木の子説法 泉鏡花

 今日は、泉鏡花の「木の子説法」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 能と狂言を見にゆく「私」が目撃した「お雪」と家族と詐欺師たちの、滅びの物語が描写されます。朽ちた大地にはえてくる毒々しいキノコの世界を描きだし、そこに人間の骸を重ね合わすように描写していて、人間たちの滅びと陰気な生命感が描きだされる、重厚な文学作品でした。困窮から抜け出すことが叶わなかった母子の物語と、歴史的な災禍と、朽ちた大地に立ち現れる毒茸の描写と、貧すれば鈍する詐欺師たちの破滅とが、能と狂言と小説の構成で描きだされる多層的な物語でした。

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追記  ハッピーエンドからほど遠い終わりかたをするのですが、なぜか人情や美が表出してくるところが、泉鏡花の独特な文学性なのでは、と思いました。泉鏡花は「綾鼓」がいちばん好きな能楽だったのでは?と思いました。
 

道は次第に狭し 北大路魯山人

 今日は、北大路魯山人の「道は次第に狭し」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 魯山人が、美味い飯についてさんざん論じている随筆です。魯山人はこう書きます。
「夏場の刺身として、例えばすずきやかれいの洗いがある。」「私はふつうの刺身ほど厚くは切らぬが、極端に薄くしないで、よく洗う」「こうすることによって中身はエキス抜きにならないから、噛むと魚の好味が出て、歯ごたえもあり、至極美味い。」
「しかし、このごろ、別の考えが起こって来ている。」「極薄な味のないところが、却ってよいのではないか。中から味が出るとか出ないとか言うには及ばない。ただ、さらっとした涼味だけでよいのではないか。そういう考えが起こって来ている。 長年やってみての上で、ようやくそんな気もしてきたというわけだ。こんなことが体験数十年もたった今ようやく分ってきた。むずかしいものである。」
 今回、魯山人は料理の話しや芸術論について記しつつ、孔子の中庸について論じていました。原文ではこの箇所なんです。
 
子曰、
道之不行也、我知之矣。
知者過之、愚者不及也。
道之不明也、我知之矣。
賢者過之、不肖者不及也。
人莫不飲食也。鮮能知味也。
 
孔子はこう述べた。
「道が実践されない理由は、私にはわかっている。
知者はそれを越えすぎ、愚者はそれに達しないからである。
道が明らかにされない理由も、私にはわかっている。
賢者はそれを越えすぎ、不肖者はそれに達しないからである。
(このように中庸の道は難しい。)人はだれしも飲食する(というごく日常的な行為ではあるが)、その(中庸という)真味を知る者はまれなのである。」
(※ 上記はdeepseek翻訳に修正を加えたものです)
 

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秋の瞳(36)八木重吉

 今日は、八木重吉の「秋の瞳」その36を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 八木重吉の詩は超然としていて、他の近代作家とはまるで異なる詩作が主だと思うのですが、今回の詩は百年前の近代の鬱屈としたところを描きだしていて、なんだか日本近代文学の典型のような作品に思いました。
 
quomark03 - 秋の瞳(36)八木重吉
ふがいなさに ふがいなさに
大木をたたくのだ、
…………
……quomark end - 秋の瞳(36)八木重吉
 

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おままごと 村山籌子

 今日は、村山籌子の「おままごと」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは絵本にして、幼子に読み聞かせる詩なんだと思います。百年前の近代詩は、越冬して春を愛でることに、現代人では描けないような深い思いがあるのでは、と思いました。
 

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老ハイデルベルヒ 太宰治

 今日は、太宰治の「老ハイデルベルヒ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 8年前の学生のころに、急に思いたって、遠い親戚のいる三島という町に出かけて、初日は東京の友人たちと楽しんで、そのあと1人で夏の間中、若き太宰治はそこでゆっくりすごしながら、佐吉さんとその家族の朗らかな姿を見つめつつ、部屋に引きこもって「ロマネスク」という小説を書いたのでした。三島は太宰治にとって特別にかがやいていた、思い出の地なのでした。
 

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追記  ゲーテや文豪たちが愛した、ドイツの古都ハイデルベルクでの美しい体験のような幻想的なふるさとを三島に見いだしていた太宰治だったのですが……それから八年たったのちに、その懐かしい町に赴いてみると、なにもかもが色あせてしまっていて、無理にそれを楽しく見せかけようとして楽しげに思い出を語って、三島のさびれた食堂で高価な食べ物を取り寄せようとして、母に咎められ「私はいよいよやりきれなく、この世で一ばんしょげてしまいました。」という一文で閉じられる、不思議な構成の小説でした。

細雪(84)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その84を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 あと十数回でこの長編小説は完結しますので、こんご細雪の全巻を通読する予定の方は、本文の第一章から読むことをお薦めします。
 仕事も恋愛も暮らしも行き詰まってしまい、不摂生が祟って重い病にかかった妙子だったのですが、それについて病人を見舞った雪子と幸子の考えていることが記されてゆきます。とくに雪子が妙子の不潔さをかねてから警戒していたことを描きだしたところが、仮想の物語とは思えない迫力のある描写で、衝撃を受けました。
 病床の妙子がうなされて、怖ろしい心理状態におちいっていることが描かれるのですが、もともと妙子(こいさん)の婚約者だった板倉勇作(よねやん)が亡くなってもうすぐ一周忌なんですが、板倉の死が原因で妙子は心の調子も崩してしまっていて、日ごろの不摂生がさらに危険なほうへとおちいってしまったようなのでした。本文はこうです。
quomark03 - 細雪(84)谷崎潤一郎
  板倉の死んだのは去年の五月であったから、そろそろ一周忌が廻って来る時分ではなかろうか。こいさんは、あの男の死に方が尋常でなかったので、それが余程気に懸っているらしく、未だに毎月岡山の田舎まで墓参りに行くのも、一つはそのためなのであろうと察しられるが、ちょうど折も折、あの男の一周忌が近づいた時に重い病気に取りかれて、而もあの男の恋敵であった啓坊の家で寝付くようになったと云うことは、神経に病まない筈はあるまい。quomark end - 細雪(84)谷崎潤一郎
 
 この幸子の考察を読んで、この「細雪」は、幸子の視点で描かれてきたんだなあと思いました。雪子と妙子の問題を描きだしているのは幸子の心情描写や思い出を挿むかたちで描かれることが多いんです。幸子の心情は三人称の小説であるにもかかわらず、さまざまに記されるのですが、雪子や妙子の深層心理はほぼ記されずに、外部の変化だけを捉えているところがあるんです。ですから、この三人称の物語の語り手と主人公というのは、どうも幸子のように思えます。いちばん谷崎潤一郎の人格に近いのも、たぶん既婚者で子育ても順調な幸子なのではと、思うんです。
 元婚約者の板倉への不義のことをどうにも気に病んで、悪夢でうなされるので、治る病気も治らなくなっている妙子なのです。いったん板倉と敵対していた奥畑啓坊の住み家から、病人の妙子を遠ざけてみて苦を緩和して、新たな病院で妙子の病を治すしかない、ということで幸子と雪子は、妙子を別の病床へと移すことにしたのでした。こんかいは妹思いの雪子の努力というのが見えて、いつまでたってもお見合いが進展しない雪子の、性格の良いところと悪いところが良く見える章に思いました。
 雪子は、人と隔絶しているところがあるし、男の思いを汲み取らないところがあって、もう半世紀ほど未来の社会でなら自立自存した人生を歩む人なんだろうなと思いました。
 

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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)