老ハイデルベルヒ 太宰治

 今日は、太宰治の「老ハイデルベルヒ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 8年前の学生のころに、急に思いたって、遠い親戚のいる三島という町に出かけて、初日は東京の友人たちと楽しんで、そのあと1人で夏の間中、若き太宰治はそこでゆっくりすごしながら、佐吉さんとその家族の朗らかな姿を見つめつつ、部屋に引きこもって「ロマネスク」という小説を書いたのでした。三島は太宰治にとって特別にかがやいていた、思い出の地なのでした。
 

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追記  ゲーテや文豪たちが愛した、ドイツの古都ハイデルベルクでの美しい体験のような幻想的なふるさとを三島に見いだしていた太宰治だったのですが……それから八年たったのちに、その懐かしい町に赴いてみると、なにもかもが色あせてしまっていて、無理にそれを楽しく見せかけようとして楽しげに思い出を語って、三島のさびれた食堂で高価な食べ物を取り寄せようとして、母に咎められ「私はいよいよやりきれなく、この世で一ばんしょげてしまいました。」という一文で閉じられる、不思議な構成の小説でした。

晩菊 林芙美子

 今日は、林芙美子の「晩菊」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 生まれてからずっと和服しか着たことのない五十六歳の「きん」という女性が主人公の物語で、序盤から美醜と生老について念入りに描き込む作品で、美術でも映画でも描きだすことが難しかった場面を、上品に描きだすのが、時代を超える作家の力量なんだなあと思う小説に思いました。
 アレクサンドル・デュマ・フィスが書いた『椿姫』の生きかたを好み、若いころからいろんな男と遊んできた。「今日まで孤独で来た事も、きんには一つの理由があるのだつた。」というように記しています。
「きんは両親がなかつた」し、育ての親からは裕福な環境で育ててもらったのですが、父は不在でしたし家が傾くころには不和もあって、まだ幼いまま家を抜けだしてすぐに芸者になったのでした。そのままいつの間にか、気がついたらもう五十をすでに過ぎていた……。その頃はもう終戦のどさくさの中なんですが「きん」は世渡り上手なのでお金に困ることも無かった。不思議と上品な暮らしをしている「きん」のもとに、昔の男がやって来て……。
  

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追記  「ハノイで貿易の商社を起して」いて終戦後に日本に帰ってきた板谷清次と「きん」は出会って、もうひとり若い既婚者の田部という男とも、どうも恋愛関係にあったようです。「きん」という女性はなぜか昔とまったく同じような気配を持っているという、奇妙な特徴があるのでした。昔の恋愛を思いだしつつ、戦後の暮らしのことを話しあう男女なのでした。「きん」は「世相の残酷さが何一つ跡をとゞめてはいない」しすっかり老いていてもおかしくない年齢で、どうも正体がつかめない。ただ菊のくずおれたようなさまが2人の目の前に迫るのでした。
 前半にも記されていた火鉢に、若いころの思い出の写真一枚を放り投げ、その紙の焼ける匂いを消すために放り込んだチーズの欠片の匂いがあたり一面に立ち籠めて終わる、戦後すぐの世相と美女の老境を重ね合わせた物語でした。

おさん 太宰治

 今日は、太宰治の「おさん」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは戦中戦後に生きることの困難さを書いた物語なのかなと思って読みすすめていったのですが、それは最初の数頁だけで、妻子のいる男が、ひそかな恋にのめり込んでゆくところを仔細に記した小説でした。
 太宰治はじっさいに多くの異性と深く関わりをもった人なので、今回の作中に書いてあることの要点は、当人の事実のことを中心に書いているように思います。フランス革命と、背徳の情愛のことを2つ対比して描いてるところが印象に残りました。
 

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追記 GHQや新しい世相との兼ね合いもあるのかもしれないですが、戦争が終わってもう自由に書けるということになった時代に、フランス革命直後に生きるパリの作家であるかのように、作者の心境が大きく変化していった、という感覚が描かれているのかなあと思いました。実直さと自由の2つの意識が、戦後になってぶつかっていって、こういう物語になったのだろうかというように思いながら読みました。
 

