる。 ●1956年 古志郡山古志村の一部︵大字蓬平・濁沢︶を編入。 ●1957年10月1日 三島郡関原町を編入。 ●1958年8月1日 表町に﹁まいまいひめの像﹂完成。 ●1958年10月18日 大和長岡店オープン。 ●1958年11月3日 玉蔵院町︵現坂之上町3丁目︶に山本記念公園開園。 ●1958年11月20日 大手通1丁目に長岡市厚生会館竣工。 ●1959年11月21日 信越本線浦鉄橋を改修した越路橋有料道路︵片田町~来迎寺間︶が開通。 ●1960年 日産化学工業長岡工場︵現長岡市営陸上競技場周辺︶が操業開始︵1972年3月撤退︶。 ●1960年4月1日 三島郡二和村︵大積村と宮本村が合併した村︶、与板町の一部︵大字成沢︶を編入。 ●1960年12月15日 大手通に丸専デパートが開店。 ●1960年12月︵~1961年年1月︶ 三六豪雪で交通機関が麻痺、新潟県は自衛隊に救援を要請。 ●1961年2月2日 長岡地震が発生、マグニチュード5.2。被害は死者5人、負傷者30人、家屋全壊220戸。 ●1961年4月1日 国立長岡工業短期大学︵長岡工業高等専門学校の前身︶開校。 ●1962年7月13日 悠久山に県営長岡水泳競技場︵現長岡市悠久山プール屋外水泳場︶完成。 ●1963年1月 記録的豪雪︵昭和38年1月豪雪、サンパチ豪雪︶。 ●1967年2月1日 越路橋有料道路が一般県道区間として無料開放される。 ●1967年5月31日 長岡市悠久山野球場竣工。 ●1968年4月20日 悠久山に長岡市郷土史料館開館。 ●1968年12月16日 新潟総合テレビ開局。1991年10月まで長岡に演奏所︵長岡放送センター︶が置かれる。 ●1969年2月12日 浪花屋製菓の創業者今井與三郎から譲渡された消雪パイプの特許を長岡市が公開。 ●1970年11月3日 長岡セントラルパークが完成。 ●1970年11月16日 長岡大橋開通。 ●1971年7月1日 市内電話の局番が2桁になる。 ●1972年10月7日 長生橋に歩道橋を設置。 ●1973年10月24日 幸町2丁目に長岡市立劇場オープン。 ●1973年12月1日 長岡市営スキー場オープン。 ●1975年3月31日 越後交通長岡線旅客営業廃止︵貨物輸送は1995年3月31日廃止︶。 ●1975年8月24日 ﹁米百俵之碑﹂除幕式が行われる。 ●1976年6月6日 緑町1丁目に長岡市営陸上競技場オープン。 ●1976年10月1日 長岡技術科学大学開学。 ●1977年9月30日 幸町2丁目に新市庁舎竣工。 ●1977年10月11日 新市庁舎で業務開始。 ●1978年2月20日 新潟県陸運事務所長岡支所が設置され、長岡ナンバー誕生。 ●1978年6月26日 6・26梅雨前線豪雨で災害発生。 ●1978年6月27日 信濃川河川敷地域を﹁千秋が原﹂と命名。 ●1978年9月21日 北陸自動車道、長岡―新潟間開通。翌日より高速バス長岡 - 新潟線運行開始。 ●1980年3月31日 学校町にあった新潟大学工学部が新潟市へ移転。 ●1980年4月17日 長岡駅新駅オープン。 ●1980年7月2日 長岡駅に駅ビル﹁セゾン・ド・ナガオカ﹂︵現CoCoLo長岡︶オープン。 ●1980年7月3日 西津町に長岡市営希望が丘プールオープン。 ●1982年10月 長岡東バイパスが暫定2車線で全線開通。 ●1982年11月15日 長岡駅に上越新幹線開通。 ●1983年4月1日 喜多町に新潟県立長岡向陵高等学校開校。 ●1985年7月23日 大手大橋開通。 ●1986年3月9日 厚生会館脇広場にて﹁第1回ながおか100だるま大会﹂開催。 ●1986年11月11日 長岡バイパスが暫定2車線で開通。 ●1987年3月6日 学校町の新潟大学工学部跡地に長岡市立中央図書館が開館。 ●1988年11月25日 城内町2丁目に城内地区再開発ビル︵イトーヨーカドー丸大長岡店︶完成。平成期
