思い出の記 小泉節子

 今日は、小泉節子の「思い出の記」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 小泉八雲と長らく暮らした小泉節子がしるした随筆です。
 ヘルンというのはHearnのことで、ラフカディオハーン(小泉八雲)のことです。
 ヘルンのカタコトの日本語の発言が、そのまま書き記されていて、異国で生きつづけた男の魅力が詰まった、みごとな記録文学であるというように思いました。ヘルンへの愛の溢れる随筆でした。
「耳なし芳一」や平家の怨霊といった日本の怪談を執筆中だったころの逸話が印象に残りました。本文こうです。
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  書斎の竹籔で、夜、笹の葉ずれがサラサラと致しますと『あれ、平家が亡びて行きます』とか、風の音を聞いて『壇の浦の波の音です』と真面目に耳をすましていました。quomark end - 思い出の記 小泉節子
 
 ユーモラスな人づきあいや冗談、西洋嫌いの西洋人の様子についても、いろいろ記されてありました。
quomark03 - 思い出の記 小泉節子
  フロックコートなど大嫌いでした。(略)着る時は又大騒ぎです。いやだいやだと云うのです。『この物、私好きない物です、ただあなたのためです。いつでも外にの時、あなた云う、新しい洋服、フロックコート、皆私嫌いの物です。常談でないです。本当です』など云っていやがります……quomark end - 思い出の記 小泉節子
 
 ヘルン氏はキリスト教の聖職者も嫌っていたのですが、聖書を読むことだけは重大視していたところが興味深く思いました。「弱い者に対してひどい事をする事を何よりも怒りました。」という一文も記憶に焼きつきました。現実の世界での怪談みたような不思議なこともいくつか記してありました。中盤から終盤にかけての記載がものすごく、なんだか破格の名著という印象でした。
  

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追記  氏は若いころの体験から、病や眼病を恐れていたことや、西洋様式を好まなかったことなどが記されます。小泉八雲は雑踏や汚濁を「地獄」と形容し、廃墟や廃寺に好奇心を抱き、猫や動物や植物への愛情が色濃く、文学作品とヘルン氏の人柄に共通項が多く、そこが魅力的に思いました。
 また他者や喧噪への警戒心も記されていて、怪談本をさがすのも妻にやってもらい、日本家屋の書斎で文学的な思惟に耽るラフカディオハーンのことが描きだされていました。終盤の記載で、ラフカディオハーンの最後の様子が克明に描かれていました。家族と共に生きて、家族の未来を案じつつ、ほとんど痛みも無く、当人さえ気付かぬうちに亡くなっていたようです。本文こうでした。
quomark03 - 思い出の記 小泉節子
  暫らくの間、胸に手をあてて、室内を歩いていましたが、そっと寝床に休むように勧めまして、静かに横にならせました。間もなく、もうこの世の人ではありませんでした。少しも苦痛のないように、口のほとりに少し笑を含んで居りました。quomark end - 思い出の記 小泉節子
 

三百年後 小倉金之助

 今日は、小倉金之助の「三百年後」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 数学者の小倉金之助が、三百年前の古書への偏愛を記した随筆です。「妙なもので、書物も三百年位の歳を取ると、私にはただ懐かしいのだ。よくも今まで生きていて、そしてよくも貧しい私の懐に飛込んで来て呉れたものだ。そう云う感謝の気分にもなる」と小倉金之助氏は愛書趣味の心情を記すのですが、同時に学者であるので、批判的に読むことの重要性を説いていました。
 

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追記 最後の数行で、今からおおよそ200年後に、昭和のころの学問の、文化的な価値を残すための仕組みについて論じています。本の流通や紙質に関する議論の箇所は、方法としては間違っているように思えます。おそらく神社で言うところの式年遷宮というか再建文化によって、残すべき貴重な書を、不滅の状態にしておくことの重要性を考えていたのでは、と思いました。現代で言うと図書館での電子化業務や、プロジェクト・グーテンベルクの価値について連想する随筆でした。
 

秋の瞳(33)八木重吉

 今日は、八木重吉の「秋の瞳」その33を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 八木重吉のお薦めの詩は「秋の瞳」の「心よ」それから「そらの はるけさ」です。
 「水に嘆く」の文語体の自由詩がやや難読でしたので、AIの訳詩も読んでみました。
 
水に嘆く(現代語訳)
 
水辺で 嘆き悲しむ 夕暮れ
波さえも
泣きじゃくるように寄せる、ああ その
長くたなびく髪のような水草が
砂に絡まりながら
 
私が 低く 哀しい歌をうたうと
沈みゆく夕日が
痛々しいほどに 赤く流れてゆく
もし手を触れようものなら
血が流れ出してしまいそうだ。
 
(上記はAI翻訳に修正を加えたものです)
 
