フロルスと賊と クスミン

 今日は、ミハイル・クズミンの「フロルスと賊と」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 老いた主人フロルスが病床で、奇妙な夢を見ます。夢の中での体験を、老主人フロルスはこう語ります。「わたしは人を殺したのです。誤解してはいけませんよ。それはあそこでしたのです。夢のうちです。わたしは逃げ出しました。」それから「港の関門を通らうとする時小刀を盗んだと云ふ嫌疑で掴まりました。背の高い、赤毛の商人がわたしを掴まへたのです。人がその男の事をチツスさんと呼んでゐましたよ。わたしは力が脱けたやうで、途方にくれてゐました」と述べます。ところが、そのすぐあとに乳母が、現実の世界で「港の関門の所で人殺しを見ましたよ」というのですが、その詳細はフロルスが夢の中で体験したこととピタリと一致するのでした。それから……
 

0000 - フロルスと賊と クスミン

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 
追記  以降はネタバレとなりますので、近日中に読み終える予定の方は、本文を先に読むことをお勧めします。
 老主人フロルスはある朝に「日の出る前に起き」て「軽らかな足取で歩」き、従者とともに「監獄の門に入つた」のです。「足早に監獄を見て廻つて」、監獄の看守に「目の光る、日に焼けた、髪の黒い男」のことを訪ねます。そこで夢の中での「私」が監獄を逃亡して、どこかへ行ったという事実をつきとめるのでした。「監獄の門を出た時、フロルスはこれまでになく晴々」とした足どりで「うれしげ」に子供のような声で、従者にこう語るのでした。「どうだい。ムンムスぢゝい。あれを見い。こんな長閑のどかな空を見たことがあるかい。木の葉や草花がこんなに可哀かはいらしく見えたことがあるかい。」「どうだい。ムンムス爺い。けふのやうに己の元気の好かつた事があるかい。あの雲を見い。丸で春のやうだ。春のやうだ。」
 しばらく別荘で快活に暮らすのですが、病状が悪化したのか「突然沈鬱な気色に」なります。急にしゃがれた声でこう言います。「どうしたのだらう。どうしてこんなに暗くなつたのだ。牢屋ぢやないか。」
 最後の章で、もの言わぬ児童が、フロルスの身罷ったところを目撃し、それを人々に伝えるのでした。この老主人フロルスの首には「なんとも説明のしやうの無い痕」が残っていました。黒髪のマルヒユスという賊にも、同じような首の傷があって同時刻に亡くなっていたのでした。神話的な気配の、夢と現実が交錯する物語でした。

 

流浪の追憶 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「流浪の追憶」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは坂口安吾が放浪と酩酊と、旧友との交流について記したものなのですが、安吾の旅はなぜか居住地や故郷からほとんど離れないまま行き詰まって「這々ほうほうの態で逃げ出」すことが多く、旅をしていると言うよりも「魂の放浪」に傾いていって、思索や幻想や物語世界に入り込む様子が描かれるのでした。本文こうです。
quomark03 - 流浪の追憶 坂口安吾
  私のは精神上の放浪から由来する地理上の彷徨だから場所はどこでもいいのだ。東京の中でもいい。時々一思ひに飛び去りたくなる。突然見知らない土地にゐたくなる。土地が欲しいのではなく、見つめつづけてきた自分が急に見たくないのだ。quomark end - 流浪の追憶 坂口安吾
 
 安吾がこの1930年代の中ごろに唯一、旅に満足できたのは、伊豆の大島に辿りついたときだったようです。
 終盤で、ドストエフスキーの作中人物への思いを記していました。坂口安吾はこう記します。「私がドストエフスキイを愛するのは彼の作中人物がみんな自分の生命力を感じたいためにあせりぬいてゐる、それが甚だなつかしいのも一因である。」
 本作に記された「レエゾン・ド・ビイヴル」というのは、存在理由レゾンデートルのことです。
 

0000 - 流浪の追憶 坂口安吾

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 

思い出の記 小泉節子

 今日は、小泉節子の「思い出の記」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 小泉八雲と長らく暮らした小泉節子がしるした随筆です。
 ヘルンというのはHearnのことで、ラフカディオハーン(小泉八雲)のことです。
 ヘルンのカタコトの日本語の発言が、そのまま書き記されていて、異国で生きつづけた男の魅力が詰まった、みごとな記録文学であるというように思いました。ヘルンへの愛の溢れる随筆でした。
「耳なし芳一」や平家の怨霊といった日本の怪談を執筆中だったころの逸話が印象に残りました。本文こうです。
quomark03 - 思い出の記 小泉節子
  書斎の竹籔で、夜、笹の葉ずれがサラサラと致しますと『あれ、平家が亡びて行きます』とか、風の音を聞いて『壇の浦の波の音です』と真面目に耳をすましていました。quomark end - 思い出の記 小泉節子
 
 ユーモラスな人づきあいや冗談、西洋嫌いの西洋人の様子についても、いろいろ記されてありました。
quomark03 - 思い出の記 小泉節子
  フロックコートなど大嫌いでした。(略)着る時は又大騒ぎです。いやだいやだと云うのです。『この物、私好きない物です、ただあなたのためです。いつでも外にの時、あなた云う、新しい洋服、フロックコート、皆私嫌いの物です。常談でないです。本当です』など云っていやがります……quomark end - 思い出の記 小泉節子
 
