道 水野仙子

 今日は、水野仙子の「道」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 涼しい晩夏について記すところから「私」の小説がはじまります。まだ九月なのに寒い風が吹く。
 季節の微妙な変化と風景と心情の細やかな描写が美しいように思いました。
 水野仙子は、苦について淡々と記すんですが、病と愛を結びつけて描くところがほかにない独特な魅力を生じさせているように思いました。夫婦二人の間に現れるAという画家の男が、「私」の夫婦生活とはべつのまなざしを投じているところがなんだか精妙な展開に思います。
 最後の第二十章だけを、まったく別のものに書き直すとしたら、いったいどういう章が新しく描かれるんだろうと思いました。終盤の「ほんたうの道」という言葉が印象に残りました。
 

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食器は料理のきもの 北大路魯山人

 今日は、北大路魯山人の「食器は料理のきもの」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 北大路魯山人は文筆と陶芸を両方とも極めた作家で、今回は、魯山人が食器をつくりはじめた理由と、その始め方について記していました。陶芸はそもそも巨大な煙をはきだす窯が必要なわけで、豪勢な、仕事をした人だなあと思いました。
 

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追記 本文とは関係が無いんですが、新しい仕事が相乗効果になる場合と、二兎を追う者は一兎をも得ずになる場合とで、いったいどうちがうんだろうかと、思いました。
 

細雪(4) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その4を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 第一話にも登場した、雪子の婚約相手を探したがっている井谷(美容院の女主人)が、ちょっと雪子とお見合いてまえの食事会をしたいのだと言って来ます。雪子のフィアンセ候補は、フランス文化にもちょっと精通している瀬越という男なんです。
 この小説は、優雅な文化を描いているところがあると思うんですが、どこかで行き詰まったような苦しいような描写があって、印象的なんです。この本の執筆は、第二次大戦が苛烈になるころに記されたものなんです。1943年から1944年と戦後すぐに、執筆されていったものです。とくに今読んでいる上巻は、陸軍(および内務省)から発禁処分を受けて発表できなくなったあとに、1944年の初夏に書きあげている作品で、戦争中なんです。谷崎潤一郎は、戦争のあとのことを考えて書いているんだと思うんですけど、じっさいには「華氏451度」みたいに原稿が燃えて消える可能性もあったと、思います。20世紀初頭に与謝野晶子の源氏物語の原稿は地震で焼失しているんです。谷崎潤一郎も与謝野晶子みたいに1941年ごろ源氏物語を翻訳しているわけで、そのちょっとあとの1944年に「原稿が消失するかもしれない」というのは感じていたことだと思うんです。この「細雪」上巻を書きあげて私家版を出したのが1944年7月で、そのちょっと前の1944年6月に日本への空襲が来ています。八幡空襲というのです。そこからはもう大空襲が目の前で、そのころ中巻下巻を書いてゆく、当時は空襲中と焼け跡の世の中だと思うんですけど、この物語の序盤にはそういう気配は無いんです。家族の地味な幸福と展望について、三女の雪子がどういうように結婚するのか、を追っていった小説になっています。この時期に、結婚相手はみんな、赤紙で狩り出されて、帰ってくる可能性がすごく低くなってしまっている時代に、戦争のことは抜きにして、どうやって結婚しようか、どうやって家を新しくしてゆくのか、というのを静かに描きだしていて、すごい作品だなと思います。
 農業や工業の発展もあって、運良く幸福に生きられる人は数百年前よりも明らかに多くなっている。けれども当時の多くの女性は、いつ伴侶が戦争で死ぬか分からないという状況でした。雪子は妹の妙子に恋人ができたのを知り、それが順調に進展して幸福になるのを願っているんです……。谷崎が敬愛する漱石も「三四郎」で描いていた、聖書のストレイシープに関連したようなことも今回記されていました。雪子の気持ちは、1944年に取り残されつつあった若い女性の気持ちでもある、と思って読みすすめました。
  

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「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)

かのように 森鴎外

 今日は、森鴎外の「かのように」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 小倉百人一首と天皇家の関係性を読解した戦後小説家の随筆がおもしろくて、なぜ学者よりもくわしく書けるんだろうか、と不思議に思ったことがあるんですが、森鴎外は今回、近代日本人の宗教性について、秀麿という若い青年を登場させて論じさせています。若者の好奇心と学者の研究意欲の両面を併せもつのが作家なのでは、と思いました。
 神道はそういえば、文字に頼らない方針なのか、神道の本というのがとても少ないように思います。物語論や大衆論から宗教を読み説く、森鴎外の言説が興味深かったです。
 漱石も記した、高等遊民である主人公が、ものを思ってものを言う。「かのように」という言葉は後半の70%あたりから30回ほど登場します。友人の綾小路にたいして、主人公の秀麿はこう述べます。
quomark03 - かのように 森鴎外
  人間の智識、学問はさて置き、宗教でもなんでも、その根本を調べて見ると、事実として証拠立てられない或る物を建立している。即ちかのようにが土台に横わっている
 (略)
 君がさっきから怪物々々と云っている、その、かのようにだがね。あれは決して怪物ではない。かのようにがなくては、学問もなければ、芸術もない、宗教もない。人生のあらゆる価値のあるものは、かのようにを中心にしている。昔の人が人格のある単数の神や、複数の神の存在を信じて、その前に頭を屈めたように、僕はかのようにの前に敬虔に頭を屈める。quomark end - かのように 森鴎外
 
 真面目であるがゆえに八方塞がりの状況を感じている、青年たちの語り合いがなんだか、若き日の漱石と鴎外の対話のようで印象に残る、すてきな小説でした。
  

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念仏と生活 倉田百三

 今日は、倉田百三の「念仏と生活」を公開します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは仏教の信仰について記している随筆でした。浄土真宗の南無阿弥陀仏のことについて記していました。はじめに、善人だと欲望を自身で制御できるという自力があるので仏教の「信仰に到達しない」と記しています。ふつう人間には欲望があって、欲望が生命力になっている。同時に「いい人間になろうと考え」るので、自己の欲望と、良い人間性、この二つが衝突しているところに、倉田百三の考える、仏教と念仏がある。
「欲望が弱いならば、信仰はいらない」と倉田百三は述べます。もうちょっとほかの仏教の本を読んでみたいと、思いました。
  

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ゲーテ詩集(24)

 今日は「ゲーテ詩集」その24を公開します。縦書き表示で読めますよ。
 ゲーテは母国ドイツの神話を、あまり文学に活かさず、ギリシャの神話を中心にして文学を構築してゆきました。ゲーテは、芸術の中心をずらしてかけあわせる、ということをしたのではと思うんですが、今回の詩にはこう記していました。
quomark03 - ゲーテ詩集(24)
 おまえを感じるのはおまえを知らぬものだけだ
 おまえを知るものはおまえを感じないquomark end - ゲーテ詩集(24)
 
 ゲーテはこの詩でなにを書きあらわそうとしたのか、いろいろ空想したくなる詩でした。
 

0000 - ゲーテ詩集(24)

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