●1989年10月31日 長岡駅地下街、営業を終える。 ●1989年12月31日 長岡大橋4車線化完成。 ●1991年10月5日 寺島町に米百俵の群像が完成。 ●1991年10月16日 寺島町︵当時︶にハイブ長岡︵正式名・長岡産業交流会館︶開館。 ●1992年2月14日 千秋が原にて第1回長岡雪しかまつりを開催。 ●1993年7月15日 宮関町︵当時︶に新潟県立近代美術館オープン。 ●1994年4月 宮関町︵当時︶に長岡造形大学開学。 ●1996年9月16日 日浦晴三郎市長宅に男が侵入し、市長夫妻を刃物で脅して13時間にわたり監禁、約4000万円を脅し取る事件発生。 ●1998年7月29日 FMながおか開局。 ●1998年7月30日 国営越後丘陵公園オープン。 ●1998年10月18日 三島億二郎像除幕。 ●1999年4月18日 呉服町1丁目に山本五十六記念館開館。 ●2000年8月1日 関原町に新潟県立歴史博物館オープン。 ●2001年10月1日 大手通2丁目にながおか市民センターオープン。 ●2002年10月5日 第1回米百俵まつりを開催。 ●2002年12月22日 ながおか市民センター内に﹁まちなか花火ミュージアム﹂オープン。 ●2003年2月1日 長岡市役所がメールマガジン ﹁米百俵メール﹂配信開始。 ●2003年7月12日 大手通2丁目の﹁まちなか・考房﹂内に長岡戦災資料館オープン。 ●2003年11月19日 長町1丁目に河井継之助史跡広場オープン。 ●2004年7月12~13日 平成16年7月新潟・福島豪雨︵7.13水害︶が発生、中之島地域︵当時中之島町︶を中心に大きな被害。 ●2004年10月23日 午後5時56分頃、新潟県中越地震︵新潟県による呼称は﹁新潟県中越大震災﹂︶が発生、当時の長岡市では震度6弱、小国地域︵当時小国町︶では震度6強を記録。南部を中心に被災。 ●2005年2月 北陸地方で19年ぶりの記録的豪雪。 ●2005年4月1日 南蒲原郡中之島町、三島郡越路町、三島町、古志郡山古志村、刈羽郡小国町を編入。 ●2005年8月2日 新潟県中越大震災 復興祈願花火﹁フェニックス﹂誕生。 ●2006年1月1日 栃尾市、三島郡寺泊町、与板町、和島村を編入。編入時の人口は283,392人。 ●2006年4月1日 市制施行100周年。 ●2006年12月27日 長町1丁目に河井継之助記念館開館。 ●2007年4月1日 特例市に移行。 ●2007年4月20日 千秋にリバーサイド千秋オープン。 ●2007年7月16日 午前10時13分頃、新潟県中越沖地震が発生、小国地域では震度6強を記録。西部を中心に被災。 ●2010年3月31日 北魚沼郡川口町を編入。経済
市街地は、オフィスやホテルなどのビル街を形成する。新潟県のほぼ中部に位置し、商圏人口は60万人を超えると言われる。しかし、平野に位置しているので、郊外のロードサイドショップの進展もあり、また新潟市への一極集中に悩まされてもいる。︵長岡駅#駅周辺も参照︶商業
全国的な傾向ではあるが、商業施設の郊外化が顕著であり、中心市街地の空洞化が深刻である。市ではこれまでアーケードの架け替えや地下駐車場の整備などを行ってきたが、思わしい成果は得られていない。 新潟市と比べると、中心市街地の求心力には歴然とした差がある。郊外店は充実しており買い回り品には不便はないかもしれないが、都市型商業施設が貧弱であり、嗜好品の購買やいわゆる﹁ハレ﹂の場は新潟市内︵もしくは東京︶に依存しているのが現状である。 かつては大和長岡店が中越地域唯一の百貨店として営業していたが、同社の大規模リストラにより、上越店とともに2010年4月25日を最期に閉店︵新潟店も同年6月に閉店︶した。これにより新潟県内で百貨店がある都市は県都新潟市だけとなった。金融機関
