細雪(42)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その42を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは戦争の被害が大きいころに書かれたものなんですが、ほとんどそのことは記されてきませんでした。こんかい、隣家のドイツ人一家が日本での仕事を辞める場面が描かれています。第29話で、大阪にある実家の蒔岡家の暖簾を畳んで東京に引っ越すという場面も描かれていたので、これと共通したことを記しています。戦争に対する批判が日本の軍部によって全面的に禁止されていた時世に、あらゆる恋愛の場面や危険な事態を描いてきた谷崎潤一郎が、この戦争のことを単簡に記しているのでした。本文では、日本が「戦争を始めてからさっぱり商売がありません」お店も「ほとんど休んでいるようなものです」戦争が「いつ終るか分りません」これで店を畳むことにした、というように書いています。蒔岡家の子どもたちも、この仕事を失ったドイツ人一家を見送るのでした。次回に続きます。
 

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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。『中巻三十五』は通し番号で『六十四』と表記しています。
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 
追記  谷崎潤一郎は1944年の5月ごろまでに中巻(第30話から50話あたり)を数百枚ほど書いています。ミッドウェー海戦の敗北、アッツ島の玉砕、学徒出陣、大敗に至ったインパール作戦、これが終わったあたりに谷崎は中巻の中盤を書いています。
 この本の時代背景なんですが、描かれているのは5年ほど前の世界なんです。1936年の冬から物語が始まって、1937年の夏に大阪は船場の本家を引き払って長女鶴子の家族と雪子が東京に引っ越します。1938年の春に二女の幸子が流産するという不幸があって、第29話で上巻が完結します、中間はそのすぐあとの晩春が描かれて、夏に洪水があり、今回、隣家のドイツ人一家が日本を去ったという展開になっています。この物語はこの3年後の1941年の春に幕を閉じることになります。あと60回あって第101話で完結します。
 

断水の日 寺田寅彦

 今日は、寺田寅彦の「断水の日」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
  1921年12月8日の茨城県南部地震と、これに伴う東京の断水のことを記していました。老朽化した建造物が今後は増える、この危険性のことを寺田寅彦が思案してます。寺田寅彦のように考える人が多数派だったら、そののち百年の日本の公害被害はもっと少なくなったのではというように思いました。
 百年前の東京では、壊れかけの商品が多く「鳴らない呼び鈴」というのがそこいらの家々にあった、というかなりどうでもいい雑学がなんだか百年前の東京を妙に印象づけるものに思いました。切れない刀、壊れている新製品、水の出ない蛇口、誤った科学知識、と災害後に妙なことが思い起こされてゆくのでした。粗悪品に手を出さない、というように消費者側が知恵を持つことの重要性についても書かれていました。
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  どうしても「うちの井戸」を掘る事にきめるほかはない。quomark end - 断水の日 寺田寅彦
 
 という最後の一文が妙に隠喩的で、印象に残りました。
 

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いのちの初夜 北条民雄

 今日は、北条民雄の「いのちの初夜」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 子どものころに感動した本を、大人になってから再読するのは緊張するんですが、本作は読みやすい文体で構成された、児童文学としても愛読されうる作品に思いました。
 病者仲間の手にしている義眼の描写がみごとで魅入られました。北条民雄にとっての文学は、この義眼や松葉杖のような存在だったのでは、と思いました。序盤で自死と生と木々のことについて書くのですが、これは聖書の死生観の影響も色濃いのでは、と思ったのですが、作者の北条民雄はヨブ記を愛読していて、この物語との共通項があるように思いました。中盤から後半にかけて苦悶の描写が展開されて凄絶な心情が記されてゆき、そこから闘病記に閉塞せずに、いのちの詩と生命論に進んでゆくのがもの凄い作品に思いました。病の体験と、聖書のヨブの文学性が混交したような独特な文学でした。これは発表当時から文学界でも広く読まれた作品なんです。若いころに病で苦しんだ現実の記憶と、この本に描かれた文学上の記憶が、心中で入り混じってゆくという読書体験をした、1936年ごろの読者は多かったのでは、と思いました。 「いのちの初夜」という言葉は、師の川端康成に添削してもらってつけた題名なんだそうです。
  

