細雪(97)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その97を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 
 あと残り4回でこの細雪は完結します。
「ローゼマリーへの贈物」の箇所が印象に残りました。
 

※以下の長文は物語の結末を含みます。クリックすると表示されます。

 波乱の起きるのが谷崎文学の特徴なので、このまま静かに完結するのか、あるいはなにか酷い事態が起きてしまうのか、分からないまま読みすすめているところです。戦時中に検閲を逃れて秘密裡に記された時期の描き方と、戦後に至ったのちの描き方で、ちがうところがあるように思います。現実世界と芸術空間との関係性がなんだか見えてくる章に思いました。
 ぼんぼんの奥畑啓坊からしっかり逃れるために、四女の妙子こいさんは、バーテンダー三好との子供を妊娠しました。幸子の夫である貞之助もついにこの事態を知って、解決に向けていろんな行動を起こすのでした。
 まず妙子の元フィアンセにたいして死ぬほど嫌がらせをしていて「地獄」のような事態を引きおこした奥畑啓坊に、妙子こいさんの妊娠について黙っていてもらえるよう、結婚寸前の雪子と妙子こいさんにはもう何もしないように、直談判に行ったのでした。奥畑は「不承々々にではあったが」この件を了解しました。しかしながら数日後に「今度はニヤニヤ薄笑いを浮かべながら」「まあ二千円も戴ければ」「妙子の妊娠を極秘に」するということを告げに来たのでした。理由としては「十年来の恋人であった人と別れなければならない」し妙子こいさんにかなりのお金を使ったからだというのでありました。ほんの数年だけ恋人だったはずで、十年も共に暮らしたりしていないわけなんですが。貞之助としては、妙子こいさんのみならず雪子の婚姻にはこの奥畑啓坊からの嫌がらせをさせないことが重大ですので、二千円というのは「手切れ金と口止め料」として妥当な金額だから「その場で小切手を書いて渡して」関係をきれいさっぱり終わらせることに成功したのでした。たぶん。
 この1941年の二千円というのが、現代で言うとどのくらいの値段かと言いますと、全体の物価と比較すると100万円以上、当時の初任給や食事代を比較して計算すると約500万円くらいの金額なのでした。
 また、妙子の妊娠に関わった男である三好というのは、じっさいに会ってみると「案外感じのよい青年であった」というのでこれはもう、ついに物語の結末は見えたんだなと思いました。三好は妊娠した可能性があることにうっすら気がついてはいたようですが、やはり結婚するしかなくなったという事実に驚き、また「感激していた」のでした。
 三好としては「将来結婚をお許し下さるなら、誓ってこいさんを幸福にして上げるつもりです、実は内々責任を感じておりましたので、お許しが得られた場合のことも考えて、わずかながら貯金もしております」ということを述べるのでした。
 妙子は洋裁をがんばって独り立ちしたいということで長年やってきたわけですから、共働きできる男が必要だったわけで、その点で申し分のない結婚相手なのでした。
「こいさんもゆくゆく洋裁の方で身を立てて、夫婦共稼ともかせぎをしようと云っておられますので、経済上のことについても」問題ない、というように三好は言うのでした。久しぶりにこの物語の中に「洋裁」という言葉が肯定的に記されていて、いやー良かった、と思いました。妙子はいったん、お腹が脹らんできたら温泉街の宿場に隠れて、そこで産婆さんを連れて来て出産するということになったのでした。まだどうなるかは不明なんですが、三好は産後にここにかけつけるという約束になったようです。
 いっぽうで雪子のフィアンセ候補である御牧氏も、雪子の関西在住の希望に添うようなかたちで、東京から関西へとやって来るのでした……。この御牧氏は家柄もよく好印象な男らしいのですが、なにか裏があるかもしれないと、貞之助は「多少警戒的」に様子を探っているのでした。
 ちょっとどうも冷血で正しすぎるところがある大姉の鶴子からも、なんだかすこし親身な手紙が、幸子の家に届くのでした。
 もうなんというか、敗戦後になってようやく結末が書かれているものですから、物語の中に、男たちが帰って来た、という気配がみなぎっているので、ありました。 

 

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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 

小林多喜二のお母さん 中野鈴子

 今日は、中野鈴子の「小林多喜二のお母さん」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 プロレタリア文学の発展と人間の自由のために闘争をつづけた小林多喜二を悼み、戦後にやっと解放された人々を描きだし、氏の母へ捧げられた一遍の詩でした。
 

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私が十四五歳の時 森林太郎

 今日は、森林太郎の「私が十四五歳の時」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
「過去の生活は食つてしまつた飯のやうなものである。」という一文から始まる、若いころの記憶を辿って記された、森鴎外(本名 森林太郎)の掌編でした。
 森鴎外は優れた環境で学生時代を過ごしたのだろうというのが見えてくる記載がありました。十四歳くらいから、哲学者の西周の家に居候させてもらってドイツ語を学ぶ学校に通っていたのだそうです。
 

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追記  最後の5行くらいで、ちょっと漱石の「坊っちゃん」みたいな騒動が、実話として描かれていました。

秋の瞳(48)八木重吉

 今日は、八木重吉の「秋の瞳」その48を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 こんかいの詩は、秋のことをそのまま描きだした詩で、これらの詩があるので「秋の瞳」という詩集になったのだろう……と思う、秋の詩でした。