 ヘルン氏はキリスト教の聖職者も嫌っていたのですが、聖書を読むことだけは重大視していたところが興味深く思いました。「弱い者に対してひどい事をする事を何よりも怒りました。」という一文も記憶に焼きつきました。現実の世界での怪談みたような不思議なこともいくつか記してありました。中盤から終盤にかけての記載がものすごく、なんだか破格の名著という印象でした。
  

0000 - 思い出の記 小泉節子

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 
追記  氏は若いころの体験から、病や眼病を恐れていたことや、西洋様式を好まなかったことなどが記されます。小泉八雲は雑踏や汚濁を「地獄」と形容し、廃墟や廃寺に好奇心を抱き、猫や動物や植物への愛情が色濃く、文学作品とヘルン氏の人柄に共通項が多く、そこが魅力的に思いました。
 また他者や喧噪への警戒心も記されていて、怪談本をさがすのも妻にやってもらい、日本家屋の書斎で文学的な思惟に耽るラフカディオハーンのことが描きだされていました。終盤の記載で、ラフカディオハーンの最後の様子が克明に描かれていました。家族と共に生きて、家族の未来を案じつつ、ほとんど痛みも無く、当人さえ気付かぬうちに亡くなっていたようです。本文こうでした。
quomark03 - 思い出の記 小泉節子
  暫らくの間、胸に手をあてて、室内を歩いていましたが、そっと寝床に休むように勧めまして、静かに横にならせました。間もなく、もうこの世の人ではありませんでした。少しも苦痛のないように、口のほとりに少し笑を含んで居りました。quomark end - 思い出の記 小泉節子
 

三百年後 小倉金之助

 今日は、小倉金之助の「三百年後」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 数学者の小倉金之助が、三百年前の古書への偏愛を記した随筆です。「妙なもので、書物も三百年位の歳を取ると、私にはただ懐かしいのだ。よくも今まで生きていて、そしてよくも貧しい私の懐に飛込んで来て呉れたものだ。そう云う感謝の気分にもなる」と小倉金之助氏は愛書趣味の心情を記すのですが、同時に学者であるので、批判的に読むことの重要性を説いていました。
 

0000 - 三百年後 小倉金之助

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 
追記 最後の数行で、今からおおよそ200年後に、昭和のころの学問の、文化的な価値を残すための仕組みについて論じています。本の流通や紙質に関する議論の箇所は、方法としては間違っているように思えます。おそらく神社で言うところの式年遷宮というか再建文化によって、残すべき貴重な書を、不滅の状態にしておくことの重要性を考えていたのでは、と思いました。現代で言うと図書館での電子化業務や、プロジェクト・グーテンベルクの価値について連想する随筆でした。
 

秋の瞳(33)八木重吉

 今日は、八木重吉の「秋の瞳」その33を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 八木重吉のお薦めの詩は「秋の瞳」の「心よ」それから「そらの はるけさ」です。
 「水に嘆く」の文語体の自由詩がやや難読でしたので、AIの訳詩も読んでみました。
 
水に嘆く(現代語訳)
 
水辺で 嘆き悲しむ 夕暮れ
波さえも
泣きじゃくるように寄せる、ああ その
長くたなびく髪のような水草が
砂に絡まりながら
 
私が 低く 哀しい歌をうたうと
沈みゆく夕日が
痛々しいほどに 赤く流れてゆく
もし手を触れようものなら
血が流れ出してしまいそうだ。
 
(上記はAI翻訳に修正を加えたものです)
 
「わが もだせば/みづ 満々と みちく/あまりに/さぶし」という詩の言葉が印象に残る作品でした。
 

0000 - 秋の瞳(33)八木重吉

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 
追記  今回の「やつて みたし」と記された詩は、「秋の瞳」のなかでもっとも異質な詩なんです。映画館で映画を見る、ということが始まったばかりの時代に、サイレント映画の奇妙な世界観を詩に転じたものなのではと、考えました。これは単体で読むとどうも陳腐さが際立つ内容なのですが、戦前戦中の日本の風潮の一側面がもろに現れた作品のようにも思いました。
 

闘牛 野上豊一郎

 今日は、野上豊一郎の「闘牛」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは能と英文学を研究した学者の野上豊一郎が、スペインの闘牛を見学したようすを克明に記した、1938年ごろの随筆です。百年前は残酷で野蛮な催しがあって、今ではとうてい行われないのだろうと思って調べてみたら、今回記されていたものとほぼ変わらない内容で、去年も今年も闘牛が行われている、ということがスペインの記事で分かりました。日本や先進国のいくつかでは動物の死闘の闘技は禁止されていますし、テレビ局やYouTubeでは該当場面は省略されています。1928年以前では、より残酷なことが闘技場で行われていて、騎馬が一撃で斃されることがままあり、それが少しずつ改善されて、死闘の末に牛が致命傷を与えることは、ほとんどまったく無くなったという記載があって、なんだか妙なことに思いました。
 風土や文化は肯定しつつ、不本意な事態は減らしてゆくという積み重ねがあって、今も闘牛があるんだなあと思いました。「雨はひどく降って来た。」という一文から先の描写が秀逸で、なんだか重厚な記録文学の描写に思いました。すごい随筆作品でした。
 

0000 - 闘牛 野上豊一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 
追記 調べてみると現代でも、スペインの闘牛の祭りは大人気で、事故が多くて危険な祭典なんだそうです。