雪後 梶井基次郎

 今日は、梶井基次郎の「雪後」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これはチェーホフの、雪に戯れる二人の少年少女を描いた名作「戯れ」へのオマージュ作品になっています。
 梶井基次郎と言えば青年の個人的な憂鬱を幻想的に描きだした、独り者の世界観をみごとな文学に昇華した作品が代表作だと思うのですが、今回のは若くして大学での「地味な研究の生活に入」り、そうそうに婚姻した「行一」という青年の、静かな日々を記した作品でした。
 作中で梶井基次郎は、チェーホフの名作「戯れ」をかなり長く引用してゆきます。少年と少女の雪の「戯れ」の後の世界を、梶井基次郎が、原作と異なる展開で書いてみたのでは、というように思いました。
 次回、二日後にこのチェーホフの「戯れ」を電子書籍化してみたので読んでみようと思います。
 

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野狐 田中英光

 今日は、田中英光の「野狐やこ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦後のカストリ雑誌の恋愛作品という印象の、不倫男のデタラメな三角関係の物語で、最後の最後まで泥沼の痴情が語られるのですが……田中英光氏は、作中で2つの古典を紐解いています。
 ひとつはボードレールの「悪の華」に記された「諦めよ、わが心よ。獣のごとく眠れ」という詩で、もう1つは中国の禅「無門関のじゅ」です。以下にこの詩を掲載してみます。
  
虚無の味 Le Goût du néant ボードレール
 
かつて闘いを愛せし、陰鬱の魂よ、
希望という拍車がその情熱を駆り立てしも、
もはや希望はお前にまたがろうとせず。
恥じらいも無く伏せよ、古き馬よ――
一つひとつ障害につまずくその蹄を休めよ。
 
あきらめよ、わが心よ――
獣のごとく、ただ眠れ。
 
敗れ、疲れ果てし魂よ! 老いたる掠奪者よ!
愛の味も、争いの火も、もはやお前に響かず。
さらば、銅のラッパの歌、さらば、笛の嘆き!
快楽よ、この陰鬱に沈む心を、もう誘うな。
 
愛すべき春さえ、香りを失いし。
そして〈時〉は、
凍りつく身体を飲みこむ雪のごとく、
一刻一刻、我を呑みこんでゆく。
  
我は高みにて、この丸き地球を見おろし、
もはや、一つの小屋すら、避け所として求めず。
ああ雪崩よ――
その崩落に、我をも巻き込んではくれぬか。
ボードレール『悪の華』より
  
そして「無門関の頌」というのは中国の禅宗のエピソードのひとつで
ある行者が老師の「大修行の人も因果を受けるや?」という問いに、
「不落因果(因果に落ちず)」と誤って答えたため、500回も狐に生まれ変わらされて、百丈和尚に救いを求めます。百丈和尚は「因果をくらまさず」と答えて、この魂を解放してやった。
無門関の頌には
「不落不昧、両彩一賽 不昧不落、千錯万錯」
と記されています。
「因果を無視するのも、こだわるのも、どちらも間違い。本当の悟りは、ただ自然に生きることにある。」
この2つの古典がなんだか印象に残りました。
  

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風 壺井榮

 今日は、壺井榮の「風」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 関東大震災の3年後、修造という青年は、ふるさとの幼なじみである茂緒という女性を東京に呼びよせます。貧しい二人はそこから突然の新婚生活をはじめるのでした。仕事も無い、家も無い、家具も無い、ツテも無いというところから二人で貸家を探しはじめるところから物語が始まります。なんだか公共放送の朝の連続ドラマのような、朗らかな二人暮らしが描写されてゆきます。洗濯するための道具さえなくって汚れを落とすことができないくらい貧しい暮らしのなかでも自由に生きて交友を続ける男女の姿が活写される、秀逸な小説に思いました。壺井榮は生活史の細やかな描写がみごとで、当時の貧しい世帯がどのように引っ越して、どうやってお金を工面して、どう暮らしたのかを丁寧に描きだしています。
 それから、東京の新しい文人たちがどのように生きてどういう交際を繰り広げたのかが記されてゆきます。
 

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追記 wikipediaにも載っている、黒色青年連盟の起こした壺井繁治襲撃事件のことも記されていました。

都会の中の孤島 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「都会の中の孤島」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 アナタハンの女王事件というのはこれは戦後すぐにたいへん話題になった事件で、現代でも映画になったりしている、戦後日本を代表する怪事件で、wikipediaにもその詳細が載っています。今回はこの問題を坂口安吾が論じつつ、戦後都市で起きる事件を記しはじめます。
 多くの人間が集まって、王女をめぐって独自のルールが造成されて諍いが起きて怪事件に発展するというのは、現代の都心でもふつうに起きるんだよ、という恐ろしいことを宣言しつつ「ミヤ子」と「グズ弁」と「右平」の3人の物語が展開します。
 

