じいさんばあさん 森鴎外

 今日は、森鴎外の「じいさんばあさん」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 森鴎外の代表作と言えば「高瀬舟」や、史伝小説がいろいろあると思うんですが、今回は昔話と史伝が入り混じったような文体で、1809年の文化六年の老夫婦のことを描きだします。美濃部伊織というおじいさんと、妻「るん」の、不思議な物語です。
「この翁媼おうおん二人の中の好いことは無類である」。「二人の生活はいかにも隠居らしい、気楽な生活」をしていたのですが、二人には壮絶な過去があって、それを繙くところから物語の中盤が始まります。ある偶然から、若き日の美濃部伊織は、妙な逸品を手に入れることになって、これを買うときに無理な借金をして、貸し手との間に不和が生じてしまった……。掌編なんですが、オチがみごとですてきな小説でした。
 

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追記  ここからはネタバレですので、近日中に読み終える予定の方は、ご注意ねがいます。美濃部伊織は、金貸し男の無礼が許せずに、刀で切りつけてしまい、罪を犯して流罪となりました。伊織とるんは長らく生き別れとなっていたのですが、徳川家治の御追善によって罪を赦されて、三十七年ぶりに江戸で邂逅し、それから幸福に暮らすのでした。
 

津軽の虫の巣 宮本百合子

 今日は、宮本百合子の「津軽の虫の巣」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 1690年ごろ元禄時代の松前矩広が、大船に乗って津軽の海を渡るところから、この歴史小説は始まるんですが、おもに2つの事柄が主題になっていました。ひどい混乱を生んだ生類憐れみの令と、津軽の宝石のことが描かれるんです。
 「津軽の虫の巣」というのは「青紫の円い小珠」の宝石のことで、なぜ虫の巣というのかというと、その宝石には、小虫が入り込めそうな「小さい白い泡沫」がいくつかあって「名も知れぬ小虫が、はて知らぬ蝦夷の海の底深く、珊瑚の根元にでも構えた巣の様に思われる」これが珍宝として松前藩に献上された。矩広と家老の蠣崎が、これを吟味した。
 これがもしほんとうに瑠璃色の虫の巣である場合は、虫の巣を奪い去ったということで、生類憐れみの令に抵触して、松前藩が罰せられるかも知れない。だが、ただの泡沫をはらんだ宝石であるかもしれない。分からないので、火で炙ってこの宝石を浄化しよう、ということを家老が提案した。火で焼いてみると、珍宝はあっけなく砕け……。
 

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追記  生類憐れみの令は、幼子や病者の人権を尊重するという優れたところもあったのに、その運用を誤って死罪や流刑が頻発した、罰則のとりきめがまちがっていたのでは、と思いました。

春いくたび 山本周五郎

 今日は、山本周五郎の「春いくたび」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 山本周五郎といえば武士道を書く作家だと、思い込んでいたんですが、読んでみると意外と違うことを書いた作品が多くて、今回は恋愛小説っぽい場面が序盤に記された、武家の男女の物語でした。十八歳くらいの信之助が戦に向かうところで、十五歳の少女がこれを追いかけて別れの挨拶をする……。
「朝毎の濃霧もいつか間遠になり、やがて春霞はるがすみが高原の夕を染めはじめた」「文久元年の春」「井伊直弼が桜田門外に斬られてから、ながいあいだ鬱勃うつぼつとしていた新しい時代の勢が、押えようのない力で起ちあがって来た」
 主人公の信之介は「甲斐七党の旗頭」の家の出身なんです。天涯孤独の身で、十八歳にして独り立ちするしかない武士なんです。彼のことを慕う香苗は、彼が戦から帰ってくるのをずっと待ちわびています。一年経っても、信之介は帰ってこなかった。香苗は縁談を断って、信之介が村に帰るのを待っているんです。
  

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追記 ここからはネタバレなので、近日中に読み終える予定のかたはご注意ねがいます。伏見の戦争に出兵した清水信之助は、この戦で行方不明になった、ということを彼女は聞くのです。本文こうです。「信之助が死んだという青年の言葉は、なにかしら空々しいことのように感じられ、まるで知らぬ世界の知らぬ人の話としか受取れなかった。そして、——きっと帰る、必ず帰って来る。」「初めての雪が降りだした頃、香苗の家は遂に倒産した」「香苗は身もだえをし、裂けるような声で信之助の名を呼びながら泣いた。」
 それから香苗は、尼法師になって救護院で生きるようになったのですが、三十余年ほど経ったある日、伏見の戦で敗残した男が現れる。清水信之助に生き写しの男は、松本吉雄という名で、同じ伏見の戦で記憶を喪失するほどの被害を受けていた。香苗は、この松本吉雄がどうにも、記憶を失った清水信之助のように思えてならなかった。それで彼の庇護者に手紙を出して、彼の素性について質問した。返信の手紙にはこう書いてありました。「文面の末に、彼はもう自分の名も忘れているが、本名は清水信之助と云う者である」
 これを読んだ月心尼(香苗)は、病床に居た彼を探すのですが、信之助はふらりとまたどこかへ出かけてしまっていたのでした。四十年ぶりに香苗はまったく同じことを思うのでした「……きっと、きっと、信之助さまは此処へ帰っていらっしゃる」終わりの三行がなんだかすてきな物語でした。

