精神のへど 北條民雄

 今日は、北條民雄の「精神のへど」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 『いのちの初夜』を発表した北條民雄は、闘病と苦について描いた作家だと思うんですが、今回は、文学や哲学の批評をした短編です。
 序盤で、横光利一氏による『いのちの初夜』への寸評を引用しています。「作者がもし私であつたら、書かずに胸中に畳み込んでおいたであらう。……最悪の場合の心理は誰にでもあるものだが、それをそのまま飛びついて書くといふことは、科学にならず感傷になる」この横光氏の評に対する反論としてこう記しています。「横光氏よ、最悪の場合の心理のみが死ぬまで続いてゐる人間が存在するといふことを考へたことがありますか? いのちの初夜は私にとつて最悪の場合の心理でなく、実に最良の場合の心理であつた。」
 最悪と最良の区別がつきがたく、善悪の区別がつきがたい。フロオベルによれば狂っているかどうかの区別もつかないし、昼夜の区別さえつかないということがありえる。「ほんとを言ふと、私は近頃だんだん夜と昼との区別がつかなくなつて行くので困つてゐるんだ。ことわつて置くが、これは少しも譬へごとではない。いつたい夜と昼との区別が、諸君につくのか? 誰だつてこの区別をつけることは出来ないのだ。……」
 

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追記 禅問答をしようとしたのか、文学の哲学的な読解を試みたのか、詩意を書こうとしたのか、判別がつかない箇所のある随筆でした。
 

望ましい音楽 信時潔

 今日は、信時潔の「望ましい音楽」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは音楽家の信時潔氏が考える、数頁の音楽批評です。まずはじめに、セロ弾きのパブロ・カザルス氏の思想をこう紹介しています。「彼は言う、自分は単純な人間で何事にも自然をたっとぶと。」「故国の独裁政権に抵抗を続けるのも、それが人性の自然に反くからであると言い、人は皆己れを人類という大木の一枚の葉と思うべきだと語っている」自然を重んじて、音楽をつくる人のことを記した短編でした。「音楽の素朴な生命力の回復を願って」という言葉が印象に残りました。
 

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追記  万葉集や民話といった古い本の魅力も、自然界の中にある人間の姿を描きだしているところがあるのでは、と思いました。
 

比較科学論 中谷宇吉郎

 今日は、中谷宇吉郎の「比較科学論」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 中谷宇吉郎が百年前の近代科学のありさまを解説しています。警視庁の仕事のような「警視庁型」と、アマゾン川の奥底で大自然を探索をするような果てしのない「アマゾン型」の2種がある、とまず中谷宇吉郎氏は指摘します。よい研究はこの2種が融合したようなものだと書きます。
 警視庁型は、組織的に統率をとって計画的に問題を追いつめることが出来て、委託したりもできる。机上である程度、予定が立てられる。いっぽうでアマゾン型の領域では、結果がまったく出ないことも当然ある。太平洋の深海の泥を調査して、流星がどれほど地球に降り注いだかを研究したりする。
 「ニュートンの発見」から「実際に人工衛星をつくる」までを解説したところが、なんだかかっこいい文章でした。

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追記  また、哲学という学問と、科学の関係性についても解説していました。現代の科学であっても、おそらく古典哲学の名著から学ぶことはあるのでは、と思いました。戦後の随筆ですので、原爆の研究についての科学的な解説もありました。現代の科学や最新技術やAIについて、自分で調べてみてもさっぱり分からなかったりするんですけど、80年前の科学者のエッセーを読んでみると、科学の発展について、分かりやすいところがあるように思いました。

虚子君へ 夏目漱石

 今日は、夏目漱石の「虚子君へ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは俳人の高浜虚子にたいして、近代の芝居の問題点について論じている随筆です。
 漱石は、芝居の筋が「のっぺらぼう」だったり「残酷」であると感じてしまうこともあり、どうも楽しめない、と記します。「色彩などははなはだ不調和」で「厭にな」ることが多い。
 いっぽうで美しくて楽しめるところはある。服飾の色彩を楽しめたり「体操術」や、役作りや演技が良いと思うところもある……。
 

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追記  夏目漱石は長い間ずっと先生をしていたので、小説でも随筆でも手紙でも、なにか先生の要素というのが色濃いように思います。近代でも現代でも漱石が読まれる主因のひとつに、この「先生の言っていることを聞いてみたい」という要素があるのでは、と思いました。学校や大学を卒業すると、もう先生というのは見当たらないところで、漱石がそこに居るのでよく読まれた、という構造があるのでは、と思いました。
 

書道と茶道 北大路魯山人

 今日は、北大路魯山人の「書道と茶道」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 陶芸と料理を極めた魯山人が、茶人のことを論じています。抹茶を入れる技術のことを「点茶」と言うのですが、茶道はもっと広く礼法や茶室など全体をかまえるところまでやっている、という話しから、宗和の号で知られる金森重近や、尾形光琳の落款について論じていました。
 尾形光琳の「燕子花図」の絵画の右下部分に「法橋光琳」という四文字の落款が入っているのですが、この文字の入れかたの美的なところを論じています。魯山人や多くの茶人は、こういう国宝になるような風雅な仕事を理想としていたのでは、と思いました。
 魯山人は、どうも上手く創作が出来ていない人の特徴を捉えていて「技巧で飾る」ことになってしまっていて「実質以上になんかうまく見せるようなふうの癖が誰にでもついて」しまっているのが良くない、という指摘でした。尾形光琳の絵や文字は、そういう迷走から抜けだしているのだ、というように思いました。
 

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追記 今回、論じられていた「法橋光琳」という文字に関しては、じつは「法橋」はのちの時代の誰かが書き加えた可能性があるそうです……。

涙のアリバイ 夢野久作

 今日は、夢野久作の「涙のアリバイ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは……実験的な映画をつくるための短編で、人間の顔をひとつも映さずに、手だけで映像を展開するという、挑戦的な作品の、台本でした。
 

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追記 話の筋としては「悪人の手」と記された男が、宝石を盗んで、インク瓶に隠します。探偵がすぐにやってきますが、隠された宝石は発見できませんでした。そのあと「美人の手」がやって来て、インク瓶の中に隠された宝石を発見して、手がぶるぶると震えます。この時に「美人」は、犯罪の真相にはじめて気がついて動揺し、インク瓶から宝石を取り出して隠すのですが、これを探偵に目撃されてしまっています。作中に「槻田万策 同 シズ子」とありますから「美人」はつまり「シズ子」なんだと思います。シズ子は、誰かをかばおうとして悲しかったのか、あるいは逮捕される運命をなげいて涙を流したのか……というところで作品は終わります。おそらく、この夢野久作の台本を、忠実に映像化してしまうと、物語の起伏が無く、伏線も筋立ても無い、ただの動く絵のようになってしまうのではと思います。本文と関連性は無いのですが……2024年の「リプリー」という独特なモノクロ映像が展開する名作の、台本はいったいどのようになっているんだろうか、と思いました。