︵長岡市に本店︵※印︶、支店を置くもの。証券会社、保険会社、貸金業等を除く。︶ ●北越銀行︵※︶ ●大光銀行︵※︶ ●第四銀行 ●富山第一銀行 ●りそな銀行 ●日本振興銀行 ●長岡信用金庫︵※︶ ●新潟縣信用組合 ●新潟大栄信用組合 ●新潟県労働金庫 ●日本政策金融公庫 ●商工組合中央金庫 ●ゆうちょ銀行 ●越後ながおか農業協同組合︵※︶ ●越後さんとう農業協同組合︵※︶ ●にいがた南蒲農業協同組合 ●柏崎農業協同組合 ●北魚沼農業協同組合 ●この他東京スター銀行、セブン銀行、イオン銀行、新潟県信用農業協同組合連合会が市内にATMを設置している。物流
書籍・雑誌といった出版物は、︵中央での︶発売日より1日遅れて店頭に並ぶ物が多いが、物によっては発売日あるいは発売日前日に店頭に並ぶ物もある。音楽CDは通常、発売日前日には店頭に並ぶ。企業
明治20年頃の石油採掘にともない、機械産業が発達し、現在も精密機械や工作機械を生産している企業が多い。鉄道と河川を備え、古くから交通の要衝であったことから卸売業などの商業活動も栄えている。また、米菓の生産などを主とする食品製造業も盛んである。 ●長岡市に本社を置く主な企業 ●原信ナルスホールディングス︵スーパーマーケット︶ ●丸大︵スーパーマーケット︶ ●日本精機︵自動車計器類の製造︶ ●岩塚製菓︵米菓などの製造︶ ●越後製菓︵米菓などの製造︶ ●浪花屋製菓︵柿の種本舗︶ ●味のれん本舗︵米菓などの製造︶ ●ニチロサンフーズ︵業務用冷凍食品などの製造︶ ●朝日酒造︵清酒の製造︶ ●丸福証券 ●フレンド︵イタリアン販売、フレンドは日本で初めてドライブスルーが導入された店舗でもある。︶ ●ピーコック ●倉敷機械︵工作機械製造︶ ●太陽工機︵工作機械製造︶ ●北越メタル︵鋼材、鋳鋼製造︶ ●ジェイティシイエムケイ ●プロデュース︵半導体製品他の製造。現在民事再生手続き中︶ ●コープビル︵ホテルニューオータニ長岡︶ ●メディック太陽︵調剤薬局チェーン︶●長岡市を業務拠点などを置く主な企業 ●北越紀州製紙︵製紙製造、工場、登記上本店所在地︶ ●TDKラムダ︵スイッチング電源首位、工場所在地、旧デンセイ・ラムダ︶ ●ユニオンツール︵プリント基板用工具、直線運動軸受のエンドミルメーカー、工場所在地︶ ●ヨネックス︵スポーツ用品メーカー、創業地および工場所在地︶ ●ツガミ︵工作機械製造、工場所在地︶ ●オーエム製作所︵工作機械製造、工場所在地︶
鉱業
天然ガスの産出量が日本一であり、越路地域を中心とした地域には、埋蔵量が日本屈指の片貝ガス田がある。明治20年代から大正期にかけては、東山地区で産出した石油の採取が盛んに行われ、長岡は日本有数のオイルタウンとして知られていた[3]。 長岡の石油産出は記紀の頃︵奈良時代︶から記録があるが、本格的な生産は1882年︵明治15年︶頃に出雲崎町尼瀬で石油掘削が盛んになったことに触発されたのが始まりである[3]。1889年︵明治22年︶に北越石油会社︵東山油田︶、1893年︵明治26年︶に宝田石油株式会社が地元資本で設立され、中小の石油会社も300社以上相次いで創業した[3]。1908年︵明治41年︶の宝田石油の納税額は長岡市の市税収入の1割強に上った[4]。石油産業の隆盛は各方面に波及し、機械工業、電灯・ガス産業、証券業︵石油関連企業の設立の際に、株式発行による資金調達が行われたため︶の発達につながった[4]。特産
