細雪(21) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その21を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 この物語は、父が不在なんですけれども、家族の交流を描いた作品で、今回は、とくにこれが顕著でした。親戚づきあいや、義兄の栄転と引越ということが記されます。関西から関東に引っ越すというのは現実としてはそうとう大きな出来事だとおもうんですが、そういえば漱石も引越が多く、ラフカディオハーンは世界中を引っ越しして生きて、太宰も東北から東京に引っ越し、谷崎も関東から関西に、小説の話し言葉も標準語から関西弁に変化していった作家なのでした。近代は今よりも引越がむつかしいかと思うんですが、居場所を変えることが作家のひとつの大きな方針なのかも、と思いました。谷崎がこれを書いている前後に、空襲と疎開ということがあるんですが、それも作品に影響を与えているのかもしれません。幸せな引越は……当人にとっては世界がガラッと変わるのに、他人にとってはほとんどなにも変わらない、不思議な違いがあるようで、作中ではその悩みが記されていました。本文こうです。
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 住みれた大阪の土地に別れを告げると云うことが、たわいもなく悲しくて、涙さえ出て来る始末なので、子供達にまで可笑おかしがられているのだと云う。そう聞かされると、幸子も矢張可笑しくなって来るのであるが、一面には姉のその心持が理解出来ないでもなかった。quomark end - 細雪(21) 谷崎潤一郎
 
 四姉妹のなかの長女鶴子のことが記されるのはほぼ初めてで、しかも三姉妹とはちがう東京に行くということで、長女が住んでいた家がもうすぐ空き家になるようなのでした。そこは父が暮らした家で、二女の幸子もよく知っている家なのでした。「その家には特別な追憶を持っている」幸子は「電話で突然その話を聞いた時に、何かしらはっと胸をかれる思いがしたのは、もうあの家へも行けなくなるのかと云うことに考え及んだからであった」……「幸子としても生れ故郷の根拠を失ってしまうのであるから、一種云い難いさみしい心持がする」ということなのでした。
 けっきょく家はさしあたり「音やん」の家族に留守番かたがた安い家賃で住んで貰うことにした、と本文に記されていました。音やんは、父の知り合いです。
 引越の整理をしている姉を訪ねた幸子なんですが、そこで父の骨董趣味のことを思いだします。姉は一度に二つのことが出来ないたちのようで、引越の整理に夢中で、せっかくたずねてきた幸子とまるで話しもせずに、黙々と荷物の整理をしていたのでした。四姉妹の物語なのに、いちばん上の鶴子がほとんど出てこないと思っていたら、なるほど、こういう状況だったのかと思いました。今回は四姉妹のなんだかすてきな人間関係が記されていて、みごとな章でした。「細雪」を抄録するんだったら、じつはこの二十一章が独立して載せやすいのかも、と思いました。
 

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「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)