高原 木暮理太郎

 今日は、木暮理太郎の「高原」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは山地の裾野に広がる高原の、草原や牧場の美観や環境について記した随筆です。
「美ヶ原が」「恐らく牧場として最高のもので」「美ヶ原は私の最も好きな高原の一である」と書いていて、しかし牧場の作為的な人工物がどうも木暮氏は今ひとつ魅力を欠くように感じられるそうです。木暮氏によれば、百年前の富山県の立山にある「五色ヶ原」こそがもっとも美しいもので、そこに一週間も「夢のように遊び暮し」て、「最も嘆賞して措くあたわざる高原」だと絶賛していました。おそらく現代でも、この美しさはまだ残っているのでは、と思いました。
 

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細雪(77)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その77を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回は……ちょっとこの今までの大長編小説とは異なっていて、突然の縁談の話しで「今日あって今日お見合いの約束をして、そのまま今日お見合いを実行する」という現代でさえありえないような唐突さで、ずいぶん妙な短編小説のようになっていました。大長編小説の中で、まったく異なるパラレルワールドの縁談が生じたような、不思議な展開で、とうとつな「作中作」でも読んでいる気分でした。全篇を読まないのなら、今回の章だけを読んでみるのも良いのでは、と思いました。雪子は言われたとおりに縁談のお食事会に出かけるのでした。次回に続きます。
 

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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
  
追記  「細雪」を書きはじめた時代と、下巻を書いている時代はかなり変化していますので、いちばんはじめと中盤とはまったく内容が異なるんです。いちばんはじめのところはなんというか、谷崎の『卍』や『痴人の愛』にかなり似ている怪しい女たちという雰囲気が漂っています。ところが中盤では古き良き日本が描かれる中で行き詰まりに直面する姉妹たちというのが記されていて、戦中の厳しい世相が無言で響いてくるような作風です。下巻になると、もうすでに戦後になってから書かれているので、軍部が小説を発禁にするという事態が消え去っていて、言論の自由が保証されていて、過去の谷崎作品との繋がりが再び見えてきたように思いました。

精神病覚え書 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「精神病覚え書」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦後3年以上経った安吾の随筆で、自身の病状や、入院していた病院でまのあたりにした患者たちのことを克明に記しています。
「精神病院の患者は自らに科するに酷であり、むしろ一般人よりも犯罪に縁が遠い、と僕は思った。」そうして「自らの動物性と最も闘い、あるいは闘い破れた者が精神病者であるかも知れないが、自らに課する戒律と他人に対する尊敬を持つものが、精神病者の一特質であることは忘るべきではない。」という記載が印象に残りました。
 退院の翌日に書いた作品ですので、生々しい記載ですし、犯罪がばっこする都市を思い描いていて不気味さもあり、なんだかすごい迫力でした。ドキュメンタリー映像を見ているような、克明な筆致の随想でした。
 

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よめいり荷物 片山廣子

 今日は、片山廣子の「よめいり荷物」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは不思議なエッセーで、明治の後半における嫁入り道具の、その中身のことだけを、ずらっと並べるように書いたものなのです。読んでいるうちに、この豊かで雅な暮らしの始まりのところを、切り取るように記した文体に引き込まれました。いろんな日本の道具や家具のことが、とつとつと記された、なんだか穏やかな日記でも垣間見ている気分で読める随筆でした。
 結婚する相手の家に、およめさんと一緒に運ばれてゆくモノを、記しているのでした。本文こうです。
quomark03 - よめいり荷物 片山廣子
 長持には夫婦揃の夏冬の夜具、座ぶとん、夫婦用座ぶとん、夫婦用と客用の枕、蚊帳、たんぜん二人分が入れられる。吊台には机、本箱、鏡台、姿見、針箱、くけ台、衣桁、下駄箱、えもん竹、日がさ、雨傘、洗面器、物さし、裁ち板、張板、火のし、鏝、たらひ二つ(重なるように大小の物)、めざまし時計、大小のお重箱、硯ばこ、そろばん、膳椀、茶椀、湯のみ……quomark end - よめいり荷物 片山廣子
  

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十年 中島敦

 今日は、中島敦の「十年」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 中島敦といえば中国やアジアを舞台とした文学作品が代表的かと思うのですが、今回はフランスのことを記した作品でした。
 「十六歳の少年の僕は」草原で青空を見上げながら、将来どんな大人になろうかと考えていた。そのころはありとあらゆる可能性を感じていて……「大文豪、結構。大金持、それもいい。総理大臣、ちょっとわるくないな。全くこの中のどれにでも直になれそうな気でいたんだから大したものです。」という記載から始まり、若いころに憧れたフランス文化について、永井荷風や上田敏の作品を引用しつつ、海の向こうへの思いを描きだした、おおよそ百年後のいま読んでみても、なんだか魅了されるエッセーでした。
 

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作中で、中島敦がヴェルレーヌを引用しています。この詩の全文はこうです。
  
秋の歌   ポール・ヴェルレーヌ
 
秋のバイオリンの
長く切ないすすり泣きが
僕の心に
静かな傷を残す
 
灰色の空 息もできず
遠くで 時計が鳴れば
思い出す あの日々を
目の奥が熱くなる
 
僕は歩く 冷たい風に
どこへともなく 運ばれて
右へ 左へ さまよいながら
枯れ葉のごとく
漂いゆく
(上記の詩はAI翻訳に修正を加えたものです。)
いっぽうで上田敏訳ではこうなんです。
 
落葉   ポオル・ヴェルレエヌ
 
秋の日の
ヴィオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。
 
鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。
 
げにわれは
うらぶれて
こゝかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。
 

感覚と科学 寺田寅彦

 今日は、寺田寅彦の「感覚と科学」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 近代の物理科学は、五感や人間的感性をなるべく関わらせずに、自然界を観測できる方法を作った、というように寺田氏はまず説明しています。それは「anthropomorphism からの解放」つまり「擬人観からの脱却」を意味すると、書いています。
 科学小説で、火星生物がタコだったり、火星人が赤い人間っぽかったりするのを見ると「ぜんぜん科学の小説じゃ無い、ただの夢小説だなあ」と思うわけですが……近代の科学とは「擬人観から解放されている」のである、と寺田寅彦は指摘しています。同時に寺田氏は、観測者の眼や耳や指先を切り取って、はたして客観的観察というのがほんとうにできるのか、それが実験科学として意味を持っているのか、という考察をしています。五感の能力を重んじることによって、科学の重要ななにかが構築されたのでは、というように思いました。
 進歩した科学的観測装置よりも、じつは人間の五感は優れている可能性が高い。たとえば食事が腐っているのかどうかも、人間の舌はまずいものを不味いと、一瞬で判別できてしまうのですが、成分分析はものすごく時間がかかるし、写真解析やAIでは食べ物が腐っているかどうかはどうも判別できない場合が多い。機械的な数値よりも、自分の舌を信用したほうが良い。
 眼が見えない人は、その指先でお皿を水洗いすることによって、食器の汚れを正確に感知することが出来るし、偽札と紙幣をしっかり指先で見分けられるのでした。
 

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追記  寺田寅彦は、本論の後半で、五感を上手く利用しつつ、心理的なものによって観測を見誤らないよう、注意喚起をしていました。