今日は、坂口安吾の「日本文化私観」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
第二次大戦中の1942年に、坂口安吾はこう記します。
昨日の敵は今日の友という甘さが、むしろ日本人に共有の感情だ。
日本人には憎悪がないのだ、というとてつもないことを言いはじめる坂口安吾なんですけれども、しかし戦中から敗戦後にかけての数年間の、その時代の謎を追っていると、たしかに、坂口安吾の話は腑に落ちるんです。
戦争責任があったはずの人間に対しても、A級戦犯に対しても、米兵に対しても、敗戦後すぐに、憎悪を激化させて起きた事件というのがほとんどまったく見受けられない。そこがすごく謎だと思っていたんですけど、坂口安吾を読んでいると、戦中と戦後すぐの日本人の考え方が、ちょっとだけわかるような気がしました。戦時中にこういうことを堂々と書けた坂口安吾は……破格だなと思いました。
えっ? これほんとに戦時中に発表された本なの? と思うほど、自由な随筆なんですけど、ところどころ、たしかに戦中だと思う記述があるんです。たとえば十数年前の左翼活動を警察が取り締まっていた話しとか「わが帝国の無敵駆逐艦」という記述とかヒトラーについてとか、戦後には絶対に書かないようなことが、いくつか記されているんです。
機械の美しさについて、安吾が書いているのが印象に残って、そういえばぼくは学生時代に美術とデザインを学んでいたときに、電車の台車のほうが、ぜんぜん美しいということにある日とつぜん気が付いてしまって、それ以来どうも自分の学んでいる美というのが薄っぺらく思えてきてしまったのを思いだしました。
おそらく学生時代に、誰か美術教授が、坂口安吾の以下の記述を読んでいて、それを伝聞として聞いて、又聞きの又聞きから自分でもいろいろかんがえて、その時に目の前にあった電車の車輪が美しい、と当時思ったんだろうなあーと思いました。本文には、機械の美しさについて、安吾はこう書いていますよ。
……終始一貫ただ「必要」のみ。そうして、この「やむべからざる実質」がもとめた所の独自の形態が、美を生むのだ。実質からの要求を外れ、美的とか詩的という立場に立って一本の柱を立てても、それは、もう、たわいもない細工物になってしまう。これが、散文の精神であり、小説の真骨頂である。そうして、同時に、あらゆる芸術の大道なのだ。
本文とぜんぜん関係が無いんですけど、ぼくが大人になってからショックを受けたことのひとつに、動物園にもいるカピバラっていう動物は、ものっすごい足が遅そうに思うんですけど、人類最速のボルトよりもぜんぜん速く走れるカピバラがいるって聞いた時、なんだか自分のまちがったものの捉え方がイヤになったことがあります。
ほかにも、かなり多岐にわたる物事が記されていて、ちょっとどうでも良い箇所なんですけれども、この坂口安吾の指摘には、納得がゆきました。自分の満足は、他人の評価とは、まったく関係が無い。
短い足にズボンをはき、洋服をきて、チョコチョコ歩き、ダンスを踊り、畳をすてて、安物の椅子テーブルにふんぞり返って気取っている。それが欧米人の眼から見て滑稽千万であることと、我々自身がその便利に満足していることの間には、全然つながりが無いのである。彼等が我々を憐れみ笑う立場と、我々が生活しつつある立場には、根柢的に相違がある。
このほかに、京都に旅したときの旅芸人のサーカスというか興行の、貧しいところを捉えた描写があったり、それから中国の隠元の挿話も興味深く現代中国映画の特徴とも共通しているように思えて、また文学論もちょっとだけ記されていて、戦時中に発表されたものとは思えないすてきな随筆でした。
歩くこと 三好十郎
今日は、三好十郎の「歩くこと」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
「自分の頭が混乱したり、気持がよわくなったり、心が疲れたりしたときには、私はよく歩きに出かけます。」という文章から始まるこの随筆は、作家の三好十郎が、歩くことや旅をすることについて書いています。この文章が印象に残りました。
もし私という作家の仕事の中に少しでもよいものがあるとしたら、それらが皆、歩くことや旅することと無関係に生れたりできたりしたものは一つもない…………
またこういう指摘をしています。「歴史をふりかえってみても、西洋でも日本でも、えらい思想家や宗教家や芸術家や政治家や科学者などは、たいがい他の人たちよりも、ひじょうによく歩いている。」これは戦後の混乱期に記された随筆なのですが、三好十郎は、歩くことや一人で旅をすることの意味を、あまたの歴史的人物や、あるいは青年の心から読み解いてゆきます。歩くときに自然に生じる、人とモノとの関係のことが記されています。旅をする寸前には自身の健康に気を配っていて、移動をすることによって、いろんな客観的な力が備わってくる。