●米︵コシヒカリ︶ ●れんこん ●小国和紙 ●油揚げ︵あぶらげ︶教育機関
小学校
国立大学法人 ●新潟大学教育学部附属長岡小学校 市立 ●阪之上小学校 ●中島小学校 ●表町小学校 ●神田小学校 ●新町小学校 ●川崎小学校 ●四郎丸小学校 ●千手小学校 ●富曾亀小学校 ●黒条小学校 ●新組小学校 ●桂小学校 ●浦瀬小学校 ●柿小学校 ●栖吉小学校 ●前川小学校 ●宮内小学校 ●上組小学校 ●石坂小学校 ●太田小学校 ●六日市小学校 ●山谷沢小学校 ●十日町小学校 ●大島小学校 ●才津小学校 ●深沢小学校 ●日越小学校 ●関原小学校 ●福戸小学校 ●下川西小学校 ●上川西小学校 ●宮本小学校 ●大積小学校 ●希望が丘小学校 ●豊田小学校 ●川崎東小学校 ●青葉台小学校 ●中之島中央小学校 ●上通小学校 ●信条小学校 ●越路小学校 ●越路西小学校 ●日吉小学校 ●脇野町小学校 ●山古志小学校 ●上小国小学校 ●渋海小学校 ●下小国小学校 ●桐島小学校 ●島田小学校 ●寺泊小学校 ●大河津小学校 ●与板小学校 ●上塩小学校 ●下塩小学校 ●栃尾東小学校 ●栃尾南小学校 ●中野俣小学校 ●西谷小学校 ●東谷小学校 ●川口小学校中学校
国立大学法人 ●新潟大学教育学部附属長岡中学校 市立 ●東中学校 ●南中学校 ●北中学校 ●栖吉中学校 ●宮内中学校 ●東北中学校 ●西中学校 ●江陽中学校 ●堤岡中学校 ●山本中学校 ●岡南中学校 ●太田中学校 ●関原中学校 ●大島中学校 ●青葉台中学校 ●旭岡中学校 ●中之島中学校 ●越路中学校 ●三島中学校 ●山古志中学校 ●小国中学校 ●北辰中学校 ●寺泊中学校 ●与板中学校 ●秋葉中学校 ●刈谷田中学校 ●川口中学校 私立 ●帝京長岡中学校︵2005年度募集停止︶高等学校
●新潟県立長岡高等学校 ●新潟県立長岡大手高等学校 ●新潟県立長岡向陵高等学校 ●新潟県立長岡農業高等学校 ●新潟県立長岡工業高等学校 ●新潟県立長岡商業高等学校 ●新潟県立長岡明徳高等学校 ●新潟県立正徳館高等学校 ●新潟県立栃尾高等学校 ●帝京長岡高等学校 ●中越高等学校 ●英智ウィル学院高等学校 ●葵高等学院大学・短期大学・高等専門学校
国立大学法人 ●長岡技術科学大学 私立 ●長岡大学 ●長岡造形大学 独立行政法人国立高等専門学校機構 ●長岡工業高等専門学校特別支援学校
●新潟県立長岡聾学校 ●新潟県立柏崎養護学校のぎく分校 ●長岡市立養護学校環境
下水道の整備に早い段階から取り組んでおり、普及率が95.14%と旧長岡市よりは低下したものの、それでも全国でも有数の高さである︵当時、全域に避難指示が出されており人の住んでいなかった旧山古志村の区域は除く︶。尚、上下水道工事の同時着工としては長岡市が全国初であった。 電線の地下化にも比較的早い段階から取り組んでいたため、長岡駅周辺や大通り沿りを中心に既に地下化が完了しており、現在もその範囲を広げつつある。しかし、新潟県中越地震の際、電力の復旧が早かったのは電線が地上に出ていた為で、長岡市の電線の地下化が完全に完了していたら復旧に時間が掛かっていたのではないかとの見方もある。 自然環境がよいためか、夏の夜は山間部を中心に多数のコウモリが活動するのを見かける。施設
図書館
●中央図書館 ●西地域図書館 ●南地域図書館 ●北地域図書館 ●中之島地域図書館 ●寺泊地域図書館 ●寺泊地域図書館大河津地区図書室 ●栃尾地域図書館 ●互尊文庫 ●文書資料室博物館・美術館
