河童 芥川龍之介

 今日は、芥川龍之介の「河童」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 芥川龍之介の代表作で、本当にあった日本の怪奇小説として読んでみてもかなり不気味なわけで一級品ですし、おおよそ100年前の近代の日本文化をのぞき込むための教養の書としても読めますし、ジョージ・オーウェルの「動物農場」に匹敵するのでは……というような作品だと思います。ユーモア小説としてみごとな近代小説なのでは、と思います。
 これはぼくは10代の頃にちょっと読んだんですが、読解を試みたのは初めてで、細部まで読んでみると2つのことが気になりました。
 まず「彼」と「僕」に名前が無いというところで、数字の号数で呼ばれたり「彼」とのみ呼ばれたり、個性豊かな登場人物なのに、名前が持てていないのがなんとも妙に思いました。
 それから「僕」と「彼」というのが、伝統的な文学で重んじられている「信用できない語り手」であるのも印象深いです。現実的な描写の中に、存在しないはずの河童が登場するわけですが、これが完全な幻覚なのか、それとも何か不思議なものを代替した記載なのか、分からないんですが。ただの幻覚にしてはあまりにも仔細で正確すぎる描写なんです。なんだかユーモラスな幻想小説のような描き方です。しかしじっさいには、語り手である「僕」は、楽しい幻想を送りとどけたい娯楽的な話者では無いわけです。そうすると現実的な事態だけを描いている演劇空間の中に、急に3DCGで河童が出てきたようなことになって、話者の「僕」の言いたいことがいったいなんのか、まったく分からなくなります。さらに「僕」は、河童の社会の構造まで詳細に語りはじめるのでした。
 現実と架空の混ぜ方がなにか、メタ的というのか、超越的というのか、独特な構造になっているように思いました。河童の文明を解析し、河童の使ってきた古来からの文字を読解したりするのでした。本文こうです。
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  河童の使う、ちょうど時計とけいのゼンマイに似た螺旋らせん文字が一面に並べてありました。この螺旋文字を翻訳すると……quomark end - 河童 芥川龍之介
 さらに、河童と人間の混交に於ける社会問題について双方から考察し、制度や人生観の改善を志したり、河童と人間との、思想信条の差異を論じたりするのでした。
 芥川龍之介が本作の原典としたのは、ニーチェの超人思想であり、このことは本文にも明記されています。哲学的で思想書的な物語作品でした。作中の箴言の中ですてきだなと思ったのはこの一文です。「もっとも賢い生活は一時代の習慣を軽蔑けいべつしながら、しかもそのまた習慣を少しも破らないように暮らすことである。」おもしろくて、やがてもの悲しさがあふれてくる、芥川龍之介の告白の書に思いました。
 

『河童』登場人物一覧 ※詳細はクリックで表示されます。

主要な人物
「彼」:語り手。精神病院の患者。河童の国での経験を饒舌に語る。
S博士:精神病院の院長。「彼」の告白を聞く立場。
「僕」:『彼』の話を聞き、記録した語り手。『河童』という作品全体を読者に提示する立場。

河童の国の住人
バッグ:漁師。最初の友人で案内役。雌の河童に執拗に追いかけられている。
チャック:医者。鼻眼鏡をかけた物質主義者。独自の医学的見解を持つ。
ゲエル:硝子会社社長。巨大な腹を持つ大資本家。政界やメディアも支配する。
ラップ:学生。家族や恋愛の悩みに翻弄されるうちに、その身に異変が訪れるが……。
トック:詩人。「超人」を自称し芸術の自由を説くが、その内面には孤独を抱えており……。
マッグ:哲学者。『阿呆の言葉』の著者。七色のランタンの下で分厚い書物を読み耽る。
クラバック:音楽家。情熱的な天才だが、ライバルの影や批評に激しく神経を病んでいる。
ペップ:裁判官。河童の国の「文明的」な法律を説くが、社会の変容と共にその立場も……。
クイクイ:新聞社社長。労働者の味方を標榜するが、実はゲエルの支配下にある。
ロッペ:政治家。正直を標榜するクオラックス党首。その演説の真実は……。
長老:大寺院の主。数々の聖徒を案内するが、その信心の裏側には……。
グルック:元郵便配達夫。かつて「僕」の万年筆を盗むが、驚くべき理屈で無罪を主張する。
年をとった河童:若返りつづける老人。この国に倦んだ「僕」へ、ある重大な示唆を与える。
トックの雌の河童:トックの同棲相手。 
(登場人物一覧はAIがまとめて、人間が修正したものです)

 

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 これが記された、1927年のほんの17年後の日本では数多くの戦死者を出し、暗い事態もあまたに起きたたわけですが、そのことを明瞭に予感している芥川龍之介の鋭い予測に則った世界描写に衝撃を受けました。
 終盤は、ジョナサン・スウィフトの「ガリバー旅行記」の記載に良く似ている、2つの世界を行き来する主人公が描きだされていました。

昇降場 広津柳浪

 今日は、広津柳浪の「昇降場」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 文久元年に生まれて1928年に67歳で没した広津柳浪の軍記作品を読んでみました。
 汽車にのって出征する軍人を見送る、停車場の女たちを描いた作品でした。そういえば漱石の草枕(1906年)の終盤でも、こういう停車場の場面が唐突に挿入されていると思ったんですが、この広津柳浪の昇降場のほうが1年くらい早く書かれていたようです。この数年前に日露戦争があって、鴎外や漱石のみならず、日本の多くの文人がこの状況を見ていたのでは、と思いました。

