サセックスの吸血鬼 コナン・ドイル

 

 今日は、コナン・ドイルの「サセックスの吸血鬼」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 「事実は小説よりも奇なり」という言葉があるんですけど、コナンドイルの魅力は、探偵が謎を解いてゆく過程で、まったくの荒唐無稽に思えたことが、現実としっかり地続きであって、途轍もない怪異も事実に繋がりうる、ということを物語の中で巧妙に描ききるところにあると思います。
 善良に見える人がなぜか不気味なことを行ったまま、そのことについて沈黙してしまった。それには理由があって……。つづきは本編をご覧ください。
 ところで「事実は小説よりも奇なり」という言葉は、バイロンの長詩が原典なのだそうです。
 

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論語物語(17) 下村湖人

 今日は、下村湖人の「論語物語」その17を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ダンテ・アリギエーリが『神曲 地獄篇・煉獄篇・天堂篇』という偉大な作品を記す少し前に、ダンテは政治の仕事でひどいめにあって、故郷を追放されてしまったんです。
 孔子の人生には故郷を去って、長い放浪の旅に出るシーンがあるんです。元居たところから去ってゆく、というのが文学や哲学の著名なところで印象的に存在しているように思います。wikipediaにはこう書いていました。
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 政争に敗れてフィレンツェを追放されたダンテは、北イタリアの各都市を流浪し、政局の転変を画していた。その中で方針の違いから白党の同志とも袂を分かち、「一人一党」を掲げる。この体験はダンテにとって非常に辛いものであり、『神曲』中にも、「他人のパンのいかに苦いかを知るだろう」、と予言の形をとって記されている。ダンテの執筆活動はこの時から本格的に始まり、『神曲』や『饗宴』、『俗語論』、『帝政論』などを著していった。quomark end - 論語物語(17) 下村湖人
 
 孔子の場合は「故郷をあとに、永い漂浪の旅に出たのは、五十六の歳であった」と記されています。そしてまずは「衞」の国を訪れた。下村湖人は、この時の孔子の状況と心情をこう書いています。
quomark03 - 論語物語(17) 下村湖人
 孔子は、待遇よりも自分の政治的信念を実現する機会が得たかったので、一縷の希望をつないで、しずかにその時の到るのを待つことにした。
 こうした場合、彼の心にぴったりするものは、何といっても音楽であった。彼はしばしば詩を吟じ、しつを弾じ、けいを撃った。quomark end - 論語物語(17) 下村湖人
 
 磬という楽器の演奏は、youtubeで聞けて、こういうものなんです。
 ここで奇妙な隠者が現れる。孔子の磬の音色から、かれの心情を考察している。孔子は千年後二千年後の時代にまで深い影響を与えた思想家ですけど、政治家としての孔子は不遇だったようです。この不遇な面が、凡人の自分としては理解しやすいというか、勉強になりやすいところであるように思いました。
 自分が他人から認められないから、孔子は憂うということでは無いわけで、孔子はこう考えます。
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 一身を潔くするというだけのことなら、大して難かしいことではない。難かしいのは天下と共に潔くなることじゃquomark end - 論語物語(17) 下村湖人
  

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嫁入り支度 アントン・チェーホフ

 今日は、アントン・チェーホフの「嫁入り支度」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは、すてきな小説なんです。チェーホフの小説で、これぞ文学だという感じがしたんですけど。……この主人公はさいご、ごく普通の問いを発するだけなんです。その沈黙の表現が印象に残りました。近代ロシア文学にはチェーホフが居る。どうもチェーホフには他にも傑作があまたにあるらしいんです。いつか読んでみたいです。
 

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記憶 萩原朔太郎

 今日は、萩原朔太郎の「記憶」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 記憶をたとえてみれば
 記憶は○○のようなもので……
 という萩原の詩の始まりを読んでいて、記憶をたとえてみるのか、という問いの立て方がもうすでに詩人だと思うんですけど、このあとの詩の第一連のおわりに「うれしさ」という言葉で締められていて……ふつう言葉はこのようにみごとに響きあったりしない、と思って、韻を踏んでいるとか韻律が整っているとみごとだと思うんですけど、それ以上に、萩原朔太郎の自由詩における意味の共鳴のさせかたに魅力を感じました。萩原朔太郎のこの詩に出てくるモノ……雪や汽車の窓や月というものを画家が順番に並べてゆくだけで、ずいぶん美しい絵画になっているように思いました。いったいじぶんが何に感心しているのか、説明がつかないんですけど、繰り返しちょっと読んでみて、短い詩の中でいろんな言葉がうまく相互作用しているように思いました。「○○のようなもの」ということを複数回積み重ねていたりするんです。和音みたいに。
  

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晶子詩篇全集拾遺(46)

 今日は、与謝野晶子の「晶子詩篇全集拾遺」その(45)を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 停電のあとの混雑する列車の中での出来事を記していった、掌編小説のような詩があって、すごかったです。
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 反抗的な不作法を、
その傍に立塞がつて
庇護かばつてゐるやうに見えるquomark end - 晶子詩篇全集拾遺(46)
 
 このすぐあとの一行が、リフレインするかたちで記されているのが美しい詩で、百ページの短編小説として読んでみたいものだと思いました。
それから「母と児」という詩は、なんだかケンリュウの「紙の動物園」を彷彿とさせる詩です。ところでbooklive.jpの「ブラウザ試し読み」ボタンはすごいですね。かなりの分量を読ませてくれるんです……。中国でも日本でも、大正時代でも現代でも、母と子は与謝野晶子の詩のように繋がっているように思います。
 与謝野晶子の記す詩世界に心酔しました。今回の詩はお薦めなんです。
 

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時計のない村 小川未明

 今日は、小川未明の「時計のない村」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 時代の流れの逆側へ向かう……ということはどこかに必ずあると思うんですけど、ぼくは車に乗らなくなって、バイクにも乗らなくなって、自転車だけに乗っている暮らしなんですけど、この自転車だけになっちゃった、というのが意外と楽しいんです。時計の無い暮らしも、実現してみれば楽しいように思います。
 

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