津軽の虫の巣 宮本百合子

 今日は、宮本百合子の「津軽の虫の巣」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 1690年ごろ元禄時代の松前矩広が、大船に乗って津軽の海を渡るところから、この歴史小説は始まるんですが、おもに2つの事柄が主題になっていました。ひどい混乱を生んだ生類憐れみの令と、津軽の宝石のことが描かれるんです。
 「津軽の虫の巣」というのは「青紫の円い小珠」の宝石のことで、なぜ虫の巣というのかというと、その宝石には、小虫が入り込めそうな「小さい白い泡沫」がいくつかあって「名も知れぬ小虫が、はて知らぬ蝦夷の海の底深く、珊瑚の根元にでも構えた巣の様に思われる」これが珍宝として松前藩に献上された。矩広と家老の蠣崎が、これを吟味した。
 これがもしほんとうに瑠璃色の虫の巣である場合は、虫の巣を奪い去ったということで、生類憐れみの令に抵触して、松前藩が罰せられるかも知れない。だが、ただの泡沫をはらんだ宝石であるかもしれない。分からないので、火で炙ってこの宝石を浄化しよう、ということを家老が提案した。火で焼いてみると、珍宝はあっけなく砕け……。
 

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追記  生類憐れみの令は、幼子や病者の人権を尊重するという優れたところもあったのに、その運用を誤って死罪や流刑が頻発した、罰則のとりきめがまちがっていたのでは、と思いました。

悟浄出世 中島敦

 今日は、中島敦の「悟浄出世」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
『山月記』で有名な中島敦が、妖怪の沙悟浄を描いた小説です。なぜ人食いの妖仙である沙悟浄が三蔵法師の弟子になったのか、その前日譚のところが描かれています。
 悟浄は「九人の僧侶そうりょった罰で、それら九人の骸顱しゃれこうべが自分のくび周囲まわりについて離れな」くなり、悩みが高じて、哲学的な疑問を抱くようになった。妖怪でしかない沙悟浄が、この悩みを解決するために、黒卵道人こくらんどうじんや、沙虹隠士といった導師のもとを訪ね、死と苦と哲学についての教えを得るのでした。
 西洋でいうところのディオゲネスの思想にも似た不思議な議論と、師を求む旅が展開するのでした。妖怪から修行者へと転じてゆくさまが長々と記され、ついに三蔵法師に出会うのでした。本文こうです。「悟浄ごじょうは、はたして、大唐だいとう玄奘法師げんじょうほうし値遇ちぐうし奉り、その力で、水から出て人間となりかわることができた。そうして、勇敢にして天真爛漫てんしんらんまん聖天大聖せいてんたいせい孫悟空そんごくうや、怠惰たいだな楽天家、天蓬元帥てんぽうげんすい猪悟能ちょごのうとともに、新しい遍歴へんれきの途に上ることとなった。」
 冒険譚と哲学書が混交したような、なんだかすてきな本でした。
  

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黄金機会 若松賤子

 今日は、若松賤子の「黄金機会」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 本に記されていたgolden opportunityについて、母親に質問している女の子の話で、読んでいて普通におもしろい母子の会話からはじまり、それから「私」の誕生日に「絶好の機会」が訪れるんです。これは10代の女性に向けて書かれた小説だと思います。おじいさんが誕生日の祝いに、びっくりするような高価な金貨をくれる。これがあれば、しっかり勉強することもできる。「私」はいろいろ思案して……。
  

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追記  はじめての財産を手に入れて、浮かれてしまって、使えない楽器を買ってしまって、大金を無駄にしてしまう幼子なんでした。お金は得ることだけじゃなくて、どう使うかも重要な問題になるんだなあ、とか思いました。レンブラントが描いた「放蕩息子の帰還」を連想させる、なんだかリアルで気になる物語でした。手もとに残った、ほんのわずかな一銭銅貨の、すてきな使いかたを見つけて喜んでいる「私」の姿がけなげで印象に残りました。ぐうぜんまのあたりにした貧しい人に寄付をした少女なんですが、このちょっとした善意が、妙に上手く展開して、おばあさんは一銭でロウソクを買って、そのおかげでちょうど忘れかけていた手紙が手に入って、そこから生活費と借金の問題が解決していったという、何の役にも立たないはずのごく少ない一銭銅貨が、ちゃんと人の役に立ったということがあとから明らかになるのでした。

思案の敗北 太宰治

 今日は、太宰治の「思案の敗北」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
quomark03 - 思案の敗北 太宰治
  ほんとうのことは、あの世で言え、という言葉がある。まことの愛の実証は、この世の、人と人との仲に於いては、ついに、それと指定できないものなのかもしれない。quomark end - 思案の敗北 太宰治
 
 という一文から始まる、太宰の5頁の私小説です。未来の事態であるとか、言いえないことであるとか、略すしかない部分であるとか、沈黙するしかない言葉で表現ができない箇所がどうしてもあって、言葉の背後に記されないことがらが数多く眠っていて、言語はそれと共に機能している、という哲学上の議論があるんです。太宰の言語論も今回ちょっと記されていました。饒舌な太宰は、妙なことも書くのでした。ダンディズムとダンテは関連性があるんじゃないかとか、哲学者ジャン=ジャック・ルソーの告白における被害妄想の箇所について批判していたり、ゲッセマネの祈りについてや、聖書や西洋思想についていろんなことを書いていました。
 
 太宰は後半で、友人の不幸と、自己の恥ずかしさについて書くのでした。太宰は最後のほうで「ことしの春、妻とわかれて、私は、それから、いちど恋をした」と書くんですが、じっさいには妻と別れてないというこの、太宰の大きな嘘のところが、これが妙に印象に残りました。ルソーの沈黙と哲学に対峙する、「思案の敗北」にいたる小説家の饒舌さが立ち現れてくる私小説に思いました。
  

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たましいは生きている 小川未明

 今日は、小川未明の「たましいは生きている」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
  今回、小川未明は戦時中の家族を描きながら、徒然草や自然界の音の美しさについて記すのでした。「なにより平和を愛し」ている若者に、召集令状が届いて戦死してしまった。遺品となったハーモニカを手に妹は、彼がどのように生きたかを述べるのでした。
   

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溺れかけた兄妹 有島武郎

 今日は、有島武郎の「溺れかけた兄妹」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 「友達のMと私と妹」の3人は、穏やかな海で遊んでいたのですが、土用波にもってゆかれて溺れかけてしまった。なんとか砂浜に戻るのですが、妹は泳ぎきれずに戻れなかった。Mさんはけんめいに助けを呼んで溺れかけた妹を助けてもらえたんですが「私」は茫然自失してしまって、けっきょく妹を見捨ててしまったような状態になってしまった。これは実話っぽい教養小説なのでは、と思いました。
 

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最後の一文はこうでした。「あの時ばかりは兄さんを心から恨めしく思ったと妹はいつでもいいます。波が高まると妹の姿が見えなくなったその時の事を思うと、今でも私の胸は動悸どうきがして、そら恐ろしい気持ちになります。」