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追記  「貴方は死んで呉れちゃいやですよ。決して死ぬんじゃありませんよ」という妹に対して『もう可い、何も云わない方が可い』と述べる軍人が描写されていました。戦時中の不和と暗さが描かれる終盤の記述がありました。

細雪(96)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その96を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 姉の幸子は、雪子の縁談について「どうせ今度の縁談もうまくは行くまい」と考えていたことが明らかになります。読者の自分としては、雪子と縁談相手とは相性が良さそうに思えたんですが、もっとも近くで見ている人からすると、今回もなにか駄目だろうと感じていたようです。その理由としては……。

※以下は物語の結末を含みます。クリックで表示されます。

 四女の妙子(こいさん)が結婚前に妊娠してしまって、この騒動が原因で、雪子の縁談が破談になるはずだというように予測しているのでした。妙子の問題は、雪子と関係は無いのでは……とは思うのですがこの時代では、どうもそうはゆかなかったようです。
 貧困のなか病苦に冒されて「地獄を見た」妙子こいさんは、この元凶である奥畑啓坊との縁を切るために、バーテンダーの三好との子を妊娠していたのでした。本文こうです。
 
 三好とやら云う男と談合して、計画的に仕組んだ妊娠ではないか。既定の事実を作って置いて、否応いやおうなしに啓坊に自分との縁をあきらめさせ、又あたし等に三好との結合を認めさせる、その手段として妊娠を選んだのではないか。
 
 幸子としては、大変危険な方法で雪子の縁談を成立させられないかという妄想を抱いたりもするのですが、赤子を犠牲にするのだけは不味いから辞めるということで思いとどまり、妙子の妊娠と出産はどこか別のところで行わせて、雪子の縁談はもっと早く済ませるしかないのでは、と考えます。しかし妙子を遠い地にやってそこで暮らさせても、世間や関係者に妊娠と出産を隠し通せるはずもないので、雪子のお相手である御牧家には「いっそ正直に事実を打ち明けて」みるしかないのでは、ということを考えるのでした。

 夜汽車の中で眠れぬ夜を過ごして朝を迎えた、姉の幸子の姿が印象に残る、物語終盤の描写でした。
 

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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 

私の思い出 柳原白蓮

 今日は、柳原白蓮の「私の思い出」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 明治の中ごろに生まれた柳原白蓮やなぎわら びゃくれん(柳原燁子あきこ)女史の短い随筆を読んでみました。柳原白蓮は大正から昭和初期にかけて歌集を4つだしている歌人なんです。
 漱石が活躍した時代に歌人として生きていて、敗戦後に、平和のことや、明治生まれの女性の一生について記しているものでした。富豪との結婚生活ののち、出奔して、世間から大バッシングを受け、肉親から絶縁を申し渡されてしまったころの思い出を書いていました。
 離婚と再婚が「事件」として報道されて、wikipediaにも詳細にこの記事が記されてありました。このころの思い出の文章が印象に残りました。本文こうです。
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  忘れられないのは九條武子くじょうたけこ夫人でした。あの人だけは私の心をそっと温かく抱いてくれた友でした。世間から無惨に軽べつされている人を、たとえ内証にしろ蔭ながらいたわり愛しかつ同情したということはやはり相当の勇気のいることにちがいありませんもの。quomark end - 私の思い出 柳原白蓮
 

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追記  敗戦の寸前に息子が戦死したことや、米国から女性の作家として取材を受けたことも記してありました。「今はこうして老年になりましたが、しかしふしぎに、魂は年とともに、いきいきと、若く新しく育ってゆくような気がします。」という記載が印象に残りました。

生爪を剥ぐ 葉山嘉樹

 今日は、葉山嘉樹の「生爪を剥ぐ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。 
 古典と比較してみて、近代小説の特徴は、自然が壊れた場に居る人間が描かれるようになった、と聞いたことがあるのですが、この作品はまさにこの近代化に見舞われた、暗い世界が描きだされていました。「健康を失って」いる「薄暗い陰気な」「地獄」のような「運河の汚ない濁った溜水にその向うの大きな工場」といった環境に囲まれた「プロレタリアの群居街」で労働者が「総崩れにな」って生活苦にあえぎ、家族の繁栄を願うことが困難になっているところが描きだされます。しかしながら幼子も、労働者の「僕」も盛んに動き回って次のところへ向かおうとしている、近代の熱気を活写した文学作品に思いました。
  

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秋の瞳(47)八木重吉

 今日は、八木重吉の「秋の瞳」その47を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 作中の「ぎょう望」とは、おそらく「仰望」のことで、仰ぎ望むという意味です…………が、凝望あるいは翹望なのかもしれず、首を長くして待ち望む、ということかもしれません。目を凝らして遠くを見つめているのかもしれません。
 

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追記  
quomark03 - 秋の瞳(47)八木重吉
 空が 怒つてゐる
 木が 怒つてゐる
 みよ! 微笑ほほえみ
 いかつてゐるではないかquomark end - 秋の瞳(47)八木重吉

……という言葉が印象に残る、八木重吉の作品群の中でもとくべつな存在感の詩が、記されていました。今回は、おすすめの2篇であるように思います。