今日は、林芙美子の「晩菊」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
生まれてからずっと和服しか着たことのない五十六歳の「きん」という女性が主人公の物語で、序盤から美醜と生老について念入りに描き込む作品で、美術でも映画でも描きだすことが難しかった場面を、上品に描きだすのが、時代を超える作家の力量なんだなあと思う小説に思いました。
アレクサンドル・デュマ・フィスが書いた『椿姫』の生きかたを好み、若いころからいろんな男と遊んできた。「今日まで孤独で来た事も、きんには一つの理由があるのだつた。」というように記しています。
「きんは両親がなかつた」し、育ての親からは裕福な環境で育ててもらったのですが、父は不在でしたし家が傾くころには不和もあって、まだ幼いまま家を抜けだしてすぐに芸者になったのでした。そのままいつの間にか、気がついたらもう五十をすでに過ぎていた……。その頃はもう終戦のどさくさの中なんですが「きん」は世渡り上手なのでお金に困ることも無かった。不思議と上品な暮らしをしている「きん」のもとに、昔の男がやって来て……。
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追記 「ハノイで貿易の商社を起して」いて終戦後に日本に帰ってきた板谷清次と「きん」は出会って、もうひとり若い既婚者の田部という男とも、どうも恋愛関係にあったようです。「きん」という女性はなぜか昔とまったく同じような気配を持っているという、奇妙な特徴があるのでした。昔の恋愛を思いだしつつ、戦後の暮らしのことを話しあう男女なのでした。「きん」は「世相の残酷さが何一つ跡をとゞめてはいない」しすっかり老いていてもおかしくない年齢で、どうも正体がつかめない。ただ菊のくずおれたようなさまが2人の目の前に迫るのでした。
前半にも記されていた火鉢に、若いころの思い出の写真一枚を放り投げ、その紙の焼ける匂いを消すために放り込んだチーズの欠片の匂いがあたり一面に立ち籠めて終わる、戦後すぐの世相と美女の老境を重ね合わせた物語でした。