雪後 梶井基次郎

 今日は、梶井基次郎の「雪後」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これはチェーホフの、雪に戯れる二人の少年少女を描いた名作「戯れ」へのオマージュ作品になっています。
 梶井基次郎と言えば青年の個人的な憂鬱を幻想的に描きだした、独り者の世界観をみごとな文学に昇華した作品が代表作だと思うのですが、今回のは若くして大学での「地味な研究の生活に入」り、そうそうに婚姻した「行一」という青年の、静かな日々を記した作品でした。
 作中で梶井基次郎は、チェーホフの名作「戯れ」をかなり長く引用してゆきます。少年と少女の雪の「戯れ」の後の世界を、梶井基次郎が、原作と異なる展開で書いてみたのでは、というように思いました。
 次回、二日後にこのチェーホフの「戯れ」を電子書籍化してみたので読んでみようと思います。
 

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野狐 田中英光

 今日は、田中英光の「野狐やこ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦後のカストリ雑誌の恋愛作品という印象の、不倫男のデタラメな三角関係の物語で、最後の最後まで泥沼の痴情が語られるのですが……田中英光氏は、作中で2つの古典を紐解いています。
 ひとつはボードレールの「悪の華」に記された「諦めよ、わが心よ。獣のごとく眠れ」という詩で、もう1つは中国の禅「無門関のじゅ」です。以下にこの詩を掲載してみます。
  
虚無の味 Le Goût du néant ボードレール
 
かつて闘いを愛せし、陰鬱の魂よ、
希望という拍車がその情熱を駆り立てしも、
もはや希望はお前にまたがろうとせず。
恥じらいも無く伏せよ、古き馬よ――
一つひとつ障害につまずくその蹄を休めよ。
 
あきらめよ、わが心よ――
獣のごとく、ただ眠れ。
 
敗れ、疲れ果てし魂よ! 老いたる掠奪者よ!
愛の味も、争いの火も、もはやお前に響かず。
さらば、銅のラッパの歌、さらば、笛の嘆き!
快楽よ、この陰鬱に沈む心を、もう誘うな。
 
愛すべき春さえ、香りを失いし。
そして〈時〉は、
凍りつく身体を飲みこむ雪のごとく、
一刻一刻、我を呑みこんでゆく。
  
我は高みにて、この丸き地球を見おろし、
もはや、一つの小屋すら、避け所として求めず。
ああ雪崩よ――
その崩落に、我をも巻き込んではくれぬか。
ボードレール『悪の華』より
  
そして「無門関の頌」というのは中国の禅宗のエピソードのひとつで
ある行者が老師の「大修行の人も因果を受けるや?」という問いに、
「不落因果(因果に落ちず)」と誤って答えたため、500回も狐に生まれ変わらされて、百丈和尚に救いを求めます。百丈和尚は「因果をくらまさず」と答えて、この魂を解放してやった。
無門関の頌には
「不落不昧、両彩一賽 不昧不落、千錯万錯」
と記されています。
「因果を無視するのも、こだわるのも、どちらも間違い。本当の悟りは、ただ自然に生きることにある。」
この2つの古典がなんだか印象に残りました。
  

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風 壺井榮

 今日は、壺井榮の「風」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 関東大震災の3年後、修造という青年は、ふるさとの幼なじみである茂緒という女性を東京に呼びよせます。貧しい二人はそこから突然の新婚生活をはじめるのでした。仕事も無い、家も無い、家具も無い、ツテも無いというところから二人で貸家を探しはじめるところから物語が始まります。なんだか公共放送の朝の連続ドラマのような、朗らかな二人暮らしが描写されてゆきます。洗濯するための道具さえなくって汚れを落とすことができないくらい貧しい暮らしのなかでも自由に生きて交友を続ける男女の姿が活写される、秀逸な小説に思いました。壺井榮は生活史の細やかな描写がみごとで、当時の貧しい世帯がどのように引っ越して、どうやってお金を工面して、どう暮らしたのかを丁寧に描きだしています。
 それから、東京の新しい文人たちがどのように生きてどういう交際を繰り広げたのかが記されてゆきます。
 

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追記 wikipediaにも載っている、黒色青年連盟の起こした壺井繁治襲撃事件のことも記されていました。