屋根裏の犯人 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「屋根裏の犯人」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 気前がよくて薬代をもらわないという、医者の妙庵先生というのがこの小説の主人公です。
 この妙庵先生のところに、貧乏性がひどい伊勢屋の使いがやって来て、風呂の煤払いをしたので、ふだんお世話になっているお礼に、ぜひお風呂に入っていってほしいという。毎年のことなのでさっそく妙庵先生は伊勢屋におじゃまする。
 なにかと貧乏性な伊勢屋は、ふだんから奇妙なことをいろいろやっている。貧乏性がひどすぎる伊勢屋は、お金のことにやっきになりすぎて逆に大損をしたりしている。この伊勢屋で起きた、屋根裏の珍事件をみて、妙庵先生はちょっと不思議なものを伊勢屋のご隠居に見せるんです。
 物語は虚実いりまじる空間なので、かえっていろんな事実に気が付かせてくれるような……なんだか粋な小説でした。
 

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追記   ここからネタバレなんですが、事件のあらましとしては、屋根裏から出てきた銀包みはおそらく、ネズミが母屋から隠居屋にひっぱっていったものだろう、と皆が言うのですが、ご隠居はネズミはそんなにものを持ち運べないと主張して、屋根裏に人間の泥棒が入りこんだんだという妄想を主張するんです。この妄想をうち消すために、妙庵先生は、鼠使いで有名な藤兵衛にたのんで、鼠に餅や小判を運ばせる芸をみんなに見せるのでした……。ところがこれでもまだご隠居は不安で不満なままなんです。泥棒鼠を屋根裏に放置していた伊勢屋に、盗まれた銀の利子を払えと言うのでした。「婆さんの喚き声をとめるには、利子を渡すか、息の根をとめるか、二ツに一ツしかありませんが、死ねば化けて出て尚その上に利子もとるにきまっているから、どうしても利子を払わなければなりません。そこで元日にならないうちに泣く泣く利子を御隠居に支払いました。」ということでご隠居はやっと安心してぐっすり眠ったのでした。

我鬼 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「我鬼」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦国時代を勝ち残った秀吉の後半生を、大戦中に唯一被害を受けずに作家をやり通した坂口安吾が活写しています。能や茶といった文化に関心の深かった秀吉や、残酷な秀吉のことを記しています。親族の憎悪の描写が辛辣で、どうにもリアルな短編小説でした。
 秀次の描写はこうでした……「彼の心は悲しい殺気にみちてゐた。彼は武術の稽古を始めた。秀吉を殺すためのやうであつたが、襲撃にそなへ身をまもるための小さな切ない希ひであつた。出歩く彼は身辺に物々しい鉄砲組の大部隊を放さなかつた。いつ殺されるか分らない。」あとからやって来る「家康の影」に対する恐怖心の描写が印象にのこりました。秀吉の最晩年が描きだされていました。

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暴風雨の中 山本周五郎

 今日は、山本周五郎の「暴風雨の中」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
  嵐のなか、大水に流されそうになっている家に三之助が寝ころんでいる。どうして逃げないのか、よく分からない。逃げるのに飽きてしまったようである。その嵐の中を、舟に乗った謎の男が現れるんですが、これがなんだか盗賊みたいな雰囲気なんですが、しばらくすると、十手を出して、三之助を逮捕する、警察官の仕事をするんです。当時は岡っ引きと言われていたんですけど、この物語上では、盗賊なのか警官なのか分からない奴だなと思ったら、wikipediaの「岡っ引き」の頁には、こう書いていました。
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 地域の顔役が岡っ引になることが多く、両立しえない仕事を兼ねる「二足のわらじ」の語源となった。奉行所の威光を笠に着て威張る者や、恐喝まがいの行為で金を強請る者も多く、たびたび岡っ引の使用を禁止する御触れが出た。quomark end - 暴風雨の中 山本周五郎
 
 毒を以て毒を制す、とか、ミイラ取りがミイラになる、ということを連想させる世界が、江戸時代の警察組織にはあったようです。現代で言うならスパイならこういう問題が起きそうです。「おめえの気の毒な身の上はたいがいわかってる」と男は言うんです。そこから、三之助の貧しい幼少時代が記されてゆきます。母親も貧しかった。本文こうです。
quomark03 - 暴風雨の中 山本周五郎
  おいちさんは泥棒をした。
 狭い島のなかで、うわさはすぐにひろまった。子供たちは泥棒の子と呼ばれた。quomark end - 暴風雨の中 山本周五郎
  
 ここから、三之助の犯罪が記されてゆきます。ちょっとドストエフスキーの、ラスコーリニコフとソーニャみたいな物語でした。
  

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