細雪(98)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その97を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 
 『細雪』は第101回で完結します。どうもあと数回で大波乱に至って暗い事態に突入するというようなことは、たぶん無いようです。物語の全体を振り返りつつ、先の暮らしへと進んでゆく姉妹たちを描きだすようです。谷崎は今回の物語で「それから数年後」というような、文学や映画ではよくある、時間の省略をしなかったのが、なんだかすごいなと思いました。
 戦争が終わったあとにその記憶を描くのと、現実の戦時中に戦時の緊迫した場面を描くのでは、ずいぶん雰囲気が違う、と思う箇所がありました。
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  カタリナから九月に出した手紙が先日来ましたが、自分の家は倫敦の郊外で、独逸ドイツの飛行機が飛んで来る通路に当っているので、毎日毎晩爆撃機の編隊が通り、盛んに爆弾を落すけれども、非常に深い完備した防空壕ぼうくうごうがあるので、そこに電燈をカンカンつけて、ダンスレコードをジャンジャン鳴らして、コクテルを飲んではダンスしている、戦争なんてとても愉快で、恐いことなんかちっともないって云って来ました、だから皆さんに心配しないように云って下さい、と、そう仰っしゃって笑って行っておしまいになりました、と云うのであった。quomark end - 細雪(98)谷崎潤一郎
 
 戦後だからこう書けたわけで、戦時中にこう書いて発表したら軍部から逮捕監禁されたはずでは、と思いました。戦中に発禁処分を受けた『細雪』がその後どのように書かれていったのか、その裏事情はこうだったのではないか、というのが、雪子の縁談に関わっている国嶋氏の発言の箇所にあるように思いました。本文こうです。「こんな時代がそんなに長く続くものとは信じられないし、仮りに相当続いたとしたところで、その間の食いつなぎぐらい、何とでもなろうではないか」これが谷崎潤一郎の戦中戦後すぐの生きかただったのでは、と思いました。
 

※以下は物語の結末を含みます。クリックすると表示されます。

 妙子こいさんは、三好との子どもを安全に出産するために少し遠いところで一人暮らしをして静かにしており、お手伝いさんの「お春」が2つの安産お守りを届け、その様子をうかがいにゆくのですが、これはもう無事に子供が生まれるのだろうというようにしか思えない雰囲気でした。また雪子のフィアンセ候補である御牧も、裕福なんですが今後の仕事ぶりだけは少し心配があるのですが、そのあたりは念入りに相談しつつ、ぶじ結婚に至るのでは、という感じで物語が進んでゆきました。次回に続きます。

 

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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 

苦悩の年鑑 太宰治

 今日は、太宰治の「苦悩の年鑑」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 「時代は少しも変らないと思う。一種の、あほらしい感じである。」という文章から始まる、太宰治の小説を読んでみました。太宰治が敗戦後しばらく経ったのち、世相について論じながら、世間に対する思いを記してゆく小説でした。太宰治の数奇な文学人生の謎がすこし解けるような記載がありました。「曾祖父は養子であった。祖父も養子であった。父も養子であった。女が勢いのある家系であった。」これはいっけん事実っぽい記載なんですが、一部だけ事実で、他は小説の中での仮想の設定です。どうも父と子というところに繋がりを感じがたい太宰治の苦悩が描きだされているのでは、と思いました。
 

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(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 
追記  聖書とキリストについて深い考察を描きだすのが太宰治の諸作の特徴だと思います。苦悩を減じるという仏教的な思考が太宰治にはほとんど見うけられないのがなんだか危ういのではと思わせる、1946年の小説でした。

初恋 矢崎嵯峨の舎

 今日は、矢崎嵯峨やざきさがの「初恋」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
「コロ」という猫を愛撫する「お雪」の姿が印象に残る、嵯峨の屋おむろ(本名は矢崎鎮四郎)氏の近代小説でした。
 折り紙が上手な「お雪」が年下の少年である「自分」に、折り鶴を教えてあげるのですが、ちょっとまちがえると、少年の手をしたたかに打ってあやまりを指摘しているという描写がなんだか、躾の厳しい家に育っていて、まだ幼さの残る男女のリアルな人間像に思いました。大好きな「お姉さま」のお雪が、関東へと帰ってゆくのが悲しくて泣いてしまう少年の姿が描かれていました。
 そういえば子供のころは、別れることが新しい暮らしの始まりだ、という感覚が無くて、別れることが永劫の離別のようなものに思えて悲しかったなというのを思いだす、幼いころの記憶を辿る物語でした。
 

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追記  娘がくれた3つの折り紙を大切に持っていて「いまだに遺身として秘蔵している」という記載がありました……。

秋の瞳(49)八木重吉

 今日は、八木重吉の「秋の瞳」その49を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 「白い」という詩の言葉が印象に残る、2つの詩でした。
 

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追記 「森のみどり」という色なら見たことがあるとおもうのですが「空のみどり」というのはグルーのようになにか未知の色なのではと思いました。

月世界跋渉記 江見水蔭

 今日は、江見水蔭の「月世界跋渉記」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ……これは明治時代に発表された、純粋なSF小説で、すこし奇妙な作品でした。月世界での事故と異変と脱出について記したSFです。「空気孔」を発見したために生存と調査が可能になった宇宙の隊員たちが描きだされます。海底探検と月世界探検が合体したような、古風なSF小説でした。

0000 - 月世界跋渉記 江見水蔭

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追記  科学上の間違いが堂々と描いてあって、それを現代の知識で調べてゆけますし、エンタ作品としてもじゅうぶん今よめる小説だなと思いました。
 明治時代に、日本SF小説が実在していたとは衝撃だ、と思う、なんだかレアな作品でした。

浅草紙 寺田寅彦

 今日は、寺田寅彦の「浅草紙」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 縁側で、古紙を混ぜて再生された浅草紙あさくさがみを手にし、これをよく見ていると、いろんなものが混じっている……「木綿糸の結び玉や、毛髪や動物の毛らしいものや、ボール紙のかけらや、鉛筆の削り屑、マッチ箱の破片」といったものが混じった再生紙なのでした。「中にはどうしても来歴の分らない不思議な物件の断片があった」これをなんとなく調べてみるうちに、思想や書物も、このように雑多な知を入り混じらせてひとつの作品になっているのではないかというように思索をはじめる、寺田寅彦の随筆でした。
 

0000 - 浅草紙 寺田寅彦

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追記 文芸におけるサンプリングやオマージュに関する考察も記されていました。