今日は、太宰治の「散華」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
これはまだ敗戦に至らない激戦の1944年のころの作品です。病で眠るようにすっと亡くなる人というのがどうも居るらしいという話しは聞いたことがあるのですが、友人の「三井君」は、太宰治によれば美しいとしか言いようが無い臨終をした人なのだそうです。本文はこうです。
病勢がよほどすすんでからでも、三井君は、御母堂の眼をぬすんで、病床から抜け出し、巷を歩き、おしるこなど食べて、夜おそく帰宅する事がしばしばあったようである。御母堂は、はらはらしながらも、また心の片隅では、そんなに平然と外出する三井君の元気に頼って、まだまだ大丈夫と思っていらっしゃったようでもある。三井君は、死ぬる二、三日前まで、そのように気軽な散歩を試みていたらしい。三井君の臨終の美しさは比類が無い。美しさ、などという無責任なお座なりめいた巧言は、あまり使いたくないのだが、でも、それは実際、美しいのだから仕様がない。三井君は寝ながら、枕頭のお針仕事をしていらっしゃる御母堂を相手に、しずかに世間話をしていた。ふと口を噤んだ。それきりだったのである。
20世紀最大の資源不足と食糧難に陥ってゆく環境下で、治る病も治らなくなる時世が書き記されてありました。
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追記 戦争の怖ろしい被害について記されている作品でした。ほかにも友人との思い出のことについて様々に記しています。以下の、太宰治の思いが込められた一文が印象に残りました。「私は、年少年長の区別なく、ことごとくの友人を尊敬したかった。尊敬の念を以て交際したかった。だから私は、年少の友人に対しても、手加減せずに何かと不満を言ったものだ。」くわしくは本文をご覧ください。「純粋の献身を、人の世の最も美しいものとしてあこがれ努力している」詩人や作家の思いが記されている、敗戦間近のころに書かれた小説でした。平和のなかにあって読むこの作品と、戦争の只中に置かれた人が読むこの本とでは、意味内容がまるで異なってしまうのでは、と思う生々しい描写の作品でした。