●新潟県立近代美術館 ●新潟県立歴史博物館 ●科学博物館 ●郷土史料館 ●藤橋歴史の広場 ●戦災資料館 ●栃尾美術館 ●まちなか花火ミュージアム ●与板歴史民俗資料館 ●中之島民俗資料館 ●越路郷土資料館 ●三島郷土資料館 ●小国民俗資料館 ●小国芸術村文化施設
●長岡市立劇場 ●ハイブ長岡 ●長岡リリックホール ●中之島文化センター ●寺泊文化センター ●栃尾文化センター ●みしま交流センター娯楽施設
︵運動公園以外の公園を除く︶ ●長岡市厚生会館︵閉鎖︶ ●新潟県立長岡屋内総合プール ●アクアーレ長岡 ●悠久山プール ●希望が丘プール ●越路B&G海洋センター ●小国プール ●志保の里荘 ︵屋内ゲートボール場、塩泉︶ ●長岡市悠久山野球場 ●与板野球場 ●中之島野球場 ●三島野球場 ●陸上競技場 ●市営スキー場 ●古志高原スキー場 ●市民体育館 ●北部体育館 ●南部体育館 ●新産体育館 ●与板体育館 ●みしま体育館 ●中之島体育館 ●中之島北体育館 ●越路体育館 ●浦体育館 ●三島体育センター ●小国勤労者体育センター ●山古志体育館 ●スポーツ広場 ●第二スポーツ広場 ●与板スポーツ広場 ●北部運動公園 ●乙吉運動広場 ●中之島スポーツ広場 ●中之島リバーサイドパーク野外活動施設 ●与板河川公園 ●越路河川公園 ●おぐに運動公園 ●長谷川運動公園 ●成出運動広場 ●三島運動広場 ●山古志運動広場 ●希望が丘テニス場 ●東山テニス場 ●与板テニス場 ●中之島テニス場 ●小国ゲートボールコート ●長岡ドーム︵バッティングセンター︶まちの駅
●まちの駅﹁ながおか まちの駅﹂交通
市民の交通手段としては自家用車が主。バス路線も長岡駅を中心として広範囲に路線網を持つ。特に道路はよく整備されており、鋪装区間延長が全国上位である。日本海側の﹁上り﹂
本州日本海側では、国道7号や国道8号などの道路元標は新潟市︵本町交差点︶にあるが、﹁上り﹂という場合には長岡方面を指す事になる。 これは、鶴岡などの旧出羽国︵東北地方日本海側︶から東京に向かう方向と、上越市や富山などから新潟市に向かう方向の双方が、長岡で突き当たるためである。鉄道
鉄道路線
中心駅は長岡駅。 ●東日本旅客鉄道︵JR東日本︶ ●上越新幹線 長岡駅 ●信越本線 ●塚山駅 - 越後岩塚駅 - 来迎寺駅 - 前川駅 - 宮内駅 - 南長岡駅︵貨物駅︶ - 長岡駅 - 北長岡駅 - 押切駅 ●上越線 ●越後川口駅 - ︵小千谷駅︶ - 越後滝谷駅 - 宮内駅 ●越後線 ●妙法寺駅 - 小島谷駅 - 桐原駅 - 寺泊駅 ●飯山線 ●越後川口駅廃線
●旧日本国有鉄道 ●魚沼線 ●越後交通 ●長岡線 ●栃尾線バス
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b6/Fare_display_Minami_Echigo_Kanko_Bus.jpg/250px-Fare_display_Minami_Echigo_Kanko_Bus.jpg)
路線バス
現在は越後交通グループ1社のみによって運営されている。長岡駅の大手口・東口双方に設けられたバスターミナルを中心に、市内各地や近郊各市町村とを結ぶ路線網が発達している。地域によってはグループ会社の越後柏崎観光バス、越後交通県央観光︵2008年7月1日をもって越後交通に吸収合併︶に委譲された路線も多い。 越後交通の路線バスに設けられている運賃表示器は数年前まで、紙で書かれた停留所ごとの運賃表が運賃区界ごとにパタンと落ちて表示される旧式のものを使用していた。現在、長岡市内の路線車両についてはすべてデジタル式となっているが、南越後観光バスなど地域子会社の車輌では現在も旧式の表示器が使われている。高速バス
