晶子詩篇全集拾遺(3)

 今日は、与謝野晶子の「晶子詩篇全集拾遺」その(3)を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 「宵寝」というのは、おもに五七五で構成されていました。旋頭歌、というのに似た形式のようです。盗人、という言葉をつかってこんなに美しい句をつくれるひとはほかにいないのではないか……と、思いました。与謝野晶子は五七五七七の短歌を、あまたに書いたわけで、調べてみると五万首の短歌をのこしたそうです。
 

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マッチ売りの少女 アンデルセン

 今日は、アンデルセンの「マッチ売りの少女」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これはとても有名な童話なんですけれども、改めて読んでみると、難解な物語に思えました。どこかドストエフスキーが「カラマーゾフの兄弟」や「キリストのヨルカに召された少年」で描いた子どもに、似ているように思いました。アンデルセン以外が書いたら、とても読めたものでは無いむつかしい内容が描かれているように思いました。アンデルセンの読ませる力というのを感じました。
 近代以前は、厳冬と貧困が直接的に人々を滅ぼすことがおおかったはずで、アンデルセンは今回、そのことを描いていました。漱石の登場人物が言うような、理由の不明瞭な「滅び」のほうが現代人にとっては身近な感覚なのではないかと思いました。
 

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晶子詩篇全集拾遺(2)

 今日は、与謝野晶子の「晶子詩篇全集拾遺」その(2)を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 「われも少女をとめ」という詩の言葉が印象に残りました。
 むつかしい言葉を調べてみました。
 ことほぐ
 

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必要以上のもの 豊島与志雄

 今日は、豊島与志雄の「必要以上のもの」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは、翻訳家の豊島与志雄の随筆です。豊島与志雄は不思議な随筆を書くんです。ほとんど面識が無かったB君との思い出を語っていて、B君が言っていた妙なことを書き記したり、あるいは人生に於いて「必要なもの」と「必要以上のもの」について論じている。ある時期に渇望していたものというのが、じつは人生でまったく役に立たないものだったりする。豊島与志雄はこう書きます。
quomark03 - 必要以上のもの 豊島与志雄
 私の経験から云えば、最大級に最も欲しかったものは、或る時は、不吉な因縁話のからんでいる小式部人形だったし、或る時は、四五尺の大きさの梟の剥製だったし、或る時は、幽霊が出ると云う青江の妖刀だったし、或る時は、ちょっと奇異な形をした丈余の自然石だった。つまらないものばかり欲しがってる…………quomark end - 必要以上のもの 豊島与志雄
 
 当時は貧しかったから、ほんとうなら現金が必要だったはずなのに、意味の無いものを渇望してしまった、「それは単なる人形や剥製や刀や石でなく、無限の拡がりを持ち得る或物だったのである」のだそうです。豊島与志雄は、奇妙な「石」のことが好きでしょうがなかった。B君と話した思い出の中にも、石について論じあったことを書き記していました。このあと、B君の恋愛について描いているのですけれども、みごとな描写でした。この一文が印象に残りました。
quomark03 - 必要以上のもの 豊島与志雄
 必要ではなかったが必要以上のものであったろうquomark end - 必要以上のもの 豊島与志雄
 

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晶子詩篇全集拾遺(1) 与謝野晶子

 今日は、与謝野晶子の「晶子詩篇全集拾遺」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回から、同じ詩集を数十回に分けて読む、詩集の連載をやってゆこうと思います。与謝野晶子は、歌集の「みだれ髪」が有名で、ほかにもおおよそ二十六もの歌集を出していて、それから詩もあまたに記しています。「みだれ髪」もいつか公開しようと思います。今回読むのは「晶子詩篇全集」の続編である「拾遺」を読んでゆきます。拾遺というのは、「漏れ落ちたものをひろって補うこと。また、そうしてつくったもの」(デジタル大辞泉より)という意味だそうです。えーと、だいたい七十数回にわけて、与謝野晶子の詩を読んでみたいと思います。

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自己の肯定と否定と 和辻哲郎

 今日は、和辻哲郎の「自己の肯定と否定と」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ぼくは哲学者のウィトゲンシュタインのことが好きで、氏の哲学と思想と、それから日記と伝記にすごく興味があって、これを少しずつ調べて読んでいってるんですけれども、その中で気になったのが、ウィトゲンシュタインが独我論である、というところで、なぜウィトゲンシュタインが独我論だったのか、ウィトゲンシュタインの生活は独善的なところもないし、利他的な生き方の多い人生だったんです。収入や社会的地位はしっかりしていて恋愛や家庭に興味もあったはずなのに結婚もせず子孫も残さなかった(ウィトゲンシュタインが同性愛者でもあったという記録は氏の日記にちょっとだけ残ってるんですが)、不思議な人生の哲学者なんですけど、そのウィトゲンシュタインの前期哲学は独我論で結ばれている箇所がある。どうしてウィトゲンシュタインが独我論なのか、そこのところをもっとちゃんと知りたいなあと思って、日記や伝記を読んでいるんですけれども、この和辻哲郎の随筆に、独我主義のことが書いていて、おもしろかったです。同時代の哲学者でも考え方がまったくちがう。ウィトゲンシュタインだったらこの問題はこう考えるんじゃないかとか、むだな空想をしながら読んでみました。
 和辻哲郎はこの随筆で、自己に対する否定と肯定の、観念と作用について論じてから、急に「顔」という具体性を持つものごとについて論じるところが興味深かったです。
 ぼくは近代文学を読む意義は、別の時代の生き方を知ってみると、現代人から不当に左右されたりしない、そういう知力がつく、というところがちょっとはあるんじゃないかと思ってるんですけど、和辻哲郎が戦前戦中に作っていった哲学は、自分にはあまりにも問題が大きすぎて難解で、理解がむつかしいなーと思いながら、この随筆を、読んでみました。
 自己否定をすることについて、和辻は本論でこう語っています。
quomark03 - 自己の肯定と否定と 和辻哲郎
  この要求は自分の個性の建立、自己の完成の道途の上に、正しい方向を与えてくれる。quomark end - 自己の肯定と否定と 和辻哲郎
 

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