今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その88を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
あと十数回でこの長編小説は完結しますので、こんご細雪の全巻を通読する予定の方は、本文の第一章から読むことをお薦めします。
妙子は四姉妹のなかでもっとも独立心があって、姉妹の中でただ一人だけ仕事をしっかりやって稼いでいる女性で、95年前というか百年前の世界ではもっとも自由な生きかたができた現代的な女性なんだと思っていました。
ところが、物語の本筋としては、どうもそういうわけではなかったようです。
啓坊の婆やとしては「啓坊と云うものが純真の青年のように映る」しその連れである妙子は「不良な女で」「妙子が一箇のヴァンパイアとして映ったばかりでなく、妙子の背後にある家庭までが不健全なものに映った」
妙子が、啓坊から金をむしり取って遊んでいる、というように見えたそうです。
さらに問題があったのは、親密で信頼しあっているはずの、幸子と妙子のあいだで、「欺く」行為があったわけで「啓ちゃんの金などは一銭一厘もあてにしない」と言っていたのに、けっきょくは啓坊から金を拝借していたという実態が見えてきて、幸子は自分自身の過失を感じるのでした。
妙子は元婚約者の米やんとしっかり生きてゆくための計画をして、それに向けて進歩的に働いて、自立していました。ところが婚約者が居なくなってからは、働く目的も無くなって、腐れ縁の啓坊とずるずる暮らしているうちに、親の物を盗んだ奥畑啓坊と二人で生きるようになったのでした。「奥畑の母や兄が奥畑と妙子との結婚に飽くまで反対している」という状態で、結婚も出来ないし、働くことも出来ないし、縁を切ることも出来ない、という状態になったのでした。
それで姉の幸子としては……
「責められるべきは妙子よりも、むしろ彼女に巧く円められていた、余りと云えば世間知らずの」自分たちが悪かったのでは、というように、考えるのでした。本文こうです。
「みんなあたしが悪かったんやわ、………あんまりこいさんを信用し過ぎたのんが。………」
「そうかて、信用するのんが当り前やないの。………」
雪子は幸子が泣き出したので、自分も眼をうるませながら云った。
幸子の夫は「妙子の暗黒面が大体分っていた」のに、姉としては「身びいき」があって負の問題を見ないことにしていたのが、どうも「おめでたいのでなくて狡い」考えだったというように考え直したのでした。
それでは、幸子としては、今後どうやって妙子のことを考えるのかというと、妙子を結婚させてやりたい。幸子と雪子でこの問題を、相談をするのですが、妙子の行く末を決定づける一文が以下にこう記してありました。
「やっぱり婆やさんの云やはるように啓坊と一緒にすることやわな、啓坊のためにも、こいさんのためにも」
「それより外に二人を救う道はないやろ思うけど。………」
妙子の元婚約者だった米やんに、死ぬほど嫌がらせをしていた奥畑啓坊と、自由闊達だったはずの妙子が、結婚をするわけがないじゃないか、とずっと思って読んできていたのですが。奥畑啓坊は、生活費が足りないので親の金を盗んででも妙子といつまでも同棲しようとしていたし、伝染病で危ない状態の妙子を裏切ったりしなかったわけで、こうなってみると、二人で生きたほうが、正しい道のりなんだろうなあと、思いました。
はじまりの妙子はもっと、ぜんぜんちがう、自由で快活な人だったのに、と思って衝撃の章でした。
装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
追記 伝染病がようやく治りかけてきた妙子は残念ながら、毎年恒例の京都観光はできず、妙子ぬきで、蒔岡姉妹たちは平安神宮を見てまわったのでした。本文こうです。
今年は時局への遠慮で花見酒に浮かれる客の少いのが、花を見るには却って好都合で、平安神宮の紅枝垂の美しさがこんなにしみじみと眺められたことはなく、人々が皆物静かに、衣裳なども努めて着飾らぬようにして、足音を忍ばせながら花下を徘徊する光景は、それこそほんとうに風雅な観桜の気分であった。