「わが もだせば/みづ 満々と みちく/あまりに/さぶし」という詩の言葉が印象に残る作品でした。
 

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追記  今回の「やつて みたし」と記された詩は、「秋の瞳」のなかでもっとも異質な詩なんです。映画館で映画を見る、ということが始まったばかりの時代に、サイレント映画の奇妙な世界観を詩に転じたものなのではと、考えました。これは単体で読むとどうも陳腐さが際立つ内容なのですが、戦前戦中の日本の風潮の一側面がもろに現れた作品のようにも思いました。
 

闘牛 野上豊一郎

 今日は、野上豊一郎の「闘牛」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは能と英文学を研究した学者の野上豊一郎が、スペインの闘牛を見学したようすを克明に記した、1938年ごろの随筆です。百年前は残酷で野蛮な催しがあって、今ではとうてい行われないのだろうと思って調べてみたら、今回記されていたものとほぼ変わらない内容で、去年も今年も闘牛が行われている、ということがスペインの記事で分かりました。日本や先進国のいくつかでは動物の死闘の闘技は禁止されていますし、テレビ局やYouTubeでは該当場面は省略されています。1928年以前では、より残酷なことが闘技場で行われていて、騎馬が一撃で斃されることがままあり、それが少しずつ改善されて、死闘の末に牛が致命傷を与えることは、ほとんどまったく無くなったという記載があって、なんだか妙なことに思いました。
 風土や文化は肯定しつつ、不本意な事態は減らしてゆくという積み重ねがあって、今も闘牛があるんだなあと思いました。「雨はひどく降って来た。」という一文から先の描写が秀逸で、なんだか重厚な記録文学の描写に思いました。すごい随筆作品でした。
 

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追記 調べてみると現代でも、スペインの闘牛の祭りは大人気で、事故が多くて危険な祭典なんだそうです。

若き日の思い出 牧野富太郎

 今日は、牧野富太郎の「若き日の思い出」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 苦行だったはずの仕事が、やっているうちにだんだん苦痛では無くなっていって楽しめるようになるということならあると思うんですが、牧野富太郎氏は、仕事のはじめから最後まで、ずっと楽しかったと書くのでした。子どものころの遊びの植物採集が、だんだん仕事になっていって学者になったという内容なんです。どこまで行っても楽しい仕事というのは希有なのではというように思える……九十三歳で記された随想でした。最後の一文もなんだかすごいのでした。
 

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追記 夢は枯れ野をかけめぐる…という芭蕉の生涯を連想させるような、植物学者の随筆でした。

細雪(81)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その81を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 雪子と、縁談中の橋寺との交流はどうも上手く進展しそうです。雪子はちょっと「陰気と云う印象」があるかもしれないが、おおむね順調に婚姻に向けて交際が進展してゆくようです。今回は親族とともに縁談相手とデートするという明るい内容から始まるのでした。長い物語もようやく結末が見えてきたのかなと思います。ずいぶん右往左往した物語だったと思うのですが、いちばんはじめの方針どおりに、家族の幸福を願う姉妹たちの物語が、ようやく進展しそうになってきました。雪子は地味な性格ですから、これまで物語の中にあまり印象を残してこなかったのですが、今回はなんだかずいぶん奇妙な行動をする雪子が描かれていました。交際している男から電話がかかってきたのですが……雪子は電話で話すのがどうにも苦手なので、姉の幸子に代わりに出てもらおうとします。ところが、その姉がちょうどどこかに行っているのでどうにもならず、電話口の前で長いこと黙ったまま惑ってしまったのでした。
 さらにこんどは2人で散歩でもしようという約束を電話で提案されるのですが、これについても、雪子の性格から言えば、たとえ結婚したい相手であってもどうしても無理で、これももじもじしてしまってなんだか消極的な返事をするだけで、要領を得ないのでした。雪子は橋寺のことが良いと思っているのに、対応はめちゃくちゃなのでした。後半の、猫と戯れる雪子の描写があまりにも印象的でした。
 雪子の幸福を願う姉なんですが、この電話に出ないしデートの申し出も無意味に断ったという一件で、幸子はくやしくて泣いてしまいます。本文はこうでした。「さぞ不細工に、取って附けたような挨拶をしたことと思うと、幸子は何がなしに口惜くやし涙があふれて来た。」
 「何だか知れないが橋寺さんがひどく怒っている、僕はあんな因循姑息いんじゅんこそくなお嬢さんは嫌いです、あなた方はあの人を花やかだなんて云われるけれども、何処に花やかなところがあるんです、僕はこの縁談はキッパリお断りしますから今直ぐ先方へそのむねをお伝え下さいと云っている」
 これで破談なのか、なんとか仲人が苦心して2人の仲を取り持つことができるのか、どうなるのか、長く見てきたのに、雪子がこんなに奥手で世間離れした性格だったとはちょっと衝撃でした。というか、女中さんも姉夫婦もみんな衝撃を受けているのでした。細雪ってこういう物語だったのか、と思う、雪子関連の問題が凝縮した章でした。
 

0000 - 細雪(81)谷崎潤一郎

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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 
追記  今回の章は、全文を読まない人にとっては、もっともお薦めできる、拾い読みしやすい、まとまりのよい章であると思いました。これが文豪谷崎の「細雪」なんだ、と思いました。