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学問のすすめ(12)福沢諭吉

 今日は、福沢諭吉の「学問のすすめ」その12を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回はスピーチの価値について論じています。まったく同じ内容であっても複製した断片だけでは伝わりにくいのに、優れた人が詩をスピーチすれば「わかりやすく」「人を感ぜしむるもの」となって「限りなき風致を生じて衆心を感動」させる。「ゆえに一人の」意見を「衆人に」速やかに伝えられるかどうかは「これを伝うる方法に」よるところが大きい。
 福沢諭吉は、学問を活用して機能させることを重視していて「活用なき学問は無学に等し」いというように書いています。
 読書をして、心の働きに変化が生まれて、これを活用して学を実践にうつす。観察をして推論をして、新しい考えを作り、人と話して知見を交換し、本を出して演説をして知を広める。学問の実践には、人との交流が重要になってゆく。
 学問をほんとうにする人は、談話や演説をすることが、大切になる。独自に一人で学究をするということと、人と交流して知を広めるという「外の務め」というのをしっかりやってはじめて、ほんとうの学者である、と福沢諭吉は説きます。
 知識量が多く人とも多く交流しても、定見を持っていない学者というのがいるのもまずい、とも書きます。
 学問をする者は、高尚な見識というものを持つべきだけれども、「医者の不養生」とか「論語読みの論語知らず」となってはいけない。実行力とか結果とかが、ともなわない学者が多いとマズい、というように福沢諭吉は書くのでした。酒でも遊びでも淫蕩なところに至るとかいうのは駄目だ、風紀や風俗のことで喧々諤々の言い争いをするというのは愚かだ、という指摘もあってこれは荘子が述べているように、優れた学者の「交りは淡きこと水のごとし」というのが理想、ということなのかと思いました。
 学校や学の評価というのは、風紀や風俗をやたらと取り締まっていて全体的に見た目が整っている、というところでは判断できない。学校の価値は「学科の高尚なると、その教法の巧みなると、その人物の品行高くして、議論の賤しからざるとによる」と福沢諭吉は書きます。これは、大組織や政府にも言えることだ、と書いていました。
 今回は、19世紀後半のインド政府がおちいった困難について論じていました。この国家的危機を学問の力で改善していったのが、ガンディーの思想と実践だったというように思いました。
 

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★ 『学問のすすめ』第一編(初編)から第一七編まで全文を通読する
 

筧の話 梶井基次郎

 今日は、梶井基次郎の「筧の話」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 梶井基次郎は「檸檬」がおすすめなんです。今回も代表作と似た構成で、「私」が散歩をしていて、その風景画を記しているんです。
 筧というのは、地べたより高いところにかけられた古い水道のことです。とにかく描写が静謐で、美しい風景が描かれます。本文こうです。
quomark03 - 筧の話 梶井基次郎
  香もなく花も貧しいのぎらんがそのところどころに生えているばかりで、杉の根方はどこも暗く湿っぽかった。そして筧といえばやはりあたりと一帯の古び朽ちたものをその間に横たえている……quomark end - 筧の話 梶井基次郎
 
 この描写で終わらずに、自己の感覚を描きだします。「澄みとおった水音にしばらく耳を傾けていると、聴覚と視覚との統一はすぐばらばらになってしまって、変な錯誤の感じとともに、いぶかしい魅惑が私の心を充たして来る」
 見えない水音が「私」を果てしなく魅了してゆく、そのあと筧から水が涸れ果てて、麻薬の切れた患者のように「暗鬱な」「絶望」にひたってゆく「私」が描きだされます。グレン・グールドの「フーガの技法」の演奏を彷彿とさせるような、蠱惑的な小説でした。
  

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ゲーテ詩集(63)

 今日は「ゲーテ詩集」その63を配信します。縦書き表示で読めますよ。
 今回は、みごとな楽人が現れて、その歌声であらゆる人を魅了します。王がたいへんよろこんで、楽人に黄金の鎖を褒美に与えるのですが、この楽人は冴えた男で、黄金を受け取らずに、極上の酒を一杯だけ褒美としてもらうのでした。ゲーテ『ファウスト』の序盤でもっとも盛りあがる場面であるライプツィヒの《アウエルバッハの酒場》での美酒と幻想を……連想させるような、美しい詩なのでした。
 

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