ひとつの場所にずっと居ると、無意識に権力に従うようになったり損得を考えて「縦」の仕組みにばかり目がゆくようになるわけですけれども、自分で旅をして自分で歩いてみると、ものごとを横から見る、横の繋がりを発見する。
現代の作家の随筆を読んでいて、物事に取り組むには、手足を動かして、あるいは体ごと問題にぶつかってゆかねばならない、という話しを聞いたことがあるのですが、今回の随筆はその話しとも通底していて、オチもみごとで、三好十郎はすてきなことを書く随筆家だと思いました……。
災難雑考 寺田寅彦
今日は、寺田寅彦の「災難雑考」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
これは科学者の寺田寅彦が、天災と人災とを検討した随筆です。
このミニコラムは2019年10月11日の21時10分に書いているのですが、台風19号による大規模な雨量が予想されるそうです。日本気象協会の専門家吉田氏が天気予報サイトに、こう書いていました。「予想雨量は800ミリ」で、「台風19号は12日(土)の夕方から夜に東海や関東に非常に強い勢力で上陸する見込み」で「自治体から出される避難情報に注意」……するよう呼びかけていました。くわしくはこちらをご覧ください。
……それで、百年前の寺田寅彦は、こう記します。
「地震の現象」と「地震による災害」とは区別して考えなければならない。現象のほうは人間の力でどうにもならなくても「災害」のほうは注意次第でどんなにでも軽減されうる可能性があるのである。
寺田寅彦は検証と改善が人災を防ぐ重要な要素だと指摘しています。百年後の現代に読んでも、重要なことが書いてあるように思いました。
カメラをさげて 寺田寅彦
今日は、寺田寅彦の「カメラをさげて」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
寺田寅彦の随筆は、どれを読んでも楽しいのですが、ぼくはとくにこの随筆が好きになりました。寺田が趣味のカメラについて記しています。
古いものと新しいものが混じりあった都市の風景のことを「仲よくにぎやかに一九三一年らしい東京ジャズを奏している」と記します。寺田寅彦がカメラのファインダーを通して異国の文化の歴史にまで思いを馳せるところが印象に残りました。
日本人は他国と比べて、風景に深いこだわりを持っている、という指摘は、たとえば道路の密度が世界1位だったりする事実とも関わりがあるようで、日本は住めないほどの急勾配の山岳が多い土地柄の中で、地形と住み家の絡み合いがどこの国よりも色濃いから、みんな風景を念入りに見たがるのではないだろうかと思いました。
寺田寅彦は、近代の日本の観光客は「山水の美の中から日本人らしい詩を拾って歩く」というんです。すてきな随筆だなあと思いました。
またシベリアの人々にとっては「どこまで行っても同じような景色ばかり」なので「風景という言葉は存在理由がないはずである」と言っているのですが、まさにドストエフスキーの長編文学の特徴は、風景描写を徹底的に廃して人間だけを書くところにあって、寺田寅彦は鋭い指摘をしているように思いました。
あと、寺田寅彦の手にしているカメラはモノクロの原始的なカメラなんですから、いちょうの並木の美しさがカメラに納められない、ということを書くわけです。「いくらとっても写真にはあの美しさは出しようがない。」という指摘が面白いと思いました。寺田寅彦は近代に誕生した、原初のモノについて熟考して語ってくれているので、機械の致命的な欠点が端的に述べられていて、現代社会を見るときに見落としがちなことを指摘してくれるのが興味深いんだと思いました。
陰翳礼讃 谷崎潤一郎
今日は、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
谷崎潤一郎が、日本の美について記しています。電気や電灯が使われるようになった時代に、どういう生活の美があったかというのを書いています。江戸時代の和算のように、日本独自のモノが開発されていたなら……という想定がおもしろかったです。この随筆は昭和八年の一九三三年から翌年にかけて掲載された作品なのですが、その二十年後には哲学者のミシェルフーコーによってフランスに広く紹介された本なんです。
豆腐の味噌汁と、白ごはんという、ごくありきたりなものであっても、谷崎潤一郎が描くとこれがすこぶる美しいんです。
谷崎潤一郎は光と反射と質感、そして和室の空気感について詳細に述べるんです。暗闇でどうしてものが光るのか……。本文こうです。
時とすると、たった今まで眠ったような鈍い反射をしていた梨地の金が、側面へ廻ると、燃え上るように耀やいているのを発見して、こんなに暗い所でどうしてこれだけの光線を集めることが出来たのかと、不思議に思う。それで私には昔の人が黄金を佛の像に塗ったり、貴人の起居する部屋の四壁へ張ったりした意味が、始めて頷けるのである。
また文学についても記していて、作中で谷崎潤一郎は、漱石文学への思いを描きだしています。
くわしくは本文をごらんください。






