書道と茶道 北大路魯山人

 今日は、北大路魯山人の「書道と茶道」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 陶芸と料理を極めた魯山人が、茶人のことを論じています。抹茶を入れる技術のことを「点茶」と言うのですが、茶道はもっと広く礼法や茶室など全体をかまえるところまでやっている、という話しから、宗和の号で知られる金森重近や、尾形光琳の落款について論じていました。
 尾形光琳の「燕子花図」の絵画の右下部分に「法橋光琳」という四文字の落款が入っているのですが、この文字の入れかたの美的なところを論じています。魯山人や多くの茶人は、こういう国宝になるような風雅な仕事を理想としていたのでは、と思いました。
 魯山人は、どうも上手く創作が出来ていない人の特徴を捉えていて「技巧で飾る」ことになってしまっていて「実質以上になんかうまく見せるようなふうの癖が誰にでもついて」しまっているのが良くない、という指摘でした。尾形光琳の絵や文字は、そういう迷走から抜けだしているのだ、というように思いました。
 

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追記 今回、論じられていた「法橋光琳」という文字に関しては、じつは「法橋」はのちの時代の誰かが書き加えた可能性があるそうです……。

散華 太宰治

 今日は、太宰治の「散華」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これはまだ敗戦に至らない激戦の1944年のころの作品です。病で眠るようにすっと亡くなる人というのがどうも居るらしいという話しは聞いたことがあるのですが、友人の「三井君」は、太宰治によれば美しいとしか言いようが無い臨終をした人なのだそうです。本文はこうです。
quomark03 - 散華 太宰治
  病勢がよほどすすんでからでも、三井君は、御母堂の眼をぬすんで、病床から抜け出し、巷を歩き、おしるこなど食べて、夜おそく帰宅する事がしばしばあったようである。御母堂は、はらはらしながらも、また心の片隅では、そんなに平然と外出する三井君の元気に頼って、まだまだ大丈夫と思っていらっしゃったようでもある。三井君は、死ぬる二、三日前まで、そのように気軽な散歩を試みていたらしい。三井君の臨終の美しさは比類が無い。美しさ、などという無責任なお座なりめいた巧言は、あまり使いたくないのだが、でも、それは実際、美しいのだから仕様がない。三井君は寝ながら、枕頭のお針仕事をしていらっしゃる御母堂を相手に、しずかに世間話をしていた。ふと口を噤んだ。それきりだったのである。quomark end - 散華 太宰治
 
 20世紀最大の資源不足と食糧難に陥ってゆく環境下で、治る病も治らなくなる時世が書き記されてありました。
  

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追記  戦争の怖ろしい被害について記されている作品でした。ほかにも友人との思い出のことについて様々に記しています。以下の、太宰治の思いが込められた一文が印象に残りました。「私は、年少年長の区別なく、ことごとくの友人を尊敬したかった。尊敬の念を以て交際したかった。だから私は、年少の友人に対しても、手加減せずに何かと不満を言ったものだ。」くわしくは本文をご覧ください。「純粋の献身を、人の世の最も美しいものとしてあこがれ努力している」詩人や作家の思いが記されている、敗戦間近のころに書かれた小説でした。平和のなかにあって読むこの作品と、戦争の只中に置かれた人が読むこの本とでは、意味内容がまるで異なってしまうのでは、と思う生々しい描写の作品でした。

ひすいの玉 小川未明

 今日は、小川未明の「ひすいの玉」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦後の貧しい世相と、骨董屋のおじさんを描きだす、静かな物語でした。小川未明のおすすめの童話は「赤い蝋燭と人魚」で、おもに1920年代から30年代に書かれたものが有名です。戦後の作品では1950年代の「時計と窓の話」「遠い北国のはなし」「くちまねするとりとおひめさま」などがあります。
 

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風船球の話 小川未明

 今日は、小川未明の「風船球の話」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは風船が、空を自由に飛んでゆきたいと思って、勝手にどこかに行ってしまう、奇妙な童話なんです。
 

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追記   最後には枯れ枝に引っかかってしまって自由を失ってただ、はためいている風船というのが描きだされる児童文学で、けっきょくは現実世界の風船と同じように、哀れに打ち捨てられたようにどこかに絡まって、無駄なモノになってしまうのに、動けないタンスのほうでは、風船たちはどこかで幸せになっただろうと思い込む……このタンスの態度がなんだか魅力的な、妙なオチになっていました。タンスは古びてもなんだかずっと存在感があるけれど、風船はすぐに行き先が不明になってしまう。よくしゃべる風船とタンスなんですけれども、現実のそれに雰囲気がそっくりなのが、小川未明の上手い描写で、この存在感がなんとも印象に残る童話でした。

野狐 田中英光

 今日は、田中英光の「野狐やこ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦後のカストリ雑誌の恋愛作品という印象の、不倫男のデタラメな三角関係の物語で、最後の最後まで泥沼の痴情が語られるのですが……田中英光氏は、作中で2つの古典を紐解いています。
 ひとつはボードレールの「悪の華」に記された「諦めよ、わが心よ。獣のごとく眠れ」という詩で、もう1つは中国の禅「無門関のじゅ」です。以下にこの詩を掲載してみます。
  
虚無の味 Le Goût du néant ボードレール
 
かつて闘いを愛せし、陰鬱の魂よ、
希望という拍車がその情熱を駆り立てしも、
もはや希望はお前にまたがろうとせず。
恥じらいも無く伏せよ、古き馬よ――
一つひとつ障害につまずくその蹄を休めよ。
 
あきらめよ、わが心よ――
獣のごとく、ただ眠れ。
 
敗れ、疲れ果てし魂よ! 老いたる掠奪者よ!
愛の味も、争いの火も、もはやお前に響かず。
さらば、銅のラッパの歌、さらば、笛の嘆き!
快楽よ、この陰鬱に沈む心を、もう誘うな。
 
愛すべき春さえ、香りを失いし。
そして〈時〉は、
凍りつく身体を飲みこむ雪のごとく、
一刻一刻、我を呑みこんでゆく。
  
我は高みにて、この丸き地球を見おろし、
もはや、一つの小屋すら、避け所として求めず。
ああ雪崩よ――
その崩落に、我をも巻き込んではくれぬか。
ボードレール『悪の華』より
  
そして「無門関の頌」というのは中国の禅宗のエピソードのひとつで
ある行者が老師の「大修行の人も因果を受けるや?」という問いに、
「不落因果(因果に落ちず)」と誤って答えたため、500回も狐に生まれ変わらされて、百丈和尚に救いを求めます。百丈和尚は「因果をくらまさず」と答えて、この魂を解放してやった。
無門関の頌には
「不落不昧、両彩一賽 不昧不落、千錯万錯」
と記されています。
「因果を無視するのも、こだわるのも、どちらも間違い。本当の悟りは、ただ自然に生きることにある。」
この2つの古典がなんだか印象に残りました。
  

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可哀想な彼女 久保田万太郎

 今日は、久保田万太郎の「可哀想な彼女」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 久保田万太郎は谷崎潤一郎や芥川龍之介や島崎藤村と親交が深かった作家だそうです。wikipediaには敗戦の年に「空襲で被災し、家財・蔵書のほとんどすべてを失った」と記されていました。今回の随筆ではおもに、家族の不幸と、震災後の生きかたと、文士の生計について書いています。
 戦後すぐの活動がwikiに記されていて、今回の随筆で考えて言語化していたことがじっさいに活きて、静かで平和な晩年を過ごしたんだなと思って読みました。百年前の時代ではあきらかに長寿の作家なのだと思います。おもに教育者として生計を立てた作家だったようです。
  

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