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追記   孤島化というかガラパゴス化した人間関係というのはどうしておきるのか、自分にとって不都合なことはまったく見ないようにしていると、こういう事件が起きやすい、という安吾の警句が印象に残りました。ミヤ子は男の素性というのをまったく調べずに、男のお金にだけ目をつけているのでした。そのために羽振りだけが良い、怪しい男とだけ関係を深めるようになってゆき、歪な三角関係が展開します……。
 以下、ネタバレ注意なので、近日中に読み終える予定の方はご注意ください。グズ弁がスパナで武装するようにミヤ子からそそのかされて、その通りにスパナを握りしめて暮らすようになったところ、近くでスパナを使った殺人事件が起きてしまう。とうぜんいつもスパナで武装していたグズ弁が殺人犯の濡れ衣をきせられてしまった。グズ弁はいくら無罪を主張しても誰もそれを信じなかったのでした。犯人はミヤ子のヒモ男が金欲しさに殺人事件を行ったのでしたが、じっさいにはミヤ子が殺人をするようにそそのかし、さらに無罪男のグズ弁が逮捕されたという、おそろしい事件の真相が語られるのでした。

恋をしに行く 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「恋をしに行く」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 清楚な雰囲気がありながら妖しい噂があまたにある信子に恋をした、主人公の谷村は、友人の藤子の痛烈な批難を聞き入れつつも、この危険な恋愛に乗りだしてゆく様が描かれます。破綻した男女の人間関係が滔滔と語られてゆく……大時代的な描写に、なんだかまどってしまう恋愛劇の作品でした。
 「悲しい」という言葉が6回ほど記されるのですが、その畳句の置き方になにか独特なリズムを感じる小説でした。前半は大時代的な悲恋の描写にガッカリする小説なんですが、後半に差しかかると坂口安吾の筆致の迫力に魅了される文学作品に思いました。
 

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公園の花と毒蛾 小川未明

 今日は、小川未明の「公園の花と毒蛾」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは山の高いところに住んでいる「とこなつの花」が、野原の中でいろんな生きものと対話をする物語です。
 小川未明は、冷気をふくむ霧に凍える花の心情を「毒のある針でちくちく刺されるような痛み」というように描いています。
 花は寒さのためにもう枯れてしまいそうになっていて、高原から出てゆきたいと考えるようになり、仲良くなった小鳥に頼んで、にぎやかな世界へと連れて行ってほしいと頼むのでした。
「どうか、わたしをにぎやかな町の方へ連れていってください。わたしはただ一目なりと明るい、にぎやかな世界を」見たいのだと言うのでした。
 小鳥はこの願い出をいったん断るのですが、花からぜひにと言われてこれに従います。それから美しい町の公園まで運んでもらいます。新しい土地にやっと根づくことの出来た花は、奇妙な男に出会います。
 

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追記  「みすぼらしい男」がやってきて、黒い百合の花を探しながら、ある過去について回想をはじめます。この町では「なんでも欲しいものは、この町に、ないものがなかった」というほど、にぎやかな都会で、ここにサーカスがあって女の軽業師たちがおもしろい技を披露するのでした。その中で、重量挙げ選手のように重いものを積み重ねるという芸をやっていた女性が居て、男はこの人が好きになったのでした。ところがある時に男は、この軽業師が不幸にも身罷ったと聞くのでした。男はこれを悲しみ、あの軽業師の女のことと、そのサーカスの興行があった時期に咲いていた黒い百合の2つのことを思います。軽業師と黒い百合の2つのことをいつも同時に思いだします。
「黒い花は、人間の死骸から、生えた」もので「毒がある」とみんな言うのでした。「みすぼらしい男」は軽業師の生まれ変わりのような黒百合を探しています。
 それから仲良くなったミツバチと別れた「とこなつの花」のところへ、黄色い毒蛾が現れるのでした。
 あまたの人々の死骸の中から生まれたこの毒蛾は、奇妙なことを語ります。「どんなににぎやかな明るい街の火でも暗くすることができます」と毒蛾は告げます。火の中にあまたの蛾が飛びこむことで火を打ち消すのだと、謎めいたことを言うのでした。このあと「都会の火を消すために、蛾が襲ってきた」という、悪夢のような事態が描きだされるのでした。「みすぼらしい男」はこの黒百合と毒蛾の2つに囚われてこれに近づき毒を受け、大病を患ってしまった。
 主人公であった「花」のところにも学者がやってきて研究のためにと、むしり取って行ってしまった……。にぎやかな町で繰り返し起きる悲しいことがらを、小川未明は丁寧な筆致で描きだすのでした。