細雪(89)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その89を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 妙子はついに退院をして、幸子の家に出入りできるようになりました。
 シュトルツ一家はヒトラーの居るドイツで酷い戦争に加担しはじめている可能性があって、ロンドンの郊外に居るロシア人カタリナ婦人は、せっかく富豪と結婚できて大邸宅に暮らせるようになったのに、大空襲に曝される可能性がある、という噂を聞く蒔岡一家なのでした。
 ナチスの加害性にのみこまれた人々に対する観察として「祖国の輝かしい戦果に酔うて一時の家庭の寂寥せきりょうなどは意に介していないでもあろうか」ということを記しています。谷崎は戦時中に、源氏物語の新訳と「細雪」のこの2つのみを中心的に創作していました。文化的価値があり、特別高等警察からの悪影響を受けない方針が「家と寂寥について考える」ということだったのではと思いました。
 谷崎文学は娯楽作品としても一級のものだと思うんですが、細雪ではとくに日本を観光するところが雅に描きだされるのが魅力だと思います。今回も、芦ノ湖や富士山や、あるいは奈良のホテルについて記していました。ほぼ一世紀前の世界なので、南京虫の騒動や、もろすぎるガラス製食器や電球が、ちょっとした震動で勝手に割れてゆく描写など、今ではめったにお目にかかれないことが起きるのも、なんだか読んでいて楽しめるところではありました。
 強いようで弱い、人間のありさまがさまざまに書きあらわされる、細雪後半の物語描写なのでした。
 

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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 

孤独者の愛 豊島与志雄

 今日は、豊島与志雄の「孤独者の愛」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 現代人ならこうもあからさまには書かないだろうという、野暮ったいところのある小説なのですが、それがかえって楽に読める恋愛小説でした。
 男嫌いな女と、女嫌いな男の二人が恋愛をはじめる話しで、結婚したいということで話しあったり、新しいところで暮らそうとし、けんかをしたり、分かれそうになったり、笑いあったり、追いかけあったりする、1950年の、物語なのでした。
 

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秋の瞳(40)八木重吉

 今日は、八木重吉の「秋の瞳」その40を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 八木重吉の詩はどれも謎めいているとは思うのですが、今回の詩はとくべつに謎なのでした。植物に語りかけるところまでなら、よくある描写なのですが、植物と「わたし」を混同しかけるという、見たことのない問いがあるのでした。それも偶然書いてしまって推敲しなかったというようなものではなく、意図的に、植物に問いかけをして、そのあと「おまへは わたしぢやなかつたのかえ」という思いを吐露するのでした。
 

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追記  前回は「穂」に問いかけて、今回は「あさがほの 実」に呼びかけている詩でした。八木重吉は聖書をよく読んだ詩人ですので、聖書における「種」のたとえを、自身の詩にも書きあらわしているのでは、と思います。聖書には「成長する種」「一粒の麦」「からし種」と、さまざまなたとえがあるのでした。

芭蕉について 宮本百合子

 今日は、宮本百合子の「芭蕉について」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
「枯枝に烏のとまりけり秋の暮」といった芭蕉の代表作をいくつか並べ「旅にやんで夢は枯野をかけ廻る」という句をつくるところまでの芭蕉の人生を、はじめのほうから考察する、文芸論のエッセーでした。
 芭蕉の同時代の、談林派や西鶴や近松門左衛門の芸術性について論じつつ、芭蕉の創作の変化について書いた作品です。
 芭蕉ははじめ「松尾宗房」という名前で「若殿の近侍であった」のですが、ある時期に一人で出奔して京大阪で暮らすようになります。そこでは、談林派と混じりあって、ことば遊びのような作風で俳句を作るようになったのですが、のちに考え方を変えて、李白の詩心に唸ったり、「十七世紀日本の寂しさ」を描きだすような俳句を作るようになってゆきました。以下の文章が印象に残りました。
quomark03 - 芭蕉について 宮本百合子
  西鶴も近松門左衛門も最もありあわせた仏教的なものに納まっている。しかし、芭蕉の芭蕉たるところは、哲学的にそういう支柱のある境地さえも自身の寂しさ一徹の直感でうちぬけて、飽くまでもその直感に立って眼目にふれる万象を詩的象徴と見たところにあるのだと思われる。quomark end - 芭蕉について 宮本百合子

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追記  芭蕉の諸作には「芸術にとりくんだ魂魄の烈しさによって、今日と明日の芸術の建設のための鼓舞を感じる」と宮本百合子は記します。
「完成された芸術に屈服するな、今日の現実感覚に立て」「芭蕉こそ真の芸術家として、古典というものが再びそこにそのままの姿で住むことは出来ない民族芸術の故郷だからこそ価値の深いものであることを知りつくしていたと思う」という一文で終わる文芸論でした。