●長岡 - 新潟線︵越後交通、新潟交通︶ ●長岡駅前︵大手口︶と新潟駅前︵万代口︶を結ぶ高速バス。日中は30分間隔で運行されている。一部は長岡側の県立近代美術館まで延長運転される。長生橋経由、北長岡経由、東バイパス経由の3系統がある。 ●東京 - 新潟線︵越後交通、新潟交通、西武バスの共同運行︶ ●池袋駅と新潟市内を結ぶ路線。市内では越路バスストップと長岡北バスストップに停車する。 ●長野 - 新潟線 ●富山 - 新潟線 ●金沢 - 新潟線 ●十日町 - 新潟線︵越後交通、新潟交通︶ ●柏崎 - 新潟線︵越後交通、新潟交通︶ ●高田・直江津︵上越市︶ - 新潟線︵越後交通、新潟交通、頸城自動車︶ ●上記7路線は北陸自動車道上の長岡北BS、大積BSや関越自動車道上の越路BS、越後川口BSなどにのみ停車する。 ●堺・なんば・京都 - 柏崎・長岡線︵越後交通、南海バス︶ ●長岡駅前︵東口︶と京都・大阪方面を結ぶ夜行高速バス。 かつては、長岡駅前と高田駅前とを結ぶ高速バスや、長岡駅前と柏崎駅前を北陸自動車道経由で結ぶ特急バスが存在したが、利用者の減少により現在は廃止されている。道路
高速道路
長岡JCTは、北陸自動車道と関越自動車道の2路線が接続する要衝である。市域内の高速道路は全区間片側2車線。 ●北陸自動車道 ●大積PA・BS - 長岡JCT - 長岡北BS - 中之島見附IC ●関越自動車道 ●越後川口IC・越後川口SA・BS - ︵小千谷市︶ - 長岡南越路スマートIC・越路BS - 長岡IC - 長岡JCT一般国道・県道
長岡は国道8号と国道17号の接点であるため、一般道の要衝でもある。市内を一般国道11路線が経由している。市内各地でバイパス道路網が整備されており、中心部では市街地を南北に縦貫する長岡東バイパス、東西に横断する長岡バイパスがある。いずれも一部連続立体交差方式。沿岸部の国道116号は、新潟と柏崎を結ぶ、国道8号のバイパス的路線である。道路元標は大手通り交差点にある。
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県道(一般県道) |
その他の長岡市内の道路 |
道の駅
タクシー
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船舶
- 寺泊~赤泊航路
寺泊港と佐渡島赤泊地区の赤泊港とを結ぶ「両泊(りょうどまり、りょうはく)航路」があり、佐渡汽船が高速船「あいびす」による定期旅客航路を運航している。東京湾岸から佐渡島へ向かう場合、長岡駅~両泊航路経由が最短ルートとなる。
観光
観光地
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/e8/Hive_Nagaoka_001.jpg/150px-Hive_Nagaoka_001.jpg)
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/10/Momijien_2005_001.jpg/150px-Momijien_2005_001.jpg)
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/dd/2005_Nagaoka_Festival_001.jpg/150px-2005_Nagaoka_Festival_001.jpg)
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祭事