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河童 芥川龍之介

 今日は、芥川龍之介の「河童」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 芥川龍之介の代表作を読んでみました。
 主人公の「僕」と「彼」は、河童を発見し、その社会の構造を詳細に語りはじめるのでした。
 現実と架空の混ぜ方がなにか、メタ的というのか、超越的というのか、独特な構造になっているように思いました。河童の文明を解析し、河童の使ってきた古来からの文字を読解したりするのでした。本文こうです。
quomark03 - 河童 芥川龍之介
  河童の使う、ちょうど時計とけいのゼンマイに似た螺旋らせん文字が一面に並べてありました。この螺旋文字を翻訳すると……quomark end - 河童 芥川龍之介
 さらに、河童と人間の混交に於ける社会問題について双方から考察し、制度や人生観の改善を志したり、河童と人間との、思想信条の差異を論じたりするのでした。
 芥川龍之介が本作の原典としたのは、ニーチェの超人思想であり、このことは本文にも明記されています。哲学的で思想書的な物語作品でした。作中の箴言の中ですてきだなと思ったのはこの一文です。「もっとも賢い生活は一時代の習慣を軽蔑けいべつしながら、しかもそのまた習慣を少しも破らないように暮らすことである。」おもしろくて、やがてもの悲しさがあふれてくる、芥川龍之介の告白の書に思いました。
 

『河童』登場人物一覧 ※詳細はクリックで表示されます。

主要な人物
「彼」:語り手。精神病院の患者。河童の国での経験を饒舌に語る。
S博士:精神病院の院長。「彼」の告白を聞く立場。
「僕」:『彼』の話を聞き、記録した語り手。『河童』という作品全体を読者に提示する立場。

河童の国の住人
バッグ:漁師。最初の友人で案内役。雌の河童に執拗に追いかけられている。
チャック:医者。鼻眼鏡をかけた物質主義者。独自の医学的見解を持つ。
ゲエル:硝子会社社長。巨大な腹を持つ大資本家。政界やメディアも支配する。
ラップ:学生。家族や恋愛の悩みに翻弄されるうちに、その身に異変が訪れるが……。
トック:詩人。「超人」を自称し芸術の自由を説くが、その内面には孤独を抱えており……。
マッグ:哲学者。『阿呆の言葉』の著者。七色のランタンの下で分厚い書物を読み耽る。
クラバック:音楽家。情熱的な天才だが、ライバルの影や批評に激しく神経を病んでいる。
ペップ:裁判官。河童の国の「文明的」な法律を説く。
クイクイ:新聞社社長。労働者の味方を標榜するが、実はゲエルの支配下にある。
ロッペ:政治家。正直を標榜するクオラックス党首。
長老:大寺院の主。数々の聖徒を案内するが、その信心の裏側には……。
グルック:元郵便配達夫。かつて「僕」の万年筆を盗むが、驚くべき理屈で無罪を主張する。
年をとった河童:若返りつづける老人。この国に倦んだ「僕」へ、ある重大な示唆を与える。
トックの雌の河童:トックの同棲相手。 
(登場人物一覧はAIがまとめて、人間が修正したものです)

 

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追記はこちら。クリックで表示されます。

 「河童」は、おおよそ100年前の近代の日本文化をのぞき込むための教養の書としても読めますし、ジョージ・オーウェルの「動物農場」に匹敵するのでは……というような作品だと思います。ユーモア小説としてみごとな近代小説なのでは、と思います。
 これはぼくは10代の頃にちょっと読んだんですが、読解を試みたのは初めてで、細部まで読んでみると2つのことが気になりました。
 まず「彼」と「僕」に名前が無いというところで、数字の号数で呼ばれたり「彼」とのみ呼ばれたり、個性豊かな登場人物なのに、名前が持てていないのがなんとも妙に思いました。
 それから「僕」と「彼」というのが、伝統的な文学で重んじられている「信用できない語り手」であるのも印象深いです。現実的な描写の中に、存在しないはずの河童が登場するわけですが、これが完全な幻覚なのか、それとも何か不思議なものを代替した記載なのか、分からないんですが。ただの幻覚にしてはあまりにも仔細で正確すぎる描写なんです。なんだかユーモラスな幻想小説のような描き方です。しかしじっさいには、語り手である「僕」は、楽しい幻想を送りとどけたい娯楽的な話者では無いわけです。そうすると現実的な事態だけを描いている演劇空間の中に、急に3DCGで河童が出てきたようなことになって、話者の「僕」の言いたいことがいったいなんのか、まったく分からなくなります。これが記された、1927年のほんの18年後の日本では数多くの戦死者を出し、暗い事態もあまたに起きたたわけですが、そのことを明瞭に予感している芥川龍之介の鋭い予測に則った世界描写に衝撃を受けました。
 終盤は、ジョナサン・スウィフトの「ガリバー旅行記」の記載に良く似ている、2つの世界を行き来する主人公が描きだされていました。

昇降場 広津柳浪

 今日は、広津柳浪の「昇降場」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 文久元年に生まれて1928年に67歳で没した広津柳浪の軍記作品を読んでみました。
 汽車にのって出征する軍人を見送る、停車場の女たちを描いた作品でした。そういえば漱石の草枕(1906年)の終盤でも、こういう停車場の場面が唐突に挿入されていると思ったんですが、この広津柳浪の昇降場のほうが1年くらい早く書かれていたようです。この数年前に日露戦争があって、鴎外や漱石のみならず、日本の多くの文人がこの状況を見ていたのでは、と思いました。

0000 - 昇降場 広津柳浪

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追記  「貴方は死んで呉れちゃいやですよ。決して死ぬんじゃありませんよ」という妹に対して『もう可い、何も云わない方が可い』と述べる軍人が描写されていました。戦時中の不和と暗さが描かれる終盤の記述がありました。