空車 森鴎外

 今日は、森鴎外の「空車」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 むなぐるま、というのは古言で、これを聞けば今昔物語集にあるような絵巻物の情景が連想される、と森鴎外はいいます。だから現代の世界で「むなぐるま」という言葉は簡単には使えない。
 現代の文章に「古言をその中に用いたのを見たら、希世の宝が粗暴な」使われ方をしたと思ってたいていの人は憤慨する。そして森鴎外は「不用意に古言を用いることを嫌う」のですが、現代文にやはり「ふと古言を用いる」「あえて用いるのである」と述べています。
 どうしてかというと「古言は宝である」から不用意には使えないけれど、この古語というのをひとつも使わないなら、古語が誰にも使われなくなってしまう。だから傷がつくけれども、新しい性命を与えるために古語を使ってゆくと、森鴎外は述べています。
 ここから森鴎外は、自分の見た、とても大きな空車について記すのですが、妙に印象的で、なんだか中国の禅僧のかんがえた十牛図の果てしない世界を連想しました……。老子が「無用之用」にて描写した車輪と通底している、空車の描写であって、後半の数行がみごとな随筆でした。

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