細雪(85)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その85を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 あと十数回でこの長編小説は完結しますので、こんご細雪の全巻を通読する予定の方は、本文の第一章から読むことをお薦めします。
 世間体は気にしない、というのが作者の谷崎潤一郎と、自由奔放だったはずの妙子(こいさん)の考えだったはずなんですが、「細雪」の幸子によれば、物言えぬようになった病床の妙子は、今はほんとうに世間体を気にしているのだから理解して配慮してくれ、ということなのでした。この世間体の究極の形が、病床の悪夢の中に元婚約者の、亡き「米やん」が現れてしまうということが、前章で描かれたのでした。
 細雪の全篇を完読する予定はないけれども、谷崎文学には興味があるというかたなら、本章はお薦めの、読み応えのある章だと思います。
 細雪上巻の第一章と、この章さえ読めば、細雪の全篇はあるていど見えてくるのでは、というように思える、濃い内容の章でした。戦争が激化する前に記されて、敗戦間近にも秘密裡に書き継がれて、戦後に完結編を描こうとしているという、文豪の労苦の成果というのが垣間見えてくるように思いました。
 こいさんと、窃盗者の啓坊は、家から一時的に勘当されて、生活基盤が痩せ細った結果、戦時中の多くの人々と同じように、病にかかってしまって治るものも治らなくなってしまった、という状態が描かれるのでした。そこから幸子一家の尽力で、なんとか病院の片隅で赤痢の治療をするということになったのでした。おそらくこれは最終話までに治るはずなんですが、かなり死期の迫る描写があるのでした。細雪中巻の巻末では、妙子の愛した板倉勇作(米やん)が病院で身罷る場面描写があったのですが、これと本章の入院の描写が、不吉にも重ね合わせられるのでした。
 

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(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 

木の子説法 泉鏡花

 今日は、泉鏡花の「木の子説法」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 能と狂言を見にゆく「私」が目撃した「お雪」と家族と詐欺師たちの、滅びの物語が描写されます。朽ちた大地にはえてくる毒々しいキノコの世界を描きだし、そこに人間の骸を重ね合わすように描写していて、人間たちの滅びと陰気な生命感が描きだされる、重厚な文学作品でした。困窮から抜け出すことが叶わなかった母子の物語と、歴史的な災禍と、朽ちた大地に立ち現れる毒茸の描写と、貧すれば鈍する詐欺師たちの破滅とが、能と狂言と小説の構成で描きだされる多層的な物語でした。

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追記  ハッピーエンドからほど遠い終わりかたをするのですが、なぜか人情や美が表出してくるところが、泉鏡花の独特な文学性なのでは、と思いました。泉鏡花は「綾鼓」がいちばん好きな能楽だったのでは?と思いました。
 

道は次第に狭し 北大路魯山人

 今日は、北大路魯山人の「道は次第に狭し」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 魯山人が、美味い飯についてさんざん論じている随筆です。魯山人はこう書きます。
「夏場の刺身として、例えばすずきやかれいの洗いがある。」「私はふつうの刺身ほど厚くは切らぬが、極端に薄くしないで、よく洗う」「こうすることによって中身はエキス抜きにならないから、噛むと魚の好味が出て、歯ごたえもあり、至極美味い。」
「しかし、このごろ、別の考えが起こって来ている。」「極薄な味のないところが、却ってよいのではないか。中から味が出るとか出ないとか言うには及ばない。ただ、さらっとした涼味だけでよいのではないか。そういう考えが起こって来ている。 長年やってみての上で、ようやくそんな気もしてきたというわけだ。こんなことが体験数十年もたった今ようやく分ってきた。むずかしいものである。」
 今回、魯山人は料理の話しや芸術論について記しつつ、孔子の中庸について論じていました。原文ではこの箇所なんです。
 
子曰、
道之不行也、我知之矣。
知者過之、愚者不及也。
道之不明也、我知之矣。
賢者過之、不肖者不及也。
人莫不飲食也。鮮能知味也。
 
孔子はこう述べた。
「道が実践されない理由は、私にはわかっている。
知者はそれを越えすぎ、愚者はそれに達しないからである。
道が明らかにされない理由も、私にはわかっている。
賢者はそれを越えすぎ、不肖者はそれに達しないからである。
(このように中庸の道は難しい。)人はだれしも飲食する(というごく日常的な行為ではあるが)、その(中庸という)真味を知る者はまれなのである。」
(※ 上記はdeepseek翻訳に修正を加えたものです)
 

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秋の瞳(36)八木重吉

 今日は、八木重吉の「秋の瞳」その36を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 八木重吉の詩は超然としていて、他の近代作家とはまるで異なる詩作が主だと思うのですが、今回の詩は百年前の近代の鬱屈としたところを描きだしていて、なんだか日本近代文学の典型のような作品に思いました。
 
quomark03 - 秋の瞳(36)八木重吉
ふがいなさに ふがいなさに
大木をたたくのだ、
…………
……quomark end - 秋の瞳(36)八木重吉
 

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おままごと 村山籌子

 今日は、村山籌子の「おままごと」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは絵本にして、幼子に読み聞かせる詩なんだと思います。百年前の近代詩は、越冬して春を愛でることに、現代人では描けないような深い思いがあるのでは、と思いました。
 

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老ハイデルベルヒ 太宰治

 今日は、太宰治の「老ハイデルベルヒ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 8年前の学生のころに、急に思いたって、遠い親戚のいる三島という町に出かけて、初日は東京の友人たちと楽しんで、そのあと1人で夏の間中、若き太宰治はそこでゆっくりすごしながら、佐吉さんとその家族の朗らかな姿を見つめつつ、部屋に引きこもって「ロマネスク」という小説を書いたのでした。三島は太宰治にとって特別にかがやいていた、思い出の地なのでした。
 

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追記  ゲーテや文豪たちが愛した、ドイツの古都ハイデルベルクでの美しい体験のような幻想的なふるさとを三島に見いだしていた太宰治だったのですが……それから八年たったのちに、その懐かしい町に赴いてみると、なにもかもが色あせてしまっていて、無理にそれを楽しく見せかけようとして楽しげに思い出を語って、三島のさびれた食堂で高価な食べ物を取り寄せようとして、母に咎められ「私はいよいよやりきれなく、この世で一ばんしょげてしまいました。」という一文で閉じられる、不思議な構成の小説でした。