細雪(88)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その88を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 あと十数回でこの長編小説は完結しますので、こんご細雪の全巻を通読する予定の方は、本文の第一章から読むことをお薦めします。
 妙子こいさんは四姉妹のなかでもっとも独立心があって、姉妹の中でただ一人だけ仕事をしっかりやって稼いでいる女性で、95年前というか百年前の世界ではもっとも自由な生きかたができた現代的な女性なんだと思っていました。
 ところが、物語の本筋としては、どうもそういうわけではなかったようです。
 啓坊の婆やとしては「啓坊と云うものが純真の青年のように映る」しその連れである妙子こいさんは「不良な女で」「妙子が一箇のヴァンパイアとして映ったばかりでなく、妙子の背後にある家庭までが不健全なものに映った」
 妙子が、啓坊から金をむしり取って遊んでいる、というように見えたそうです。
 さらに問題があったのは、親密で信頼しあっているはずの、幸子と妙子のあいだで、「欺く」行為があったわけで「啓ちゃんの金などは一銭一厘もあてにしない」と言っていたのに、けっきょくは啓坊から金を拝借していたという実態が見えてきて、幸子は自分自身の過失を感じるのでした。
 妙子は元婚約者の米やんとしっかり生きてゆくための計画をして、それに向けて進歩的に働いて、自立していました。ところが婚約者が居なくなってからは、働く目的も無くなって、腐れ縁の啓坊とずるずる暮らしているうちに、親の物を盗んだ奥畑啓坊と二人で生きるようになったのでした。「奥畑の母や兄が奥畑と妙子との結婚に飽くまで反対している」という状態で、結婚も出来ないし、働くことも出来ないし、縁を切ることも出来ない、という状態になったのでした。
 それで姉の幸子としては……
「責められるべきは妙子よりも、むしろ彼女にうまく円められていた、余りと云えば世間知らずの」自分たちが悪かったのでは、というように、考えるのでした。本文こうです。
 
「みんなあたしが悪かったんやわ、………あんまりこいさんを信用し過ぎたのんが。………」
「そうかて、信用するのんが当り前やないの。………」
 雪子は幸子が泣き出したので、自分も眼をうるませながら云った。
 
 幸子の夫は「妙子の暗黒面が大体分っていた」のに、姉としては「身びいき」があって負の問題を見ないことにしていたのが、どうも「おめでたいのでなくてずるい」考えだったというように考え直したのでした。
 それでは、幸子としては、今後どうやって妙子のことを考えるのかというと、妙子を結婚させてやりたい。幸子と雪子でこの問題を、相談をするのですが、妙子の行く末を決定づける一文が以下にこう記してありました。
 
「やっぱり婆やさんの云やはるように啓坊と一緒にすることやわな、啓坊のためにも、こいさんのためにも」
「それより外に二人を救う道はないやろ思うけど。………」
 
 妙子の元婚約者だった米やんに、死ぬほど嫌がらせをしていた奥畑啓坊と、自由闊達だったはずの妙子が、結婚をするわけがないじゃないか、とずっと思って読んできていたのですが。奥畑啓坊は、生活費が足りないので親の金を盗んででも妙子といつまでも同棲しようとしていたし、伝染病で危ない状態の妙子を裏切ったりしなかったわけで、こうなってみると、二人で生きたほうが、正しい道のりなんだろうなあと、思いました。
 はじまりの妙子はもっと、ぜんぜんちがう、自由で快活な人だったのに、と思って衝撃の章でした。
 

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谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 
追記  伝染病がようやく治りかけてきた妙子は残念ながら、毎年恒例の京都観光はできず、妙子ぬきで、蒔岡姉妹たちは平安神宮を見てまわったのでした。本文こうです。
quomark03 - 細雪(88)谷崎潤一郎
  今年は時局への遠慮で花見酒に浮かれる客の少いのが、花を見るにはかえって好都合で、平安神宮の紅枝垂べにしだれの美しさがこんなにしみじみとながめられたことはなく、人々が皆物静かに、衣裳いしょうなども努めて着飾らぬようにして、足音を忍ばせながら花下を徘徊はいかいする光景は、それこそほんとうに風雅な観桜の気分であった。quomark end - 細雪(88)谷崎潤一郎
 

球根 寺田寅彦

 今日は、寺田寅彦の「球根」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 寺田寅彦と言えば科学の研究が本業で、学問にかんする知的な随筆を書く作家なのだと思うのですが、今回は、純粋に小説を描いていて、20世紀後半の純文学のような静かな構成の文学作品になっていました。「堅吉の宅」に差出人不明の「小包郵便」が届くところから物語が始まります。
「何かの球根らしいものがいっぱいはいっている」堅吉には「西洋草花の球根だろうと思ったが、なんだかまるで見当がつかなかった」…………。
 

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追記  堅吉の病と欠勤と心情、それから差出人不明の小包の顛末について、事細かに描きだされてゆきます。「差出人の不明な、何物とも知れぬ球根の小包」を受け取った堅吉は、なんだか悩んでしまうのでした。おそらく手紙と小包を別々に送ってしまったのではないかと考察するのですが、これもどうもちがったようです。手紙はちっとも届かないので、謎めいた事態になってしまったのでした。
 そのあと堅吉は、この球根についていろいろ調べてみるのですが、これがどうもフリージアの球根だということが判明した。差出人もほぼつきとめることができた。問題は解決したように思えるのですけれども、そのあとに、なぜこれを無言で送りとどけたのかが、分からなくなってきて、その解明というのはもはや不可能であることが分かるのでした。

 
追記2 自身が所属する軍部の謎について直接書けないがために文学作品をあまたに記した森鴎外と、科学の謎を追ううちに、科学の領域の外の随筆文学に大いなる関心を抱いた寺田寅彦には、作品の構成に共通項があるのでは、と思いました。