●悠久山桜まつり ●長岡まつり︵8月1日、2日、3日。1日は前夜祭。2日目と3日目の夜には日本三大花火大会の一つになっている花火大会が行われており、復興祈願花火﹃フェニックス﹄で有名である。︶ ●米百俵まつり ●長岡秋まつり ●長岡雪しか祭り ●牛の角突きの習俗︵国の重要無形民俗文化財︶ ●金峯神社の流鏑馬︵新潟県の無形民俗文化財︶ ●千蔵院︵千手観音寺︶の星祭り︵日本三大星祭りの内のひとつ︶ ●関原まつり︵9月中旬︶ ●与板十五夜まつり︵与板地域、9月中旬︶ ●西本願寺新潟別院お取越し︵与板地域、6月下旬︶ ●寺泊花火大会︵寺泊地域︶ ●もちひとまつり︵小国地域︶ ●ほだれ祭︵栃尾地域︶メディア
●エヌ・シィ・ティ︵旧称、長岡ケーブルテレビ︶ ●FMながおか︵長岡移動電話システム︵株︶︶-80.7MHz ●FM-NIIGATA長岡サテライトスタジオ︵ドコモショップ長岡川崎店内︶ ●長岡新聞 ※1991年9月までNST新潟総合テレビのスタジオ︵長岡放送センター︶が現在のNST長岡支社にあり、報道番組を含むほとんどの番組制作を行っていたが、同年10月に本社︵新潟︶に移転統合した。長岡市出身の著名人
あ〜お
●浅井信雄︵国際政治学者、元野村総合研究所コンサルタント︶ ●秋山孝︵イラストレーター・グラフィックデザイナー︶ ●阿刀田高︵作家︶ ●稲垣茂光 ︵長岡藩士・幕末期の同藩家老首座。官軍恭順派・反河井派︶。 ●井上井月︵俳人︶ ●井上円了︵仏教哲学者、東洋大学創設者︶ ●猪俣隆︵元プロ野球選手・阪神 - 中日、現在アメリカで寿司店経営︶ ●今井啓介︵プロ野球選手・広島、旧栃尾市︶ ●今井雄太郎︵元プロ野球選手・阪急・オリックス - 福岡ダイエー、野球解説者・タレント︶ ●いまなりあきよし︵歌手、旧栃尾市︶ ●遠藤諭︵月刊アスキー編集長︶ ●大岩ピュン︵漫画家、イラストレーター︶ ●大高洋夫︵俳優︶ ●小黒八七郎︵医師、旧寺泊町︶ ●小野塚喜平次︵政治学者・東京帝大総長︶ ●小原直︵元司法大臣・内務大臣・厚生大臣・法務大臣︶か〜こ
●河井継之助︵長岡藩士・長岡藩軍事総督・小説﹁峠﹂主人公︶ ●金子正輝︵プロ雀士︶ ●川上四郎︵童画家︶ ●京本有加︵グラビアアイドル︶ ●久住小春︵元・モーニング娘。7期メンバー、旧和島村︶ ●桑田乃梨子︵漫画家︶ ●小山良運 ︵長岡藩士。藩の鍼灸師であったが蘭学を学び蘭方医となる。河井継之助の親友として著名︶ ●小山正太郎 洋画科。小山良運の惣領。 ●小山吉郎 ︵海軍少将。 日本海軍の軍艦造船の現場責任者。小山良運の男子︶ ●小山秋作 ︵陸軍大佐。 奉天︵瀋陽︶軍政官。小山良運の男子︶ ●小金井良精︵解剖学者・人類学者・星新一の祖父︶ ●近衛十四郎︵俳優、松方弘樹、目黒祐樹の実父︶ ●小林信也︵作家︶ ●小林達夫︵考古学者︶ ●小林虎三郎︵長岡藩士・﹁米百俵﹂︶ ●小林藹︵長岡藩士・﹁大審院判事︶ ●近藤麻智子︵札幌テレビ放送アナウンサー︶ ●近藤有己︵総合格闘家、パンクラス︶さ〜そ
●櫻井よしこ︵ジャーナリスト︶-生れはベトナム ●佐藤亜紀︵作家︶ ●佐藤公威 - プロバスケットボール選手︵大分ヒートデビルズ所属︶ ●佐藤哲三 (画家) ●SABE︵漫画家︶ ●スネオヘアー︵ミュージシャン︶ ●関川夏央︵作家︶ ●白峰駿馬︵海援隊士︶た〜と
●多田雄幸︵ヨットマン︶ ●田中賢︵作曲家︶ ●田村文四郎︵北越紀州製紙創業者︶ ●東條政利︵映画監督︶ ●外山脩造︵実業家、政治家・阪神電鉄元社長、元衆議院議員。旧栃尾市︶な〜の
●長島忠美︵衆議院議員、元山古志村長、旧山古志村︶ ●中川清兵衛︵国産ビールの技術開拓者、旧与板町︶ ●中村真衣︵元競泳選手︶ ●西山茉希︵モデル︶ ●日印︵法華宗、日蓮宗の僧。鎌倉殿中問答で全宗派論破。︶ ●韮沢靖︵造型師・キャラクターデザイナー・イラストレーター、旧栃尾市︶ ●根岸信五郎︵長岡藩士・剣道家︶は〜ほ
