感覚と科学 寺田寅彦

 今日は、寺田寅彦の「感覚と科学」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 近代の物理科学は、五感や人間的感性をなるべく関わらせずに、自然界を観測できる方法を作った、というように寺田氏はまず説明しています。それは「anthropomorphism からの解放」つまり「擬人観からの脱却」を意味すると、書いています。
 科学小説で、火星生物がタコだったり、火星人が赤い人間っぽかったりするのを見ると「ぜんぜん科学の小説じゃ無い、ただの夢小説だなあ」と思うわけですが……近代の科学とは「擬人観から解放されている」のである、と寺田寅彦は指摘しています。同時に寺田氏は、観測者の眼や耳や指先を切り取って、はたして客観的観察というのがほんとうにできるのか、それが実験科学として意味を持っているのか、という考察をしています。五感の能力を重んじることによって、科学の重要ななにかが構築されたのでは、というように思いました。
 進歩した科学的観測装置よりも、じつは人間の五感は優れている可能性が高い。たとえば食事が腐っているのかどうかも、人間の舌はまずいものを不味いと、一瞬で判別できてしまうのですが、成分分析はものすごく時間がかかるし、写真解析やAIでは食べ物が腐っているかどうかはどうも判別できない場合が多い。機械的な数値よりも、自分の舌を信用したほうが良い。
 眼が見えない人は、その指先でお皿を水洗いすることによって、食器の汚れを正確に感知することが出来るし、偽札と紙幣をしっかり指先で見分けられるのでした。
 

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追記  寺田寅彦は、本論の後半で、五感を上手く利用しつつ、心理的なものによって観測を見誤らないよう、注意喚起をしていました。
 

ごわごわごむ靴 櫻間中庸

 今日は、櫻間中庸さくらまちゅうようの「ごわごわごむ靴」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
これは、ゴム靴が想定外のところに収まってしまう物語で、100年後に読むとなんだが妙にリアルな童話でした。川底の観察がみごとな、児童文学でした。

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秋の瞳(27)八木重吉

 今日は、八木重吉の「秋の瞳」その27を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 超然としていて明るい詩をあまたに書いた八木重吉なのですが、今回の詩は近代詩の特徴である、自然界と苦悩の2つが色濃く描きだされた詩、でした。
 

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追記  伊東静雄は「わがひとに与ふる哀歌」の「帰郷者」にてこう記しています。
quomark03 - 秋の瞳(27)八木重吉
 自然は限りなく美しく永久に住民は
貧窮してゐた
…………
かつてこの自然の中で
それと同じく美しく住民が生きたと
私は信じ得ない
ただ多くの不平と辛苦ののちに……
…………
……quomark end - 秋の瞳(27)八木重吉
この詩を連想させる、八木重吉の「丘を よぢる」という詩でした。
 

寒山拾得 森鴎外

 今日は、森鴎外の「寒山拾得」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 唐の時代の道教の道士……この神秘的な怪異を描きつつ、閭丘胤りょきゅういん がまのあたりにした、3人の奇妙なまじないを描きだします。豊干という僧は水を使ったまじないで頭痛を治癒し、みすぼらしい姿の寒山と拾得は、正体を言い当てられると、すうっと逃げ去ってしまうのでした。
 鴎外は作中で、「道」にたいして「三通り」の態度があると述べます。
一、道についてまったく無頓着な人。
二、宗教または学問の道を探究する人。
三、道を究める人を尊敬するだけで、どうも真理に暗い人。
 
 老子の「道」と、道教の道士の神秘的な「道」は、ずいぶん違いがあるんです。どうもこの2つの大きな違いのことを思索しながら鴎外がこの道教の怪異を記したのでは、と思いました。「腹の底からこみ上げて来るような笑い声を出し」て「駆け出して逃げ」てしまう老荘思想の教え、というのを空想しました。
 

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追記 今度いつか、半年後にでも、老子道徳経の現代語訳をじっくり読んでゆこうと思っています。
 

昔を今に 宮本百合子

 今日は、宮本百合子の「昔を今に」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦中の1940年春の食糧不足の中、自宅の側に空き地のある世帯には、十坪以内で自給自足するための、馬鈴薯の種を配給するという新聞記事が載っていたことについて、庭いじりをしながら、都市の行く末と近代家庭の世相を読み解いた、宮本百合子の掌編でした。
 

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追記 短いですけれども、名随筆という印象の作品でした。このあと8年近く、近代でもっとも飢餓が深刻だった時代が来ると思って読むと、宮本百合子の言葉が響いてくるように、思いました。宮本百合子は〔昭和一五年〕と書かずに〔一九四〇年〕と書いたところにさえ、なにか無意味に感心してしまう作品でした。あるいは当時の編者が末尾に西暦を入れたのかもしれないとか、なんだかいろいろ空想してしまう随筆でした。
 

細雪(75)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その75を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回は……1930年代後半から、自由と自立を実現したはずだった妙子が、不幸つづきのはてに、犯罪まがいの窃盗で家の名を汚した奥畑啓坊とつるんでいるということで、ほとんど勘当されかけているという場面でした。
 ついに東京の鶴子のほうから厳しい意見が来てしまいます。妙子を東京に避難させて啓坊との関わりを断たせるか、あるいは関西の家を追い出すか、という判断をしなさい、という長い手紙を送ってきたのでした。鶴子はほとんど物語に出てこなかったのですが、古い家柄を重視する、厳しい姉なのでありました。とくに鶴子の夫が厳格なんです。
 それで妙子は、関西ではんぶん一人暮らしの日々を始めた、という展開でした。
 犯罪まがいの悪さをして家から追い出された男と、つるんでいるのはどうも良くないとは思うんですが、ついこのあいだ婚約者が亡くなった妙子にたいして非情すぎないだろうかと思う、展開でした。実家への謝罪さえ終わっていないうちからもう、婚約者を失った妙子に絡んでいるというのが、両家の親戚縁者にどうも知れわたってしまいました。もう、物語の終盤がせまっている段階です。
 

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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)