●長谷川信︵政治家、元法務大臣︶ ●長谷川道郎︵政治家︶ ●林家こん平︵落語家、旧千谷沢村︶-﹃笑点﹄においては﹁チャーザー村﹂と時折発言する。 ●半藤一利︵作家︶-生れは東京都 ●ひなた (音楽グループ)︵アーティスト︶ ●広橋涼︵声優︶ ●藤田しげる︵アニメーター︶ ●星野知子︵女優︶ ●堀敏彦︵元タレント、テレビ新潟アナウンサー︶ ●パワー・マンモス︵カメラマン︶ ●堀口大學︵詩人・フランス文学者︶-生まれは東京都本郷 ●本間精一郎︵武士、旧寺泊町︶ま〜も
●槙武︵長岡士族 奥羽日々新聞主幹 神奈川銀行頭取︶ ●牧野忠篤︵旧長岡藩主家第15代当主、初代長岡市長、子爵︶ ●真島一男︵元参議院議員、元建設省都市局長︶ ●松岡達英︵絵本作家、イラストレータ︶ ●松本剛︵漫画家︶ ●丸山浩路︵講演パフォーマー︶ ●三国一夫︵俳優、旧栃尾市︵代表作はNHKの連続テレビ小説﹃走らんか!﹄など** マーキュリーマネイジメント所属 モデル事務所︶︶ ●三島雅夫︵俳優、旧与板町︶ ●三波春夫︵歌手、旧越路町︶ ●三輪晁勢︵画家、旧与板町︶ ●村山達雄︵元衆議院議員・厚生大臣・消費税導入前後に2度目の大蔵大臣︶ ●村山千代︵新潟総合テレビアナウンサー︶や〜よ
●屋井先蔵︵世界初の乾電池の発明者︶ ●山本五十六︵連合艦隊司令長官︶ ●山本義路︵長岡藩士・長岡藩軍事総督︶、山本帯刀は通称。 ●山崎まゆみ︵温泉ライター︶ ●ヤングキャベツ︵中静祐介・高橋なんぐ、新潟のお笑い集団NAMARA所属ローカルタレント︶ ●吉田友一︵俳優︶ ●吉村午良︵元長野県知事︶ ●米山稔︵ヨネックス創業者、名誉会長、旧越路町︶ら〜ろ
●良寛禅師︵禅僧 - 墓が長岡市内隆泉寺にある︶ ●亮平澤︵作曲家︶わ
●和久井映見︵女優、旧栃尾市、プロフィールでは出身地が神奈川県となっているが、旧栃尾市で生まれ、幼少期まで過ごした︶ ●和月伸宏︵漫画家、旧越路町、﹃るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-﹄の登場人物に長岡市内、ならびに新潟県内の地名が使われている︶ ●渡辺秀央︵政治家、旧栃尾市︶ ●渡辺廉吉︵長岡藩士・貴族院議員︶その他
●ムクドリ撃退用CDを長岡市が制作、被害の出ていた各地の自治体に配布。 ●長岡市は新潟県内の自治体の中では最も多くの郡から構成されている。 ●越後国の古志郡、三島郡、蒲原郡、刈羽郡、魚沼郡の一部が市域に含まれている。 ●郡区町村編制法以後の郡においては、古志郡、三島郡、南蒲原郡、西蒲原郡、刈羽郡、中魚沼郡、北魚沼郡となり、さらに増える。関連項目
参考文献
- 中俣 均(2000)"石油の町からテクノポリスへ 長岡市"平岡昭利・野間晴雄編『中部Ⅱ 地図で読む百年 長野・新潟・富山・石川・福井』(2000年7月15日、古今書院、125pp. ISBN 4-7722-5048-4):37-42.
脚注
- ^ ※新市将来構想には「合併後、周りの人たちから長岡市に県庁があってもおかしくないと思われるような立派な市になるようにまちづくりをしていこう」ということがコラムに書かれているだけ。合併当時の長岡市の想いであり、構想ではない。「第11回新市将来構想策定小委員会次第」の29頁・資料No.5
- ^ 「市長への手紙」内の「40万都市構想について」の回答
- ^ a b c 中俣(2000):37ページ
- ^ a b 中俣(2000):38ページ
外部リンク
- 行政
- 観光